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新たな護衛

 せめて足音が聞こえなくなるくらいまでは、と階下に消えていくフランチェスコたちを見送ってから、レンは扉を開けて〈鳥籠〉の自室へと戻ってきた。

 もちろん新しい護衛兵であるマルコも伴ってなのだが、いまだ二人の間に会話はない。早くもぎこちない空気になりかけているのを彼女も敏感に察知する。


「将軍、最後に何やら妙なことを仰っていましたね」


 互いのきちんとした自己紹介の前に世間話の一つもあった方がいいだろう。

 そう判断したレンは、マルコに対して誘い水を向けてみた。

 実際、去り際のフランチェスコが口走っていたのは悪趣味な冗談の類かと思うような内容であった。


「わたしとあなたに死相が出ていないとかどうとか、いったい何を伝えたかったのかがまったくわかりませんよ」


 レンとマルコ、二人の顔をまじまじと見つめたフランチェスコは「よし、死相は出ていないようですな」と納得したように頷いていたのだ。

 失礼な発言だと怒るよりも、むしろレンには彼の真意がつかめないことへの困惑が先に来た。


 きっとマルコも自分と同様だろうと勝手に判断していたのだが、しかしそうではなかったらしい。

 寝台の位置を確認し、鞘に入ったままの剣を使って扉からの距離を丁寧に測りながら彼が言う。


「時折口にされるんですよ、他人の死相について。昔かららしいのであの方の口癖みたいなものかもしれません」


 言葉を選んでいるのか、慎重に話すマルコ。

 レンにとっては初めて耳にした彼の声だった。


「ただ、当たるんです」


「当たるって、生死について?」


「ええ。激戦が予想される戦場へと赴く際に、おれに限った話ではありませんが何度かそういうことはありました。『おまえにはまだ死相が見えないから大丈夫だ』と言葉を掛けられることが、です。そんなときは決まってみんな無事に生還できましたよ」


 いささか異能じみた話だが、この世界には〈遠見〉に代表されるような異能が確かに存在するのを、レンは誰よりもよく知っている。


「──本当に他人の死相が見えていたりして」


「でしたら心強い限りですよ。我々の指揮官なのですから」


「そう? わたしにはちょっと怖く感じられますけどね」


 だってあのフランチェスコ将軍ですし、とレンは少し茶化してみせた。本心をつかませないことにおいてあれ以上の人物はなかなかいないはずだ。

 そんな彼が、ドナートの死相についてなぜか触れなかったのには理由があるのかもしれないし、ないのかもしれない。そもそもが冗談の類なのかもしれない。


 いずれにせよレンとドナートの道は分かれ、これからはマルコが〈遠見〉最側近としての護衛兵なのだ。初めの印象とは異なり意外に会話も弾んでいる。

 一通り部屋の確認を終えた様子のマルコだったが、今度は所持していた小さな荷物を紐解き始めた。


「ところでレン様。お土産というわけではありませんが、気に入っていただけそうな品をここにお持ちしていますので」


「まあ、それは楽しみです」


 喜んでいる素振りのレンへ、マルコが差しだしてきたのは薄い書物であった。

 装飾されていない簡素な表紙には汚れがなく、おそらくは最近書かれた物であろうと推察される。


「ヴァレリア共和国の歴史書、特に初代統領ルージア・スカリエッティ様の時代に書かれた古い歴史書に興味を持たれていろいろ読まれたとか。将軍からはそのように伺っております」


「ええ、確かにそうですね」


 前任の〈遠見〉であるサラが死んでしばらくしてからのことだ。

 ひどく落ちこんでいたレンをわざわざフランチェスコ将軍自ら〈鳥籠〉まで見舞いに来たことが何度かあった。

 一人放り出された格好となったレンを憐れんでの行動か、それとも対外的な評判を考慮しての打算による行動だったのか。そこまではわからない。


 そのときに彼女は「ヴァレリアの歴史を学びたい」と頼んだのだ。偽の〈遠見〉とはいえ、サラの後継としてせめて努力はしたい、という名目で。

 フランチェスコも口では「柄にもない」と小馬鹿にしつつ、それでも合計九冊の貴重な歴史書をわざわざ〈鳥籠〉まで届けてくれた。


 だがヴァレリア共和国に関する書物ではなくニルバド皇国絡みとは、はたしてどういうつもりなのか。

 微妙な戸惑いを隠せないでいるレンとは対照的に、若き護衛兵マルコはその贈り物に込められた意図を淡々と告げる。


「差し出がましいようですが、敵を知るのも〈遠見〉の仕事の内、と心得ます」


「なるほど。要はヴァレリアのために学べってことですか……」


 ようやくレンにも合点がいった。

 明らかにこれはフランチェスコの差し金だ。眼前の不器用そうな青年にできる芸当ではないだろう。


「レン様、そんなお顔をなさらないでください」


 困ったようにマルコから指摘されてはっとする。どうやらいつの間にか渋面を作ってしまっていたらしい。舌打ちまではしていなかったのは幸いだ。

 慌てて外面を取り繕い、何事もなかったかのように澄ましてレンは言った。


「もちろん構いません。現状では噂が独り歩きしているニルバド皇国が本当はどのような国なのか、〈遠見〉としては興味深いところですもの」


 だがマルコは先ほど同様に浮かない顔つきのままだ。


「その……大変お伝えしにくいのですが、書物の精読と併せてさらにニルバド皇国の言語習得もレン様にはお願い致したく」


「やだ、そんな面倒なことまで!」


 情けないことにあっさりと〈遠見〉としての仮面が剥がされ、言葉遣いに盗みも厭わなかった孤児の頃の地金が出てしまう。

 まだ出会ったばかりだというのに、マルコと話しているとどうにも調子が乱されていくのを感じる。前任のドナートと過ごしていた日々にはなかった感覚だ。

 そんなレンの内心など知る由もなく、重ねてマルコは念を押してきた。


「何とぞ了承を」


「うー。わかったよ、わかりましたよ。やればいいんでしょ」


 半ば投げやりな態度ではあったが、レンも応じるより他にない。

 これで問答は終わりのはずだ。なのにマルコは真っ直ぐレンを見つめてきて、そのまま視線を逸らそうとしなかった。


「レン様」


 突然彼が片膝をつき、レンを見上げる姿勢をとる。


「え、なに……?」


 その真摯な眼差しの迫力に気圧され、レンはいまだ〈遠見〉としての体裁を保てないでいる。


「あなたの仕事が〈遠見〉としての職務を果たすことならば、おれの仕事はそんなあなたをすべての敵から守ることです。いついかなるときも、たとえ相手が誰であろうとも」


 決然とマルコが述べたのは、自身の覚悟を示す誓いの言葉だった。

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