どたばた主従
「はぁ」
「…はぁ」
「は〜あ」
「本日32回目に御座います、ご主人様」
「うわっ」
「ああなんだセバスか…
君は本当に気配を消すのが上手いね」
「というか僕の溜め息、数えていたのかい」
「朝からずっとしていらしたので」
「はは、別に意識してやっている訳では
無いのだけれどね…」
「そんなにパーティーがお嫌いで?」
「そりゃあもう途轍もなく嫌いだ」
「随分とはっきり仰いますね」
「君の前ですら猫を被れってのかい」
「ああ成程」
「はぁ」
「まったく、ここに居る人らが怖くて仕方ないよ」
「マナーだの身なりだの家柄だの表面ばかりでさ
そんな事だけで本当の信頼なんてしないだろうに」
「皆誰もが同じような形の猫を被って、
その裏にどす黒くて生々しい人間を隠すんだ
見た目は愛くるしくて触れ合いたくなるのに
中身はただの欲望に塗れた赤いタンパク質で…」
「…表だけとは言え猫と形容するのも汚らわしいな
想像したらもっと嫌になった、やめようこんな話
ま、僕も他からはそう見えているんだろうけど」
「はぁ…日々適応していく自分も嫌いだ
どうせなら本当に猫になりたいよ…」
「……」
「して、気分は如何ですか?」
「鬱から憂鬱になった」
「病気から気分になったのなら充分ですね」
「なっ…!?」
「き、今日は抜け出させてくれないのかい!?
いつもならここで『仕方ないですね』とか言って」
「そうしたいのは私も山々ですが」
「ならどうして!」
「一族の後継者を披露するパーティーで
肝心の後継者が居なくなってどうするのです?」
「クソッ何も言い返せない」
「言い返すも何も無いと思いますが」
「現に、今この瞬間も貴方のお父上が必死に話を
引き伸ばし時間を埋めて下さっています」
「あと何分身支度をすれば気が済むのです?」
「お父様の話は何もなくとも長いだろう」
「今日は息子が主役だから短くすると…」
「それでもお父様はお父様さ、あと2時間はするよ」
「そう仰った後に1時間を過ぎたら教えるよう
メイド長へ申し付けをしていらっしゃいました」
「それを早く言わないか!!!」
「あの最近成り上がったメイド長、
時間にうんと厳しいんだ!」
「この前なんてたった20秒遅刻したメイドを
それはそれはこっぴどく叱りつけて…ああもう!」
「セバス!お父様の話は!」
「あと16秒で57分になるかと」
「3分しか無いじゃないか!」
「57分愚痴を溢したのだから妥当でしょう」
「今この時まで文句を言わせる気かい!?」
「移動には!」
「この敷地内の邸宅から
同じく敷地内の大ホールですので車で5分程」
「何故人間は富を持つと家を広くしたがるんだ」
「その問いに答えられるのは神のみかと」
「別に答えは知りたくない」
「とにかく、これでは間に合わないじゃないか!
あぁもう何もかもがどうでも良くなってきた
そもそも大体僕は継ぐ気など微塵も無かったんだ
それなのにお父様が無理矢理」
「残りの3分も愚痴に費やすおつもりですか」
「…君の冷徹さには助けられてばかりだ
また無駄に時間を減らすところだったよ」
「…ああもうこうなったらアレを使うしか無い」
「ほう?」
「セバス!」
「はい」
「一生のお願い発動だ」
「八十七生の間違いでは」
「さっきの褒め言葉を撤回してほしいのかい?
こんな時に及んでも君ってやつは…まあ良い」
「コホン…良いかいセバス、
この僕専属執事として何が、なんでも、絶対、
時間までに僕を送り届けるんだ」
「もちろん拒否権は無いよ」
「はぁ」
「…貴方様は本当に、私がこれまで担当した中で
最も奔放で自己中で愉快な方でいらっしゃる」
「な、何だい急に」
「”何がなんでも”と仰いましたよね?」
「…ああ言ったさ、はっきりと」
「ほう、承知いたしました…では」
「これより行う多少の無礼をお許し下さい」
「え」
「待った、無礼だって?
ききき君一体何を」
「…何でそんな僕に近付くのさ」
「お、おい聞いているのか?
何で一言も喋らないんだ」
「ちょちょちょっと待て、ままままさか君も、
いつぞやみたく潜り込んでいた殺し屋とか
急に言い出したりしないだろうね!?」
「失礼いたします」
「ひっ!」
「ぐえっ」
「ぅ…なっ何だいこの体勢は!
僕をまるで丸太のように担いで!!」
「あまり暴れないで頂けますか?」
「まさかこんなに無礼だとは思わなかったよ!」
「それと舌を噛む恐れがあるのでお黙り下さい」
「し、舌ぁ!?何をする気なんだい本当に!」
「それはもちろん貴方様を会場へと
“迅速に”お届けするつもりです」
「その言い方何か嫌な予感がするんだが…」
「…では」
「しっかりと、お掴まり下さいませ」
「もうここまで来たら君を信じるからね」
「ふぅ」
「はぁ」
「はっ」
………
「着きましたよ、坊ちゃま」
「…」
「坊ちゃま」
「……」
「如何なされました?」
「………」
「君、て、奴、は…」
「先ずは息を整えて下さい」
「想定より早く到着しましたので
お話しする内容の確認ぐらいは出来るかと」
「そんな、余裕が、あると思うかい…」
「ご確認されないのですか?」
「するよ…」
「ふう」「はあ」
「じゃあ原稿をくれ、そして何か飲み物も」
「こちらで御座います」
「ああ、ありがとう」
「はぁ…まさか最高速度が車を超えるとはね」
「…というか、前におぶられて走った時より
一段と速かった気がするんだけども」
「貴方様とは違って日々鍛錬をしていますので」
「君は僕の癪にそんなに触れたいのかい?
あと僕は頭の鍛錬をしているから別にいいんだ」
「おや…メイド長が御主人様に合図を出した様です」
「直ぐ出番となります、ご準備を」
「ああまったく…結局一度しか読み返せなかった…」
「……」
「原稿を返すよセバス…
ああ神よどうか噛みませんように…どうか…」
「お坊ちゃま」
「はぁ…なんだい?」
「私は貴方様が、どんな重圧があろうとも
負けたりしないお方だと存じておりますので」
「え」
「如何致しました?」
「き、君って素直に褒めたりとか出来たのかい!?」
「これでも人間の端くれですが」
「気を遣ったのか!?君が!?」
「そこまで驚かれるとは、
良い衝撃になったようですね」
「良い衝撃とはなんだい良い衝撃とは」
「緊張が吹き飛びましたでしょう?」
「そりゃあそうだけども…」
聞き取りやすく内容も分かり易いが、最後の一文だけを思い切り噛んだスピーチは、割れんばかりの拍手と舞台袖の吹き出す声に迎えられて無事に終わった。
セバスは1週間減給された。