第八十七話 愚かな犯行の代償
学校の正門前に車を止め、全員で降りる。
「・・・・・・・・・・・・。」
ほんの数か月前まで通っていた八海高校。
本来であればここでの思い出を楓と話すなど楽しい一面が訪れるはずだった。
だが人気のない校舎に積もった雪にチラチラと振り始めた雪が地面に落ちる音が聞こえるほどの静寂。
そしていたるところに落ちている血痕がここで起きた惨劇の深刻さを物語っており、
もうこの場所は俺達が過ごしてきた学び舎ではなく敵の根城であることをまざまざと感じさせた。
「・・行きましょう。」
重苦しい空気の中、足を進める。
少し近づいただけでも鉄と生臭さが混じった血の匂いが鼻を刺激する。
部活動をしていた生徒だけが校内にいたと言っていたが一体どれだけの被害が出ているのだろうか?
「・・止まってください。」
校庭の中間に差し掛かった時、加治さんが声を上げる。
何が起きたのかと目線を移すと校庭に生えた一本の木を背に座っている生徒がいた。
「彼女が龍穂君の殺害を企てた惟神高校の生徒です。」
そこには制服を着た女子生徒が座っていたが体には大小さまざまな傷と深き者どもに付けられたであろう
袈裟切りのように肩から腰にかけての大きな爪痕が残されており
大量出血で染まった制服はどこの物かわからないほど真っ赤に染め上げられ苦悶の表情を浮かべていた。
「当然の結果とはいえ・・・惨い最後やな。」
「ええ、虚しいものです。自らの家の格を上げるためとはいえ、このような結末はあんまりでしょう。」
見ると手には何かが握られている。
加治さんが優しく手を開くとそこにはペンダントがあり両親との家族写真がはめられいた。
「血をいっぱい流して苦しかったでしょうに。
両親の事を思って行動したのでしょうが・・・バカですね。」
見ると地面には這いずった後が残っておりそれは校舎まで続いている。
きっと生きる道を必死に探してここまで来たのだろう。
「・・少々よろしいですか?」
千夏さんが倒れている生徒の前で立ち膝で座り両手を合わせる。
「どうか・・・安らかに。」
そして取り出した杖の先で額に優しく触れると苦悶の表情が和らいでいった。
「・・彼女の事を少し調べましたが父親が魔道省の高官で立場を与えられてから
様子がおかしくなったようです。
そして家族関係にヒビが入り・・・両親が離婚寸前。
もし父親が出世すればまた元の生活に戻るかもと考えたのでしょう。」
俺を狙う理由が・・・家族関係の修復・・・・。
「ですが・・・それは人を殺めて良い理由にはなりません。
自らの家庭の事情を他人に押し付けるなどあってはならない。
ですから龍穂君、どうかあまり気を落とさないようにしてください。」
加治さんの・・・言う通りだ。そんな理由で殺されてたまるか。
俺達は命懸けの戦いをしている。彼女は・・・それに敗れただけ。
「格がそんなに大事なのか・・・・?」
家族写真が入っているペンダントを身に着けているほど家族思いの女の子。
きっと・・・今まで両親に大切に育てられてきたのだろう。
だがそんな大切な子供を蔑ろにしてまで得た家の格など果たして意味を成すのだろうか?
「大事なんですよ。
今の国學館の東京校ではあまり感じないでしょうが
家柄が良いと言うだけで一目置かれ低いと知られれば顎で扱われる。
純恋さんや桃子さん、定明さんや風太さんは身に染みているはずです。」
「私は高い方やったからあまり感じへんかったけど中途半端に家柄が良い奴らは下をいじめとった。
しかも才能がある奴ほど精神的に追い込まれ退学した奴らもおる。」
「俺達の時も生徒の格差が酷かったよ。
カーストの差を俺と風太で何とかしようとしたが・・・最後まで失くせなかった。
だからこそ後輩の謙太郎達には格差の無い学校生活に変えてほしいと頼んだが
龍穂達が感じていないのなら叶えてくれたんだな。」
東京校全体を見れば格差はないだろう。
だがそれは綱秀と涼音が頑張ってくれたおかげでもある。
「彼女が両親を思っていたように、
この子の父親も愛する妻や娘に楽をさせたいと頑張っていたのかもしれません。
ただボタンを一つ掛け違っただけで・・・。」
そう思うと本当に可哀そうに思ってしまう。だが・・・同情はしない。
「・・行こう。」
この問題の発端は服部忍。そして元を辿れば賀茂忠行。
この日ノ本を腐らせている根源を絶たなければ彼女のような被害者は増える一方だ。
彼女が這いずってきた血の跡をたどりながら校舎へと進む。
きっと・・・賀茂忠行までの道のりは彼女のような犠牲者の血で塗られているのだろう。
玄関にたどり着くとそこら中に血の跡がついているが生徒達の死体は見えない。
だが静かなはずの校舎の奥からかすかに何かが聞こえてくる。
それは隙間風が鳴らす音ではなく、何かが唸っているような声に聞こえた。
「深き者ども達の声ですね。藤野さんの言う通り校舎の奥に多く配置されている様です。」
「この高校の校舎について深く知っているのは楓と龍穂だ。
敵の大将がいると思われる体育館までの道を最短ルートで教えてくれ。」
一年以上過ごした学び舎は数か月離れてもどの教室がどこにあるかしっかりと思い出せる。
「左に行って途中で中庭に出よう。それが最短だ。」
人気のない校舎を警戒しつつ足を進める。
周りを見ながらなつかしさに懐古的になりそうになるが心に蓋をして辺りを警戒を緩めることはない。
「・・・・・いるよ。」
ひたひたと湿った何かが歩いている音が近くなっていく。
曲がり角になっており先が見えないがおそらく深き者どもがいるのだろう。
「俺が行く。音からして一人だろう。」
後ろから声がしたと思うとほんの少しばかりの風が背中にぶつかる。
そして曲がり角の先から肌がこすれる音が聞こえると風太さんが戻ってきた。
「終わった。先に進もう。」
足音さえも立てずに移動し、周りに気付かれないほどの静かで迅速な敵の排除。
流石としか言いようがない。
曲がり角の先の廊下を見ると鱗の男が廊下の壁に背を付けて座っていた。
意識はなく首元にはワイヤーのような細い糸が巻かれており、こいつで意識を奪ったことが見て取れた。
「風太、助かるよ。」
「少人数戦は俺の役目だ。大人数の敵が来た時は任せたぞ。」
楓も立派な忍びだが部類としては前線に立ち、主人を守るような表立って仕事を行う忍びだ。
だが風太さんの戦闘スタイルは完全な裏側で立ち回る暗殺者。
気配を消し、いつの間にか敵を倒し証拠一つもなく去っていく敵に回したら厄介なアサシンスタイルだ。
「ここを行けば中庭です。」
廊下を言った突き当りにある透明のガラスがついたドアの先が中庭であり
ここを通れば最短で体育館へ続く廊下に出る。
「行った傍からだな・・・。」
ガラスの先には雪の上をうろつく大量の深き者どもの姿が見えた。
やはり体育館への近道は簡単に通してくれないようだ。
「仕事だ。龍穂達に良い所を見せてやれ。」
風太さんが煽るように声をかけると定兄は懐から一枚の札を取り出す。
「山祇・・・頼むぞ!!」
札からは定兄の式神の山の神である山祇を出す。
山を司る神霊である山祇は古くから信仰されているが一人の神ではなく山それぞれに山祇がいる。
定兄が使役しているのは八海の山を守っている山祇。以前は親父が使役していたが
家業を継ぐと決意したタイミングで譲り受けた神だ。
小さな子供の様な姿の山祇は中庭にいる深き者ども達を見て頷き両手を合わせて床に手をつける。
言葉や術式を発していないにもかかわらず中に生えている大木の根が地面から這い出てきて
深き者ども達の体を縛り地面に引きずり込んでいく。
山に近い位置に建てられた八海高校は山祇の庭だ。
何十年とこの学び舎を見守ってきた大木の広く伸びた根は
亡くなった生徒達の無念を晴らすように侵入者たちを自らの養分にしてしまった。
「久々に出てもらったけどさすがだな。助かるよ。」
八海の山の神とは言え山祇は国津神に分類される。
八海を守護する一族に代々受け継がれてきた神だが
国津神を式神として使役できる実力を持っている定兄こそ陰陽師の資格を得るべきだろう。
「さて、ここを抜けたらどこに行くんだ?」
短時間で簡単に深き者どもを倒してしまった二人の実力が伝わってくる。
日ノ本一の高校である国學館を無事卒業し、
謙太郎さん達から尊敬されている理由をまざまざと見せつけられた。
「ここを抜けたらすぐに体育館に着く・・・。」
中庭を歩きながら体育館前の廊下に向かっている途中、
ヘリが飛んでいるような空気を震わす音が耳を襲う。
突然の出来事に全員が身構える。
なぜなら徐々に聞こえてきたわけでは無く、
突然聞こえてきてその音がすぐ近くで起きていることが明白だったからだ。
「なんだ・・・・・?」
何が起きているのか把握するために周りを見るが大きな変化はない。
だが白く染まった雪のが所々黒く染まっていき、
それが空に登る太陽の光を何者かが遮っている事に気が付くのに時間はかからなかった。
全員が空を見上げる。
そこには・・・見たことの無い生物が空を支配していた。
薄桃色の体を持ち、蝙蝠のような羽を高速で羽ばたかせ空からこちらを見ている謎の生物。
深き者ども達はまだ人間の形を保っていたが地球上に存在しない気味の悪い生物を前に
脳が理解できずに体を固まらせてしまった。
「な・・・・!?」
何十体と群れを成してこちらを見降ろす生物たち。
こいつが何かはわからないが賀茂忠行、クトゥルフの配下であることは間違いないだろう。
であればいつ襲われてもおかしくない。
周りを見ると体を動かせる余裕があるのは俺だけのようであり
何とかしなければと風の魔術を使い、迎撃態勢に入る。
「黒風そう・・・・」
呪文を口から放ち今にも魔術を放とうとしたその時、謎の生物たちが短い手足を天に向け始める。
攻撃態勢に入ったかと思ったが俺には何故か降伏したように見え呪文を中断してしまった。
何なんだと思っていると謎の生物達は地面に降り、頭と思われる部位を地面に近づけ
俺達に向けて礼を示したかと思うと再び空に飛び立ちどこかへ去っていく。
「な・・んなんだ・・・・?」
意味が分からず唖然としていると腰に差していた六華に込められていた神力が爆発的に増え始めるが
すぐに収まってしまう。
青さんが言っていた俺の母親が使役していた神が反応したのだろうか?
あの化け物は一体何だったのだろうか、何故深々と礼をしてきたのかわからない。
だがひとまず窮地から脱したことだけは理解できる。
頭の中に浮かぶはてなを抑え込み、体育館の道へ歩みを進めた。
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