第2話 陰陽寮試験、努力値の限界
夜明け前。霧の立ちこめる参道を、小狐丸と並んで歩く。
今日は、陰陽寮の昇格試験――見習いが正式な陰陽師として認められる日だ。
合格率、およそ一割。落ちれば田舎寺への左遷。
俺のような「無血筋の転生者」にとっては、最初で最後のチャンスでもある。
「主サマ、顔がこわい」
「緊張してるんだよ。落ちたら居場所がない」
「だいじょーぶ。ボクいる」
小狐丸が俺の足元をくるくる回る。
白い尾がふわりと霧を払った。
陰陽寮の庭は、百人を超える受験者でごった返していた。
中央には、巨大な五芒星が刻まれた試験場。
その周囲を、位の高い陰陽師たちが見下ろしている。
彼らの視線は冷たい。俺の粗末な服装をひと目で値踏みしているのが分かる。
「転生者か。異界の魂が通用すると思うなよ」
「ステータスだと? 愚かしい。努力で霊力が伸びるなど幻想だ」
――うるさい。
俺は目を閉じ、自分のステータスを開く。
[Status Window]
名前:桜庭陽真
レベル:5
HP:38/38
MP:22/22
力:9
体力:10
知力:12
精神:11
特性:努力値上昇(EX)
三週間、寝る間を惜しんで修行した結果だ。
数字はまだ低い。けれど、確かに伸びている。
「……いくぞ、小狐丸」
「うん!」
試験の最初は「式神制御」。
召喚した式神を自在に操れなければ即失格だ。
周囲の受験者たちは、次々と華やかな式神を呼び出していく。
鳳凰、龍、鬼。どれも光り輝くような力を放っていた。
対して、俺の隣には――小さな狐が一匹。
「ぷ、ぷはっ……! あれが式神? 子狐じゃねえか」
「見ろよ、可愛いな。遊びに来たのか?」
笑いが起こる。
けれど小狐丸は、尻尾をぴんと立てて吠えた。
「主サマ、命令ちょうだい!」
「ああ――いくぞ!」
印を結ぶ。五芒星が足元で光った。
「式神・小狐丸、守護陣展開!」
周囲の空気が震え、青白い光が走る。
小狐丸の周りに、薄い結界が形成された。
最初は小さかった光が、少しずつ広がっていく。
──ピコン。
ステータスに、また文字が浮かぶ。
【集中時間+1分:精神+1 MP+1】
「……上がった」
「なに?」
周囲の陰陽師がざわつく。
努力した瞬間、リアルタイムでステータスが成長する。
誰も見たことのない現象だった。
「まさか、努力チートか……?」
「バカな、理論的にありえん!」
俺は構わず結界を広げる。
汗が額を流れる。足元が震える。
それでも、続けた。
MPが底を突くたびに、息を吸い、吐く。
――ピコン。MP+1。
――ピコン。精神+1。
数字が、限界を超えて積み上がっていく。
だが、次の瞬間。
隣の受験者が式神を暴走させた。
巨大な炎の獣が咆哮し、試験場の結界を突き破る。
「危ない! 逃げろ!」
悲鳴。混乱。
炎が渦を巻き、試験場が灼熱に包まれる。
俺の身体も焼かれそうになる。
――だが、ステータスウィンドウが再び輝いた。
【危険感知:発動】
【条件達成:特性派生・努力値限界突破】
「……突破?」
視界が白く染まり、俺の周囲に新たな数式が浮かぶ。
五芒星の線が自動的に拡張され、光が輪を描いた。
「結界、二重展開ッ!」
爆炎が襲いかかる瞬間、俺と小狐丸の前に巨大な結界が立ち上がる。
炎が弾け、試験場全体を包んだ。
煙の中から現れたのは、まだ立っている俺。
そして、俺の足元に淡く光る小狐丸。
「馬鹿な……あの霊力量で、白炎を防いだだと!?」
「努力チート……本当に存在するのか……!」
審査官たちが一斉にざわめいた。
その中央に立つ長身の男――陰陽寮筆頭、安倍晴臣が俺を見下ろしていた。
金の瞳が、興味深げに細められる。
「桜庭陽真、だったな。お前、面白い。」
彼はそう言って、静かに印を結ぶ。
その瞬間、周囲の空気が凍った。
圧倒的な霊力。神に近い存在の気配。
「次の試練は――私が相手をしよう」
試験は終わりではなかった。
むしろ、ここからが本番だ。
努力チートは、まだ“上限”を知らない。
俺は震える指でウィンドウを開き、ステータスを見つめた。
[Status Window]
レベル:7
HP:45/45
MP:38/38
精神:15
新特性:努力値限界突破(LV1)
そして、表示の下に小さく浮かんだ文字を見て、思わず息を呑んだ。
【努力の累計により、“神域適正”を取得しました】
「……神域、だと?」
小狐丸が尻尾を振り、にやりと笑った。
「主サマ、ついに“神”に見つかっちゃったね」
次回 第3話「神に挑む努力値」
――努力チート、神域に踏み込む。




