第3話 神に挑む努力値
空が裂けた。
光の柱が、陰陽寮の天井を突き抜けている。
安倍晴臣――陰陽寮筆頭。
“神の声を聴く男”と呼ばれる存在。
その彼が、俺を見て笑った。
「努力値、ね。ならば証明してみろ。
――努力が、天を越えるのかを」
次の瞬間、霊圧が爆ぜた。
地が割れ、空気がねじれる。
ただ息をするだけで肺が焼けるようだ。
俺は拳を握る。
ステータスウィンドウが、まるで鼓動のように脈打っていた。
[Status Window]
レベル:7
MP:38/38
新特性:努力値限界突破(LV1)
「小狐丸、行くぞ!」
「うん、主サマ!」
五芒星が光を放つ。
小狐丸の体が分裂し、三つの幻影が走った。
けれど――その全てを、晴臣は指先ひとつで霧散させる。
「子供の遊戯だ」
風が唸る。
目に見えない刃が頬を裂いた。
そのたびに、MPが削られていく。
MP:20/38 → 14/38 → 9/38。
視界が揺れる。
俺は歯を食いしばった。
「まだ……終わってない!」
努力は裏切らない。
それを信じて、俺は訓練を続けてきた。
座禅も、祈りも、呼吸も。
一つ一つが無駄じゃなかったと証明したい。
そして、脳裏に浮かぶのは――あの通知音。
――ピコン。
【条件達成:努力値限界突破LV2】
「……っ!」
身体の内側が、爆発するように熱くなった。
目の前の世界がスローモーションになる。
晴臣の攻撃軌道が、すべて見える。
俺は地面を蹴った。
霊力が脚を走る。
風を切り裂く音。
掌に光が集まり、文字が刻まれる。
「陰陽術――《極点結界》!」
轟音。
結界が展開し、衝突する霊波をすべて吸収した。
「ほう……今のを防いだか」
晴臣の声が、ほんの僅かに楽しげだった。
しかし、その目は鋭く、冷たい。
まるで、神が人間の努力を観察しているかのようだ。
「ならば、これはどうだ」
晴臣の指が動く。
周囲の霊脈が爆ぜ、天井が消えた。
空に浮かぶ巨大な陣が輝く。
「神域召喚・白澤」
白い獣が降りてくる。
六つの角を持つ神獣――霊界の守護。
地が震え、観客の陰陽師たちが逃げ出した。
俺の中で、何かが切れた。
怖い? 違う。
悔しいんだ。
努力してきた時間が、たった一瞬で打ち砕かれるのが。
――ピコン。
【感情高揚:潜在値+5】
【神域適正:発動条件達成】
「……きたか」
視界が白く染まる。
風が止み、音が消える。
俺の中で、誰かが囁いた。
〈努力は神をも超える。〉
ステータスウィンドウが変形し、新たな項目が現れる。
[Status Window]
特性:努力値限界突破(LV3)
新特性:神域覚醒(β)
「小狐丸――リンク!」
「了解、主サマ!」
小狐丸が俺の影に溶ける。
次の瞬間、身体中に狐火が走った。
霊力が、燃える。
皮膚の下で光が流れ、数字が跳ね上がる。
MP:999/999。
「なっ……!」
晴臣の瞳がわずかに見開かれた。
「努力値、上限突破だと……!?」
俺は笑った。
口角が勝手に上がる。
血の味がするのに、心は軽い。
「俺の努力は、ここで終わらない」
掌を突き出す。
式神と俺の霊力が重なり、白澤の巨体を直撃した。
閃光。轟音。空間がねじれる。
――静寂。
光が消えたとき、神獣は跪いていた。
白い毛並みが風に揺れ、瞳が俺を見つめる。
その瞳の奥に、確かに“敬意”が宿っていた。
「……降参、だな」
安倍晴臣が、初めて微笑んだ。
そして静かに言った。
「お前の努力は、神の理を超えた」
歓声が上がる。
陰陽寮の庭が揺れる。
小狐丸が尻尾を振りながら、俺の肩に飛び乗った。
「主サマ、勝ったね!」
「……ああ。でもまだ道の途中だ」
俺は空を見上げた。
青空の向こうに、誰かの視線を感じる。
――神は、微笑んでいた。
次回 第4話「神々の試練、そして“努力”の意味」
――努力は奇跡か、運命か。




