第八十三話 天才が見る地獄の影
彼らとの会話を楽しんだ後、
静かになった部屋の中で新たに入れたコーヒーを飲むためにカップに口をつける。
「・・・・・・・・・。」
宇宙の神を使役している者を”久々”に見た。
彼らについて全てを把握しているわけでは無いがいくつかの例を見てきて
言える事はあまりいい最期を迎えていない事だった。
そんな重い使命を背負っている子と謙太郎は友人関係を築いている。
普通の親であれば関係を絶てと強要するのかもしれないが私はあえて深くは触れない。
あの子には自分が望んだ道に進んでほしい。
親父のように家柄を気にするもよし。私のように親に見放されるほど自由に生きるのもよし。
傍から見れば放任と言われてもしょうがないが
結果として謙太郎は俺の望み通りに自らの道を歩んでいる。
「・・・・考え事ですか?」
私以外の全員が退室し、誰もいないはずの部屋から声が響く。
「・・覗きは感心しないな。」
私の影から聞こえた声の主に向けて椅子を回転させるとこちらに笑顔を向けていた。
「別に覗いてなどいませんよ。ただ”貸した”物を返してもらいに来ただけです。」
装束姿の男がこちらに手を伸ばす。
かつて双璧と呼ばれた二人の天才。
いや、私から言わせれば秀才と天才の二人組。天才土御門泰国が目の前に立っていた。
「ありがとう。貸してもらって助かったよ。」
「いえ、元はあなたの所有物なのですから当たり前のことですよ。」
封筒に入れた資料を手渡す。
「・・彼らとの話は有意義でしたか?」
「ああ、楽しかった。それに君の要望通りに今の彼らに必要な情報を与えたよ。
それにしても”木星”はすごいな。目の前に本物の旧支配者の使役者を見られて感動したよ。」
「それにしてはあまり興奮されている様子はなかったですけどね。」
やっぱり覗き見をしていたじゃないか。そう彼に伝えるも知らん顔でそっぽを向いた。
彼ら二人が三道省に入った時、私もまだ神道省に勤めていた。
秀才上杉兼定は若干十八歳であったものの歳に似つかいほどの冷静な判断と広すぎる視野、
そしてすさまじい実力で魔道省を駆けあがっていった。
それに対しこの土御門泰国は自らの才能を遺憾なくは発揮するどころか
安倍晴明の再来と言われるほど神道を開拓していき
その若き才能を見込まれて神道省を駆けあがっていった。
実力無き者達は彼らを同類の化け物だと言っていたが私から見たら二人の対極に位置していた。
努力によって洗練された実力を持つ兼定に対し
粗削りであるもののすさまじい才能を持った泰国は私と同類であるとすぐに気づいた。
「・・・やはり家族は大切なのかな?」
普通の家庭なら常識だがあえて彼に尋ねてみる。
同類だと気付いた私はすぐに彼の経歴を調べた。
どういう道を歩んで彼と言う人間が構成されたのか、純粋に興味が沸いたからだ。
だがいくら調べても十五歳以前の経歴が出てこない。
強いて言えば彼が安倍晴明の子孫だという事が分かったくらいだった。
であれば直接聞くしかないと接触を図り、親交を深めた上で
聞き出そうと試みたがうまく躱されるばかり。
どうにかできないものかと古くから私を業に入れたがっていた
長と連絡を取り話しを聞くと渋々ながら教えてくれた。
「ええ、大切ですよ。」
聞いた感想は”この世の地獄”だった。彼、いや彼らが歩んできた地獄は私には想像がつかない。
正直言って後悔した。
それは聞いたことによる後悔ではなく彼らの過去を無理やりこじ開けてしまったことの後悔。
話しを聞いてくれないだろうと端から他人のことなど考えてこなかった
私が初めて人に対して後悔の念を抱いたのだった。
「そうだろうね。
龍穂君の事を思ってこの資料を貸してくれたんだろうと思い知らされたよ。」
家族と呼べるほどの仲間を手に入れ地獄を渡り歩いてきた彼らは繋がりを大切にしている。
例え本人が覚えていなかったとしても、彼らは龍穂君が歩む道をこれからも舗装していくのだろう。
「・・一ついいかい?」
だが私には心配事がある。
「なんでしょうか?」
「自己犠牲はほどほどにね。まだ君達とは話し足りないことが山ほどあるんだ。」
彼らはまだ地獄に身を置いている。
特に双璧と呼ばれた二人は身をひどく燃やし続けているように見えた。
敵は強大だ。
いくら日ノ本でも有数の実力を持つ二人であっても体がもたずに灰に変わってしまうだろう。
「・・・・・・・・・・・・。」
泰国君は心配した私のお願いに応えることはない。
彼らの過去を知った後、私は素直に全てを吐き出し謝罪した。
誰にも知られたくない。
知られてはいけない過去を知った私を殺してくれても構わないと申し出たが
彼らは私に手をかけることなくむしろ良い関係を築いてくれた。
私に利用価値を見出したのかわからない。だが彼らは私の数少ない友人として接してくれた。
彼らを失いたくない。私の本音だ。
「・・徳川殿と平殿は賀茂忠行に無理やり忠誠を誓わされました。
だからこそ龍穂君の力を引き出す役割を買って出たわけですがそれは奴も想定している。
お二人の悪くは言いたくありませんが・・・捨て駒と言うわけです。」
私のお願いを躱し、今後の事を語り始める。
「ここから本気を出して龍穂君の命を奪いに来る。熾烈で残酷な戦いが彼らを待ち受ける事でしょう。
だが龍穂君を支援するはずの兼定があまり踏み込んでいない。
家族を思う気持ちは理解できますがそれでは龍穂君のためになりません。
ですから私がこうして捷紀さんにお願いしたのですが、
もう・・・これが最後の手助けになるでしょう。」
彼らが希望と呼んだ木星。
その力が目覚めた今様々な情報を与えた方が良いとは思うが大切に思うあまり躊躇してしまったようだ。
だからこそこうして最後に姿を見れたわけだが・・・。
「息子さんの事もありますし、捷紀さんは龍穂君と接しやすい。
もし兼定が躊躇したと思ったら私の代わりに龍穂君の事をサポートしてあげてほしいのです。」
「いいが・・・君はまだ最後の時を迎えていない。
それまでは君自身が今回のように私に指示を出せばいいんじゃないかな?」
これが最後など惜しすぎると苦し紛れに提案する。
「・・意地悪ですね。あなたほどのお方なら既に察しておられると思いましたが・・・。」
「察しているとも。だがな、全てを察っするなんて私は出来ないよ。
言っただろう?君とはまだ話足りないと。」
意地が悪いと言われても結構、少しでも時間を引き延ばすことが出来るなら私は本望だ。
「・・・・私に残された時間は少ない。恐らく・・・一年と経たず私は死ぬことになるでしょう。」
命を落とす。
大病を患っていない彼が命を落とすことを明言するという事はその内容は決まっている。
「私は殺されます。それも・・・龍穂君の目の前でです。」
彼が言い放った自らの死の予告。
おそらく兼定君も関わっているだろうから間違いなく死ぬのだろう。
早まるなと喉まで出かけた言葉を必死で抑える。
例え止めたとしても彼は効かないだろうし
友が一度が決めた事に対してケチを付けるなど私にはできなかった。
「全てはそこから始まります。・・・彼の事を頼みましたよ。」
地獄を歩み続けて彼らが望むこと、それは私にさえも分からない。
「・・・・・・・・・・・・・。」
影に沈んでいく泰国君を見送りコーヒーに手をつける。
ぬるくなったコーヒーはいつもより苦く感じた。
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「さっむ・・・!!」
肌寒くなってきたかと思えば急激に寒さが本格化を迎え初めて都会での冬を迎えた。
雪は降らないがビル風が肌に刺さるような寒さに俺は悶えながらキャリーバックを引いていた。
「確かに寒いけど龍穂の家の方は雪すごいんやろ?もっと寒いんちゃう?」
「寒さの質が違うと言うか・・・・。
とにかく寒いことには寒いけどこんなに風が吹かないんだよ。」
隣には桃子や純恋、千夏さんや楓も歩いている。
こんなに寒いのに楓はショートパンツにレギンスだ。
「どっちもどっちじゃないですか?」
平然と歩いている楓。本当に同じ人間か?
「雪か・・・。どれくらい積もってるんかな?」
純恋が楽しそうに呟く。
捷紀さんとの有意義な話の後、
千夏さんは自身に掛けられた封印について調べていたが結局何も手掛かりは出てこなかった。
俺達の封印を掛けた兼兄や長野さんとの連絡が取れず
身動きが取れなかったが冬休みに入り俺の実家でみんなで年を越せば
会えるかもしれないと言う話になりまだ年越しまで日にちはあるが八海に行くことにした。
「年によるけど結構積もるよ。小さい頃は背丈を超えるぐらい積もってたな。」
「それアンタが小さかったからだけやろ。でも・・・そんなに積もるんやな。」
大阪でも雪は降るのだろうが純恋の反応を見る限りそこまでではないようだ。
それに記憶を取り戻して再び八海に戻ることが純恋に取って嬉しい出来事なのかもしれない。
東京駅に着くがいつも以上に人が多く出入りしており年の瀬が近いと感じさせる。
「まだ新幹線まで時間がありますから少しお買い物に行きませんか?」
新幹線の予約は千夏さんにしてもらったが確か指定席であり
時間にさえ間に合えば席に座ることが出来る。早めに並ぶ必要ないとお店を回りはじめた。
「・・・・・・・・・・・・。」
楽しそうに話しながら何を買うか話している四人。
国學館に入学して目まぐるしい毎日を送っていたが振り返るとなんだかんだで楽しかった。
東京で出来た新たな仲間たちとまさか年越しをすることになるとは思ってもいなかったが
友達と年越しなんて初めての経験なので俺も楽しみではある。
(・・そうだ。猛と真奈美に連絡しておくか。)
二人であれば純恋達とも仲良くできるだろう。確か向こうも例年なら冬休み中だ。
「龍穂さん!」
携帯を操作していると楓の声が聞こえてきて顔を上げる。
いつの間にかみんなと離れていたようだ。
「今行くよ。」
新幹線内でも連絡できると操作途中で携帯を閉じ皆の元へ向かう。
どうやら一通り買い物を終えお昼ご飯を選んでいる様だった。
「どれにしますか?」
色とりどりの駅弁に皆が悩んでいる中、俺も輪の中に入り同じ様に悩み始めた。
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新幹線内でご飯を食べ終え一息つく。
「そう言えば龍穂、陰陽師のバッチ持ってきたんか?」
試験から少し経った後、陰陽師の合格通知と共に賞状と免許書。そして陰陽師を現すバッチが届いた。
「ああ、大丈夫だよ。」
本来であれば神道省で皇から直々に手渡されるらしいのだが
諸々の理由で郵送になり後日神道省に呼ばれ表彰されるらしい。
「転校して半年もせずに陰陽師の資格を持ちかえれば八海にいるご友人も驚くでしょうね。」
千夏さんの言う通り陰陽師の資格を見た猛と真奈美はさぞ驚くだろう。
猛に至っては目が飛び出てしまうかもしれないな。
(返信来ないな・・・・。)
席に座り改めて二人に連絡を取ったがまだ返信はない。
いつもなら五分以内に返信をくれるが何か用事があるのだろうか?
「定明さんが迎えに来てくれるんですよね?時間があればスキー場に行きませんか?」
一足先に八海に帰っている定兄と風太さんに迎えを頼んだら快く承諾してくれた。
「俺はいいけど・・・みんなはどうする?」
「スキーか・・・私やったことないんよな・・・・。」
「私も・・。」
純恋と桃子は気が進まないのか少し渋ったように返事をするが何故か横目でこちらを見ている。
「千夏さんはスキーやったことありますか?」
「昔に少しだけやったことがありますがうまくできるか自信はありませんね・・・。
少し滑ることが出来れば感覚を思い出すかもしれませんので
出来れば上手な方に指導をお願いしたいですね。」
千夏さんも同様に俺の方を見る。なるほど・・・そう言う事か。
「俺が教えますから一緒に滑りに行きましょうか。」
目的は兼兄や長野さんに会う事だが皆も八海に行くことを
楽しみにしてくれているようで何よりだ。
「・・ありがとうございます。」
そんなことを思っていると突然千夏さんが感謝の言葉を述べる。
「いきなりどうしたんですか?」
「龍穂君達の提案が無ければ私は年越しを一人で迎える所でした。
目的はありますが皆さんと共に楽しく過ごすことが出来て嬉しいのです。」
血のつながりを持った人物がいない千夏さんは帰る家はあるのかもしれないが待ってくれる人がいない。
「・・何を言ってるんですか。俺達と一緒に戦ってくれる千夏さんを一人にしておけませんよ。」
例え実家に帰らなくても千夏さんを一人にしなかっただろう。
それはこの場にいる全員も同じ気持ちだろうし
そうでなくともちーさんやゆーさんが放っておくわけがない。
「そうやな。でも湿っぽいんはあんま好きや無いからこれっきりしてや。」
純恋は窓の外を向きながら千夏さんに向かって口を開く。
少し突き放すような言葉だがせっかくの休みを何も気にせずに楽しもうと純恋なりの配慮なのだろう。
「それにしても発車しいへんな・・・・。」
あと数駅で最寄りの駅に着くと言うのに駅に止まった新幹線は一向に進む気配を見せない。
何かトラブルがあったのだろうかと心配になるが
そう言ったアナウンスも無く他の乗客たちも心配の声を上げている。
「まあお茶でも飲んで・・・。」
まだ時間はたっぷりあるから待とうと伝えようとしたその時、
ポケットに入れていた携帯が震えはじめる。
誰から電話が来たかと思い取り出すと画面には見たことの無い電話番号が表示されていた。
出ないで様子を見るかと迷ったがなんだか嫌な予感がしたので思い切って電話に出る。
「・・・もしもし。」
『繋がったね。私だよ。』
聞こえてきたのは数か月前に聞いた声。伊達様の声だ。
「え!?どうやって俺の電話を・・・・・。」
『陰陽師試験の時に提出した願書に連絡先を書いただろう?
それを調べさせてもらったんだよ。なにせ緊急事態だからね。』
伊達さんの言葉に嫌な予感が的中したことを知る。
「緊急事態・・・ですか?」
『ああ。少し早いが陰陽師として起きた事件に対応してもらうよ。
近くにいるのがアンタしかいないから単独の行動になるけど時間を稼げば援軍が来るから
何とか耐えておくれ。』
伊達さんも急いでいるようで陰陽師の仕事が舞い込んできたのは
分かったが肝心の何が起きているのかわからない。
「分かりました。ですが一体何が起きたんですか?」
俺の質問にまるで答えに詰まるように沈黙が流れる。
『・・八海で事件が起きた。それも・・・・・アンタが前に通っていた高校で被害が出たよ。』
伊達さんの口から出た言葉を理解した瞬間体が固まってしまう。
生まれた町で事件。それも陰陽師が出動するほどだ。どれだけの被害が出ているのかわからない。
俺は一度深呼吸をして伊達さんから詳細を聞くことにした。
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