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創作  作者: 割引
9/13

お助け使用人 中編

流石に後編で終わるようにします

9/29修正


「……」


「…」

「…ぅ」


「ん…?」



いつも通り目を覚まして感じたのは、

小さな窓から入る僅かな光と、

酷い身体の疲れや痛み…


じゃなかった。



「…」

「……」

「……ぇ?」



小さなどころでは無く、

見えるのは壁に何枚も続く大きな窓。

どれも白いカーテンがかけられているが、

夕陽が溢れていて輝いているように眩しい。


と言うかそもそも、見える全てが違う。


ベッドはキングサイズよりは小さいが、

寝心地も良くてより高級な事が分かるし、

いつもより少し広い部屋には、

木製で統一された家具が置いてあった。


「ひぇ…」


ぽかんとしながら起き上がると、

さらに自分が裸のままじゃなくて、

新品なくらい綺麗で触り心地の良い

ネグリジェを着ている事に驚いた。


しかも身体がそこまで痛く無い。

いつもは少し動くのも嫌なくらい疲れて、

身体中に痣とか傷が付いて、

腰のあたりが痛くて仕方なくなるのに…

そして手錠もついて無かった。


「…ぇ…」

「……」



「…」

僕はとりあえず考えるのをやめて寝る事にした。


「もっかい寝ちゃう?」

「わっ!?」


窓の近くにはいつの間にか人が立っている。

さっきまで居なかったし音も無かったのに…

急に現れた事に僕は肩を揺らして驚いた。


同じくいつの間にか開いているその窓からは、

夕陽が先程より鮮明にスポットライトを作っている。


オレンジの光を背に受けるまさにその輝きのさ中、

窓辺に綺麗な執事の燕尾服を着て立つその人。


まるであの屋敷で、

やって来たばかりの協会所属の2人を見た時みたく、

光に包まれたその姿は天使に見える。


まさかと思いつつ、目を恐る恐る凝らして見ると…


「おはよう〜」

まさに御本人。


その人は、あの屋敷の新入りで、

僕が影からいつもこっそり覗き見ていた、

協会所属の執事だった。


ーーーーー


「久々だねぇ」

「えっと、覚え…分かるかな?

 お屋敷でよく目ぇ合ったりして…」

「たん…だけど…」


「……ぁ…」


もう目覚めた時から驚く事ばっかり。

かつてこんな膨大な衝撃を処理した事の無い僕の頭は、

とっくに限界を迎えてショートしていた。


聞きたい事も言いたい事も、

目の前の彼に対して沢山湧いてくるけれど、

口がぱくぱく動くだけでもう声も出てこない。


「……」

「…ん?ボク?」


「……」

「…あのぉ…返事とかしてくれないかな…?」


「……」

「えっと、あはは…お兄様困っちゃう〜…」


「……」

「……」


沈黙が流れる。

とにかく申し訳無かった。


するとその沈黙をまさに文字のごとく破るように、

部屋のドアがバンッと豪快に開く。


「?!」

またもや僕は肩を揺らして驚いた。


「うわーーーっ!!!」

「あら、やっと起きたのね」

「ごきげんよう…

 両手が塞がった状態で失礼するわ」


「私は…」

「って我が妹!!」

「…あら居たの、お兄様」

「ずっと居たけどぉ?!」

「まったく、大声を出して…

 この子は療養中なのだから、

 あまり刺激しないでもらえるかしら?」


入ってきたのはメイド服の少女。

彼女も僕が覗き見ていたもう1人、

かの協会所属メイドだった。


「ほらもう…お兄様のせいよ?

 驚きで固まってしまっているわ」

「いや驚かせてんのそっちだからぁ!

 今のドア蹴破りは流石の俺もびっくりだよ」

「仕方ないでしょう、

 両手が塞がっているんだから」

「お兄様はキミのそうゆうとこが怖ぁい…」



「……」


兄妹らしい2人はこれが普段のペースなのか、

目の前でお喋りを続けている。

屋敷では猫を被っていたのか口調も全く違うし、

かつて見ていた完璧な姿とはかけ離れていた。


でも不思議と、落胆するとか、

がっかりするような気持ちは湧かなかった。


多分それは…


「煩くてごめんなさい、どうぞ、朝食よ

 …時間的にはもう夕食だけれど」

「身体の調子はどう?大丈夫かしら?

 栄養バランスを考えて作ったの、

 無理せず食べられる範囲で食べて」

「勿論、食べられるならおかわりもあるわ」


「ごめんねぇ起きたばっかなのに」

「あとそっか、場所とか違うしびっくりするよね」

「でもその…ゆっくりで良いから、

 あんまり怖がらないでくれると嬉しいなぁ」


2人が、変わらず優しかったからかもしれない。



「じゃ、私たちも食事にしましょ、

 お隣に失礼するわ」

「?!」

「重ね重ねで悪いんだけど…

 キミと一緒に食べたくてさぁ」


「…お兄様たちと食べるのは嫌かな?」

「っ!!」

「めっっっちゃ首降るじゃ〜ん」

「ありがと!嬉しいよぉ」


ーーーーー


僕は2人に見守られながら、

パンとスープをおかわりもして食べた。


自分でも不思議で少し驚いている。

そもそもそこまでお腹は空いていなかったのに…

この食事が今までで一番美味しかったからかな。


前もお父様にはそれなりの食事を貰っていたが、

いつも冷めていたし部屋で1人だった。

食事というのはやっぱり温かさが大事なのだろうか…



空になった食器、そして両隣の2人を前に、

僕の気持ちはいつの間にか穏やかになっていた。


「やっと落ち着いたかしら?」

「…う、うん」

「良かったわ」


「じゃあ片付けてくるからお兄様、

 その間に…お願いね」

「もう?」

「少しでも早く、ですって」

「…そっか」


「?」


2人の会話の内容はあまり理解出来なかったが、

本人たちはどうやら納得したらしい。


メイドの彼女は来た時と同じく、

また両手が食器で塞がったまま部屋を出て行った。



満腹感で、目の前の景色がぼんやりとする。

僕はまた夢の世界に落ちそうだ…


そんな椅子に座った僕と目線を合わせるように、

隣に執事のお兄さんがしゃがんでくる。

彼はそうやって僕を見つめるまま、

柔らかい声で話を切り出した。


「お腹いっぱい?」

「うん…」

「あはは、眠そうだねぇ」


「そうだなぁ…」

「ほんとはこのまま寝かせてあげたいんだけど」


執事のお兄さんが少し考え込んで、

その言葉には間が空く。



「…急にごめんね」

「少し触ってもいいかな?」


そんな事で許可を取られたのは初めてだった。

しゃがんでいて僕より低い位置だから、

彼は上目遣いになっている。


「…?」

「……」


僕は頷くことで返事をした。


「ありがとう」


ぽつりと言ってから、彼はその白い手袋を外す。

ゆっくり伸ばされた片手は、そっと僕の頬に触れた。


僕よりずっと大きい執事のお兄さん。

その手は、僕より少し冷たい。

初めは触れているだけだったが、

段々と動いて、僕のほっぺをもちもちしてくる。


「…くふふ」

「やらかいね」


目の前の彼は呟いて、

ふにゃりと擬音がつくかのように優しく笑った。


「ねぇ、ボク」

「?」


「…怖くない?」


「…」

「…うん」


しっかり声を出して頷いた。


「…ほんと?」

「うん」

「そっかぁ」


この人に触られるのは、怖くない。

むしろ不思議に安心するくらい…

僕はもはや、完全に気を許していた。


ーーーーー


お兄さんが手を離して、

少し黙った後、口を開く。


「ねぇ、ボク?」

「…何個か聞いても良いかな」

「無理に…答えなくてもいいんだけど」


僕は頷いた。

「うん…ありがとう」


「……」

「…キミはさ」



「あの、”お父様”の子供?」



その代名詞を言われただけでもびくっとする。

瞬間に、体温が少し下がった気がした。


「急だよね、ごめん」

「何かしようって訳じゃないんだ、

 ただ聞くだけ」


「……」

「…答えても答えなくても、

 キミの身には何も起こらない。絶対にね」

「そこはこの俺の命をかけて保証する」


「なんだけど…うん、」

「…思い出したくはないよね」


「本当にごめんね…

 でもほんの少しだけ頑張ってほしい」

「本当に少し…今だけだから」

「お願い」


目の前のお兄さんは、真剣な目をしている。


「……」


実際何か聞かれるだろうなとは分かっていた。

じゃなきゃ、あの自分がこんな、

知らない綺麗な場所にいる説明がつかないから。


…勇気を出さなきゃ。


この人達には、寝る所も食べる物も貰った。

自分からも返せる物があるなら返したい。

それが求められているなら尚更だ。


ひとつ深呼吸をして、僕は覚悟をした。



「ぼ、僕は」

「あの人の子供じゃないと思う」


「あ…あんまり、覚えてないけど」

「僕を”買った”って言ってたから、多分…違う」



「…なんでキミは、

 あいつを『お父様』って呼ぶの?」


「それ…は」

「言われたから」

「というか…それしか、知らない」

「そうなんだね」



「…お屋敷で良く会ったけど、

 普段はどの部屋で、どう過ごしてた?」


「ずっと、ベッドルームにいた」

「うん」

「でも…よく抜け出して、て」

「お屋敷の探検…してた」


「…自分で部屋から抜け出せるのに、

 外に逃げなかったの?」

「うん」


「だってお外は」

「お外は」

「おそ、と…は」

「……」


「…?」

「ボク?」


言われてみれば確かにそうだ。

お屋敷の窓は常に開かれていたし、

なんならベッドルームも窓から出入りしていた。

逃げ出すチャンスは幾度と無くあったはず。


なのに、僕は今まで逃げる事を考えなかった。

それは多分…


「…なんか」

「外に出ちゃいけない気が、して」


「……」

「あの人に言われた…から…

 かも、しれない」

「でも…違う気も…」


「とにかく」

「絶対に出るなって」

「言われてた、ような…」


頭が何かで包まれているみたいで動かない。

なんだか足りないのは分かるけれど、

僕はそれ以上の思考が出来なくなった。


ぐるぐる悩んでいると、

お兄さんが助け舟を出してくれる。


「…もしかして」

「それ以上は、思い出せない?」

「えっと」


その顔は、僅かに目を見開いて、

何か言いたげに口を中途半端に開けて、

どこか期待しているように見える。


ここで何か答えられたら良かったんだけど…

その瞳の奥のキラキラを、

僕はまっすぐ見つめる事ができなかった。


「…わ、分からない」

「ごめんなさい…」


「…あ」

「い、良いの!謝らないで!」

「こうやってキミと話せてるだけで、

 俺すっごく嬉しいんだからさ」



…その後も、彼は僕について聞いてきた。


最初はまだ怖くてあまり話せなかったけど、

質問に答えて、自分を外側から見直していく内に、

もうあんな事しなくて良いんだと実感して、

段々と恐怖心は薄れていた。


「…色々、答えてくれてありがとう」

「これで最後」


「あの部屋で、キミは何をされてた?」



「……」

「…僕は


ーーーーー


…窓からのオレンジ色の夕陽がもう伸びきって、

そろそろ藍色の空に変わる頃。


質問に対して全部洗いざらい答えた後、

僕は執事のお兄さんが淹れた紅茶を飲んでいた。


あのメイドの妹さんが食器を片付ける時、

お茶のセットだけは残してくれていたらしい。

両手で持っているカップには、

夕陽と同じ澄んだ色がきらきら揺れている。


ティーポットに入っていたという紅茶は、

ぬるくなっていてもすごく美味しかった。


「ありがとう、頑張ってくれて」

「お兄様すっごく嬉しい」

「ぅん…」

「くふふ」


「お砂糖とミルクもあるけど、

 紅茶に入れる?美味しいよ」

「…うん」

「はい、どうぞ」


さとう、とみるくが入った二杯目の紅茶は、

とっても甘くてまろやかでとろけてしまいそう。

さっきまでの苦さが嘘みたいに消えていた。



「…そうだ、ボク」

「昨日…いや今日か、何があったかとか、

 なんで自分がここにいるのか、分かってる?」


僕は首を横に振る。


「そうだよねぇ」

「…こっちの事もそろそろ、教えてあげようか」


お兄さんは、きっちりした見た目とは正反対な、

そのゆるい口調のまま、得意げに話し出した。



「まず…ここはね、使用人協会の支部…

 いっぱい持ってるお家の中の一つ」

「多分もう知ってるだろうけど、

 使用人協会は俺たちが所属してるやつだよ」


「で、この協会は優秀な執事やメイドを、

 欲しい〜って人の所に期限付きで貸し出してる」

「この仕組みで、あの人に呼ばれて、

 俺らはキミのお屋敷に行ってた…」


「で!これが、

 ”都合の良い言い方”の場合」

「…え?」

「ここまではあくまで、”仕組まれた事”なの」

「実は裏があるんだよねぇ」


「つっても、そこまで詳しい事は…

 まだ教えられないんだけど」

「俺らが屋敷に呼ばれたのは、

 全部もう決まってた事なんだ」

「あのご主人様に使用人を”呼ばせた”…

 ま言っちゃえば俺たちは侵入してたの」


「で…そんな事をしてたのは、

 全部ある目的のため」

「それがね…」


「キミ」


「…僕?」

「そぉ!」

「まあ他にも調査とかはあったけど、

 元を辿れば…全部一つの理由」


「キミを助けるためだったんだよ」


「…僕を」

「たす、ける」


言われた事をゆっくり咀嚼して頭に理解させる。

でもなんだかその事実を受け止めきれなくて、

僕はぽかんとしてしまう。


初めてだから。



…ずっと僕は、あの屋敷で死ぬんだと思っていた。

あの屋敷であの人に嫌でも触られ続けて、

じきに大きくなったら口封じで殺されるんだって。


あの人は僕の身長が伸びたり声が低くなるのを、

酷く嫌っているように見えたし、

何より僕自身を奥の奥の部屋に隠していたし。


だから僕はほとんど諦めていた。

逃げたいとかやめてほしいとか、全部を。


『誰か助けて』って思う事自体を…

とっくのとうに諦めていた。


でも…



「…あれ、大丈夫?」

「い、一気に話し過ぎちゃったかな…」


目の前のお兄さんは不安そうな顔をして、

機嫌を伺うように僕の顔を覗き込む。

するとすぐ慌て出した。


「わっ?!」

「な、ななな涙、が」

「えと、あ、ごっごめんね!

 何かあっ、た…?」


「…ぁ」


言われて初めて、自分が泣いていると気付いた。

知らぬ間に決壊していた涙は、

自覚すると余計に抑えきれなくなる。


「ううん」

「その」

「違、くて」


「僕」

「嬉しくて…」


諦めていた僕の願いが、叶えられている。


嬉しくて嬉しくて仕方がない。

なのに、涙が止まらない。


「ぅ」

「うれ」

「っ」

「うれしい、のに」


初めてで、どう受け止めていいのかすら、

僕には分からなかった。


「ごめんなさい」

「っごめ」

「なさ…」


「っ」



「…謝らないで」

「え」



その瞬間、僕は抱きしめられた。


「お願いだから…謝らないで」

「キミは何も悪い事してないんだから」


「泣いても良いよ」

「子供なんだからいっぱい泣いて」


「もう我慢なんかしないで」

「よく頑張ったね」



「…っ」

「う」


最初に玄関ホールで見て感じた通り、

僕を見つけてくれたのは本当の天使だった。


ーーーーー


「ごめんなさいお兄様」

「遅くなってしまっ…て…」


「しー」


「あら…寝てしまったの?」

「うん」

「泣き疲れたみたいで」


「まだ子供だと思ってたのに、偉いよなぁ…

 全部話してくれたんだよ」



「…全部?なら、」

「ダメだった」


「まだみたい」

「そう…」


「…待つしかないの?」

「たぶんね」

「……」



「はは」

「やっぱりお兄様悲しいなぁ」


「…また笑ってる」

「こういう時こそ泣くべきじゃないかしら?」

「下のきょうだいに涙なんか見せらんないよ」

「あらそう」



「…ところで」

「お兄様」

「うん?」

「泣かせたの?」

「…あ」


「シャボン玉くらい優しくするようにって、

 あんなにも言ったのに…?」

「ぃいやそのっ、決して辛い思いをさせたとか、

 そうゆう訳では無くて」

「ちがっ違うんだって大丈夫!

 う、嬉し涙!これ嬉し涙だからぁ!」


「…今度の報告会、

 お兄様が代わりに出てね」

「えっ嘘!ごめん!ごめんって我が妹様!!

 二度としませんからどうかそれだけはぁ!!」

「大声出さないでよ…

 彼が起きてしまうでしょ」

「うぅ…はぁい…」


ーーーーー



…2人に拾われてから早くも一日。

僕は協会の部屋で二度目の起床をした。


見える景色は昨日と同じ。

一日も経てば違和感はそれ程感じなかったが、

大きな窓だけはまだ見慣れない。

夕陽も綺麗だったけど、朝日も勿論綺麗だった。


部屋をいっぱいに照らす陽の光を見ると、

何とも言えない暖かさが心に湧いてくる。

そうやって僕がぼんやりと幸せを実感していると、

部屋の扉が静かに開いた。



「おっはよ〜」

「よく眠れた?」


入ってきたのは、

いつもの笑顔な執事のお兄さんと、

相変わらず無表情のメイドの女の子。

2人を見ると僕は安心する様になっていた。


…そういえば、

昨日はお兄さんだけいつの間にか窓辺に居たが、

今日は2人揃ってドアから現れている。


あの時は窓もドアも開いていなかったのに、

お兄さんはどうやって入って来たんだろう…


「まだ目が開ききってないねぇ…

 やっぱ朝には弱いか」

「俺も一緒なんだよ〜

 起きれるけど覚醒までに時間かかっちゃう」

「お兄様のそれは割と本気で直して欲しいわ」

「えっ心外…」


普段と何一つ変わらず、

きっちりした使用人服が似合わない程に、

2人は仲良くお喋りしている。


「…でもキミもそのお兄様の”妹”だからね?

 覚醒遅いのは同じだからね?ねぇ!?」

「しつこいわお兄様」


…まぁいいか。

寝起きだった僕がよそ見していただけだろう。

優秀な使用人の2人を疑う余地はなかった。



それにしてもここは寝心地が良い。

ベッドも枕もパジャマもふわふわでさらさら。

何だか安心する様な良い匂いもするし、

2人のお喋りも不思議と心地良くて…

こんなのに抗うのは僕には流石に出来ない…


そうやってまたよく分からない理論を展開して、

僕はまた夢の世界に堕ちようとしていた。

すると…



「じゃ、ボク」

「ん…?」

「眠たいのはすっごく分かるんだけど…

 それはちょっと待ってもらっても良いかな」

「…ぅん」

「偉いっ!ありがと〜ボク」


「それでは」

「眠り姫…じゃ違うか」



「こほん…改めて」


「エスコートさせて頂いても?」

「シンデレラ」


ーーーーー


「…よし」

「完成〜!」


「わぁ…」


目の前の大きな姿見に写っているのは、

執事のお兄さんと…初めて見る男の子。


彼は、伸ばしっぱなしだった髪を短く整え、

シャツ、ベスト、ショートパンツ…

ガーターベルトに至るまでをきっちりと着込み、

驚いた顔で鏡を見つめている。


「うん…問題無さそうだねぇ」

「お兄様、まだ一つ忘れてるわ」

「あぁごめんごめん」


「ほら、こっち向いて」

「……はい!今度こそ完成〜」


お兄さんが着けてくれたのはリボンタイ。

2人とお揃いの黒色のもの。


「ほら、見て見て」

「これがキミ!かっこいいよ〜」


目の前でずっと視線が合う彼の肩には、

背後からお兄さんの手が添えられている。

今の僕と同じ様に。


そう…鏡に写る男の子は、

誰でもない僕自身だった。



…着替えてから暫く経ってもまだ信じられない。

思い出せる限り、自分の姿なんて見た事無かった。


時間がゆっくりに感じる中、

もう1人の僕は僕をじっと見つめる。

思わず、その片手が鏡に吸い寄せられた。


色白の小さな手が触れたその位置には、

ガラス越しに見開いている僕の瞳がある。


僕の目ってこんな色だったのか…

『そうだよ』


えっ?



『自分の姿なんていつも見てたのに』

『それも忘れたって言うんだね』



目の前のもう1人の僕が喋る。



『それは嘘だ』


『僕は忘れてなんかない、

 分かってるでしょ』


『駄目だよ』


『早く思い出して』

『本当に忘れてしまう前に』


『もうこれ以上逃げないで』





「ボク?」

「はぇっ」


「そんな見入っちゃうくらい気に入った?」

「あ、ぅ、うん」

「ふふ、それなら良かったぁ」


「…」

手を合わせたままの姿見に視線を戻せど、

そこには先程の男の子はもういない。

ガラス越しに見えるのは文字通り自分だけだった。


さっきのは何だったんだろう。

鏡の向こうの僕が語りかけてきていた…?


もしかしてオバケ…


「…」


分からない事を考えても仕方ない、

また頭がパンクするだけだ。

僕は忘れることにした。


ーーーーー


「相当喜んでくれたみたいね」

「うん、こっちまで嬉しくなっちゃう」

「同感よ」



「でも、ダメか」

「…そうね」

「見た目が戻ったらと思ったけれど」

「重症だな」



「…なぁマリー」

「!」


「…まだ彼のいる中よ?

 名前呼びなんて何のつもり」

「そのつもり」

「なっ」


「…何よ」

「良い事思いついてさ」

「曖昧な言い方しないで」

「はいはい」


「じゃ、耳貸して」

「えぇ…」

「それがお兄様への態度かよ」

「はぁまったく…」



「  」

「…」



「…本気で言ってるの?」

「じゃなきゃ名前で呼ばない」


「俺だって本当はやりたくないって」

「でもさ、あるとしたらこれぐらいじゃん」


「てか」

「限界でしょ?」


「……」

「…そうね」


「否定しないんだ」

「事実ではあるもの」


「じゃ」

「決まりね」


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