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創作  作者: 割引
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無機有機 後編

真っ白の視界にやっと色が戻った。気付いた頃には奴は、芯から苦しむ呻き声を溢しつつ、顔面蒼白で白髪から必死に離れようとしている。しかし、ヒューマノイドの力量にただの人間が勝てるはずもなく、もがくだけ無駄に体力を消費し、確定した命の終着点をどんどんと近付けていた。


段々と通行人もその状況に気付く人が出始め、周りにざわざわと騒ぎが起きていく。それでも黒髪は、激しく降る雨の中、傘だけはぐっと握り締めて立ち尽くしながら、目の前のなんとも美しく醜い光景を見つめる事しか出来なかった。


「ああまさか」

「再会出来るとは思わなかったよ」

「父さん」


「僕を捨てて急に居なくなったのは、

 あれは嘘だったんだよね」

「そうだよね、ぼくは父さんの息子なんだから」


抱きついたまま…奴の首元に、僕から奪った注射器を刺した体勢のまま、白髪は濡れる事も構わず、わざとらしく誇張した演技口調で話し続ける。親子の感動の再会…に装って誤魔化しているのか?にしてもその役柄のチョイスがよく分からないが…


「ああ本当に嬉しいなー」

「そうだーぼくの家に来なよ、

 父さんに話したい事がたくさんあるんだ」


その内、面倒臭くなったのか、段々と言葉が棒読み気味になっていき、演技の雑さが増す。なんか話の流れ変わったな…


「あれー父さんってば、腰が抜けちゃったの」

「困ったなー」

「これじゃ担いで帰るしかないなー」


大根役者と化した演技でセリフを言い終わった後、ほぼ遺体となったターゲットの頭越しに、彼がこちらにチラチラと視線を送る。成程、運ぶのを手伝えと言う訳か。周りの通行人から立候補者が出る前に、目の前の彼らに急いで傘を差し出した。


「大丈夫ですか手伝いますよ」

「ありがとうございますー」


魂が抜け脱力したそれの片腕側を支える中、こっそり肌に触れて、もう脈が無い事を確認する。温かさはまだ残っている事とあの毒薬の特性も踏まえて、死後硬直までは時間があるようだった。目配せをしてから、雨でも群がりつつある通行人達の最中を抜けて、2人は遺体を運びだした。


……………


「な、なんとかなった…」


人の寄り付かない裏路地の中の一つ、かろうじて屋根があると言える古びた建物の中。全身をびっちょりと濡らした2人は、途中で壊れた傘と男の遺体と共に床に倒れ込んでいた。


「あーあ靴下までびちょびちょ」

「てかこれ体のナカまで水入ってない…よな?」

「…」


「とにかく乾かしましょ」

「……っ」

「じゃあちょっと脱いで、ってあれ」

「……く…っ」

「センパイ?」


地面に出来た水溜まりと一体化せんばかりの仰向けのまま、黒髪は黙りこくっている。やっぱり機嫌を損ねてしまったのか、雨に当たって具合でも悪くなってしまったのか…不安になっていると、彼は段々何かを堪えきれなくなったように小刻みに震え出して、終いにそれを爆発させる。


「っふ…く……っはは」

「あははっあははははっ!」


濡れた黒髪が顔にぴっとりと貼りついた状態なのも気にせず、まるで無邪気な子供のごとく、彼は腹を抱えて高らかに笑い出した。まったく予想出来なかった反応に、ぽかんと口を開けて驚いてしまう。


「ひ…はひぃ…ふは…と、止まらな…くっふふ…」

「なん、え?ど、ど、どうして笑ってんだよ」

「そんなにびしょ濡れなのが面白い?」

「ち…ちが…っはひ」

「はあ?」


「…っは、ふ……ゔ、んん」

「はー…いやその、ね?」

「何?」

「あの、あのっ君が…っふ…

 あんな棒っ読み、してんのがっ…く…」

「面白かったの?」

「うん…っひひ」

「あっそ…」


黒髪は呼吸すら怪しいレベルで、独特な笑い声を上げて転げている。己のプログラムの本家とはいえ人間はやはり理解出来ないと改めて実感したが、どことなくいつもの調子が戻ったような気がして悪くは無かった。


「まあ楽しそうだから良いけどさ…」

「あ、てか早く脱いで乾かして下さいよ、

 人間はすぐ体調崩すって言うから」

「ん」

「はあ?」

「んー」

「そんくらい自分で脱いで下さい」

「ちぇ」


……………


「というかその」

「聞きたい事が、あり過ぎるんですけど」


隙間風がまだ雨の匂いを纏う中、濡れた服を脱いで軽装になった白髪が、おもむろに話しかける。その視線の先、建物に放置されていた古いソファに座る黒髪は、目を少しだけ細めた。


「…ふは、流石にもう隠せないよね、

 まあこっちも質問はあるし」

「良いよ」


ため息混じりに一言、肯定の意を示して、微笑を薄くする。そして彼は少し前のめりになって、脚を流れるように組み直して言った。さっきの笑い転げていた黒髪から、明確に雰囲気が変わっている。


「で、何が聞きたいの?

 この際…もう全部話すよ」


態度に反してその声はほんの微かに震えていて、彼が取り繕っているのが分かった。


「…えー」

「いざ何がって言われるとな…」

「10、9、8、7、」

「カウントダウンしないで下さい」


「えっ…と、じゃあまず…」

「なんでこんな仕事受けたんですか、

 まあ今までも人に言える仕事では無かったけど」

「流石に暗殺とか…てか教えもしてくれないし」

「本部の割り当てだって…元々2人だったのに…」


湿ったポリエステル製の白髪の襟足、もといチョーカーに隠されている首のバーコードを手で触りながら、ヒューマノイドは視線を地面のコンクリートに向けている。人間みたく気まずそうにした中で絞り出された質問には、デクレッシェンドがかかっていた。


「…実はね」

「元々…殺しは君が来る前からやってたんだ。

 何なら僕らのいつもの仕事より、ずっと長く…

 殺し屋の方で名が通ってたぐらい」


繕って、普段のように軽く話してみた。なんとなく反応が気になってこっそり彼を見てみると、真顔のまま、口が動きはしていたが、声は聞こえなかった。


「何人やったかは…分かんない、

 今まで食べた食パンの数くらいかもね」

「まあ昔はお金が一番大事だったから、

 報酬が高いこれしか選べなかった」

「ああこの昔ってのは、君を拾うより前だよ」

「は、はぁ」


出来るだけ空気が重くならないようにしたかったけど、やっぱり彼には衝撃が強いみたいだ。でも全てを話すと言った以上、止めなかった。止めちゃいけなかった。


「本当は…君が来てからも、

 殺しの依頼はずっとあった。なんなら指名でね」

「えっ」

「ほんとだよ…でも」

「全部断ってた。

 最初に君に会った、あの日のやつが最後」

「え、え…?」

「もうきっぱり足を洗うって、

 本部にも断言したし」

「その後も逆恨みとか色々あったけどね」


「ま、待って」

「なんで俺が来たら辞めたの?」


「……」

「知りたい?」

「駄目?」

「うっ…」


最初の頃やっていたように、首を傾げて見つめながら言うと、黒髪が珍しく躊躇うような悩むような顔を見せる。昔はこれで全部の要求は通っていたがやっぱり今となっては効かない。


彼は触れてほしくないという雰囲気をさらにこれでもかと醸し出していたが、ここでやめたらもう二度と聞けないのが分かっていたので、こちらも一歩も引かなかった。


そして暫しの沈黙の後、黒髪がゆっくり口を開く。


「君の」

「隣に居たいと思ったから」

「ただの僕のエゴ」


不思議な答えだった。


「最初に君と会ったあの日に思ったよ」

「今までの二十年ちょっとの人生でも、

 こんなに素直で純粋な奴は初めてだって」

「あの君はデータがまっさらだったんだし

 そりゃあ言葉通りそうなんだけど…」


「そしてまあ…哀れだなって」

「昔の僕とそっくりだったから」

「君を拾った理由はその同情心も入ってる」


ほぼ破棄されたヒューマノイドだった己を拾って、さらに知識や技術を教えてくれたのは紛れも無い彼。そんな彼は他人事の様にも、諦めた様にも見える凪いだ表情をして淡々と、語り続けた。


「でも多分…その大部分は、

 ないものねだりだったのかもしれない」

「殺してばっかの生活に…そして自分に、

 正直、嫌気が刺してたんだ」


「だから憧れた」

「昔の僕みたく、その文字通り純粋で無知な君を…

 成り代われる訳でも無いのにね」


黒髪はいつのまにか足を組むのをやめて、ソファの隅に縮こまっている。変わらない表情でも、目の前の彼は、いつもの気は置けないけど頼もしい彼では無く、まるで子供のように感じられた。


「そして君をうちに居候させてから…

 君を知っていってから、より実感したんだ」

「昔の僕がこんな今の僕に成長してしまったのは、

 殺しをしていたせいだってね」


「僕があの時殺しの仕事を選ばなかったら…

 その答えが、君と言う形で突きつけられた」

「そのくらい君は色々な事をのびのび吸収して、

 見違える程まっすぐした…”人間”になっていたよ」


「だから、君には殺しをさせないと決意した」

「僕みたいには成らせないって」


「だから身近なリスクを排除する為にも、

 僕はその時の直近の依頼から全て、

 殺しの仕事を消す事にしたんだ」

「君のために…」

「ためにね…うん」


「そうだな、もう…誰も殺さないって」


「決めてたんだけどね…」


最後に含みのある、後味の残る言い方をして、彼は話を終えた。それ以来彼はそのソファの上で体育座りしたまま、顔を腕に埋めて、いよいよ何も喋らなくなってしまった。話しただけでも、堪えるものがあったのだろうか。


「……」


いざ聞けたは良いものの、話に対しての感想でも言った方が良いのか、同情でもした方が良いのか。どんな反応をしたら良いのか全く分からなかったし黒髪も黙り込むしで、無言の時間を長く作った。


でも…リアクションは分からなくても、彼の話のその先は分かっていた。


「…決めてたのに受けちゃったんだ」

「……」


「そのターゲットが…”あいつ”だったから?」

「…」


建物の奥の薄暗い所に、虚しく転がっている死体へ視線を移す。今となっては魂のないそれには、かつて自分にプログラムをねじ込んだエンジニアの顔が付いていた。


また少し間をおいてから、黒髪が口を開く。


「…そう、だね」


その返答を聞いた瞬間、何かが繋がった気がした。

足を洗ったのにも関わらず、そのターゲットに抱く私情から暗殺依頼を受けた黒髪。そしてそのターゲットは、機械なのに感情を持つ事になった自分の、そのきっかけを作った人物であるエンジニア。


答えは一つだけ、だがあまり信じられない。


「…ちょっと待ってまさか」

「この暗殺依頼って…

 ”見つけた”の?”探した”の?」


「……」

「…前者、って言えたら良かったけどね」

「でもあくまで、本部が持ってきた…という形」


「は……」

そこそこ稼働してきた中でも、全く経験のない巨大な事実を目の当たりにした。どう受け止めて良いのか分からなくなった。


エンジニアのあいつには感情をくれた事へのちょっとした感謝と、自分を捨てた事への寂しさと憎しみ、そして死んでしまった悲しみ。

黒髪には拾って育ててくれた感謝と信頼と、知らなかった過去の彼の驚きと裏切り感、その上にさらに…もう何がなんだか分からない。あまりの情報量の多さに機械の頭は文字通りショートしそうだ。


その中でも一番衝撃だったのは、自分が思っているよりもはるかに、黒髪が自分を大事に思っていてくれた事だった。


「っふふ」

そうやって目を白黒させていると、その彼の微かな笑い声が耳に入る。


「何笑ってんの」

「いや、頭から煙出てるから…ふふ」

「えっ」

無理やり意識を叩き起こして頭を触ってみると…


「あっづ!」

ジュッと焼ける音が鳴って、触れた手に高熱の痛みが広がった。幸い、瞬時に引っ込めたのでやけどとまではいかなかったが、頭は本当にショートしそうになっていた。


「危なかったね」

「…誰のせいだと」

「ははは」


気付けば、さっきまでの影を感じるような態度と打って変わって、彼はいつものようにへらへらと笑っている。むかつきはするが、その様子に不思議と安心もしていた。


……………


「でも」

「やっぱり君には知ってほしくなかったなぁ」

「ふん、もうこのデータには

 がっちりロックかけましたからね」

「後で消そうったって無駄っすよ」

「分かってるよ」


「てか、君終わった気になってるでしょ」

「こっちも質問あるって事忘れてないよね」

「え?」

「最後まで気は抜くなって教えたはずだけどなぁ」


まさに一転攻勢、あっという間に今度は白髪が追い詰められる番になった。やはり秘密を話した分の等価交換があるらしい。


「じゃあ質問」

「君はどうして、

 僕があそこで殺しをするって知ったの?」


「…どうしても」

「言わなきゃ駄目だよ」

「はい」


先を読まれているかの如く、黒髪は被せ気味で逃げ道をばっさりと無くしてくる。彼の表情は笑っていたけれど、こちらを凝視する目の奥はなんとも冷ややかだった。


「…その、命令されてあんたと別れた後、

 帰ろうって車に乗ったらなんか…」

「よく分かんないけど、いきなり…

 一番最初にあんたと会った時を思い出して」

「へぇ」


「それで」

「その…う…」

「?」

「あぁいや、こう…何て言ったら良いんだ」


全ての行動はデータとして記憶しているが、それを思い返してもあの時の自分の考えを何と形容したらいいのかが分からない。白髪は感情のこうゆうところが嫌いだった。


「頭が…ごちゃごちゃ曇ってる?みたいな」

「あらあら」


拾われて六年と少し、その間に学習した全記憶をざっと遡ってみて、あの感覚に合致するのは複数の候補があった。


「…不安だったし、心配だったし、

 ムカついてもいたし、悲しかったし」

「どれかって言われたらそれはさっぱりだけど…」


「とにかく、なんかそしたら、

 このまま大人しく帰ってられるかって」

「思いまして…はい…」


「で、その…」

「その?」


「つい…本部のデータベースにその、侵入し…

 勝手に依頼情報を…」

「うっわぁそこまでいったか!」

「今となっては猛省してます」

「向こうからの検知は出来なくしたんで、

 これは絶対、バレては無いです確実に」

「あっはは!ちゃっかりしてんね、偉い偉い」


彼にとっては予想外の答えのはずだが、こうやって打ち明けてもいつもの様にけらけら笑っている。でも未だに理解出来ない彼のこの行動に少し安堵する自分もいた。


「じゃあはい、これで等価交換」

「アンタのやつのお返しになりました、よね?」

「そうだね」

内心恐る恐る聞いた白髪は、その審査を通ってより胸を撫でおろす気持ちだった。


「でも…なんならお釣りを戻せるぐらいかな」

「え、こんな話で?」

「やっぱり気付いてないか」

「何に気付くんすか」

「それは」


「…自分で考えなさーい」

「えぇ」


……………


そのまま二人で話していると、気付いたら外は夜明け近く。もうとっくに雨も上がっていた。


「ああそうか…

 コイツ運んで本部帰んなきゃいけないのか…」


もはやただの物体と化した例の死体を軽く蹴って、死んだ目をした黒髪は呟く。


「じゃ早く行きましょ、

 俺もそろそろ充電やばい」

「うわスリープした君と死体抱えて歩きたくない」

「でしょ、なら急ぎますよ」

「へーい」


実を言うと白髪は、恩人の彼を含めて人間がうっすら嫌いだった。皮肉的だし、こうゆう話のセオリー通りだが、自分をこんな風に改造したから。でも夜通し喋り通して、黒髪の知らない部分を知ってなんとなく、より彼と距離が近付いて、そして嫌いじゃなくなった気がする…


「何ぼーっとしてんの」

「あ、なんでもないです」

「そっか」


「そういえば、帰ったら君が報告書作ってよ」

「は?なんで」

「僕から奪った注射器ブッ刺したの誰だったかなぁ」

「あ…」

「てな訳でよろしく」


やっぱり彼含めて人間は嫌いだった。

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