幕間 王女と宰相のじいさん④
「姫様! 姫様はおられるか!」
ここは王宮にある王女の部屋の前。
宰相のじいさんが、叫び声を上げている。
「なんですの、騒々しい。さあ爺、部屋の中にお入りなさいな」
慌てた様子で、じいさんが、王女の部屋に駆け込んだ。
「まったく、いい歳をして、落ち着きのないことですこと。何かそんなに大事なことでも…… もしや! あの変態転移者の話ですか!?」
「ははっ、その通りですございますわい」
もう言うまでもないと思うが、変態転移者とは王女のパンティをくすねて逃げたカケルのことである。
「流石は爺です! 昨日、あの変態どもへの対策を協議したばかりだというのに、もう捕縛するとは!」
「い、いえ…… それがその、そういうわけではなく……」
「もう、なんですの? はっきりとおっしゃい」
「実は、たった今入った情報によりますと、変態転移者どもは西へ向かっていなかったようで…… 報告によると、南の港湾都市マドロースに現れたとのことですわい」
「…………ふーん。ま、まあ、そういう可能性もあるとは思っていましたけどね」
嘘だ。この女は嘘をついている。昨日、自信満々の様子で、カケルたちは西に行くに決まっていると言っていたくせに。
「マドロースの街であの変態どもは、突如現れた超大型モンスター『ウミボーズ』を、たったの一撃で仕留めたとの話ですわい」
「え? ち、ちょっと待ちなさい。『ウミボーズ』って、あの100年に一度現れ、周辺の村や街を破壊しつくすと言われている、あの『ウミボーズ』ですか?」
そんなにヤバいモンスターだったのか。
聖女サマがいなかったら、大惨事になってたんだな。
それにしても聖女サマ…… いや水の聖女セイレーン様は、本当にお強いようだ。
「街の者たちの話によると、モンスターを退治したのは、『水操』のスキルを持つ勇者だとか」
本当は呑んだくれた聖女サマが安眠を妨げられて、イラッときてやっちゃったんだけどな。
「……スキル『水操』を持つ勇者とは、そんなに強かったのですか?」
顔を引きつらせながら、王女が尋ねる。
「…………わかりません。『水操』とは、水を操るだけの、たいしたことのないスキルのはずですが」
その通りだ。聖女サマのスキル『水成』が、すごかっただけなのだ。
「……爺は、勇者たちのスキルを、完全に把握していると言っていましたよね」
「…………申し訳ありません」
「……それから、勇者たちには、帝国に忠誠を誓わせるスキルが発動していると、確か爺はそう言っていましたわね?」
「…………わかりません。なにがどうなっているのか、もはやさっぱり……」
ボロモーケ温泉を利用させてもらったんだけど、お前らには絶対教えてやらないからな。
「……まったく、爺はわからいことだらけのようね。もう爺も歳なのかしら。そろそろ、後任の人材を探すべきなのかも知れませんわね」
「も、申し訳ございません! 次は必ず! 必ず姫様のご期待に応えられますよう、全力で努めますゆえ!」
「その言葉に、嘘偽りはありませんね?」
「はい! もちろんでございますとも!」
「では、ただちに帝国内のすべての港を封鎖して、船舶の往来を一切禁止しなさい!」
「……………………え?」
「あら、どうしたの爺? わたくしの言っていることがわからないのかしら? ひょっとして、耳まで遠くなったの?」
「い、いえ…… 愚鈍な私では、姫様の深遠なる計略を理解することが出来ぬようです…… どうか愚かなこの爺めに、思慮深き姫様のお考えをお聞かせ下さいませ」
「もう、爺ったら、本当に口がお上手ですこと。でも、構わなくてよ。もっと言っても構わなくてよ!!!」
「……で、では深遠の君、どうぞ愚かなる爺めに、お教えを!」
「いいでしょう。まず、港湾都市マドロースには仲間の勇者はいない。それなのにあの変態転移者は、わざわざマドロースの街に向かった。なぜだかわかるかしら?」
「…………わかりません」
操が肉を食いたいって言ったからだよ。
「あの変態が、船を使おうとしているからよ!!!」
……そんなことしていないぞ?
「……なるほど。確かにその可能性はありますが、しかし——」
「お黙りなさい! 爺は本当に耄碌したのかしら。わたくし、思い出したのです! ええ、そりゃもう、ズドーンって感じで思い出したのよ!」
「……何を思い出したので?」
「スキル『飛翔』を持っていた、あのバカ女のことです。あのバカはプライベートスキル『芸人』を持っていたではありませんか! あのバカに近づくと、みんな爆笑してしまったのを忘れたの? いくらあのバカが一人で空を飛べたところで、仲間と一緒に飛べなければ意味がないでしょ!」
「しかし、確かスキル『飛翔』の効果範囲は、半径2mから3mあったような…… それだと、あのおバカ勇者から少し離れれば、他の勇気も『飛翔』の効果範囲に入ることができ、空を飛ぶことも可能では……」
「…………確か爺は、スキル『水操』も、たいしたことのないスキルだと言ってましたわよね? 爺の言ってること、本当にあてになるのかしら?」
「ぐぬぬぬ…… た、確かに、姫様のおっしゃる通りでございますわい」
あーあ。本当はじいさんの言ってること、全部正解なんだけどな。
「わかればいいのです。あの変態転移者たちは、空路で西に向かうことを断念し、その代わりとして、海路で西を目指すことにしたのです。きっと今頃、南の海のどこかでイヤラシイことを考えながら、西へ向かって航海中ですわ!」
「お、おっしゃる通りかも知れません。しかし、すべての港を閉鎖するのはやり過ぎかと——」
「港で待ち伏せして、今度こそあの変態を捕らえるのです! 他の船舶は捕縛の妨げになるので、航行させてはなりません! たとえ、あの変態が港に現れなかったとしても、陸地からも他の船舶からも補給を受けることが出来なければ、最後には船の上で干からびて死ぬだけでしょう。ふふふ、だから結局、港に姿をあらわすしかないんですけどね」
「……………………」
「ウフフフ、ハハハハハ…… アーーーハッハッハッハ!!! 今度こそ、あの変態の憐れな姿を拝むことが出来るわ! あとは海上で勝手に死なないことを祈るばかりね! わたくしを散々振り回した償いを、絶対にさせてやるんだから! 爺、サッサと手配しなさい!!!」
『振り回した償い』って言ったって、それ、王女サマが勝手に勘違いしてるだけだから。
まったく、迷惑な話だ。
「…………姫様の御意のままに」
そう言うと、じいさんは力なく、こうべを垂れた。
念のため確認しておくと、カケルたちはこれから舞のスキル『飛翔』を使い、西ではなく北へ向かおうとしている。
もちろん、船など使うつもりはない。
当然、カケルがイヤラシイことを考えていることもない…… かどうか、それはわからない。
カケルは見た。
港湾都市マドロースで、その街の賑わいを。
操は知っていた。
港湾都市マドロースが、この国の経済活動において、どれほど重要な役割を果たしているかということを。
セイレーンは酔っ払っていた。
別にそれは関係ない。
マドロースの街を始め、すべての港湾都市における物流がストップしてしまった場所、この国にどれ程の経済的損失を与えるか、想像に難くない。
こうしてこの後、王女は重要な経済基盤を失うことになる。
王女サマ、ザマァ!




