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3.腹を括った夫

 翌日、出社して早々に幾つかの会議をこなした奏一郎だったが、自席に戻ってから変な溜息を漏らしてしまった。

 仕事には集中出来ているものの、時折TAKUYAのことが脳裏をかすめることが何度かあったのだ。


(あかんな……仕事にも支障出かねへんぞ、これは)


 なるべく早急に解決しておかなければならない。

 と、ここで隣席から同僚の米中敏明(よねなかとしあき)が、一体どうしたのかと声をかけてきた。米中は奏一郎とは同い年の34歳で、妻と子ひとりの三人家族で暮らしている。

 純粋な技術面では奏一郎の方が上だが、ひと当たりの良さや他部署との調整という人間力では、間違い無く米中の方に軍配が上がる。

 奏一郎としても何かと頼りにさせて貰っている米中だが、彼にTAKUYAのことについて、遠回しにアドバイスを貰ってみてはどうだろうか。

 勿論、自分自身の問題としていきなりぶつけてしまうと、米中に変なプレッシャーを与えてしまいかねない。そこで奏一郎は、自分の友人の身に起きた問題として訊いてみることにした。


「あのね米中、全然仕事の話とは関係無いんやけど……」

「うん? 若峰が仕事以外の話振って来るなんて、珍しいな」


 そんな反応を受けつつ、奏一郎はある友人Aとその妻Bの関係に、自身と茉央の状況を重ね合わせる形で説明し、謎の人物から妻Bに連絡があったところまでを語り終えた。


「んで、その謎の人物のことを妻Bに訊きたくても訊けない状況なんやけど、米中的にはこれ、どう思う?」

「んー? どう思うも何も、そんなん完璧に真っ黒じゃね? それ、絶対浮気してるって」


 奏一郎は一瞬、飲みかけた缶コーヒーを噴き出しそうになった。

 米中は確信を持った様子で、浮気以外にはあり得ないなどとキッパリいい切っている。彼は一体何の根拠があって、そこまで自信満々に胸を張れるのだろうか。


「見事にいい切るねぇ……もしかして経験あり?」

「おう、あるんだよ、実は」


 この時、奏一郎は米中の顔を真正面から凝視したまま、その場で凝り固まってしまった。

 まさかの返答だった。


「いやー、実はな、俺の嫁さん、まだ結婚する前の話だったんだけど、他のオトコと二股かけてやがってな」


 米中曰く、最初のうちは全く気付かなかったのだという。

 ところが浮気相手のオトコが割りと不用心というか考え無しというか、米中の目の付くところでも平気で連絡を寄越してくる様になり、それが切っ掛けとなって浮気が露見したのだという。


「まぁそんな訳で、バレる時ってのは大体、オトコの側がヘマするもんだって思ったね。ほら、よく巷でもいうよな。女は誰もが女優だ、って。いやホント、あれは真理だねぇ。俺もすっかり騙されてたし」


 現在、米中の妻は良き伴侶として子供の世話や家事にもしっかり注力してくれているが、子育てがひと段落したら再度警戒する必要があるかも知れない、などと米中は中々不穏な台詞を発していた。


(そうか……オンナは女優、か)


 訊かなければ良かったと、奏一郎は軽く後悔の念が込み上げてきた。

 もしかすると、茉央も相当に女優力が高いのだろうか。

 TAKUYAなるオトコと浮気していながら、それでも家庭内ではしっかり奏一郎だけのことを見ている妻をあれ程の完璧さで演じているのか。

 いや、そもそも茉央は浮気などしていないかも知れない。

 奏一郎が勝手にそう思い込んでいるだけで、茉央には何の咎も無い可能性だってある。

 それだけに、悩ましかった。

 白黒はっきりしていればこんなにも頭を痛めることも無かっただろうに、かといってそこを明確にする手立てが今のところは皆無だ。


(……探偵事務所にでも依頼するか?)


 多分、それが一番確実な方法だろう。

 しかし今、手元にある小遣いで賄えるだろうか。基本的に給与や賞与は全て茉央に管理して貰っており、クレジットカードの明細も全て彼女のメールアドレスに電子版で届く様になっている。

 となると、しばらくの間は必死に小遣いを貯めて探偵事務所に依頼出来るだけの金額を用意するしかないのだが、一体いつになることやら。


(もしその間に浮気がどんどん進んで行って、取り返しのつかんことになったら……)


 もうその時点でアウトだろう。

 つまり、現状では奏一郎はひたすら静観して、彼女がTAKUYAの側に完全に心が向いてしまうのを待つしか無いということになる。

 いや、奏一郎自身が自分磨きを重ねて茉央の心を取り戻せればそれで良いのかも知れないが、では何をすれば茉央の心を繋ぎ止めることが出来るのか。

 今までの生活に不満があるかどうかをまず、聞き出せば良いのだろうか。


(でもあんまり変な訊き方して勘づかれたら、それはそれで修羅場にならんかな)


 奏一郎は、争いごとは余り好きではない。

 出来れば茉央と男女関係のことで、あれこれ余計なことを騒ぎたくはない。

 もしも本当にただの冤罪だったら、無駄に彼女を傷つけることになりかねないからだ。

 自分の勝手な嫉妬と疑念だけで茉央を悲しませるなど、以ての外であろう。


(やっぱり、自分で全部やり切るしかないか)


 それも、茉央には一切気取られることなく。

 それが可能かどうかはさておき。


(もしホンマに茉央がTAKUYAとかいう男に気持ちが傾いてるなら……)


 ごくりと息を呑んだ奏一郎。

 絶対に考えたくはなかったが、もしも万が一、そういう展開になったとしたら、どうするか。


(潔く、身を引くしか無いか)


 浮気されるのは、される側にも原因があるというのが奏一郎の考え方だった。自分が他のオトコよりも十分に魅力的ならば、そもそも茉央は浮気をしようなんて思わない筈だ。

 だから、これは自己責任であり、浮気されたことは即ち、自分自身への敗北ということになる。


(その時はすっぱり、諦めよう)


 奏一郎は腹を括った。

 妻を傷つけないことが第一。それが奏一郎の中での最優先事項だった。

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