第1話 転生、そして異常なステータス画面
気づいたとき、俺は知らない空の下にいた。
灰色の雲が渦を巻き、墨を流したような空がどこまでも広がっている。風が重い。空気の密度が違う。
そして――背後から響く鈴の音。
「――汝、何者ぞ」
振り向くと、白装束の男たちがずらりと並んでいた。
手には紙札、額には呪符。まるで平安時代の陰陽師だ。いや、そういうコスプレイベントでもやってるのか? と一瞬思ったが、地面に描かれた五芒星が青白く光っている。冗談じゃない。
「……召喚、成功か」
「まさか異界の魂を本当に呼べるとはな」
聞こえてくる会話の意味を必死に理解しようとした瞬間、頭の奥で何かが弾けた。
――ピコン。
視界の隅に、青いウィンドウが浮かぶ。
[Status Window]
名前:桜庭陽真
職業:?(未登録)
レベル:1
HP:20/20
MP:5/5
力:4
体力:5
知力:6
精神:5
敏捷:3
特性:努力値上昇(EX)
「……は?」
俺は思わず声を漏らした。
RPGのステータス画面みたいなものが、現実に浮かんでいる。
しかも“努力値上昇”? なんだそれ。
「おい、そこの者!」
陰陽師らしき男が近づいてくる。
「魂の干渉が不安定だ。術式を固定せよ!」
次の瞬間、足元から光が弾けた。
俺の身体は再び宙に浮かび、意識が遠のく。
目が覚めたとき、俺は藁ぶき屋根の部屋で寝ていた。
畳の匂い。障子越しの淡い光。
目を凝らすと、隅に小さな狐のようなものが丸くなっている。
「……あの、誰?」
「キュウ?」
小さな狐が顔を上げ、尻尾をふわりと揺らした。
毛並みは白く、額に赤い印がある。
「ボク、式神。主サマ、さっき召喚されたヒト」
「式神……? 俺の、か?」
狐はこくりとうなずく。
どうやら本当に陰陽師の世界に転生してしまったらしい。
だが、問題は別にあった。
俺には、霊力の“れ”の字もない。
夕方。近くの神社の境内で、俺は式神を呼び出そうとしていた。
陰陽師見習い用の基礎術――「式神召喚」。
しかし、何度やっても火花が散るだけだ。
「む、無理……主サマ、霊力ぜんぜん足りてない」
「わかってる! でもやるしかないんだよ!」
掌に刻んだ簡易陣を描き直す。
息を整え、集中し、再び唱える。
「我、精霊の理に従い――」
そのとき、また視界に青い文字が浮かんだ。
――MP不足です。
「は?」
まるでゲームのエラーメッセージだ。
霊力=MP扱い? そんな馬鹿な。
だが、ふと気づいた。さっきより“MP”が1増えている。
ステータスを確認すると、確かにMP:6/6になっていた。
「……努力で上がる、のか?」
「主サマ、それは、珍しいコト」
小狐丸が目を丸くする。
「普通は、霊脈とか血筋で決まるモノ。努力で上がるヒト、聞いたコトない」
胸の奥が熱くなった。
つまり、努力したぶんだけ成長できるってことだ。
翌朝から、俺は修行を始めた。
座禅三時間、呼吸法一〇〇回、護符書写五枚。
最初は何も変わらなかった。
だが三日目、ステータスを確認すると――
MP:9/9。精神:7。
「よし……本当に上がってる」
「主サマ、すごい! もしかしてボクも一緒に上がる?」
「やってみようか」
式神召喚の儀式を再度試す。
今度は、空気が震えた。
小狐丸の体が淡く光り、空気中の霊粒が集まる。
「――召喚・小狐丸、顕現!」
青白い光が一瞬、辺りを照らし、狐が実体化した。
初めて、俺の“努力”が形になった瞬間だった。
その夜。陰陽寮の方角から、鐘の音が鳴り響いた。
召喚成功者は「見習い陰陽師」として登録されるらしい。
けれど、同時に聞こえた噂に、背筋が冷えた。
「今年の昇格試験は、神獣・白澤の封印再現だとさ」
「霊力が低いやつは、即脱落だな」
俺の霊力は、まだ雀の涙。
だけど、画面の隅では確かに光っていた。
――努力値上昇(EX)。
「……やるしかないな」
この世界の誰よりも遅く、誰よりも地道に。
俺はMPを1ずつ積み上げていく。
誰も見向きもしない努力の果てに、“最強”が待っていると信じて。
次回 第2話「陰陽寮試験、努力値の限界」
才能の壁を、数値で超えろ。




