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5.ハマってしまった夫

 そして茉央とふたり、ソファーに並んで腰を落ち着けての鑑賞会が始まった。

 タイトルは『黄金の撃鉄』となっており、ふたりの美青年が最初は敵対しながら、紆余曲折を経て次第に惹かれ合ってゆくというベタなストーリー。

 主人公のふたり以外にも多くの美男子が登場し、それぞれの立場、それぞれの場所で幾つものBLカップルが誕生するという内容だった。

 単に甘い展開ばかりではなく、タイトルの通りに拳銃を扱うそこそこハードボイルドでシリアスなシーンが程良いスパイスとなっており、不覚にもストーリーにぐいぐいと引き込まれてしまった。

 最初の内はBLとはこんなものなのかと思いながら見ていた奏一郎も、思わず前のめりになって見入ってしまう場面が幾つもあり、BL侮れぬなどと胸の内で唸ることも少なくなかった。


(いや……これ案外オモロイで。BLとかそんなん関係無しに)


 美男子同士の若干過激な絡みの部分は流石に苦笑を禁じ得なかったが、全体としては十分男の自分でも鑑賞に耐え得る良作だ。

 茉央がドハマリするのも、このクオリティなら十分に頷ける。

 そしていつの間にか、最初は僅かに距離が空いていた筈の茉央の位置が、奏一郎の真横に移動してきていた。もっといえば、お互いの肩がぴたりとくっつき、キャラメルブラウンのセミロングレイヤーが奏一郎の肩や腕に柔らかな感触を与えている。

 これ程までに自然に触れ合っていたのは、一体いつ以来だろうか。

 勿論セックスの最中ならばお互いに肌と肌を合わせる訳だからこれ以上に密着するのは当然なのだが、意図して触れ合うセックス以外の場面で当然の様にふたりの体が触れているのは、よくよく考えれば物凄く久々だったかも知れない。

 しかし茉央は別段、今の状況を意識している様子は無さそうだ。

 となると、彼女は本当に楽しい時間を過ごしている時は無意識に相手の肉体に触れる傾向があったのか。これは奏一郎も知らなかった、茉央の隠れた一面だった。

 と、ここで奏一郎は余計なことを考えてしまった。


(TAKUYAってのと一緒に()る時も、こんな風にしてるんやろか)


 嫉妬や怒りよりも、悲しさが先に込み上げてきた。

 今はこうして愛情たっぷりの表情でしなだれかかってきている茉央が、いずれは見も知らぬオトコのもとへと去ってゆくのかと思うと、己の不甲斐なさが情けなくて仕方が無かった。


(どうせ逃げられてしまうんやったら、今の内にしっかり茉央のことを知って、エエ思い出にしとこか……)


 自身の中で芽生え始めた暗い想いを必死に押さえつけながら、奏一郎はテレビへと視線を戻した。

 この作品に茉央が何を感じ、何を求めているのかは分からない。

 しかし奏一郎は奏一郎で自分なりの感想と解釈を持ち、少しでも茉央の心を理解することだけに努めようと思った。


「はぁ~、疲れたね……ちょっと休憩しよっか」


 1クール分を観終わったところで、茉央が満足げな笑顔を向けてきた。

 ここで奏一郎は小腹が減っていることに気付き、業務用の食品量販店で購入していたピザやポテトの類を手早く温め、少し高めの缶ビールを二本、取り出した。


「わぁお、随分豪勢だね」


 リビングテーブルに並べられたそれらの軽食やドリンクに、茉央が若干の驚き顔。

 しかし奏一郎は、


「エエ作品やからな、ちょっと本腰入れて楽しむで」


 と己にいい聞かせる様な調子で宣言すると、茉央は再び心底嬉しそうな笑みを浮かべて、小さく頷き返してきた。


「奏さんがこんなに楽しんでくれるなんて、ちょっと意外……でも、ホントに嬉しいよ」


 そんなことをいいながら、今度はいよいよ密着どころの話ではなく、茉央は奏一郎の腕に絡みついてきて、べったりと柔らかで色気たっぷりの成熟したカラダを押し付けてきた。


「あんまりべたべたしたら、ピザ食われへんで……」


 呆れながら、2クール目の初回エピソードをスタートさせた。


「イイもーん。奏さんに食べさせて貰うから」


 やけに甘えた声で、今度はもちもちの柔らかな頬まで押し付けてきた。

 これが本当に彼女の本心からくるイチャイチャならば奏一郎も諸手を上げて喜びたいところだったが、TAKUYAの影がちらついている以上、この彼女の態度もただの芝居だと思えてしまう。

 きっと茉央は、そのTAKUYAの前でも同じ様に、或いはそれ以上の親密さで肌を押し付けているのだろう――そう思うと悔しさが更に倍増した。

 が、悔しさが逆に奏一郎の集中力と感性をより一層、研ぎ澄ます結果となった。

 いつもなら、ここまでべったりと茉央がくっついてきたならば、まず間違い無く性欲が大爆発し、その場で彼女を押し倒していたことだろう。

 そして、アニメを楽しんでいる茉央の気分を害していたに違いない。

 だが今の奏一郎は違う。

 TAKUYAへの嫉妬、茉央への悲しみ、そして何より不甲斐なさ過ぎる己への怒りから相当な集中力が芽生えており、黄金の撃鉄のストーリーや演出、更には各キャラクターの言動やその魅力などについても余すところなく、自身の感性の中に取り込むことが出来た。


「あー、御免、ちょっと戻して良い? 今んとこ、めっちゃ良かったから、もっかい見たい」

「え? 分かる? 奏さん、分かる? さっきのとこ、すっごいエモいよね? ホントはわたしもひとりで見てる時はね、さっきのシーンのとこで何回もリピートさせるんだよね」


 幾分興奮した様子で、その端正な面を目と鼻の先にまで寄せてきた茉央。

 その笑顔には、本当に嬉しそうな輝きが広がっている。

 きっとこの最高の笑顔も、TAKUYAの前ではもっと可憐に明るく彩られているのだろう。そう思うと益々自分が情けなくなってきた。


(いや……余計なことは考えんとこ。今の俺は、黄金の撃鉄のにわかファンや。こっからどっぷり沼にはまって茉央を見返したる)


 そこまで考えて、ふと自分に対して小首を捻った。

 最初は茉央を理解する為に、このアニメを見始めた。

 それなのに今はどういう訳か、茉央に対して変な対抗心を抱いている。自分の方がより深くこの作品を理解して、茉央以上に語れるファンになりたいなどと思い始めている。

 そんな自分に、驚いた。


(え……俺って案外、BLもイケるクチやったんや)


 まさかの展開。

 アニメ以上に、今の己の心境の方が遥かに意外だった。

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