Yes your majesty
名前に意味は無いです
2026/1/5 内容追加
「追い出せ!追い出せ!」
「焼き払え!焼き払え!」
「まさか本当に悪魔を連れているなんて」
「もうあんな領主など信用ならない」
「近頃魔物が増えたのも奴のせいだ!」
「俺たちを騙して襲うつもりだったんだろ!」
「悪魔もろとも領主を処刑してしまえ!」
『チッ』
窓から見える景色は一面の炎の海。
愚かな領民が街中に火を放ってまで暴れている。
これ以上無いくらい奴等が馬鹿に思える。
何故お前らは日々安定した食料を得られている?
何故お前らは魔物に怯えずに夜を越せている?
何故お前らは、今日まで死なずに済んでいる?
領民全員に問い詰めてやりたい。
こんな暴動は絶対に間違っている。
悪いのは全部お前ら自身なのに。
ああ思い知らせてやりたいその身におしえてやりたいぜんいんぐちゃぐちゃになぎはらってころして「アルマ」
『!』
『あ』
『ある、じ』
「落ち着いて」
「もう外は見ちゃダメ」
『で…ですが』
「””ダメ””」
『…』
悪いお方だ。
こう言う時に限って主人の権限を行使してくる。
だが逆に言えばこうゆう時にしか、
主は主人らしく権限を行使してくれなかった。
「そんな顔しないで」
「ほら」
「おいで」
『…分かり、ました』
主は不思議なくらいいつも通りだった。
変わらない優しい声で俺を呼んだ。
引き寄せられるかの様に歩み寄って、
俺もいつも通り主の目前へ跪く。
「またそんな大袈裟に」
『俺の気が済まないんです』
「あはは、そうだね」
主はそのまま俺の頭を柔らかに撫でる。
鋭く生え揃ったツノも気にせずに。
威厳のかけらなんて何処にも無く、
主人らしい主人では全く無い。
でも、俺はそんな彼を、
今まで主となった誰よりも心から敬っていた。
だが幸せな時間は長くは続かない。
不意に、俺の耳に僅かな衝撃音が入った。
『!』
「わっ」
建物がギシギシと悲鳴を上げる音。
炎魔法の気配と空気中の魔素のうごめき。
推測できるのは最悪の結果だった。
「アルマ」
『はい』
『屋敷に侵入されました』
『玄関を無理に突破したようです』
「そう」
主はまるで事前に分かっていたかの様に、
慌てる様子も無く佇んでいる。
「もう逃げられないか」
その表情は既に何かを諦めたみたいだった。
『な、何を仰います』
『まだ道は残っていますよ』
「アルマが言うならそうなんだろうけど」
『なら!』
「でも」
「その”道“には、僕は居てもアルマは居ない」
「そうなんでしょ?」
『っ』
その通りだった。
《上位の魔物である悪魔を、
人間、それも領主が連れている。》
この話が広まってから領民の暴動は始まった。
増え続けている魔物の被害や、
それによる供給の滞りからの食糧不足…
溜まっていた不満を一気に吐き出せる様な、
共通の攻撃対象に領主が選ばれてしまったのだ。
『…主が矛先になってしまったのは、
悪魔の俺が居るせいです』
『だからその俺さえ殺せれば、
大方、民の怒りは収まるはずですよ』
『主は巻き込まれただけです』
我が主は領民の為に全てを尽くしていた。
俺の様な悪魔でさえ包み込むその優しさで、
自分の事よりも民の幸せを願っていた。
問題の解決策も実現せんとしていたのに、
隠していた俺の存在がバレて、
実現する前に民の怒りが爆発してしまったのだ。
『俺が屋敷に残ります』
『主は抜け道から脱出して下さい』
こんなたった自分一人の代償は、
大事な人を救えるのなら安いものだ。
俺はただ、慕う主人に生き延びて欲しかった。
だがやはり、
主の返答は予想した通りのものだった。
「ダメ」
「絶対にダメだよ」
「アルマはこんなところで死ぬべきじゃない」
「ましてや僕の為になんて、許可出来ない」
『分かっています』
『でも』
『俺にとって貴方がどれだけ大切か、
主なら理解しているでしょう?』
「……」
いつもの明るく優しい表情も、
この言葉を投げかけては苦くなる。
「それでも、ダメだよ」
「僕なんかの為に死ぬなんて許さない」
ああ、貴方はいつもそうだった。
『…やっぱり貴方は優しい』
『優し過ぎるんです』
『貴方は俺を好きに出来るのだから、
都合の良いように使ってください』
『俺は貴方の配下なのだから』
「君は配下じゃない」
「僕にとってはそんな、
小さい器に収まりきる存在じゃない」
『…』
『…それでもどうか、俺を許して下さい』
『俺だって主が一番大切なんですから』
「アルマ…」
その時。
『!』
俺のよく効く耳も要らないくらい、
とても大きな音がした。
先程の、屋敷の扉が破られる時と似た音。
でも今度はもっと近い場所からだ。
「領主と悪魔を探せ!」
「何処だ!出てこい!」
「報いを受けさせてやる!」
俺達が居るこの部屋のすぐ近くまで、
奴らは来てしまっていた。
『…主』
『この部屋は認識阻害や結界など、
俺の魔法があるのでまだ時間を稼げます』
『早く逃げて下さい』
「アルマ…」
奴らの足音はどんどん近くなる。
口を動かすその瞬間にも、
部屋へと、そして主人へと、
さらに守りの魔法を重ねてかけ続ける。
ほんの少しだって良い、
主が逃げられる時間を増やす。
主が生きられる確率を増やす。
俺の頭にはそれだけしか無かった。
そう、”それだけ”だった。
「…分かったよ」
『!なら』
「ごめん」
『え』
『あ、あるじ』
「アルマ」
「””死んで””」
息が止まっ
「アルマ」
「””生き返って””」
『は』
『かはっ』
『っ』
まるで一瞬の出来事だった。
権限が使われたと思ったら間隔を空けずに、
さらにもう一度命令の声がした。
気付けば体感した事のない気味悪さ、
苦しさが身体の中を蠢いていた。
「ごめんねアルマ、無茶な命令して」
「変な所とか無い?」
『い、いえ』
周りは先程と打って変わって静かで、
物音も魔素の動きも屋敷中この部屋だけ。
侵入者達は一人残らず去ったらしい。
一体意識が無かった間に何が?
『…主』
「混乱してるよね」
「質問に答えたいのは山々なんだけど、
でも時間が無いんだ」
「此処を離れるよ」
『は、はい』
身体が文字通り酷く冷たくて重かったが、
俺は主と共に抜け道から屋敷を後にした。
…主が納める領地が一望出来る、
外れの小高い丘に着く。
もうとっくに日は落ちていて、
世界は真夜中に値する時間だった。
この暴動の名残か、
まだ街の建物は所々燃えている。
でも荒々しく騒ぐ様子はほとんど無く、
暴動が収束しかけているのが分かった。
『……』
今日のあの屋敷へ侵入される恐怖、
馬鹿な民への怒りはまだ鮮明に思い出せる。
それもそのはず、”今日”の事なのだから。
先程から疑問が絶えない。
普通、暴動とはこんな数日で終わらないのに。
それ程までに効果的な策が、
この短い時間に為されでもしたのか?
「……」
きっと、
俺の意識が無かった時に何かがあったのだ。
主に聞かなければならない事は山ほどだった。
…深呼吸して息を整える。
沈黙と満点の星空の中、
丘から領地を見下ろすその人に、
気まずさの中を抜けて近づいていく。
冷たい夜風に掻き消されないよう、
少しだけ強く声を出した。
『主』
「…あぁうん」
「ごめん、ぼーっとしちゃった」
「アルマ、近くに来て」
「此処は屋敷より寒いから」
『…はい』
悪魔の俺は身体自体に魔素が巡っていて、
気温変化にも魔法で対応出来る。
でも主は人間だからそうじゃ無い。
彼はよく俺で暖を取っていた。
丘の野原に座る彼のすぐ側に俺も座る。
二人分の大きな影が一つ生まれる。
領地は寒い地域にある上に今は夜だ。
主も俺も、吐いた息は白くなった。
「さっきの事だよね」
「アルマはあの時、
最初に僕が何て言ったか覚えてる?」
『命令の事ですか?』
「そう」
“契約”は魔物に主従関係を植え付け、
その権限を使い命令を聞かせられる呪い。
これに基づく主の命令は二回あった。
『…最初は””死んで””、と』
「次は?」
『””生き返って””、です』
「その通り」
「まぁ分かると思うけど…
アルマには一回死んでもらったんだ」
『は、はぁ…』
頭で理解は出来ていたが、
言葉にされると驚くものがある。
「結局あの後は侵入されちゃってね」
「けど、僕がアルマの死体を…
皆んなに見せて」
「もう悪魔は居ない、僕が殺したって」
「それが誠意になったのかな?
納得して皆んなあっさり帰ったんだ」
主は街を見つめながら淡々と語った。
「前々から調べてたんだ」
「契約についての色々詳しい事」
「僕らはあの状況だったし、
何も無しに急に契約したでしょ?」
「そのせいでアルマを、僕に、
縛り付けちゃったから」
「今からでもどうにかなる方法が
あるんじゃないかと思って」
『…』
今に限らず、主は俺との契約について、
ずっと後悔を感じているようだった。
契約は互いの同意が無いと成立しないのに。
「本とか人伝とか何でも、
とにかく手当たり次第だったんだけど」
「結構収穫があってね」
「どれも似たような事を言っていたから、
それをまとめて一つの答えが出たんだ」
「”魔物の全てを主人に捧げる”
“何であろうと干渉も介在も出来ない”」
「無くならないんだって」
「一生」
ぽつりと呟くように語る。
夜の見えにくい暗闇だからこそ、
彼はこの話をしてくれたんだろうなと思った。
『…主』
「…」
「…でも、この事を知ってたお陰でさ、
こうやってアルマと一緒に脱出できた」
「まさか生死まで自在に命令出来るなんて
普通じゃ思いつきもしないし」
「アルマを離してあげられないのは
やっぱり申し訳ないけど…」
「君を死なせないようにできて、
本当に良かった」
主はもういつも通りの優しい顔になっている。
『……』
「うん…」
『…』
「…」
『…』
「…ごめん、変な空気になっちゃったね」
普段なら嬉しいその表情が、
今に限って不満に思えた。
『……』
「アルマ?」
『…主は』
「う、うん」
『ずっと勘違いをしています』
「えっ?」
一度溢れてしまうともう止められなかった。
『俺が』
『俺がどんなに貴方を想っているか』
『どれほどの覚悟で貴方の側にいるか』
『主は本当に理解していますか?』
『俺は文字通り、
”全て”を貴方に捧げているんです』
『貴方だから契約しても良いと、
契約をしたいと思った』
『これは俺の、俺が決めた事なんです』
『お、俺は』
『主が大好きです』
『その笑顔も優しさも思慮深さも何もかも、
貴方自身が、存在が、全てが』
『貴方の為なら俺は全てを差し出せる』
『貴方がこの世界の何よりも大切なんです』
『なのに主はまるで…
俺が契約を嫌がっているような言い方を』
『どうしてそんな事を言うんですか、
何故そんな事が言えるんですか』
『貴方に俺の想いは伝わっていないのですか』
『お、俺は、俺の気持ちは』
『貴方は…っ』
「……」
最後はほとんど当てつけで、
ちゃんとした着地点も無く静寂が満ちる。
知らぬ間に溜まりに溜まった想いは、
たった一滴溢れただけで全てが流れ出した。
ああ、言ってしまった。
嫌われてしまった。
歯止めの効かない頭はもう使い物にならず、
終いには後悔だけが塗り重なる。
視界は一面、揺らぐ足元の草むらだけ。
いつの間にか目には涙が満ちていた。
「…アルマ」
怖い。
どう思われたかが安易に想像出来る。
初めて俺は主の声に反応しなかった。
『…』
「ごめ、…いや」
いつもよりさらに優しく、
頭を撫でられた。
「ありがとう」
「そんなに、僕のこと
大事に思ってくれてたんだね」
「気付けなくてごめん」
『……』
「…いや、気付こうとしなくてごめん」
「…本当の事言うと、自信が無かったんだ」
「何でも出来る悪魔の君が
ただの人間な僕に仕えるなんて」
「勿体なさすぎるってずっと思ってた」
「でも、決めたよ」
「アルマが僕が良いって言ってくれるなら
僕もアルマが良いって言う」
「もう弱気にはならないようにする」
「それでも、良いかな」
『…』
『はい』
隣に座る体温は自らと混ざり合い、
もう夜の鋭い寒さも感じない。
目下の領地は暴動の火がどんどん広がって、
まるで焚き火みたいだった。
暫く無言の時間を二人で楽しんだ。
もう十分と言ったところで主が静寂を破る。
「よし、アルマ」
「そろそろ全部終わらせよっか」
『…それは一体どのような意味ですか?』
「そのまんまだよ」
「じゃあアルマ」
「命令してもいい?」
『勿論』
「…この領地の何もかも」
「””全部滅ぼして””」
『…い』
『良いんですか?』
「うん、良いよ」
「ずっと尽くすぐらい大切に思ってたけど」
「アルマの事がバレた途端に、
あんな酷い態度を取る様になった」
「もう大事にする価値は無い」
「僕のアルマを侮辱したんだから」
『主…』
心臓の辺りが満たされる感覚がする。
これが命令で無かったとしても、
俺には関係無かった。
『やっぱり貴方と契約出来て良かった』
『では』
『仰せのままに』




