操は毎日魚づくし 前編
カケルたち一行は、只今、空の上を飛行中。
高嶺舞は自分が持つスキル『飛翔』を使うと、透明なボードを出現させることが出来る。
そのボードの上に乗り、空中を浮遊することが可能となるのだ。
カケル、セイレーン、委員長を乗せた舞の透明ボードは、商業都市ボロモーケの街から南の方角にある小さな漁村カンソーンに向け飛行している。
カンソーン村にいる、舞の幼なじみで水泳部所属の水野操の元へ向かうためだ。
透明ボードの速度は、体感的にローカル線の普通電車に乗っているぐらいだろうか。
舞曰く、これが最速であるらしい。
また、舞はプライベートスキル『芸人』も持っている。
舞の半径1m以内に近づいた者は、別に面白いことなど何もないのに、なぜが爆笑の渦に飲み込まれてしまうのだ。
このため、カケルたち3人は、ボードの中央にどっしりと腰を降ろした舞から、距離を取って座っている。
ボードが透明であるため、落下するのではないかとヒヤヒヤしているカケルたち。
しかし、これまた舞曰く、ボードは一辺5mほどの正方形をしているそうで、ちょっとやそっとのことで、落ちることはないとのことだ。ただ……
『舞が言うことを、どこまで信じていいものやら……』
やっぱりカケルは内心、ヒヤヒヤしていたのだ。
昨夜は舞を帝国の魔の手から救出した後、温泉施設の管理人さんのご厚意で、そのまま施設に一泊させてもらった。
そして今朝早く、南に向かって旅立った4人であったが、とにかく、朝からずっと騒がしいのだ。その原因はと言うと——
「チラ!」
「ぐあああーーー!」
舞が自分の上着をわざとめくりあげ、それを見たカケルの『エロいこと禁止聖紋』が反応して、カケルの体に激痛がはしる。
「ちょっと高嶺さん、いい加減にしなさいよ…… 早瀬君が地面に落っこちても知らないわよ?」
あきれ顔の委員長が口を開く。
「ごめん、もうしないって」
爆笑しながら応える舞。
「舞様は、先ほども同じことを言われたと思いますが……」
心配顔のセイレーンも口をはさむ。
「あれ、そうだっけ? だってコレ、面白いんだもん」
子どものような言い訳をする舞。
「テメー、覚えてろよ! 水野さんに会ったら、絶対言いつけてやるからな!!!」
言い返したカケルも、まるで子どものようだった。
「…………チラ!」
「痛エエエーーー!!!」
舞は飽きることなく、カンソーン村に着くまで、この遊びをエンジョイした。
♢♢♢♢♢
村に着いたカケルたち一行。
ちょうど操が浜辺の方から、漁師のニイちゃんやオッちゃんたちと一緒に、居住区に向かって帰って来たようだ。
オッちゃん連中と別れた操が一人きりになったので、カケルたちは彼女との接触を図ることにした。
今回も、委員長は近くで身を潜めて、待機してもらうことになっている。
操が、『委員長がクラスメイトを洗脳している』という噂を信じている可能性があるためだ。
操の元に駆け出したカケルが開口一番、
「水野さん、助けてくれよおーーー! 舞がひどいんだよおおおーーー!!!」
と、半泣きになりながら、自分に刻まれた聖紋について必死に話す。
もっと大事な話があるように思うのだが……
話を聞き終わった操がひと言。
「舞、カケル君にイタズラしちゃダメ」
「わかった!」
あっさりと受け入れる舞。
舞の家の教育方針は、『操ちゃんの言うことはちゃんと聞きましょう』なのだ。
舞のイタズラがおさまったところで、カケルたちは浜辺にあった岩の上に腰をかけた。
「カケル君たちとお話するから、舞は静かにしててね」
操がそう言うと、
「わかった! じゃあアタシ、その辺の砂浜で遊んどくよ!」
と言って、舞は無邪気に駆け出した。
「あの野郎…… いつか絶対仕返ししてやるからな」
「カケル君、ごめんね。舞にはもう絶対しないように言っておくから、許して欲しいの」
まるで操は舞の保護者のようだ。
「カケル君もこの世界に来たんだね」
そう、つぶやいた操に対し、
「あっ、ゴメン、肝心なこと言うの忘れてたよ。俺、1週間ほど前、こっちの世界に転移したんだ」
と、慌てた様子で返すカケル。
ほらやっぱり、大事なこと言うのを忘れてたじゃないか。
「そちらの人は、聖女様では?」
再び口を開いた操。
「覚えていて下さったのですか! 舞様は、私のこと全然覚えておられなくて。私ってカゲが薄いのかなって思っていたのですが……」
「ごめんなさい。舞は人の顔を覚えるのが苦手なんです」
やっぱり操は舞の保護者みたいだ。
「あ、いえいえ、別に怒っているわけではないのですよ? それはそうと、こちら、つまらないものですが、よろしければ……」
そう言って、さりげなくお土産を渡すセイレーン。そして——
「これは、ボロモーケの街近くにある幻の温泉名物、飲むと元気になる温泉の素です!」
満面の笑みを浮かべて、セイレーンは操に告げた。
実はボロモーケ温泉には、飲むタイプの温泉の素が販売されていたのだ。
これを飲むと、温泉に浸かるのと同じ効果が得られるらしい。
ちょっと怪しい気もするが…… まあいい、なにせここは異世界なのだから。
昨夜このお土産を発見したカケルたちは、狂喜乱舞して爆買いした。
これを飲めば、クラスメイトたちにかけられたスキルの影響を解除できるではないか。
ただ、あまりにも大人買いが過ぎたため、陳列ケースが空になってしまい、また管理人の男に嫌な顔をされたのだが……
「これは温泉の素を100個買うとサービスでもらえる、湯飲み茶碗です。これ、聖道具ですので、お水を入れるだけでお湯が作れちゃうんですよ」
ニッコリ笑顔のセイレーン。
実はこの聖道具、ボロモーケの街に住む神官コゼニスキーが横流ししたものだった。
コゼニスキーは、手広く悪事に手を染めていたようだ。
「それからこっちは、ボロモーケ温泉銘菓、モウケマクリ饅頭です。あっ、でも栗は入っていませんよ? よろしければ、こちらもどうぞ」
これは………… 何の不思議な力もない、単なるお土産物だ。
試食したら美味しかったので買ったものだ。
セイレーンは、スキル『水成』を使って聖道具の湯飲み茶碗に水を注ぎ、いい湯加減になった頃合いを見て、粉末状の温泉の素を加えた。
「ささ、グビッといっちゃって下さい! さあさあ!」
笑顔でお湯を勧めるセイレーン。
確かにこれを飲めば、帝国の影響下にある操の精神が解放されるのだが……
こちらの意図がバレそうなほど、激しく笑顔のセイレーンさんが、グイグイと湯飲み茶碗を操に押し付けているではないか。
「じ、じゃあ、遠慮なく……」
興奮気味のセイレーンに若干引きつつも、操は素直に温泉の素が入ったお湯を飲んだ。




