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創作  作者: 割引
3/6

お嬢様専属執事

ぽかぽかと柔らかな日差しをそそぐ太陽、バルコニーにまで漂う花の香りと蜂蜜入りのホットミルクの匂い、昼食の後にいっぱい遊んでほどよく溜まった疲労感…


「それしたらね…あたし…えっと…」

「あのね…ん…うぅ」


あの幼いお嬢様がうつらうつらとするのにはうってつけの状況だった。澄んだ丸く黄色い瞳が何度も瞬きを繰り返し、その眠気を懸命に追い払おうとしている。そろそろ限界なのが伺えるし、ベッドに移動するだろう。


「お嬢様、そろそろお昼寝と致しませんか?」

「…んーん」

「まだ、おやつ…」

「ケーキなら大丈夫ですよ、

 おやつじゃなくてデザートに食べましょう?」

「…ほんと?」

「はい、夕食後にお出ししますよ」


「…ん」

そう言って頷いて、座ったままお嬢様は両手をあげた。「抱っこして」という意味みたいだ。白い手袋を外した手で慣れた様子で少女を優しく抱き上げ、部屋の中へ入っていく。


残ったのは冷めた飲みかけのホットミルクと茶器、そして開けっぱなしのバルコニーのドア。


今日は昼寝の時間も長くなるはずだ。

いつものお屋敷内では無く、

庭の花畑で駆け回って遊んだから疲れているだろうし。


そして何より、

ホットミルクに睡眠薬はちみつを入れたのだから。




『オーバーオーバー、こちら実行役』

『お嬢様もう寝ました?どうぞ』


「ああ、そりゃあもうこっくりこっくりしてたぞ」

「今さっき執事が部屋に運んでったから、

 もう動いてもいい頃合いだ、どうぞ」


『了解で〜す』

『監視班どんな感じですか?バレてません?どうぞ』


「案外バレ無かったぞ。屋敷内は知らねぇが、

 流石に屋敷外は警戒薄いみてぇだ」

「ま、屋敷内でも、大事な大事なお嬢様のお付きが

 あんなヒョロガリじゃな」

「あぁ睡眠薬はどうなった?どうぞ」


『結構あったけど全部使い切っちゃいました〜』

『面倒だったから蜂蜜ポット1つに

 睡眠薬全部入れてやりましたよ』

「ほぼ1:1じゃねぇか…って丸々入れたのか!?

 ったくまた無駄に出費を!」

『無線なんですから割り込まないでもらえます?』


『まあすいませんって』

『でもちらほら食べちゃった使用人も寝てるんすよ、

 実行班は監視が減った方がありがたいんで』

「つまみ食いのポンコツメイドが数人だけだろ」

『おっと人が来そうだ…じゃ切りますね』

「お前逃げ…はぁ」


お屋敷の敷地外、少し離れた場所から、監視役は目視と防犯カメラのハッキングで屋敷を観察する。そして実行役として屋敷に潜り込んでいるスパイに無線で指示を出し、指定されたターゲットを安全に攫う。これが俺達の誘拐のやり方。


もう監視役の仕事の大部分は終わった。後は様子を見てサポートをしつつ、実行役の合流を待つだけだ。ふぅとため息を一つして、液晶モニターを見つめつつも男は力を抜いた。


それにしても子供ってのは良い。眠らせてしまえば小さくて運ぶのも楽だし、万が一途中で起きてしまっても非力だから対応が楽。しかも舞い込む依頼はどれもご子息ご令嬢がターゲットの高値なものばかり。まぁ依頼人の中に頭のネジが1、2本外れているロリコンとかがいるってのはネックだが…


まぁ今回も楽な仕事だった。カメラが無いので部屋の中は確認できないが、もう実行役もお嬢様に接触している頃だろう…


……………


お嬢様が計画通り、眠り姫になったのでこちらも行動を開始する。僕は肝心の昼寝中のお嬢様を連れ去る事だけど。


「…ちょっと期待外れかも?」

自分の目の前のベッドで、少女は呑気に眠っている。


子供部屋には護衛どころかカギもかかっていなかった。窓も開けられたままで、レースのカーテンが風に揺れている。余りにも簡単に侵入出来てしまった。自分が言うのもなんだが、防犯がなっていないのでは…いや、昼寝のしやすい環境にしてあるのか…?


まあ、仕事は楽な方が良い。一応鍵開けなど道具も持って来ていたが不要だったな。


「それじゃあ眠り姫ちゃん、

 王子様じゃないけど連れ出してあげますよ〜」

「結構です」


えっ


音どころか気配もなかった。

気付いた時にはもう動けない。

首筋に薄く鋭いものが当たった。



「困るんですよ」



聞こえたと同時に視界が回転する。

何をされた?何があった?

また気付いたら全身に力が入らなくなっていた。

床から声の主を見上げていた。


声の主は悪魔だった。

例のお嬢専属執事に悪魔のツノと尻尾が生えていた。


悲鳴をあげたくても声も出ない。

金縛りのように身体が動かない。

本能的に込み上げてくる恐怖に支配された。



「あぁ殺しはしません、

 お嬢様の前なので」



こちらを冷酷な、楽しむかの様な赤い瞳で見つめ、

微笑と共に囁く。

逃げられないのだと実感した。



「では」

「眠り姫になって頂きましょうか」



空気が動くのを感じた後、

口に甘さが広がった。


……………


「遅い」


もう何時間も実行役の連絡が無い。ましてや辺りはもう暗くなってしまってきている。いつもなら1時間もかからず、小脇に子供を抱えて戻ってくるはずなのに…流石におかしい。


様子を見に行くのも手だが、イレギュラーが起こった今は変に動かない方が良いとも思う。なんなら仕事の関係だし、撤退しても別に…


「クソッ」

こんな時に信頼なんて感じたくなかった。

本当にどうすべきか…


すると。

手に持った無線が反応を見せた。

自分でも驚く速度ですぐに返答する。


「どうした!何があった!

 今どこに居るんだ!」

「ここです」

背後から声がした。

しかも実行役じゃない、知らない奴の声。


後ろを機械みたくぎぎぎと振り返る、

そして途端に全てを悟った。

嘘だ、信じられない、汗がだらだら出てくる。


だらんと力無く四肢を垂らした彼を抱えていたのは、

あのお嬢様専属の執事だった。自分よりも重い筈の実行役を、執事は片腕で軽々持っている。


「あなたが彼のお友達でしょうか?

 お返しするのが遅くなって申し訳ありません」

「私も何ぶん仕事が立て込んでおり、

 やっと暇が出来たのがこの時間でしたので…」


あからさまに偽物と分かる笑顔で言いながら、執事は実行役を地面に寝かせた。口調は丁寧だが、緊張感で空気が重苦しくて仕方ない。


「あぁそうだ。色々とございまして…

 彼、此処を辞めるそうです」

「悲しいですね…新人にしては手際も良く、

 一目置いていたのですが」


微塵も悲しくなど無い表情で声色一つ変えずに執事は続ける。この表情もそうだが、先程からこの言動に違和感しか無かった。


「おい、さっきからあんた、

 どうして俺達を殺さないんだ」

「…何を仰っているのか分かりません」


今にも逃げ出してしまいたい気持ちを理性で必死に抑えながら、問いを投げかけた。


「分からない訳無いだろう」

「俺らがまた、あんたのとこのお嬢を

 攫いに来るかも知れ

「分かりませんか?」

突然、奴から表情が消える。


「私は見逃してやると言った」

「面倒事を互いに避けようと言った、分かるか?」


声色が変わって、無表情で話す。

奴のすぐ近くには実行役が寝ていた。

選択の余地も無く頷く事しか出来なかった。


「宜しいですね、交渉成立です」

「二度目は無いとお考え下さい、それでは」


振り返って執事は木の影に戻っていく。そこで見たのは、悪魔の様な尻尾を優雅に揺らす奴の背中だった。そして、俺はただ実行役を抱えて逃げる事しか考えていなかった。


……………


「んぅ」

太陽が夕陽に変わって落ちていく時間、オレンジ色が暗い部屋を満たす中で、黄色い瞳が半開きになる。


少女はむくりと起き上がり、両目を数回瞬く。寝癖も相まって、ただでさえふわふわな癖っ毛のボリュームは普段の1.5倍くらいになっていた。


「起きましたか、お嬢様」


ベッドの横には、夕陽を背にしてこちらに優しく微笑む見慣れた彼女がいた。いつもの黒髪に燕尾服、そこに影が重なって暗い色味の中、赤い両目が少し光って見える。


「あたし…寝すぎちゃったかも」

「そうですか?」

「だってお外、もう夕方になっちゃった」

「あぁ…確かにいつもよりかは長いかもしれません」

「ぅ…せっかくいいお天気だったのに…」


「ふふ、でも気にする必要はありませんよ、

 この先もいいお天気は来ますから」

「ほんと…?あしたも?」

「もちろん」

「それに、たとえ雨雲が来たとしても、

 私が晴れにして差し上げます」


その言葉で、会話に少し間が空く。段々と耐えきれなくなると、執事の顔がみるみる真っ赤になった。


「…んふ、あはは」

「ほ、本当ですよ?

 お嬢様の為なら私何だって出来るんですから」


お嬢様は寝癖をぴょこぴょこさせながらくすくす笑う。そしてまたベッドの上から両手を広げて、起き上がらせてとせがんだ。

お嬢様お気に入りのおやつ!3ヶ月に一度やる気がびっくりするぐらい満ち溢れた時の料理長が作るもはや芸術品な渾身のショートケーキ

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