舞は配送センターの主任 後編
3人は街を出て、舞が上空を飛行すると思われる草原で待機した。
ひょっとして、舞が『委員長がクラスメイトを洗脳しようとしている』という噂を信じている可能性もあるので、委員長だけは少し離れた場所に身を伏せておいてもらうことにした。
ここは草原なので、隠れ放題なのだ。
しばらくして——
上空5mぐらいの高さで、舞がこちらに向かってやって来た。
速度はあまり出ていない。制限速度を守っている原付ぐらいの速さだろうか。
セイレーンが言っていた通り、舞は透明な板にでも乗っているかのようだ。ゴロンと仰向けに寝そべり、悠々と空中に浮いていた。
運送を終えて街に帰るところなのだろうか、舞の周りに荷物は一切なかった。
「おーーーい!!! 舞!!!」
カケルが大声で叫ぶが反応がない。
「……アイツ、絶対、寝てやがる。仕方ない。それではセイレーンさん、事前の打ち合わせ通り、よろしくお願いします!」
「……本当に良いのでしょうか。で、でも、私はカケル様を信じることにします!」
カケルが口にした事前の打ち合わせとは——
舞がこちらに気づかない場合、セイレーンが舞に向け、スキル『水成』で発現させた水を、舞に向けブッ放すというものであった。
——ゴオオオー!!!
セイレーンから勢いよく大量の水が放たれる。
「ゴボゴボ…… お、溺れる……」
舞が憐れな声を上げた。
どこかで見た光景だ。
舞が草原に向かって落下しそうになったとき、セイレーンは放出する水の角度を変えた。
すると、まるでウォータースライダーから滑り降りるかのように、舞はカケルたちの目の前まで勢いよく滑降した。
「流石、セイレーンさん、お見事です!」
カケルは賞賛の声を上げた。
「いえ、舞様にお怪我がないようで、なによりでした」
草原に向かってダイブした舞が、もそもそと起き上がる。
「なんだ今の! なんか遊園地のプールにあるヤツみたいだったんだけど!」
興奮状態の舞。ちょっと楽しそうだ。
「舞、久しぶりだな!」
カケルが声をかけると——
「アアアーーー!!! お前、バカ2号じゃないか! なんでこんなところにいるんだよ!」
「バカ1号は俺で、お前はバカ2号だ!」
「あの…… それはどうでもいいことだと思うのですが……」
カケルはセイレーンに、たしなめられた。
「うおおおーーー!!! カケル、久しぶりだなあーーー!!!」
そう言いながら、カケルの元へダッシュする舞。
ここは涙溢れる感動の再会が…… あれ? なんだかカケルの様子がおかしいぞ?
「アハハハーーー!!! は、腹が痛い…… ワハハハハ!!!」
「ちょ、ちょっと失礼ですよ、カケル様! 久しぶりにお会いしたお友だちの顔を見て爆笑するなんて!」
セイレーンがそう言いながら、カケルと舞の元へ駆け寄ると……
「ウケケケケ!!! お、お腹が痛い…… ウキャキャキャキャ!!!」
あれ? セイレーンまで笑い出したぞ?
というか、二人とも失礼じゃないか?
「あっ、ごめん、忘れてた! アタシ、プライベートスキル『芸人』っていうのを持ってるんだ。だから、アタシに近づいた人はみんな笑い崩れるんだよね」
……そういうことは早く言ってやれよ。
……それから、早く離れてやれよ。
ついでに、聖女サマの笑い方、ちょっと変わってるよ。
舞の話によると、彼女の半径約1m圏内に他人が侵入すると、自動的にスキル『芸人』が発動するそうだ。
ちなみに、舞の将来の夢は、お笑い芸人になることだ。
笑いの淵から帰って来たカケルが、舞から約1mの距離を保ちながら話し始めた。
「おい、舞、よく聞けよ。俺はちょっと遅刻しちゃったけど、1週間ほど前、この世界に来たんだよ」
「なんだ、そうだったのか。なんだよ、早速かわいいカノジョなんか見つけちゃって。現地妻か? こういうのを現地妻って言うのか? あれ? 団地妻だっけ?」
「……おいバカ、ちょっと黙れ」
「まったくカケルはエロいんだから。相変わらずだよ、カケルのエロさは」
「カケル様は、相変わらずエロいのですか?」
純粋な瞳でカケルに問いかけるセイレーン。
「いいえ、そんなことはりません。断じてそんなことはありませんですとも。このバカの、エロに対する概念が破天荒なだけなのです。言い換えますと、コイツの頭の中は小学生のままなのです。一例を申しましょう。このバカにとっては、並んで男女が歩いているだけで、もうそれはエロいことなのです。コイツは未だに、赤ちゃんはコウノトリがキャベツ畑から運んで来ると頑なに言い張っているのです」
「え? 違うよ? コウノトリがキャベツを食べて、ウン◯する代わりに赤ちゃんを産むんだよ?」
「…………私、先日バカ3号になりたいなんて、身の丈に合わない望みを口にしてしまい、今とても後悔しています。バカのレベルが高すぎてついて行けません……」
「流石、カケルの現地妻だけあって、面白いこと言うんだね」
「……今日のところは、俺の負けということにしといてやるよ」
なんの話をしているのやら……
もはやツッコミを入れるタイミングが、よくわからなくなってきた。
「いやぁ、やっぱりバカな人と喋ってると楽しいね。この世界にはバカな人がいっぱいいて、アタシは嬉しいんだよ。なんてったって、スキルを考えたこの世界の神様的な人もバカなんだからださ」
神様的な人に失礼だよ。どんな人なのか、よく知らないけど。
「だってさ、アタシは『高《《跳》》び』の選手なんだよ? それなのに、なんでアタシのスキルが『《《飛》》翔』なんだって話だよ。きっと、アタシとおんなじで、漢字が苦手なんだろうね」
……確かに。この世界、大丈夫なのか?
「でもさあ、せっかく久しぶりに会えたのに悪いんだけど、アタシ、この後すぐ、次の配達があるんだよね。夜はヒマにしてるからさあ、日が落ちたら二人で一緒にアタシの家に遊びに来てくれよ。じゃあな!」
「おい、待てよ! おまえ、いつからそんな真面目人間になったんだよ!」
「え? なに言ってんの? アタシは帝国のために働かなくちゃならないんだから、当然だろ?」
そう言うと、再びスキル『飛翔』を発動させた舞は、大空目掛けて舞い上がった。
ポカーンとした表情で舞を見送ったカケルとセイレーン。
「…………アイツ、絶対、洗脳されてる。陸上部でサボリ魔として有名だったあの舞が、真面目に働くなんてありえない……」
「帝国のために働く、ですか…… ちょっと引っかかりますね」
疑惑を抱くポイントは違えども、二人とも舞の言動に違和感を感じていた。
少し離れた場所からカケルと舞のやり取りを隠れて見ていた委員長が、二人の元へ駆け寄って来た。
「やっぱり、クラスの仲間たちは、帝国に洗脳されていたようね」
やはり委員長もそう感じたようだ。
「次の方針なんだけど…… 早瀬君は高嶺さんの家の場所を知ってるの?」
「家? ああ、知ってるけど? ウチのクラスでサッカー部に入ってる、塔山蹴人ん家の近くで——」
「…………ハァ、そういうことだと思ったわ」
「え?」
「さっき高嶺さんが、『夜、ウチに来て』って言ったとき、なんで場所を聞かないのかって思ったら……」
「あっ! あのバカ、自分の家に来いとか言って、家がどこにあるのか言ってネエし! まったく、アイツは本当にバカなんだから」
…………お前もな。




