第九十四話 白い風のイタカ
目の前で起きた出来事が脳でうまく処理されず体が固まってしまう。
純恋達や青さんを飲み込むはずの波への対処が遅れてしまい、
万事休すかと思ったが腰に差している六華から男が現れ波を一瞬で固めてしまった。
「・・・・・・・。」
白い風をまとう男。
白髪で細身だが背丈のある西洋の正装を身にまとった男は波の方を向いていたが俺の方を向いて跪く。
「我が主よ。お久しゅうございます。」
俺の方をじっと見つめて頭を下げてきたこれは俺に対して跪いていない事だけは分かる。
こいつはきっと・・・俺の中にいる神に向けて服従の意を示しているんだ。
「・・そしてわが主の眷属として認められた男よ。わが名は”イタカ”。
お前と同じく大神ハスター様の眷属であり、この白き風を司る神である。」
俺と対照的な風をまとう神。
確か捷紀さんとの話しの中で出てきた名前だ。
「力は使えているようだが判断力が鈍い。味方を信じなさすぎだ。
まあ、足を引っ張っているというのは事実だがな。」
指を鳴らすと凍った津波にヒビが入り大きな音を立てて割れていく。
「だが、経験しておくのもいいだろう。それで両親は命を落としているのだからな。」
ダゴンに背を向けながらこちらに近づいてくるイタカ。
白い風は純恋達を襲う深き者ども達のみを凍らせており、
歩み床を凍らせながら俺の前までたどり着いた。
「・・あの赤ん坊からよく育ったものだ。たった数十年六華に籠っていたはずだが
お前の変わりように失った年月を感じるとはな。」
冷気をまとった手で俺の頬に優しく触れる。
あの海水を凍らせるほど冷たいはずなのに触れた手は温かく感じた。
「久々じゃのう。助かったぞ。」
全員の無事、そしてダゴンが動いてこないことを確認した青さんがこちらに近づいてきた。
「青龍か。見ないうちに力を落としたな。昔のお前であればもう少し善戦したはずだ。」
「そう言うな。龍彦と違い龍穂の神力はハスターに持っていかれている。
わしが使える神力が少なく使える力は制限されておるんじゃ。」
頼れる青さんだったが力を抑えていたなんて今初めて知った。
全盛期、今以上の力を持った青さんを見て見たいとは思ってしまうが
青さんの力を制限していた事実に少し申し訳なくなってしまう。
「お前がへこむ必要はない。これは前々から分かっていたことじゃ。
してイタカよ、お主稲美と同じように龍穂と使役契約を結んでくれるんじゃな?」
青さんは単刀直入にイタカに尋ねる。
母さんと契約を結んでいた同じ眷属、先ほど見せた力を味方として使ってくれるなら非常に心強い。
「・・いや。」
だがイタカから飛んできたのは否定の言葉。
「龍穂の実力をしっかり見させてもらう。俺が納得するすれば契約を結んでやろう。」
先程の俺の行動に懸念点があったのかイタカは契約を結んではくれないようだ。
その言葉を聞いた青さんはこちらに目を向ける。
ここで実力を見せればこの頼りになる男が俺達の味方になる。
考え方を変えればチャンスだと捉えられる。
「・・分かった。」
この力を味方に付けられれば今のようなピンチでもうろたえる事がなくなる。
皆を守るには必要な力を逃すわけにはいかない。
自慢の海を凍らされたダゴンは苛立ちを隠せずにこちらに向かって叫ぶ。
「イタカよ!やってくれたな!!」
大きな氷の上に立つダゴンの体からは禍々しい魔力が溢れ出ている。
今の津波が純恋達を襲えば深き者どもに姿を変えられ、勝負が決まるような場面だったため
邪魔を入れられた事実はダゴンに取ってショックだったのだろう。
「ダゴン!いや・・・”ダゴンの残滓”よ!!
本体であれば私などに自慢の海を止められるはずはあるまい!
なぜそのようなことになっているか理解できないが貴様のその力!我らの糧にさせてもらおう!!」
ダゴンの残滓・・・?イタカは一体何を言っているんだ?
「龍穂、お前はイタカと行ってこい。こちらはわしらが何とかする。」
出来ればみんなの元にいたいがダゴンを倒さなければ純恋達の脅威から守れない。
「・・行ってくれ。」
皆の表情が不甲斐ないように見える。
だがとにかくこの戦いを勝利で収めなければならないと純恋の言葉に頷き、
イタカとダゴンの元へと浮かぶ。
「残滓だと!?何を言っている!!俺は俺だ!貴様などに遅れは取らん!!」
再び自らの体から海水を放出し、この状況を打開にしかかるダゴン。
「龍穂、お前の魔術操作にいう事はない。だが全てを守ろうとして意識を分散させすぎだ。」
海水から再び深き者ども達を召喚してくるが、
イタカの白い風が彼らの体に巻き付くと体を凍らせ、戦闘不能に追い込む。
「ようは抑えておくべきところを押さえておけば被害は最小限に押さえられるという事だ。
仲間を守るという意識に何も悪いとは思わん。
だがな、前に出ているお前がしなければならない事。そして後ろにいる味方がしなければならない事。
全て把握したうえでお前がするべき事をするんだ。」
少し前に毛利先生に言われたことのあと一歩先、俺達の役割についてイタカが指摘してくれる。
ようは俺が敵を抑え込めばいい。少し傲慢かもしれないが俺には今の俺にはその力がある。
先程の風の壁が破壊されたのも純恋達を救わなければならないと言う焦りが生んだ綻びであり、
平常心を保てていれば難なくせき止めることが出来ただろう。
「空気よ・・・・。」
意識を一度リセットするため詠唱を口に出して体育館の周りの空気を操作し支配下に置く。
こうして改めの支配下に置くと空気の動きと言うのは相手の動きを読み取る一番だという事を感じる。
空気の粒を感じることによって敵の動きを感じることが出来る。
それに敵が放つ攻撃によって生まれる温度の差。
その温度自体は感じることはできないが空気の小さな動き方でそれを感じ取ることが出来た。
「深淵の激浪!!」
奴は再び津波を引き起こそうとしている。
先程イタカに言われたことに激怒し、再度同じ魔術で俺達の命を奪ってプライドを保とうしている。
「この一帯を覆えるほどの大津波だ!これであれば貴様も対応できまい!!」
イタカに向かって言い放つダゴンだが肝心のイタカは耳を傾けておらず、
その視線は俺に向けられている。
一人で何とかして見ろという事なのだろう。
操作範囲は体育館のみならず外まで広げているので奴が水を集めて大きな津波を四方で起こし、
この体育館にぶつけようとしていることが伝わってくる。
「・・黒金剛壁。」
かなりの威力で体育館を破壊しようとしているようだが俺も負けてはいない。
空気の操作範囲を広げ一粒一粒を繋ぎ合わせさらに固い壁を作り上げる。
「そうだ。敵の攻撃に合わせて魔術操作の質を合わせるんだ。
質が上がれば魔術も強化される。大気の魔術の利点を最大限に生かし戦いを優位に運べ。」
俺の黒い壁によって陽の光を隠された真っ暗な体育館に津波の衝撃で起きた音が響く。
鈍い音が響いたが水は一滴も体育館を襲うことなく、
音の反響によって動いた砂埃が少し舞うだけだった。
先程より強力な攻撃を簡単に防がれ少し驚くがすぐに平静を取り戻し、
凍った海水を水に浸し海を作ろうとするダゴン。
視界を取り戻すため壁を解き戦いを終わらせるためにイタカに尋ねた。
「イタカ、あれはダゴンの残滓って言ったな?
という事は猛は化け物に変えられたわけじゃないってことか?」
ダゴンの残滓。猛がダゴンの姿に変えられたのは神を授かったわけでは無く、
その力を込められただけなのであれば元の姿に戻せる可能性はあるのかもしれない。
「ああ、ダゴンの力が強く出ているが人間としての姿はまだ残っている。」
「・・元に戻せるのか?」
「可能性はある。」
失っていた希望の光が再び出てくる。だがそれを追うのは勝利が大前提だ。
「あの体に残っているダゴンの残滓を完全に除去できるのなら元の体に戻せるかもしれない。
だがそれには強い陽の力。太陽から放たれた炎のような強大な力が必要になってくるが・・・。」
イタカは純恋の方を見る。
玉藻の前と神融和を行い、さらに鍛錬によって強力な魔術を使えるようになった純恋だが
イタカが求める力を扱うのは厳しいだろう。
「・・やれってことやろ?任せろや。」
俺の思惑とは反し純恋はやってやると大きく頷く。
太陽が放つ炎と同等の威力は難しいだろうが・・・純恋の自信にかけるしかない。
「見たところ詠唱時間に難があるようだな。
従者が上手く立ち回って時間を稼いでいたようだが両者とも未熟で上手くかみ合っていなかった。」
純恋と桃子の連携はあくまで二人が戦う前提で組まれている。
深き者ども程度なら圧倒できるが純恋を守ると場面での中遠距離戦となると
今回レベルの相手では後れを取ってしまう。
「龍穂、私がこいつの傍に立つ。お前はダゴンの残滓を叩きのめしてこい。」
先程の津波を凍らせる実力があるのなら安心して前に行ける。
イタカに純恋のことを任せダゴンの残滓が残っている猛と決着をつけに前に出た。
「グッ・・・・!!」
奴に対してこちらからダメージを負わせていないのにも関わらず
片膝を突き苦しい表情を浮かべている。
「魔力・・切れか?それとも・・・・・!」
急激に力が衰えている。
ダゴンの力が体の中に入っているだけでベースとしては猛の力なのだろう。
半年も経っていない期間で猛の力が一気に上がるなんてことはあり得ない。
ダゴンの残滓は自らの体で戦うように力を振るったのだろうがガス欠を起こしたようだ。
「・・・・・・・・・・・・・。」
その姿を見て強い悲しみが襲ってくる。
土御門がどうやって猛にダゴンの力を与えたのか分からないが
もし猛が自らダゴンの力を望んだのだとしたら何故そんなことをしたのかと問いただしたい。
突然強大な力を持ったとしても扱えるかどうかは結局の所、
それまでの努力によって変わってくることを俺自ら実感してきた。
「だが・・・まだ力は残っている!まだ・・・やれる!!」
苦しい表情を浮かべたままこちらを睨んでくる。奴はまだ終わっていない。
身の丈にあった力・・・なんて言葉を猛に突きつける気はない。
だが他人からもらった力で強くなるなんてことは間違っている。
猛に教えてやらなくてはならない。お前が歩んできた努力の道は決して間違ってはいなかったと。
残り少ない力を振り絞り足元にある海に両手をつけ何かを唱えだす。
水面から水泡が湧き出てくる。
徐々に勢いが増していき中から何かが這い出てくるかのように突きあがってくると
奴の体に海が纏っていき全ての海水が固まって巨人のような化け物に姿を変えた。
手足には水掻きを持ちひどく醜い姿をした巨人が俺の方を向いて
腫れあがったように太い唇を備えた口で咆哮のような叫びをぶつけてきた。
「俺はダゴン!!深き者どもの王にして深海の王!!!
この先この星を治める王として・・・負けるわけにはいかんのだ!!!!」
自らを鼓舞する言葉を放ち、こちらに向かって大きく腕を振り上げるが恐怖は全く感じない。
決着をつけるため周りの空気を操作し黒く染まった空気を動かし呪文を唱える。
奴の狙いを全て吸い取り猛を取り戻す。
その思いを込めながら空気を動かすと自然ととある動物に姿を変えていく。
「・・死の吸血蝙蝠。」
動物の血を吸い取りその栄養で生きる蝙蝠。
空気で作られた漆黒の蝙蝠が腕を振り上げるダゴンのわき腹に牙を突き立てながら突っ込んでいく。
固い鱗を持つダゴンだったが蝙蝠の牙を回転させ鱗を破壊すると
音を立てながら牙を肉を引き裂きさいた。
後は振り下ろすだけ。そう確信していたダゴンは不意を打たれたうえに想定以上の痛みだったのか
怯んでしまい。こちらに向けて腕は振り下ろされることはなかった。
海水で来た体のはずなのにまるで神経が通っているような反応だ。
もしかするとあの姿がダゴンの本当の姿なのかもしれない。
蝙蝠は吸い取った海水を腹の中で海水を破壊し続けダゴンの姿は徐々に小さくなっていく。
焦ったように腕を動かし蝙蝠を払おうとするが深く突き刺さった牙は決してダゴンを放すことはない。
魔術を維持する魔力を失ったのかダゴンの体は徐々に崩壊していき、さらに体は小さくなっていく。
「潮時か・・・・。」
後ろからイタカの声が聞こえてきた。
「勝負を決めるぞ。天井を破壊してくれ。」
いつの間にか全員がすぐ後ろまで来ており純恋は魔術をほぼ完成させている。
ケリをつけるため蝙蝠の翼を羽ばたかせ小さくなったダゴンの体を持ち上げる。
そして体育館の部屋を破壊し日が傾きつつある空へ向かっていくと
途中で切り返し体育館の地面に叩きつける。
床を大きく破壊しつつ叩きつけられたダゴンはあまりの衝撃に
身にまとっている海水を全てまき散らすと床の木が動き出し、体を縛り上げる。
「弱った体であればいけるな!」
青さん、楓、千夏さんによる木の合同魔術はダゴンの手足を完全に封じた。
「準備は出来ているな?」
「ああ。」
イタカからの合図を受けた純恋は破壊された天井に向けて巨大な光り輝く太陽を作り上げる。
「日輪煌々御来光!!!」
ひと際輝く太陽の光の熱がダゴンを襲うが肝心のダゴンからは焼ける音が聞こえてこない。
弱っているはずのダゴンだがそれでも太陽の熱を通さないほどの強い宇宙の力を持っているようだ。
「ぐっ・・・・!!」
効いていないと気付いた純恋はさらに魔力を込めるが状況は変わらない。
「力とは使い方で全てが変わる。例えば・・・・こんなふうにな。」
イタカが太陽に向かって腕を伸ばすとその近くに大きな雪の華がいくつも出来上がる。
「六華の雪鏡。」
鏡のようにきらめく雪の華は太陽の光を反射しており、
イタカはそれらを動かし太陽の光をダゴンに集める。
「ぐっあああぁぁぁぁ!!!!!!」
先ほどまで何も言わなかったダゴンから苦しそうな声が発されると肌の焼ける音が体育館に響く。
強い太陽の力がダゴンに効いた。これで・・・・猛の姿に戻るのだろうか?
ここまで読んでいただきありがとうございます!
少しでも興味を持っていただけたのなら評価やブックマーク等を付けていただけると
励みになりますのでよろしくお願いします!




