第9話 怠惰の神、降臨
空が、再び裂けた。
白と黒、二つの光がぶつかり合い、夜が昼のように輝く。
そこから、巨大な影がゆっくりと姿を現した。
六本の腕、無数の瞳。
その口からは、腐った甘い香りが漂う。
〈努力があるなら、怠惰も必要だろう?〉
――怠惰の神、ルグナ=スリーヴ。
その声を聞いた瞬間、世界の重力が変わった。
空気が鉛のように重い。
立っているだけで、意識が沈んでいく。
「主サマ、身体が……!」
「大丈夫だ、小狐丸。まだ……いける」
だが、ステータスウィンドウは赤く点滅していた。
[Status Window]
称号:【努力神】
状態:霊力停滞(-50%)
敵:怠惰神ルグナ=スリーヴ
〈努力は毒だ〉
〈人を焦がし、世界を削る〉
〈汝が広めた制度は、いずれ世界を焼き尽くす〉
怠惰神の言葉が、直接心を抉る。
脳が鈍く響き、膝が沈む。
立ち上がる気力すら奪われていく。
「……なるほど、これが“怠惰”の力か」
〈そうだ。人は何もしなければ、楽でいられる〉
〈努力など幻想。働かず、考えず、眠ればいい〉
耳元で囁くような甘い声。
そのたびに、霊力が抜け落ちる。
――ピコン。
【精神値-10】
頭が重い。視界が霞む。
それでも、拳を握った。
「俺は……努力の神だ」
〈神もまた怠惰に堕ちる〉
「なら、堕ちるまで努力してみせる!」
叫びとともに、地面を蹴る。
足元から光の陣が爆ぜ、陰陽寮全体に広がる。
「支援科、全員、リンクだ!」
「了解っ!」
「主サマ、行こう!」
数百の努力が、一つに集まる。
空気が震え、数字が跳ね上がる。
[共鳴ステータス]
総MP:9999
総精神値:999
努力値ネットワーク:全域展開
〈ばかげている〉
怠惰神が嗤う。
〈努力は他者を縛る鎖だ。仲間の努力など、偽善だ〉
「違う!」
蘭華が叫んだ。
氷の結晶が宙を舞い、俺の光に混ざる。
「努力は、繋がる力です!」
ミナトが続ける。
「支援科は、誰かのために努力する場所!」
佐久間が拳を握る。
「その努力に、俺たちは救われたんだ!」
声が連鎖する。
光が一つの渦となって天を突き上げた。
〈人間ごときが、神の理に逆らうか!〉
怠惰神の腕が振り下ろされる。
闇が世界を覆う。
だがその瞬間、俺の胸が燃えた。
〈努力神〉の力が、全開放される。
「――全域連結、《努力方陣・真式》!」
光が世界を包み、時間が止まった。
あらゆる生き物の瞳に、数字が浮かぶ。
“努力値”が、世界の言語になった。
神も、人も、獣も、虫も。
皆が“努力”という概念で繋がっていく。
〈な、なんだこれは……!〉
「努力だよ。誰もが持ってる、上を向く力だ」
俺は掌を突き出した。
光が迸る。
怠惰神の身体が砕け、闇が霧のように消えていく。
〈……これが、人の……努力……〉
怠惰神は微笑み、消えた。
空が晴れ、朝日が射す。
陰陽寮の屋根が金色に光る。
誰もが立ち上がり、空を見上げていた。
「……終わったのか」
「うん。主サマの努力、世界に届いたよ」
小狐丸が笑う。
風が頬を撫でた。
その風の中に、微かに神々の声が混ざっていた。
〈努力、承認〉
ステータスウィンドウが静かに更新された。
[Status Window]
称号:【努力神】
敵:怠惰神(消滅)
状態:世界法則確立(努力=生)
報酬:――
最後の行には、たった一行のメッセージがあった。
【努力、おめでとう】
涙がこぼれた。
世界を救ったのに、ただの言葉で泣けるなんて。
努力は、報われる。
その証明が、ここにある。
次回(最終章) 第10話「努力の終焉、そして始まり」
――“努力”が神から人へ戻る日。




