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粉雪舞う白い世界で  作者: ふちたきなこ
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友達以上恋人未満の距離

私は家具や諸々のモノを処分し、すぐにアパートを解約した。


そして大きなバッグに着替えや身の回りのものだけを持って、ストーカーから逃げるように凌の部屋へと避難した。


私達はルームメイトになる証として、私は影山さんを「凌」、そして影山さんは私を「伊織」とお互いをファーストネームで呼び合う事に決めた。


最初は照れ臭いので何回か練習をした。


「伊織。」


「なに?凌。」


「えーと、伊織って可愛い名前だね。」


「凌こそ、カッコイイ名前。シュッとしてる。」


「なんか思った以上に恥ずいな、これ。」


「あははっ。ホント。」


私達は顔を見合わせて笑い合った。





凌の家は新宿区の中落合という街にあった。


都営大江戸線「落合南長崎」駅から徒歩5分圏内にある中古マンションの7階の部屋で、中古といっても外観は充分綺麗だし、オートロックも付いている。


さすがに今まで通り自転車で「リリー」には行けないけれど、東京のどこへ行くにも申し分ない立地にそのマンションはあった。


部屋の広さは3LDKで一部屋は凌の部屋、一部屋は寝室、そしてもう一部屋は物置だった部屋を片付けて私の部屋にしてくれた。


凌の部屋は全体的に雑然としていて、部屋のインテリアには統一感がなく、レトロなアメリカの冷蔵庫の上にアジアンな象の置物が飾られていたりした。


男の一人暮らしにしては広い部屋に住んでいて、私が訝しむと凌が言い訳するように言った。


「親戚が不動産屋をやってて、安い物件を紹介してくれたんだ。だから伊織も遠慮せずに好きなように使ってくれていいよ。」


そうは言っても私は居候の身だ。


この部屋を自分の色に染めてはいけないと思った。


けれどキッチンだけは自分が料理しやすいように、調味料の置き場所や食器棚の整理をさせてもらった。


凌のキッチンには私が使わないようなこだわりの香辛料や調味料が沢山あった。


凌が作れる料理は限られているから、きっと元カノの趣味だったのだろう。


その元カノとの将来を考えて、この広さの部屋を借りたのかもしれない。


でもそのことに触れることは出来なかった。


凌の過去に何があっても、そして現在や未来の凌が誰と付き合おうとも、何かを言ったり詮索する権利など私にはない。


私はそれを自分への戒めとして忘れないように、キッチンの一番目立つ場所にサボテンを置いた。


この生活は、サボテンの花の寿命のように短いものなのだ、ということを忘れない為に。


私は決して好きになってはいけない男と同居生活をしているのだ、ということを忘れない為に。





凌の部屋に住むことになった日の翌日、私は凌と一緒にニトリで日用品を買いに出かけた。


私の茶碗やスリッパ、タオル、コップなど細々としたものを揃える為だった。


新しい生活の始まりに、私の心は高揚していた。


それは凌も同じらしかった。


「私、この水玉のコップにしようかな。」


色々な模様のコップを眺めながら、私はパステルピンクの水玉模様のコップを手にした。


「じゃあ、俺もお揃いのコップ買っちゃおっかな。」


凌もそう言って同じ模様の色違いのコップを買い物かごに入れた。


「無駄遣いして大丈夫?」


「平気平気。せっかくだから俺も伊織と同じモノを揃えたい。」


そう言って凌は自分のモノまで、私と色違いの生活日用品を選んでいった。


「なんだか新婚夫婦みたいだな。」


凌がはしゃいだ声でそう小さくつぶやいた。


私はそれを聞こえないふりをした。





凌は私から生活費を一切受け取ろうとしなかった。


私が申し訳ないから一万円でも出させて欲しいと言っても、断固拒否をした。


凌はそんなにバイトに行っている風でもないのに、特に生活に困っている様子も見受けられなかった。


値段を見ずにどんどん商品を買い物カゴに入れてしまうし、平気で高い食材や果物を突然買って帰ってくることも多々あった。


こっそり株でもやって大きく稼いでいるのだろうか。


でも凌のお財布事情を突っ込んで聞くことは躊躇われた。


だからお金の代わりに私は家事全般を請け負うことにした。


料理はもちろん、掃除や洗濯、その他の細々とした雑事もこなすようになった。


掃除はキッチンやリビング、トイレをぴかぴかに磨き上げた。


といっても凌もそんなに部屋を汚すタイプではないし、毎日少しづつ掃除するところを決めればそんなに手間はかからなかった。


私が凌の部屋に入ることはほとんどなかった。


少しだけドアの外から見えた凌の部屋は、本棚に入れられた大量の書籍といつも携帯している小さなパソコンとは別のパソコンが置かれてあり、床にも書類が散乱していた。


入っては駄目とは言われなかったけれど、凌には凌の世界があるし、そこに土足で踏み入るような真似はしてはならないと思った。


洗濯は最初、凌が下着だけは自分で洗うと言い張っていたけれど、いつしか羞恥心も薄れたようで全てを私に任せてくれるようになった。


凌は私が作る料理をいつも残さずぺろりと平らげてくれた。


それが和食でも洋食でも中華でも変わらなかった。


特に手作りのハンバーグには目が無く、上にチーズを乗せるとさらに喜んだ。


でもお漬物とセロリやパクチーといった癖の強い野菜は苦手で、チキンカレーの上にパクチーを乗せたら、パクチーだけ綺麗に皿の隅に追いやられていた。


気が向くと凌は特製チャーハンを私の為に作ってくれた。


玉子とネギとハムで作るシンプルなチャーハンなのだけれど、これがものすごく美味しいのだ。


なんでもウェイパーという調味料を使うのがコツなのだと教えてくれた。


凌とはよくくだらないことで喧嘩もした。


凌と一緒に映画を観ると、凌はそのストーリー展開やラストのオチを言い当ててしまうのだ。


ホラー映画を観ると「あ、コイツなんで単独行動を取っちゃうかなぁ。死ぬよ。コイツ絶対に死ぬよ。ほら死んだ!」と言ってみたり、ミステリー映画を観ていても「これは幽霊オチだね。」などとすぐに結末を得意げに話してしまう。


先の見えない展開を楽しみに観ている私にとって、凌のこの癖だけには口を尖らせた。


「ヒドイよ、凌。私は物語をハラハラドキドキで楽しみたいの!」


そう抗議しても凌は悪びれず笑いながら「ごめんごめん」と言うだけだった。


「もう凌とは一緒に映画は観ないから!」と私が膨れると凌は「わかった。もう絶対に言わないから。だから一緒に観よ?」と強引に私をソファの横へ座らせた。


でもやっぱり同じことが繰り返されるので、私はもう諦めた。


私が怒ると凌は後日、私の好きなプリンを買ってきてご機嫌を取った。


私はついそれにほだされて、凌を許してしまうのだった。


凌の部屋に住むようになって一か月も経つと、ストーカーの存在に怯えていたことが遠い昔のことのように思えた。


私と凌は適度な距離を保ちつつ、仲の良い友達として、穏やかでありふれた日常を過ごした。


毎日が幸せ過ぎて、いつか来る凌との別れを考えるのが怖かった。




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