もう、それでいいや
「それから——」
蹴人の話はまだ続く。
「——まだ確実じゃないんだけど、実は日本に帰る方法があるかも知れないんだ。だから僕は、もし日本に帰れるのなら、男子たちとも一緒に帰りたいと思ってるんだ」
「なに!」
剛田が驚きの声を上げる。
「ウソ!?」
「ホント!?」
「マジ!?」
遠投3人娘のテンションも上がっている。
この後、話し合いを重ねた結果、さっさとバカな男子たちにお仕置きして、みんなで日本に帰ろう、という話にまとまったかに見えたのだが……
「私は帰らないぞ!」
コダチが力強く叫んだ。
「魔王を討伐するまで、絶対に帰らないからな!」
コダチは近くにあった岩にしがみつき、イヤダイヤダとわめき散らしている。
笑顔を引きつらせながら、なんとかコダチをなだめようと蹴人が口を開く。
「ま、まあ、まだ帰れるかどうか確実じゃないんだ。戦争を止めた後のことは、またそのときに考えればいいさ」
まるで駄々っ子をあやす、保育士さんのようだ。
「なんだ、そうなのか。なら、私はバカな男子たちにお仕置きしたら、ここに帰って来ることにしよう!」
ここにはきっと、コダチの中で絶対に譲れない何かがあるのだろう、たぶん。
コダチは更に発言を続ける。
「ひょっとして私たち勇者がいないとわかると、魔王軍の手先どもがここにちょっかいを出して来るかも知れないから、一応ここの責任者に話をつけておこう。じゃあ、行こうか!」
こうして、一連の話は終わりを迎え…… なかった。
まだコダチには言いたいことがあるようだ。
「それから、その…… せ、聖女殿…… 貴殿がどれほど強くても…… ま、魔王を討伐する役目は代わってあげないからな!」
「え? 魔王を倒せるのは聖剣のみで、その聖剣は異世界から来られた勇者様しか持つことが出来ませんよ?」
「なんだ、そうだったのか! いやぁ、心配して損しちゃったよ。それじゃあ聖女殿、これからも仲良くしような!」
コダチはどうしても魔王を倒したいようだ。
そんなコダチの心を知る者は誰もいない…… いや、そうでもないか?
「なんだよ、コダチのヤツ、自分ばっかりいい思いしちゃってさ! あーあ、俺も魔王を倒す勇者になりたいな」
そうだ、カケルは異世界ものラノベマニアだったのだ。
もうバカと天然の幼なじみ二人で好きにしてくれ。きっと同級生たちはそう思っているだろう。
カケルたちは相談の上、いったんキタノ砦を退去することにした。
カケルと、聖女セイレーン、蹴人の3人は、近くの街で待機している委員長、舞、操、育栄の元へと戻り、改めて7人全員でキタノ砦へと向かうことにしたのだった。
♢♢♢♢♢♢
カケルたちが砦を退去してから数時間後。
近くの街で待機していた委員長たちと合流したカケルは、7人のメンバー全員で北の砦へと向かっていた。
いつものように、舞のスキルで発現させた透明ボードに乗って、空中を移動していると——
馬で地上を走行している兵士を見つけた。
その兵士も北の砦に向かっているようだが、透明ボードの方がスピードが速いため、カケルたちが空中からその兵士を追い越すことになった。
地上からカケルたちを見上げている兵士は——
とても気まずそうな顔をした。
なんだろう?
まあ、この兵士もキタノ砦に向かっているようだし、砦についたらわかるだろう。
♢♢♢♢♢
キタノ砦に到着したカケルたち一行。
砦を守る兵士たちに案内され、会議室のような場所に案内された。
するとそこにはコダチたち同級生5人に加え、この砦の指揮官のような人物、そして兵士の姿が10人程度見られた。
上官クラスの兵士は全員、『スキル防御の指輪』をつけていると、コダチは言っていた。室内にいる兵士は全員指輪をはめているので、おそらく上官たちが集まっているのだろう。
実はこの人たちはみんな愛妻家で、指にはめているのはエンゲージリングでした…… というオチがついたら面白いんだけど。
さて、それはさて置き。
「あああっっっ!」
舞が大声を上げた。そして——
「トテキだ! 久しぶりだね!」
そう言って、遠投3人娘の一人に笑顔を向けた。
「……なあ舞。あたしの名前はトテキじゃなくて、戸瀬木だよ。お前とあたしは、同じ陸上部に1年以上も一緒にいるよな? 確かにあたしの専門は投擲だよ? だから、ふざけてあたしのことをトテキって言うヤツもいるよ? でも、お前はマジで言ってるだろ? なあ、そろそろあたしの名前を覚えてくれないか?」
「わかったよ、久しぶりだね、えっと………… むむむ…………」
「…………もういいよ。お前に期待したあたしがバカだったよ。あたしはトテキだ。これでいいか?」
「うん! じゃあ、改めてトテキ、久しぶりだね!」
「ああ。あたしも舞にまた会えて嬉しいよ!」
このような再会を喜ぶ会話が、会議室のあちこちで聞かれた。
剣道部のコダチが、薙刀部の委員長、そして育栄と親しげに話をしている。
両部は体育館で練習することが多いそうで、顔を合わせる時間も多かったようだ。
そう言えば委員長は、王宮にいた頃、最後までコダチは味方でいてくれたと言っていたな。
一通り旧交を温めた後、改めてコダチたち5人は委員長を疑ったこと、あるいは守ってやれなかったことを謝罪し、蹴人と育栄はプライベートスキルを隠していたことを謝った。
もちろん、怒る者など誰一人としていなかった。
その後、この砦のトップ、ガンコロジン将軍と会談することになった。
この人の年齢、60歳ぐらいだろうか。
コダチ曰く、相当な頑固者らしい。
「おおよその話はコダチ殿たちから聞いている。まさか勇者殿たちが洗脳されていたとは…… 小心者のウルサンドル・クルセーゾフ卿のやりそうなことだ」
あの宰相じいさん、そんな名前だったんだな。
「ウサンクセーゾって言うんだな。まったく、ズル賢いヤツだ」
そう言ったカケルであったが……
「……ウルサンドル・クルセーゾフ卿は、そういう男なのだよ」
さり気なく訂正する将軍。
「アタシは今、ウサンクセーゾをブン殴りたい気持ちだよ」
舞もそう言うのだが……
「あの…… ウルサンドル・クルセーゾフ卿……」
将軍が困っている。
「ああ、私のスキル『剣豪』を、ウサンクセーゾのヤツに食らわせたいものだ」
コダチ、お前もか……
「……ま、まあ、勇者殿たちが言いやすいなら、今後はウサンクセーゾと呼ぶことにしよう……」
頑固者が譲歩するほど、カケル、舞、コダチのコンビネーションは素晴らしいものだった。
しかし、カケルは——
「誰もツッコまないのか…… 舞とコダチがいると、やっぱり俺がツッコミ役をするしかないのかな……」
ちょっと不満そうだ。
そんなカケルの言葉を聞いた操がひと言。
「もうカケル君は、ボケル君じゃないのね!」
前にも言ったが操よ、さり気なくカケルに変なアダ名をつけるの、やめてやれよ……
カケルのクラスメイトたちはみんな、ツッコむよりボケる方が好きなのだろうか?




