アヤシゲナーの暗躍
会議室で、カケルたちによるおバカな会話がなされていたそのとき、室外から兵士たちがなにやら揉めているような声が聞こえてきたのだが……
しばらくして、慌てた様子で兵士の一人が会議室に駆け込み報告した。
「失礼します! 先刻より姿を消していた、アヤシゲナー殿が戻って来られました!」
続いて、両腕を二人の兵士に掴まれた男が、室内に連れてこられた。
「あっ! この人、さっき馬に乗ってたおじさんだ!」
舞が声を上げると、
「誰がおじさんだ! 俺はまだ30代だ!」
と、怒鳴り返したアヤシゲナー。そして——
「俺はワルダークミ伯爵から遣わされた軍官だ。どこへ行こうとお前らに報告する義務はない!」
なんだか怒っているようだ。
その男に軽蔑の眼差しを向けたコダチが、カケルたちに向かって口を開く。
「紹介しよう。この感じの悪い男はアヤシゲナーという者だ。ここにいる兵士は全員帝国直属の軍人だが、そこにいる陰気でいつもコソコソ悪巧みを企てているアヤシゲナーだけは、この付近の領主、ワルダークミ伯爵が無理やりここに押し込んできた胸糞悪い男だ」
コダチはとても素直な人間だった。
「おのれ、キサマはいつも、ふざけた物言いばかりして! 少しは他の4人の勇者殿を見習ったらどうだ」
アヤシゲナーは、助けを求めるような視線を剛田に向けたが……
「黙れハゲ」
「ご、剛田殿、いったい何を……」
「ゴミ」
「クズ」
「フンコロガシ」
遠投3人娘からもドギツイ発言が飛び出した。
「こ、これはいったい、どういうことで……」
「言い忘れていた——」
再び口を開いたコダチ。
「——コイツの飼い主のワルダークミ伯爵は王女派に属していて、最近とても調子に乗っている。ああ、そうだった。ワルダークミ伯爵は、ウサンクセーゾのジジイと、とても仲良しなんだ」
今日ここへ来たばかりのカケルたち7人が一斉に立ち上がり、そして身構えた。
「まあ待て。まずは質問に答えてもらおうではないか。さて、どこへ行って、何を話していたのか、じっくり聞き出すことにしよう」
ニヤリと笑うコダチがちょっと怖い。
「お、俺を誰だと思ってるんだ! キサマ、いい加減にしないと——」
「まあまあ、ここはひとつ、お茶でも飲んで落ち着きましょう」
笑顔でそう言ったのは聖女セイレーン。
セイレーンがスキルと聖道具で作ったお湯——お茶ではない——を持って、アヤシゲナーに近づき、
「おっと、手が滑りました。あ、すみません、左手にお茶がかかってしまいましたね」
と、とてもわかりやすい小芝居をすると、
「熱ううう! 何をするんだ!」
熱さに耐えかね、指にはめていた指輪を外したアヤシゲナー。
その瞬間、委員長が、
「アヤシゲナー! 動くな!」
と、鋭い声を上げた。
アヤシゲナーは、驚愕の表情を浮かべたまま動かなくなった。
さっきの聖女サマの小芝居は、アヤシゲナーに指輪を外させるためのものだったのだ。
この男も一応『上官』ではあるようで、指には指輪が装着されていたのだ。
コダチの情報が正しければ、この男も『スキル防御の指輪』を着用しているということになる。
「これは私たちが考えた作戦、『非暴力・絶対服従』作戦よ!」
得意げに委員長が言葉を放った。
いつの間にこんな連携技を……
ここに来るまでの4日間、よっぽど暇だったんだな。
「ねえ、この状態でアタシがこのおじさんに近づいたらどうなるのかな?」
にひひ、と笑いながら、舞が委員長に尋ねる。
「あっ、それってスキルの二重使用って言うのかしら。それ、いい視点だと思うわ」
いや、単に舞はイタズラしたいだけだと思うんだが……
「じゃあ、いくよ!」
舞がアヤシゲナーに近づく。
「アハハハハハハハハ!!! た、助けて……」
どうやら、スキルの二重使用? は成功したようだが……
アヤシゲナーは動けない状態のまま、苦しげに笑い続ける。これではアヤシゲナーではなくクルシゲナーだ。
……失礼した。
舞たちの様子を粛々《しゅくしゅく》と眺めていた上官クラスの兵士たち。
彼らの『スキル防御の指輪』がはめられている手は、次から次へと己のズボンのポケットへと突っ込まれていった。
それを目ざとく見つけた委員長が叫ぶ。
「ち、ちょっと、なんで指輪を隠しているんですか! 私たち、別に誰彼構わず指輪を奪って、こんな攻撃をする訳じゃないんですからね! ちょっと剛田さん! なんであなたまで手を隠してるのよ! あなたはそもそも指輪なんてはめてないでしょ!」
「いや…… あまりにもエゲツない攻撃だから…… 改めて、舞のスキル『芸人』の威力を思い知ったよ。こんな攻撃、長時間食らったらどうなるんだ……」
剛田の言葉を聞いたカケル、セイレーン、委員長が、哀しげに遠くを見つめた。
きっとボロモーケ温泉で、鼻水やヨダレを垂れ流した記憶が蘇っているのだろう。




