第4話 努力の代償、神々の声
戦いのあと、世界は静まり返っていた。
神獣・白澤は姿を消し、空には裂け目だけが残る。
その裂け目の奥で、誰かがこちらを見ている――そんな気配があった。
努力で神を超えた。
……その代わりに、何かを失った気がする。
「主サマ、大丈夫?」
小狐丸の声が震える。
見下ろすと、自分の手が淡く透けていた。
「……霊力、抜けてる?」
「ううん、違う。神サマに“認識”されちゃった」
――ピコン。
視界に赤いウィンドウが浮かぶ。
[Warning]
神域覚醒(β)を発動した代償により、
霊的座標が“神界”へ登録されました。
一定時間後、強制転移の可能性があります。
「……はあ!? 強制転移ってどういうことだよ!」
「神サマ、きっと“呼んでる”んだよ。主サマの努力、気に入ったんだね」
小狐丸は笑うが、その尾は震えていた。
努力が、神に届いた。
だが、届いたがゆえに“向こう側”に引きずられる。
皮肉だ。報われた瞬間に、終わりが訪れるなんて。
「……陽真!」
振り返ると、陰陽師の少女――藤原蘭華が立っていた。
試験の時、俺を嘲っていたあの天才だ。
彼女の式神〈雪鬼〉が氷の粒を撒き散らしながら、俺に道を作る。
「さっきの戦い、見てた。あんた、本気で神を……」
「……超えた、かもしれない」
「バカね。そんなこと、誰もできないのに」
蘭華が泣きそうな顔をした。
あの冷たい目が、今はまるで人間らしい。
「霊力が暴走してる! 止めないと!」
「無理だ。これは……俺の“努力の結果”だ」
「結果が死ぬことなら、努力なんて要らない!」
その一言が、胸に突き刺さった。
努力は、誰かの涙を呼ぶのか。
そんなこと、考えたこともなかった。
――ピコン。
ウィンドウに、初めて“声”が混じった。
〈人間、桜庭陽真。汝の努力を見届けた〉
〈神々は問う。努力とは、誰のためのものか〉
空が鳴る。風が凍る。
裂け目の奥から、白い手が伸びてくる。
俺を――引きずり上げようとしていた。
「主サマ、行っちゃダメ!」
小狐丸が飛びつく。霊光が散る。
その小さな身体が、俺と神の腕の間に挟まった。
――霧散。
「……小狐丸!」
声が出なかった。
光の粒となって消えていく小さな姿。
最後に残ったのは、温もりだけ。
「神様が、連れていくなら――俺も行く」
蘭華が叫ぶ。
氷の翼が背から伸び、俺の手を掴んだ。
「そんな努力、私が引き戻す!」
彼女の霊力が俺の体内に流れ込む。
炎と氷が混ざり合い、光が爆ぜた。
――ピコン。
【協働行為により特性変化】
【努力値限界突破(共鳴)へ進化】
「っ……!」
霊力が逆流し、光が世界を塗り替える。
神の手が砕け、裂け目が閉じていく。
視界が白に包まれる直前、誰かの声が響いた。
〈人間。努力とは、孤独ではない〉
気づくと、夜の神社に倒れていた。
隣で、蘭華が眠っている。
胸の上には、淡い光の珠――小狐丸の魂が宿っていた。
「……戻ってきた、のか」
ウィンドウが静かに開く。
[Status Window]
レベル:10
MP:120/120
新特性:努力値共鳴(蘭華・小狐丸)
神域覚醒:封印状態
「努力は、誰かと重なることで意味を持つ」
小狐丸の声が、心の奥で囁いた。
空を見上げる。
雲の切れ間に、月が光っていた。
その月の上に、誰かが微笑んでいる気がした。
神か、それとも――俺の未来か。
次回 第5話「陰陽寮の新星、そして再試験」
――努力は孤独から希望へ。




