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8.コンプリートした夫

 黄金の撃鉄限定コラボカフェの二人掛けテーブルで奏一郎と差し向かいの席に腰を落ち着けている茉央は、両手で頬杖をついて、三十路に入っても相変わらずなイケメンぶりを発揮している最愛の夫に、うっとりと熱い視線を送っていた。

 茉央はここ最近の奏一郎の変化に戸惑いながらも、嬉しさが込み上げてきていることを自覚していた。


(奏さん……ホントに、もう、サイコー!)


 今までも茉央は、奏一郎のことが好きで好きで、この世の誰よりも彼を愛してきていた。

 ふたり揃ってアニメ好きなオタクということもあり、それぞれの好みには一切ケチをつけたことはない。

 自分の好きな領分を他者から否定されるということ程、強烈な嫌悪感を抱くことはないだろう。そのことを、オタクである茉央は誰よりも分かっている。

 そして奏一郎も矢張り同じく、その理解を抱いてくれているのだろう。

 茉央のBL趣味には何もいわず、彼女がどれ程に推し活に時間と金をつぎ込んでも彼は嫌な顔ひとつ見せたことは無いし、いつも穏やかな笑みでただじっと見守ってくれているのみだ。

 それ程の素晴らしい理解がある夫と結婚することが出来て、茉央は本当に幸せだった。同時に、そんな奏一郎へのリスペクトはこれからも失われることは無いだろう。

 奏一郎はいつも、十分な推し活やオタク活動が可能な資金は確保出来ているかと心配してくれる。自分の稼ぎで茉央を満足させることが出来ているのかという不安があるらしい。

 しかし茉央は、奏一郎の年収が同年代と比較しても相当に高いことを知っているし、20代の若さでタワマンの一室を購入出来る程の財力と将来性があることを、彼は証明してくれた。

 それ程に素晴らしい甲斐性の夫に、一体何の不満があろう。

 もしもこれ以上に何かを要求したり、或いは不満を持つ様なことがあれば、それは妻の側の問題だ。もっといえば、そんな贅沢なことをいい出した時点で妻失格とさえ思っている。

 茉央が近所のスーパーマーケットに早朝品出しのパート勤務に出ているのも、生活に困窮しているからではなく、単に気兼ねなく使える自分の小遣いを確保したいからという理由に過ぎなかった。

 茉央から見れば奏一郎は外見面でも能力面でも余りにスペックが高過ぎて、自分なんかを妻に貰ってくれたことには本当に感謝しか無かった。

 それ程のスパダリが、今度は茉央の嗜好に興味を抱いてくれたのだ。

 恐らく今までの人生の中で、この時ほど幸せな瞬間は無かっただろう。


(絶対に、奏さんとは死ぬまで別れたくない……別れて欲しいっていわれても、無理。わたしに何か問題あるなら、絶対に、確実に直して、奏さんに気に入って貰える嫁で居られる様に努力しなくちゃ……)


 そんなことを思いながら茉央はふと、先日の妙な反応が未だ頭の中で引っかかっていることを思い出した。

 久々に茉央の方から夜のお誘いをしてみたところ、何故か奏一郎は気が進まないといって断ってきた。

 あんなことは、初めてだった。

 奏一郎の性欲の強さは、以前から知っている。本人もセックス依存症一歩手前だと自虐的に笑っていた。

 それだけに、あの時の反応は心底驚いた。

 茉央自身、奏一郎とのセックスは嫌ではない。ただ、他にやりたいことがあれば、ついついそちらを優先してしまう癖があることは自覚している。

 そして奏一郎も茉央のアニメ好き、推し活好きには理解を示してくれているから、どうしても彼の厚意に甘えてしまっていることは密かに申し訳ないとさえ思っていた。

 それだけに、夜のお誘いをやんわりと断ってきた奏一郎の様子に、少しばかり不安を抱いたのも事実だ。


(わたし、何かやらかしちゃったかな……)


 突然、そんな不安が湧き起こってきた。

 目の前の奏一郎は茉央と一緒に限定コラボカフェの様々なフードやドリンクを楽しみ、茉央と一緒になって店内で催される諸々のイベントを楽しんでいる様にも見える。

 しかしよくよく考えれば、奏一郎に変化の兆しが見え始めたのは、あの夜からの様にも思える。

 何かあったのだろうか。

 或いは、茉央自身が奏一郎に何かをしてしまったのだろうか。


(考え過ぎかもだけど……でももし、奏さんが何かに悩んでるなら、わたしも協力してあげたいな……)


 この世で誰よりも大好きで、このひとが居なければ自分のこれからの一生はあり得ないと思っている程の最愛の夫。

 その彼の身に何らかの困難が襲い掛かっているのであれば、茉央としても何とかして取り除いてやりたいと本気で思っていた。

 勿論、何も無いに越したことは無いのだが――。


◆ ◇ ◆


 黄金の撃鉄限定コラボカフェを出た奏一郎と茉央は、結構な量の限定お宝グッズを抱えて帰路に就いた。


「全部コンプリートしたろうかと張り切り過ぎて、ちょっと食い過ぎたな」

「ほーんと、お腹いっぱーい」


 茉央も自身の腹部辺りをぽんぽんと軽く叩きながら、満足げに笑っていた。

 思っていた以上にフードもドリンクも美味かったから、今回の限定コラボカフェには何の不満も無い。ただ少しばかり食い過ぎた為、今夜の夕食はもう軽めに済ませる方向で良いだろう。


「あ、そうそう。漫画どこまで読んだ?」


 妙に期待感一杯の表情で、茉央が横から覗き込んできた。

 結構な巻数を一気読みした奏一郎だが、その中で幾つか強く印象に残ったエピソードがある。現在までの読破進捗を答えながら、その辺の感想も同時に伝えてみた奏一郎。

 すると茉央は両目を輝かせながら、嬉しそうに何度も頷き返していた。


「わー、何か嬉しー。奏さんも、わたしの好きなシーンで感動してくれてたんだねー」

「実際読んでてオモロかったよ。何回でも読み返したくなるわ」


 これは嘘ではない。

 奏一郎は茉央の漫画選びのセンスに、嘘偽りない気持ちで感心していた。よくぞあれだけ、良作を次から次へと発掘してくるものだと舌を巻く思いだった。

 きっと茉央には、そういう嗅覚が具わっているのだろう。


「奏さんが全部読み切ったらさ……新しいシリーズを揃えようかと思ってるんだけど、イイかな?」

「全然構へんよ。俺も読んでみたい」


 すると茉央は幾らか興奮気味に頬を上気させ、嬉しそうな笑顔で大きく頷いた。

 しかし――。


(これも全部、演技なんやろな)


 その思いがまたもや、奏一郎の脳裏に去来した。

 これから先も、常にこの嫌な感情が湧いてくるのだろう。

 辛くて長い道のりになりそうだった。

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