第八十一話 新たな仮説
捷紀さんがソファーを対面に座りこちらを見る。
「まずはなぜ龍穂君と話しをしたかったのかから話そうか。
謙太郎から聞いたんだが君の風の魔術は通常と違うんだよね?」
「はい。俺の風の魔術はなぜか黒いんです。」
八海で木霊が黒い風を使ってから使役している俺に影響が来たのか同じような風を扱えるようになった。
「少しでいいから見せてもらえないか?」
捷紀さんのお願いに俺は頷いて手のひらを差し出し小さな黒い風の塊を作る。
「・・・・・・・・・ふむ。」
興味深そうにじっと見つめた後大きく頷いてこちらに向き直った。
「ありがとう。引っ込めてくれ。」
「はい。・・・・あの、魔術の色が変わる原因ってご存じなんですか?」
俺の他に息子である謙太郎さんも青い炎を扱う。色は違えど俺と同じような現象だ。
「んーおおよそね。今日はそれを確信に変えに来たんだ。」
「確信・・・・ですか。」
と言うことは見当はついているという事か。
俺のこの魔術の謎が分かるだけでも来たかいがある。
「最近兼定君の授業を受けただろう?
魔術の属性を陰陽に置き換えたら陽が通常の四大属性、陰が宇宙の力と言っていたはずだ。」
「ええ、そう言ってました。」
「あれを提唱したのが私でね。
それを兼定君が国學館の生徒達に話したいと少し前に行ってきたんだ。
まだ確証もないただの定説だと断ったんだけど
代わりに面白い事を教えると言われそれが龍穂君の事だったんだ。」
兼兄め。俺の事を餌にしたなと思ってしまうが
結局はこうして俺の身になるような出来事にまで発展している。
ここまで見通していたかはわからないが俺としては怒ろうにも怒れない、もどかしい気持ちだった。
「君の黒い風の事を聞かせてもらい、こちらに来る機会があれば
ぜひ話しを聞かせてもらいたいと思っていたんだが丁度よく特別授業の連絡が入ってね。
謙太郎にすぐさま連絡を送ったよ。」
「謙太郎さんも俺と同じ色の違う特殊な炎を扱いますよね?
話しの腰を折るようですが俺じゃなくても謙太郎さんから何か情報を得られるのでは?」
「当然調べたさ。謙太郎の青い炎は生まれつきでね。
小さい頃から一年ごとに魔力や神力の変化なんかを調べたんだけど
これと言った変化が見られなくてね。」
・・それは研究じゃなくて息子が育っていく成長記録なのでは?
「ん?あれってそう言う事だったのか?
てっきり俺が強くなっているのを計ってくれていたと思っていたよ!」
それも含まれているよと謙太郎さんに声をかける。
今までの生活が研究の一環だったと聞けば少しはショックを受けると思うのだが
謙太郎さんは気にしている素振りはない。
「深く調べるのなら解剖実験とかが良いんだろうけど・・・まあ実の息子だからね。
俺より先に死なれちゃ困るし謙太郎がどのような道を歩むか非常に気になる。
一応他にも候補がいたんだけど魔術師の認定を受けて
研究どころか話しを聞かせてもらおうにも魔術省が許可を出してくれない。
そんな所に君がいたもんだからね。用意された餌に飛びつかせてもらったよ。」
なんとも遠慮がない人だ。俺を餌って・・・・。
「さて、経緯はこれくらいにして話しを進めよう。決して後悔はさせないからよく聞いておくれ。
先程言ったけども魔術の色が変化し、
従来の力より大幅に強化された魔術を使えるようになる現象には私なりの答えを出している。
先にその答えを言おう。龍穂君や謙太郎の力、それは・・・・宇宙の力だ。」
・・・宇宙の力?
未知の力なのは理解できるが兼兄の授業で受けたことと矛盾していないか?
「えっと・・・・俺達が使っているのは陽の魔術ではないのですか?それだと矛盾・・・・・。」
その説を提唱した人に意見するのは気が引けるので矛盾していると恐る恐る指摘を試みる。
「そこなんだ。説を提唱しておきながら自らの思考を縛っていた。」
そう言うと立ち上がり近くあったホワイトボードの中央に顔ほどの円とその周りに無数の点を描いた。
「太陽の力を受けて使う四大属性の魔術を陽、宇宙の力を使う魔術を陰。
この二つは確かに存在し、授業で語られたであろう
本来複数の魔術を合わせないと使えない魔術をそのまま扱うことが説明がつく。
だが君たちのような特異点の説明がつかない。
炎の力なのに赤くない。風の力なのに黒い。炎は赤いはず、風は見えないはず。
なんで?どうして?私にも答えが出なかった。
だから魔術の常識を一度崩す必要があったんだ。。」
そう言うと少し離れた位置にもう一つの大きな円を描き小さな円に向けて矢印を引く。
「太陽の力が地球に降り注ぎそれを受けた人々が力に変えて魔術を放つ。
それが現在の魔術の常識だ。ではなぜ常識となったか・・・わかるかい?」
捷紀さん問われるが答えが出てこない。
何故なら当たり前のこと過ぎてそのこと自体に疑問を持ったことがないからだ。
「それは太陽が与える影響が人類にとって生命線となっているからであり
その光が失われたことがないからだ。
一億光年以上離れた太陽から降り注ぐ光の熱のおかげで人類は生きることができ、
その力を利用する事で繁栄できた。太陽の光は常に人類に大きな影響を与えてきた。
だからこそそんな多大なる影響を与えてきた太陽の力を人類が使うことは必然。
元々あったはずの宇宙の力を使うことなく太陽の力で扱える四大属性の魔術が主流となり
元々ある宇宙の力はまるで無視されるように使われなかった。
だが宇宙は広い。太陽の力で炎が出せるがもし宇宙の力にも炎の力があったとしたら?」
ホワイトボードを一度消し、何かを書いていく。
「謙太郎の青い炎。炎の魔術として唱えているが青い炎は地球上でも作れる。
例えば調理などで使われるガスコンロの炎。
あれは酸素供給量が多く高温になっているために青く色に変色しているが
謙太郎の炎には酸素を送る風の魔術の反応はない。
他にも金属を燃やしたときに青い炎が出ることがあるが土の魔術の反応もなかった。
以前はそこで止まっていたんだが宇宙の研究を始めた時、
遠い彼方にも青い炎が存在していることが分かったんだ。」
喋りを止めることなく書かれていたのは二つの星の名前。
「おおいぬ座のシリウス、そしてオリオン座のリゲル。
この二つの恒星は太陽と比べても非常に高い温度を持っておりその炎は青く光って見える。
この二つの遠く離れているが地球から肉眼で確認できるほど強く光っている。
俺は謙太郎がこの星の力の影響を受け青い炎を放っていると仮説を立てたんだ。」
「・・・・・?」
話しがあまり理解できない。結局の所何が言いたいのだろうか?
「我々が四大属性と呼んでいた常識。魔術の陽と陰。それらの固定概念は全て取っ払ってほしい。
魔術の属性は四つではなく無限だ。
宇宙にある太陽を含めた星々やその他の物質、その影響を受けた数だけ属性がある。
魔術とは・・・・無限大の力を秘めた人類の可能性だ。」
当たり前のように使ってきた四大魔術。
太陽の影響を大きく受けてきたことで当然のように人間はその四属性しか使えないと思っていたが
地球は宇宙に浮かんでおりその力を使えるのは当然だ。
捷紀さんの言う事が世界に伝われば魔術への根本的な考えが変わっていくだろう。
「これが君達が扱う魔術の謎についての見解。では次に行こう。」
「次!?まだあるんですか!?」
定兄が目を輝かせながら尋ねる。
今の話しで俺達はお腹いっぱいだがまだまだ捷紀さんは話し足りないようで
ホワイトボードに書かれた図を消しにかかる。
「ここからが本題、龍穂君色々聞きたいんだ。君が契約しているであろう神についてね。」
捷紀さんの言葉に俺の胸が跳ね上がる。
これまで宇宙の話しの流れを汲めば
恐らく捷紀さんが聞きたい神と言うのは木霊の中にいるハスターと呼ばれる神の事なのだろう。
「謙太郎は生まれながら青い炎の魔術を扱えた。
だが君の場合は途中から黒い風を扱えるようになった。そうだね?」
「はい。式神の木霊が突然黒い風を操ってから俺も扱えるようになりました。」
そうかと一言応えホワイトボードに今度は文字を書き始める。
「少し歴史の勉強をしよう。魔術の起源についてだ。
紀元前八千年、人類最古の文明と言われるメソポタミア文明に魔術は使われていた。
自然界や神々の力をコントロールを試みるものであり
儀式を行い疫病や悪霊から身を守るために護符など扱う現代では神術と呼ばれている代物だ。
儀式を行う者をシャーマンと呼び神との交流を深めていくが人工が増え守る対象が多くなり
神々の力では守り切れなくなりつつあったある日、
シャーマン達に手の届かない人々を自ら守るように伝えた。
だが当時は知識が少ない無力な人であるシャーマンは困惑し
不可能だと神に訴えると神々はとある知識を授けた。
それこそが現代まで伝わる魔術、そこから人類は大きな飛躍を遂げることになる。」
人類の発展には魔術神術が大きく関わっている。
魔術は文明を発展させ人類が迷った時は神の言葉に耳を傾け正しい道を歩んできた。
「神が人類に与えたのが魔術。
私はそれが・・宇宙でも同じようなことが起きているのかもしれないと考えた。
いや、興味があったと言うべきだろうか。
無限大の力がある宇宙にも神と呼ばれる存在がいるとしたらさぞ面白いだろう。
そう思い愚かだと分かっていながら地球上で宇宙の神の存在を調べたんだ。」
先ほど魔術を語っていた時は周りにいる全員に視点を移しながら
口を動かしていたが今回は俺だけをじっと見つめてくる。
国學簡にくる以前の俺なら今の話しを聞いても
何も思わないどころか信じられないと理解を拒否していたかもしれない。
傍から聞けば与太話だが俺は知っている。木霊の中にいる神が宇宙から来たことを。
「・・君は宇宙に神がいると思うかい?龍穂君。」
こちらを見つめている捷紀さんの黒い瞳はまるでそこが無いように思えてしまうほどだ。
名は体を表すと言うけれども、この人が天才と呼ばれる原因となった
興味深く欲深さはこの瞳に現れていた。
「・・・・・宇宙に文明が築き上げられていたのならいる可能性はあると思います。
ですがそんな話は聞いたことがありません。ですから・・・いない可能性が高いかと。」
少しかまをかけようと遠回しに否定してみる。
「平凡な考え方だが・・・一理ある。
文明があればそれを導いた神がいる可能性が初めてでてくると。
君の言う通り今の所宇宙に文明は見つかっていない。
だが・・・もし宇宙の神の声を聞いた者がいたとしたら?。」
札の張られた封筒に手を伸ばし、ボロボロの雑誌のような紙の束を取り出す。
表紙は赤く、日ノ本語ではない言語で文字が書かれており少し見ただけではそれが何かわからなかった。
「これは1928年に海外で発売された雑誌だ。
宇宙の神について調べるため海外の古本屋でたまたま目についた雑誌だが
その中に書かれていた小説である”クトゥルフの呼び声”と言う小説の中に
出てくるクトゥルフと言う神を崇拝する教団が私の興味をそそった。
クトゥルフと言うのは太古にから来た怪物であり私が探し求めていた
宇宙の神に重なったがこの雑誌は大衆向けに書かれた物。当然フィクションである可能性が高い。
だが試しに調べてみようと興味本位に調べてみたんだが・・・
あまりよろしくない結果になってしまった。」
雑誌をしまい再度ソファーに腰を掛ける。
「結果か言うと・・・宇宙に神はいる。しかもそいつは地球を一度支配しようと試みた様だ。
名は先ほど言ったクトゥルフ。そいつは宇宙の神であり
一度は地球は支配されかけたが封印され海の沈んだとある島に封印されているみたいなんだ。」
賀茂忠行が使役している神の名がここで出てくる。
しかも一度地球を支配されかねなかったほど強力な神だが封印されていると聞いて少し安堵する。
「・・少し聞きたいんやけどなんでそんなことをアンタが知ってるんや?
だってそいつ太古の昔に封印されとるんやろ?
それを語り継ぐ奴がおらんかったら誰も伝えることが出来ひんやん。」
例え神の姿が見えなくとも、人類に与えた功績が代々語られ現代まで残っている。
だが地球を支配しようとした神を誰が語り継ごうことするのだろうか。
純恋の言う通り封印されたことすら忘れられてしまってもおかしくはない。
「確かにクトゥルフは封印されたがその配下達は世界中に散り散りになった。
そいつらはクトゥルフの封印が解かれる時に備え
各地にクトゥルフ崇拝の教えを紡ぎ続け現代まで語り継いできたが・・・。」
捷紀さんが雑誌に目を移しながら一呼吸置く。
「全世界に散らばっていたクトゥルフ教団は”全て壊滅”している。
壊滅した時期が記録された資料を一度目を通したことがあるが
十数年前に順々に全て壊滅したことか同じ集団が全てを破壊したのだと思われる。」
世界中に散らばり、古くから存在していた教団をたった十数年が全て壊滅させた・・・?
「世界の事を考えればいいことをなのだろうが
そのおかげでクトゥルフに関する研究が進まなくてね。
宇宙の研究を犠牲にして資料集めに没頭したよ。
まあこれも宇宙の謎を解く鍵なのかもしれないけどね。」
「あの!ぜひお聞きしたいことがあるんですけど!」
俺はまるで餌の着いた釣り針に食いつく魚のように身を乗り出しながら捷紀さんに尋ねる。
「・・・なんだい?」
「クトゥルフ教団を壊滅させた集団について分かってることはありますか?」
賀茂忠行はクトゥルフを使役している。
そのクトゥルフを崇める教団を敵対視しているという事は
賀茂忠行を倒さなければならない俺達の味方だろう。
世界中に散らばって教団を倒したとなればその集団が日ノ本にいるのかもしれない。。
もしどこにいるか分かればすぐにでも会いに行き
利害関係を一致されることが出来れば強力な味方になってくれるはずだ。
「彼らは自らの存在が悟られないように自分たちがいた証拠をきれいさっぱり全て片付けてしまう。
だからどのような人物達で構成された集団かわかっていないが
彼らは自らの義勇軍とし、”白”と名乗っていると言われているよ。」
「その白と呼ばれている人たちが日ノ本にいるなんて話しはありませんでしたか?」
証拠を残さない軍隊の事を捷紀さんが知っている可能性は低いだろう。
だが聞かないよりかはましだと思い切って質問してみた。
「無い・・・と言いたいんだが実は一件だけあったと報告があった。」
口の前で手を組んで笑顔でこちらに向かって言い放つ。
「本当ですか!?」
「最近偽装パスポートが日ノ本で見つかったと報告があってね。
既に使われた後の物が空港内で捨てられており調べると
精巧に作られた偽装パスポートだったようなんだ。
詳細を確認してみると過去に白のメンバーと思われる男が使った手口と酷似していて
日ノ本に潜伏している可能性が非常に高い。」
「その人は・・・どこに向かったとかわかりますか?」
「それは分からない。日ノ本のセキュリティーが認識できないほどの認識阻害を使い
どこかへ行ってしまった。
それ以上の情報は今のところないがもし何かわかったら龍穂君にも知らせてあげよう。」
世界中に散らばる教団を壊滅させた義勇軍だ。そう簡単に姿を見せるわけがないか。
少し肩を落としていると捷紀さんが手を叩いて注目を集める。
「話が逸れてしまったね。
宇宙に神はいる。それが分かった私はクトゥルフ以外にも神がいないのかと思い資料を探した。
世界各国の大学や研究機関、そして雑誌を見つけた時のように
古本屋にも足を運んだがそれでも見つからなかった。
だが・・・ツテで公式ではないオークションに足を運んだ時、
海外で壊滅した教団の跡地で発見されたとある本が出品されていたんだ。」
そう言うと再び封筒に手を伸ばす。
「それは長年クトゥルフ崇拝を続けた結果得た力、宇宙の神の力を借りるための
手段や召喚方法が書かれた書物だ。」
封筒の中からとある本を取り出す。
「!!??」
何も書かれていない本の表紙が見えた瞬間、
あまりにも禍々しいオーラがあふれ出し思わず身構えてしまう。
「この本の名前は”ネクロノミコン”。君たちがそう身構えるのも無理はない。
それほどまでに危険な書物だ。」
見ると周りの全員が身構えており、桃子や楓に至っては得物を取り出してさえいる。
「謙太郎を含め君たちは既に宇宙の神の知識を断片的に得ているように思える。
だがこの本に書かれているのはそんな生易しいものじゃない。
自ら呼び出した上に勝手に取り出しておいて申し訳ないが
一応確認しておきたい。・・・この本の中身を知りたいかい?」
邪悪な本を手に持ちながら尋ねてくる捷紀さんの表情は
先ほどまでの柔らかな表情とは打って変わって真剣そのものだ。
ネクロノミコン・・・一体何が書かれているのだろうか?
ここまで読んでいただきありがとうございます!
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