まだ帰らない
ハーレムの話が出てたことで中断してしまった会話の流れを、操が再び元に戻す。
「もともとは、みんなニッシーノ国との戦争には反対だったの。でもね…… みんな帝国のために働こうって気持ちはあったんだと思うの。たぶん洗脳されてたんだろうけど…… だから、剣道部の鶴木心立ちゃんたちは、本来の勇者の役割である魔王の侵入を防ぐために北へ行っちゃったの」
「王女たちの命令を無視したのよね。鶴木さんのスキルを怖れて、帝国も彼女たちを止めることが出来なかったって、昨日、高嶺さんが言ってたわ」
操の話に応える委員長。
「へえ…… 舞がちゃんと説明してたんだ。エラいよ、舞」
「あ…… うん。カケルはエロいよね……」
トロンとした目で、よくわからないことを言う舞。
どうやら舞は、居眠りしていたようだ。
とばっちりを受けたカケルは、内心『ヤバイ』と思った。
せっかくハーレムの話がうやむやになったのだ。また、エロい話を蒸し返されては困る。
カケルは慌てて、会話の流れを元に戻した。
「で、でも、人数的に大丈夫なのか? 帝国の連中は、勇者全員をニッシーノ国との国境に送るつもりだったんだろ?」
「王宮の人たちも困ってたけど、最終的には、『まあ勇者が9人も西に行くんだから、なんとかなるか』、みたいな感じになったの」
「あっ、そうだ。その西に行った《《9人》》なんだけど、なんで女子一人だけ男子について行ったんだ?」
「綾士さんのことだね…… あの子は草食系のイケメン男子を紹介してやるって言われて、西に行くことに決めたみたいなの」
綾士の所属は、もともとカバディ部で、今はセパタクロー部だったような。
むしろ、掛け持ちで所属してる漫画研究会の一員というイメージの方が強い。
「それで、高嶺さんが戦闘に向いていないと思ったから、水野さんは高嶺さんと一緒にボロモーケの街に向かったのよね?」
再び委員長が、操に質問の言葉を投げかける。
「うん。ボロモーケの街にある流通センターでの仕事は、舞のスキルにピッタリだと思ったの。でもね、私たちは戦いには行かなかったけど、本気で舞と一緒にボロモーケの街を発展させて、帝国の繁栄に貢献しようと思ってたんだよ? 今考えると、ゾッとするけど……」
「その後、ボロモーケの街でカンソーン村の話を聞いて、水野さんはそっちの方が自分のスキルが活かせると思って移り住んだのよね?」
「うん。カンソーン村では、ここのところずっと不漁が続いているって聞いたから。私のスキルは『水操』って言って、水を操ることが出来るの。漁業向きのスキルなの」
だいたい操のこれまでの行動は理解した。
「西へ行った9人について、他に知ってる情報はない?」
という、委員長の問いに対して、
「確か出発の準備が整うまでもう少し時間がかかるから、しばらくは王宮に留まるって言ってたの」
と、答える操。
それを聞いたカケルが口を開く。
「セイレーンさんが10日ほど前に、王宮近くでパレードをしてた勇者を見たって言ってたから…… そうですよね、セイレーンさん…… って、あれ?」
セイレーンはテーブルに顔をつけて、スヤスヤと寝ていた。
「セイレーンさんも、きっと疲れてるのよ。そっとしておいてあげたら」
委員長は気遣いの出来る女だ。
「もちろん、俺に異論はまったく、ぜんぜん、これっぽっちもないぞ」
まあ、そうだろうな。
委員長はセイレーンが言っていた情報を分析しているのだろうか、思案顔で口を開いた。
「出発したのは10日ほど前だと仮定して、馬車で移動したとしてもまだ国境には到着していない——」
「待って、王宮にはワイバーンがいるの」
操が委員長の話に口をはさんだそのとき——
「なに!!! ワイバーンだと!!! そ、それはいったいどれぐらいの大きさの………… ゴメン、興奮し過ぎた。話を続けてくれ」
まったく…… これだから異世界ものラノベマニアは……
「たぶん、ワイバーンを使って移動すると、もっと早く着けると思うの」
「なら…… いつ戦争が始まってもおかしくないってことね」
このとき、委員長たちはまだ知らなかった。
一般の兵士が前線に到着するまで、帝国は戦争を始められないということを。
「委員長は、西に行った男子たちを助けたいの?」
少し不満な表情で、操が言葉を放った。
委員長はこの世界に転移して早々、一人だけ北の離宮に幽閉された。
一方、操はこの世界で約5ヶ月のあいだ、男子たちと身近に接してきた。
男子たちへの想いには、両者のあいだにかなりの開きがあるようだ。
蹴人とカケルをのぞく、8人の男子たちは、ハーレムの一件以外にも、おそらくいろいろ女子たちに嫌われようなことをやってたんだろうな……
「バカな男子を助けるかどうかより、私たちが戦争の道具にされるのが納得できないのよ。帝国の思うようには絶対にさせないわ。特に、あの王女にはね」
きっと今、委員長の心の中では、自分を離宮に幽閉した王女への怒りの感情がふつふつと湧き出しているのだろう。
「それには私も同意するの。私たちを洗脳するなんて、本当に許せない。でもね、男子たちは洗脳を解いたとしても、ハーレム欲しさに自分たちの意志で戦争に協力すると思うの。私たちが西の国境に行ったら、ひょっとすると、私たちにも戦闘を吹っかけて来るかも知れないよ? 心立ちゃんよりは弱いけど、向こうにも剣道部の男子がいるから危険だと思うの」
「私のスキル『説教』を使えば?」
「みんな『スキル防御の指輪』を帝国からもらってた。だから物理攻撃しか効かないと思うの」
「なら、北に行った女子たちと合流して、こちらの戦力を上げるしかないか……」
「うん。私もそれがいいと思うの。カケル君はどう思う?」
「うーむ…… 話を聞いてると、それが一番いいんだろうけど…… でも、これ以上、女子ばっかり増えてもなあ……」
そんなカケルの煮え切らない言葉を聞いた委員長が——
「沢山の女子に囲まれながらも、セイレーンさん一人への愛を貫くなんて、なんだかとっても素敵よ? セイレーンさんの親愛度も、きっと上がるんじゃないかしら」
「わかった。直ぐに北へ向かおう」
即答かよ…… ちょっとは悩めよ……
「……あの、北へ向かうルートの途中に、私と同じ薙刀部も農山さんがいるんだけど……」
遠慮がちに委員長が口を開くと、
「別に遠回りじゃないんだ。助けに行こうぜ」
「うん。それがいいと思うの」
カケルと操は快く委員長の提案を受け入れた。
「ありがとう」
委員長は嬉しそうに微笑んだ。
とりあえず次の目的地が決まったので、そろそろレストランから出ようか、という話になったのだが……
舞をよく見ると、目を開けたまま寝ていた。舞の特技である。
授業中、この光景をよく見たものだ。
舞を起こした後、セイレーンを起こそうとしたところ——
「うぃーーー! まら帰りまへんよーーー! ヒック!」
わかりやいほど、酔っ払っていた。
いったい何を飲んだのだろう?




