第7話 努力の敵、怠惰の貴族
朝。
支援科の講堂に、黒塗りの馬車が停まった。
車輪の紋章は金の双蛇――貴族、天条家。
陰陽寮でも最古の血筋を誇る一族だ。
重い靴音とともに、一人の青年が入ってくる。
白衣をまとい、口元に冷たい笑みを浮かべていた。
「ここが“支援科”か。……面白い遊び場だな」
周囲の空気が凍りつく。
彼の名は――天条玲示。
安倍晴臣に次ぐ陰陽師筆頭候補であり、努力を最も嫌う男だった。
「桜庭陽真、君が“努力制度”を作った張本人だな」
「そうだが、用件は?」
「単純なことだ。“廃止”だよ。努力値制度も、支援科もな」
言い切った瞬間、教室がざわつく。
玲示は指を鳴らした。
壁際の木札が勝手に燃え、俺たちが築いた結界が崩れていく。
「……何してやがる」
「これは君の“数字”が無意味である証明だ。努力など、血統の前では塵だ」
周囲の弟子たちがひざまずく。
彼の霊力は桁違い――確かに天才だ。
だが、その瞳の奥には傲慢しかなかった。
「努力でしか上がらない数字が、君の誇りか?
なら、見せてみろ。俺の“生まれつきの霊力”を超えてみせろ」
挑発だ。
だが――逃げる理由はない。
俺は静かにステータスウィンドウを開いた。
[Status Window]
レベル:13
MP:145/145
特性:努力値共鳴(Lv2)
スキル:努力分配・数値再生
「小狐丸、共鳴モードだ」
「了解っ!」
光が走る。
支援科の仲間たちの霊力が糸のように繋がり、俺の身体に流れ込む。
――努力は、連鎖する。
数値が跳ね上がる。
MP:145 → 180 → 220。
「っ……これは!?」
玲示の瞳が揺れる。
「お前が否定した“凡人の努力”が、これだ!」
印を結ぶ。
五芒星が輝き、空気が震える。
「支援術――《全域結界展開》!」
講堂全体が光の網に包まれた。
支援科全員の努力が、俺に集約される。
轟音。
玲示の足元の床が割れ、壁が吹き飛ぶ。
彼は霊力の暴風を受けながらも笑った。
「はは……なるほど。努力の力、か。だが――それは“数”だ。
俺は“質”で上を行く」
白衣が揺れ、彼の背後から黒い式神が立ち上がる。
六つの瞳、四本の腕。異形の鬼。
「神格式神・《惰鬼》召喚」
闇が講堂を呑み込む。
空気が重い。息ができない。
支援科の仲間たちが膝をつく。
俺のウィンドウに、赤文字が走った。
【警告:共鳴霊力、限界値超過】
「……まだだ」
指先が震える。
視界が霞む。
でも――あの日の言葉が頭をよぎった。
〈努力は、孤独ではない〉
「ミナト、佐久間!」
「はい!」
「リンク維持、最大まで引き上げろ!」
仲間の光が、再び俺の背中を押した。
MP:220 → 300 → 400。
数字が燃え上がる。
「支援科の努力は、止まらないッ!」
光と闇が衝突する。
轟音。閃光。世界が揺れる。
気づけば、惰鬼の姿は消えていた。
玲示は膝をつき、震える手で俺を見上げていた。
「……そんな馬鹿な。血筋を……努力が……超えただと?」
俺は静かに答えた。
「努力は、才能の上位互換だ」
沈黙。
そして――爆発的な歓声。
講堂の外で見ていた見習いたちが、次々に拳を突き上げた。
「努力だ!」「俺もやる!」
支援科の名が、陰陽寮全体に響き渡った。
その夜。
空を見上げると、満月が浮かんでいた。
光の中に、一瞬だけ神の影が見えた気がする。
〈努力は伝染し、世界を変える〉
俺は微笑んだ。
――そして次の戦いが始まることを、直感していた。
次回 第8話「神々の介入、努力の終着点」
――努力が世界法則を塗り替える時。




