私の知ってる聖女様じゃない 前編
カケル、委員長、舞、操の同級生たちと、水の聖女と呼ばれる神官セイレーンは、舞のスキル『飛翔』を使い、カケルたちのクラスメイト、農山育栄が住む開拓村ノホホーン目指して、現在飛行中。
もうそろそろ、ノホホーン村が見える頃だろう。
今朝は日の出と共に森の中の野営地を出発したため、正午前には目的地に到着出来そうだ。
さて、農山育栄という人物についてだが——
彼女は委員長と同じ薙刀部に所属している。
掛け持ちで、園芸部にも席を置いていた。
『社会に貢献すること』 これが薙刀部の方針だそうで、掛け持ちで生徒会やボランティア系の文化部に入ることが奨励されていた。
園芸部も地域の緑化活動に参加していたそうだ。
さて、ここで舞のスキル『飛翔』で発現させた透明ボードの上に乗っている、5人の様子を眺めてみることにしよう。
水の聖女セイレーンが、なにやら難しい顔をしている。
そして重々しい口調で言葉を発した。
「私、これから散髪屋さんに行って、ボウズ頭にしてもらおうと思います」
二日酔いが覚めた聖女セイレーン。今、とても反省しているようだ。
「なに言ってるんですかセイレーンさん。そんなことする必要ないですよ」
と、カケルは言うのだが……
「そうよ。人間誰でも、失敗の一度や二度、あって当然じゃないの」
委員長もそう言っている。
「聖女様のおかげで、超巨大モンスターを倒せたんですよ? 聖女様はマドロースの街の救世主です」
操もそう言うのだが……
「この、心優しき嘘つきどもめ、です! 本当は私のことを、このあきれたトンチンチンのスットコオッパイめ、と思っているに決まってます!」
もう酔いは覚めたはずなのに、興奮してなにを言っているのかよくわからない。それに、ちょっと下品だ……
どうやら聖女サマの頭の中は、自分を許せない気持ちでいっぱいのようだ。
そんな聖女サマの気持ちを察したのか、微笑みを浮かべた舞がセイレーンに声をかけた。
「もう、別にいいじゃん、そんなこと。セイレーンはスっごく面白いんだからさ。セイレーンが口からレーザービームを発射したとき、アタシはお腹を抱えて笑っちゃったよ!」
「このバカ舞! お前、なに言ってんだよ! そ、そんなことないですよ。あれはごく自然な生理現象ですから!」
必死にフォローするカケル。
でも、ごく自然にゲロ吐かれたら、たまったもんじゃないと思うのだが……
「わ、私、やっぱり今すぐ、散髪屋さんに行きますぅぅぅーーー!!!」
今日も透明ボードの上は賑やかだった。
♢♢♢♢♢♢
開拓村ノホホーンに到着したカケルたち。
今回も、やはり委員長はしばらく隠れていることにするようだ。
委員長を除くカケルたち一行が村を歩いていると、畑で鍬のようなものを振るい、一人で黙々と農作業をしている少女の姿が目に入ってきた。
間違いない。あれは同級生、農山育栄だ。
カケルたちが育栄の元に駆け寄ると、
「え!」
育栄は大きく目を見開き、驚きの表情を浮かべた。
「みんな、どうしてここに!? あっ、あなたは聖女セイレーン様では!?」
育栄も王宮で行われた晩餐会で、聖女サマと顔を合わせたことがあったのだ。
「……いいえ、私は聖女などではありません。私は自分の欲望に負けた上、みなさんに迷惑をかけた、根性なしのお荷物野郎です。私なんて、今すぐ生まれ変わって、石コロになるのがお似合いなのです」
……まだ気にしているようだ。
「嗚呼…… セイレーンさん、おいたわしや…… あっ、そうだ! セイレーンさん、ここは早速、農山さんにお茶を振舞いましょう! ええもう、積もる話は後にして、ここはお茶の時間にしちゃいましょう!」
カケルは全身全霊で、聖女サマをお支えする気構えのようだ。
「わかりました! 私、真心こめて、お茶を入れさせていただきます!」
そう言うと、セイレーンは前回同様、聖道具の湯飲み茶碗にスキル『水成』で発現させた水を注いだ。
今回はボロモーケ温泉の素に加え、マドロースの街で購入したお茶の粉末も混ぜている。
ちなみに、このお茶の粉末は、セイレーンの酔い覚ましのため、梅干しっぽいなにかと共に購入したものだが、ここではこれ以上触れないことにしておく。
「ささ、冷めないうちにどうぞ。ぐいっといっちゃって下さい!」
どうやら聖女サマは、いつもの調子に戻ったようだ。
「聖女様にお茶を淹れてもらえるなんて、光栄です! お茶なんて飲むのは久しぶりなんで、なんだか嬉しい! ちょうど畑仕事をしていて、喉が渇いてたんですよ。それでは遠慮なく」
鍬を傍へ置いた育栄が、立ったまま一気にお茶を飲み干した。
さて、ではお話タイムといきましょうか。
カケルたちは、畑の端にあるあぜ道に腰かけた。
「俺、10日ほど前、こっちの世界に来たんだ。それで舞たちと合流して、今、旅をしてるんだけど……」
カケルが話を始めたのだが……
「…………なんでいきなり、早瀬君が喋り出すの? 早瀬君、そんなキャラだっけ?」
育栄が不審そうな目をカケルに向けている。
そうだ。これまでカケルは、女子の前ではキョドルになっていたのだ。
「え? いや、ほら、俺だけ遅れてこの世界に来た訳だし……」
そう釈明するカケルであったが、育栄の猜疑心はますます深まっているように見える。
育栄はクラスメイトたちの顔を一通り見た。
すると——
育栄はガタガタと震え出し、その表情には怖れに似た感情が滲み出ていた。
育栄はスっと立ち上がり、そしてセイレーンの前にしゃがみ込んだ。そして——
「聖女様、お助け下さい! 私はどうすれば良いのですか!?」
聖女サマに助けを求めているようだ。しかし——
「キタアアアーーー!!! ついに私の汚名を返上する機会が来たのです!!! お茶を淹れたぐらいで、私の心の隙間が埋まると思ったら大間違いなのです!!!」
天に向かって力強く拳を掲げた聖女サマ……
「…………私の知ってる聖女様じゃない」
育栄は聖女サマに助けを求めたことを、激しく後悔しているようだ。
ポンコツバージョンの聖女セイレーンを目の前にして、これからどうすればばいいのかわからない、といった表情の育栄。
そんな育栄の様子を見かねて、しっかり者の操が口を開いた。
「ねえ、農山さん、ひょっとして私たちのこと、帝国の手先か何かだと思ってるの?」
「そ、そんなことは思っていません! 思っていませんとも! も、もちろん! 私はこれからも帝国の恩義に報いるため、ふんこちゅ、さいちん、どりゅくして……」
粉骨砕身と言いたかったようだ。
「思ってるじゃない…… それに無理して言い慣れない言葉を使わなくても良いよ」
と、再び操が育栄に告げる。そして——
「私たち、帝国に洗脳されてたの。この温泉の素を飲んで、洗脳から解放されたの」
操が説明を加えた。
「アタシは直接、温泉に入ったんだけどね! いやー、あの時は本当に——」
「舞、今大事なこと話してるから、ちょっとだけ黙ってられる?」
「わかった! アタシ、ちょっとだけ黙るよ!」
操の言うことには素直に従う舞であった。
「私たちはもう帝国の手先じゃないの。今では、王女の野郎、ただじゃおかねえからな、って思ってるの」
操は時々、少しおガラが悪くなられるようだ。
「やっぱり…… みんな洗脳されてたんだ……」
ボソりと育栄がつぶやいた、そのとき——
「ちょっと操様! ここは私が活躍する絶好のチャンスなんですよ! ここからは、是非とも私にお任せ下さい!」
聖女サマが、また面倒くさいことを言い出した。




