第八十九話 受け入れがたい失望
定兄達に合流し先ほどあった出来事をについて情報の共有をする。
「うちが悪い・・・・か。」
定兄と風太さんは黙り込んで何かを考えているが二人の様子からして心当たりがあるのではなく
真奈美をそうさせた原因が分からないように見えた。
「定明、考えている暇はないぞ。
真奈美が俺達の元へ来ていないという事は影定さんの方へ行っている可能性が高い。
藤野がいるが奴はケガを負っている。
真奈美が強い力を手にしているのであれば遅れを取るかもしれない。
そうなれば影定さんは危ないだろう。
この情報を手にしているのは俺達でだけであり龍穂達には引き返す選択肢はない。」
俺も出来れば親父の元へ行きたいが体育館にいる土御門から力をもらったアイツを止められず、
今以上の被害で出てしまうかもしれない。
もし、国學館で力を付けた俺への対抗心が今回の事件を引き起こしたのであれば
止めるのは俺の役目だろう。
「・・龍穂達には悪いが俺は戻る。
次の当主は俺だ。もし親父の身に何かあれば俺の力だけでは今の立場を守ることはできないだろう。」
八海の山の神に気に入られてから次期当主の親父から任命された定兄の肩には
俺には想像できない重い使命が乗っている。
まだ大学生であり、実力以外にも神道省の地位を確立するための力を持っていない定兄にとって
親父にはまだ生きてもらわないといけない存在だ。
「そうか。龍穂、それでいいか?」
風太さんの問いに俺は首を縦に振る。
俺には定兄を止める理由は無いし、むしろ大切な家族を助けに行ってほしいと思っている。
「龍穂、恩に着る。」
「では私が送りましょう。影渡りであれば移動時間がかかりません。
藤野さんに影に出ることが出来ますから影定さんの元へすぐに送ることが出来ます。」
加治さんが二人を送り届けると買って出てくれる。
もうすでに親父の元へたどり着いていてもおかしくはない。
「ありがとう。助かる。」
加治さんの申し出に二人は感謝し、影に沈んでいく。
「お二人を送った後、なるべくすぐに戻ってきます。
私が言えることじゃないのでしょうが・・・無理はしないでくださいね?」
心配の言葉を残し、三人は影に沈んでいった。
「・・龍穂君の幼馴染である彼女が付けていた刺青。
深き者ども達を増やせるほどの神を使役した影響で出来たものである情報とはいえませんね・・・・。」
千夏さんの言う通り強大な神の特徴を表す刺青ではなかった。
「定兄達の離脱は大きな戦力ダウンですが仕方ありません。我々だけで対処しましょう。」
彼らの体から得た情報も有益なものではなかった。
唯一得られたのは土御門から力を得たのはここにいない二人だったという
俺からすればかなり残念な情報のみだった。
死体の山に両手を合わせこの場を後にする。
あと少し先に行けば体育館の入り口が迫っていたが廊下の先からは
嫌な予感を感じさせる禍々しい力が漂っていた。
「・・・・・・・・・・・。」
全員が決戦の予感を体で感じ緊張感が最高潮に高まり自然と会話がなくなっていく。
深き者ども達の姿も見えなくなり無駄な消耗をすることなく出入り口である二枚の引き戸が現れた。
引き戸には大きな魔法陣が描かれており、封印されていることが見て取れる。
俺達を招いていて単なる封印ではないだろう。
きっと俺の記憶の封印のように何かしらのトリガーがかけられているのだろう。
「・・・・・触れますよ。」
それはきっと・・・俺に関わることだろう。
全員に準備は良いかと尋ねると緊張の面持ちのまま頷き魔法陣に手を触れる。
触れた瞬間魔法陣が光を放ちだし音を立てながら文字が動き出す。
そしてガチャリと大きな音を立てた後魔法陣は光を弱めながら徐々に消えていった。
戸に手をかけ、音を立てながら開いていく。
目の前で魔法陣を解除したんだ。隠れる必要はない。
目の前に懐かしい体育館の景色の中に八海高校の制服を着た男がステージの上に座っていた。
こちらを見てぶら下げていた足を地面につけゆっくりと歩いてくる。
「・・・・・・よう。」
授業、昼休み、部活動などで汗を流し生徒達の憩いの場になっている体育館にふさわしくない
大きな傷跡と血しぶきの跡。
そしてこちらに近づいてくる男の制服や肌にも血の跡が付いており、
ここで激しい戦いがあったことを物語っていた。
「罠なんてないぞ。」
目の前の光景を見るために足を止めていた俺を見て警戒していると思ったのか声をかけてくる。
狂ってしまったであろう友人を前に逃げるわけにはいかないと
堂々と一歩踏み出し体育館に足を踏み入れた。
「・・・・・・なあ、”猛”。」
真奈美の言葉を聞いたうえで体育館にいる人物が猛ではない事を心の片隅で祈っていた。
だがその祈りを無駄だと否定する現実が目の前に広がっており、
まずは何が起きたのかを猛に尋ねることにした。
「一体・・・何があったんだ?」
敵の攻撃に反応できる距離で立ち止まる。
「何が起きたのか・・・・か。」
俺が刀の鞘に親指を掛けているのにも関わらず猛は得物に触れることなく俺に問いに答え始めた。
「本当は・・・お前を守るはずだったんだ。
ここらへんじゃ見覚えが無い制服を着た奴らが八海にいてな。
真奈美と一緒に後を追ったら龍穂の命を狙っていた。
だから・・・友達やそいつを追っている人たちと協力してそいつらの計画を止めることにした。」
猛が目線を横に向ける。
すぐ近くに楓達がいる事が分かっていたので視線の後を追うと
そこには二人の生徒達が血まみれの姿で倒れていた。
「龍穂の活躍は姉さんから聞いててな。
三道の才能が無い自覚はあったけど俺なりに努力して追いつこう、
追い抜いてやろうと思っていたけど・・・このザマだ。」
加治さんの話しでは土御門が現れる前にここで惟神高校の生徒達と激しい戦闘を繰り広げていたはずだ。
そして・・・そこに倒れている生徒達が犠牲になったのだろう。
「俺は守れなかった。実力不足で大切な仲間を失った。
お前ほどの・・・陰陽師になれるほどの実力があれば・・・・守れたはずだ。」
顔には流した血を含みながら流した涙の痕が残っていた。
きっと・・・自身の実力不足によって命を落とした彼らへの懺悔と後悔の涙なのだろう。
猛に向かって慰めの言葉をかけようとするがかける言葉が見当たらず
声が出ない口をただ開くだけだった。
「その時ほど自分を呪ったことはなかったよ。自分の才能がなかったからあいつらは死んだんだ。
そして・・・ずっと見てきたお前をこれほど羨んだことも無かった。
だから力をいただいた今、この今だからこそお前に挑みたいんだ。」
ブレザーを剥いで血にまみれた床に放り投げる。
既に巻き上げられたシャツから見えた腕には今までなかった深き者ども達と同じ鱗が生えていた。
「お前、”ハスター”を使役しているんだって?どこまでも俺の上を行くんだから参っちまうよ。」
そして限られた者しか知ることの無い木霊の中にいる神の名が口から放たれる。
「だけどよ、俺が授かった神もかなり強いんだぜ?これなら・・・・お前と同等に戦える。」
腰に差した刀を抜いてこちらに向ける。
いつも使っていた刀ではなく、肌に生えている鱗と同じような細かい歯をまとった
禍々しい神力を放つ魔封刀を取り出した。
「俺は・・・・お前に勝ちたい。出会ったから見てきた憧れの背中にやっと手が届きそうなんだ。
だから・・・俺に殺されてくれ。」
猛から放たれる神力が爆発的に増え、俺達への強い殺気が肌に刺さるほどの勢いで飛んできた。
「・・・・・アホが。」
何があったのかと猛の話しに耳を傾けてきた。
始めは目の前で起きた惨劇に言葉が出なかったが最期まで話しを聞いたうえで
猛にかけられる言葉を探した結果阿保と言う言葉しか見つからなかった。
「お前、本当に狂っちまったんだな。」
猛と出会ったのはあいつが高校一年の時に越してきてからだ。
家が近いこともあり、色々教える役目だったが自らに才能がなくとも目標に向かっていける強い精神力。
善悪に対しても正しい判断力と力がなくとも間違ったことに対して反抗できるほどの強い正義感が
猛の大きな魅力だった。
「前のお前だったら例え力をもらったとしてもそれをただ他人に向けることなく、
目の前で倒れた友人への償いに全力で注力したはずだ。」
明らかに間違った使い方。自らの欲望のために力を使うことは絶対にしない。
山で襲われる時のように視野が極端に狭くなり間違った行動をする時もあるが
それを反省し、自らの躍進へと変えれる奴だ。
「失望したよ。」
授かった神とやらの影響で猛の精神が歪んでしまったのかもしれないが
俺に刃を向けようとしているのは奴がそれを受け入れてしまっているからこその行動だ。
「そんな弱いお前が俺に勝てるはずねぇだろ。曲がった根性叩きなおしてやる・・・!!」
力を得たとしても努力と正義感を放棄した男になんて負けるはずがない。
そう強い決意を胸に刻み、腰に差した六華を強く握る。
「いくぞ・・・!!!」
神によって狂った友人をこれ以上恥さらしにできないと刀を握りしめ兎歩で駆けだす。
力の限り振るった刀を猛が受け止めると周りの空気を弾き飛ばすような衝撃が体育館を襲った。
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