第七十八話 若き武術師
踏み込みと共に振りかざされた刀を受け止める。
青さんとの神融和をしているのにも関わらず気を抜くと押し切られるほどの強烈な一撃だ。
「ぐっ・・・・!」
縮地を合わせた攻撃は体重を前に乗せているので攻撃力が高い。
だがその分体制をすぐに整えられないと言う大きな弱点があり
受け止めただけでも大きなチャンスとなる。
すぐに反撃しようと思い刀で振る払おうとするが
それを察したのかすぐに後ろに跳ねて距離を取られてしまった。
「ほう、あの子の一撃を耐えるかね。
交流会じゃあまり見れなかったけど武術もなかなかいけるみたいだね。」
追いかける選択肢もあったがある違和感を感じて足を止める。
『よく踏みとどまった。追ったら返り討ちにあっていたぞ。』
俺の判断を青さんが褒める。
だが俺はそれどころではなく刀を受けた時の光景が頭から離れない。
体の小ささをカバーするためなのかかなり豪快な動きで俺に切りかかってきたが
それにしては体のブレが無くまるで体に一本の筋が通ったような綺麗な体の使い方をしていた。
『あれは天然理心流に近い動きじゃな。
気迫のこもった一撃を放つ豪傑たちが使った流派じゃ。』
幕末時代に活躍した新選組が使ったとされる流派。
後継者が少なく日ノ本に魔術が持ち込まれた時に淘汰されたと武術の本で見たことがあるが
まさかこんなところでその動きを見れるなんて思ってもいなかった。
『体に芯があると周りから言われるほど鍛え上げられた体から放たれる一撃で敵を葬る流派であり
あやつも相当鍛え上げとる。
奴の踏み込みは誘いであり一番威力が出る型で迎え撃つのが狙いじゃ。』
見ると刀をまるでかざすように大きく上にあげ振り下ろす体勢でこちらを見つめている。
「・・釣られませんでしたか。」
そう言うとゆっくりと腕を降ろし、切先をこちらに向けて中段に構えた。
構えに隙は無く考えなしに踏み込めば確実にやられる。
本来であれば魔術での牽制で隙を作るのがいつもの戦いだが伊達様が最初に言った通り
使用は禁止されている。
かといって遠距離攻撃にこだわり神通術を使えば長い詠唱時間の隙を突かれ、踏み込まれるだけだ。
「・・・・・・・・・・・・。」
どうしようか・・・・。
今の所踏み込んでくる気配はなく俺の出方を伺っている。
「・・・・・・木霊。」
一つの案を思いつき木霊に指示を送る。
『どうする気だ?』
『天然理心流は魔術が来る前に開発された流派です。
それを参考にしているのならそこを逆手に取って見せます。』
武術特級という事は流派を作り上げた功績があるのだろう。
それがこの技術なのであれば現代で活用できるように魔術への対抗手段を持っているはず。
だがあの若さで作り上げた流派だ。必ず隙がある。
そこを突けば勝機はあると青さんとの神融和を解いて三人で突っ込む。
「来ますか・・・・。」
どっしりと構えてこちらを迎え撃つつもりだ。
戦闘に不向きな狭い屋内で立ち回ろうとしても隙の無い構えにいつしか捕まってしまう。
勝負は一瞬。一太刀で仕留める。
「青さん!」
大太刀を青さんに渡し距離を詰める。
「どうするかわからんが・・・・龍穂の成長を見せてもらうぞ!」
大太刀を振り抜き水の斬撃を放つ。
魔力を元に斬撃を放つが式神が放っているので魔術の使用にはならないだろう。
「・・・・・!」
一瞬驚いた表情を見せたがすぐに腕を振り上げ纏っている覇気がさらに高まると
水の斬撃が真っ二つに割れた。
眼で追えないほどの一太刀は斬撃に触れていないのにも関わらず
真っ二つに断ち切った姿を見て青さんは驚きを隠せない。
「新選組たちが扱う天然理心流を見たことがあるがあんな芸当をした奴は見たことがない。
あれで十五歳か・・・。金の卵じゃな。」
人を褒めることが滅多にない青さんが絶賛してしまうほどの逸材だが
振り下ろした後構えに戻る際の動きが少し遅いのに気が付いた。
あれだけの斬撃を放てるのだから戻すのも早くできるはずだが
深く息を吸いながら体の力を抜くようにして構え直しているので
力を発揮するための一種のルーティーンなのだろう。
(型を実戦的な動きに応用出来ていないな。)
明らかな弱点だがあれだけの斬撃を目の前にして踏み込んでくる奴はそうはいない。
実戦不足による年相応の未熟さが勝機に繋がると判断して納刀し奴の懐向けて兎歩で駆けた。
「・・!?」
まさか踏み込んで来ないだろうと思っていたのか
俺が兎歩で間合い内に入ってきたの目視して急いで刀を振るう。
「・・立待月。」
ものすごい風切り音と風圧を体で感じながら立ったまま刀を抜いて鋭い一撃を放つ。
街中で人を待っている素振りを見せて近づいてきた得物を切り伏せる居合術だが
用途は違えども立ったまま放てる居合として重宝する型だ。
振り抜いた一太刀が空振りだと分かりすぐさま切り返して俺の一撃を受け止める。
流石の力強さでまるで壁に打ち付けているように感じだが呼吸が乱れている。
たった一度の不意打ちでもこれだけ息が乱れてしまうのはこの型の真髄が呼吸にあるだと悟る。
(行ける。)
思っていた以上の好感触にもう一度刀を振って掻き乱し、
勝負を決めようかと頭によぎるがはやる気持ちでリスクを負うには
相手が悪すぎると判断し直し兎歩でかく乱を続ける。
縦、横、斜めとどれだけ刀を振るおうと兎歩で躱し、離れない俺を見て
わかりやすくイラついた表情を見せ息をさらに乱していく。
(・・・ここだ。)
イラつきが頂点に達した大振りの一撃を察した俺は木霊に視線を送ると
準備していた黒い風の弾丸がおかっぱの子に向けて放たれる。
刀の一撃は俺にかすることさえなく床に叩きつけられ大きな刀傷が一直線に伸びていくが
木霊の攻撃を見てすぐに刀を抜いて身を躱す。
無理な体制で避けたためこの隙を突いて刀を振るえば勝負を決められるかもしれないが相手は金の卵だ。
模擬戦とはいえ斬り所が悪ければ後遺症が残る可能性もある。それは出来れば避けたい。
完全勝利を掴み取るため俺は兎のように大きく跳ねる。
この子の背丈を優に超える跳躍に驚きながらも着地地点を予想し俺を凝視しながら刀を構えようとする。
空中での方向転換は出来ない。
しかも大きな跳躍は着地に大きな隙が出来る。その判断は確かに間違っていない。
だが黒い木霊と言う風の魔術を極めた式神の前ではその常識は通用しない。
俺の意図を汲んだ木霊は空気を固め空中で反転していた俺に足場を作ってくれる。
「!!!」
通常ではありえない俺の動きに予想地点で刀を振るおうとしていた体を急いで動かそうとする。
「ほれ。」
明らかな隙を逃さないために最大限の一振りを振るうため脱力していた所を
青さんの大太刀が振るわれ手に持っていた刀が床に落ちた。
あれだけの力を持っていれば気を抜いていても刀を落とすなんてことはないだろうが
床に刀を振り下ろした際の痺れもあってか簡単に商売道具の得物は手を離れ
明らかな動揺を見せた所を青さんが両手で突き飛ばした。
上半身を押され体勢を崩したがさすがの体幹で倒れることはない。
だが体はのけ反っており手に得物はない。勝負を決めるには打ってつけの状況だ。
空気で出来た足場を蹴り、さらに体を反転させおかっぱの子に向けて刃先を向けながら突っ込む。
どれだけの体幹であろうとのけ反っている上から人が乗れば体制を崩し床に倒れてしまう。
骨折の危険が比較的少ないお腹に乗る形で馬乗りになり
仰向けで倒れたこの子の腕を足で挟み刃先を首元に突き付けた。
「・・・勝負あり。」
敵の行動を封じた上での生殺与奪の権利の取得。模擬戦での完全勝利と言っていいだろう。
「武術師相手に式神達とあえて接近戦を挑み見事なコンビネーションでの勝利。
流石だね。」
古武術の弱点として魔術を想定して作られていない所にある。
対人戦のみを想定としているので遠距離攻撃に弱い。
それ以外にも地に足を付けて戦う事しか想定していないため
先程の空中での方向転換に対する動きができず焦りが生まれ大きな隙が生まれる。
「・・・・どいていただけますか?」
刀は納刀したが伊達様の言葉に気を取られおかっぱのこの上に馬乗りになっていたことを忘れていた。
「あ。ご、ごめん。」
急いで立ち上がり床に倒れている所に手を差し出す。
武道を歩む者だからか負けた相手の手を借りることに少し悩んだものの俺の手を掴んだ。
掴んで手の皮は厚く、豆がいくつも出来ている。
十五歳と言う若さで武道を極めるために相当努力をしたのだろう。
(・・・・・ん?)
掴んだ手の大きさはかなり小さくまるで女の子みたいだ。
それに手のひら以外の部分の肌は柔らかい・・・。
「沖田、どうだった?」
「・・麻由美さんからのお話は半信半疑でしたがどうやら本当だったようですね。
俄然興味が湧きました。あのお話し、お受けいたします。」
おかっぱの子が真田様の問いに答えている。陰陽師試験の前に何かしらの話し合いがあったのだろう。
「龍穂君、紹介しておこう。”彼女”は沖田翠。来年には君の後輩になる予定の子だ。」
本当に女の子だった・・・。
模擬試験とはいえ馬乗りになるのはまずかったかもしれない。
「私の娘、君の後輩である麻由美から今回の騒動について話しを聞かされたみたいでね。
君の強さに興味を持ち実力を計りたいと私に申し出てきた。
何の口実も持たずに戦ってくれなんて言えなかったが
伊達が陰陽師に推薦して私に試験官として招集した時実力的にも丁度いいと思い
模擬試験の相手を彼女にさせてもらった。」
真田様が一年の真田のお父さんだという事は知っていたが
まさか裏でそんなことになっているなんて思いもしなかった。
「まだ幼い彼女だが実力はピカイチでありいい勝負をすると思っていたが
他の武術師では突けなかった弱点を突いての勝利。
龍穂君と戦うのであれば国學館に入学したらどうだと進めていたんだが・・・
君とどうしても戦いと聞かなくてな。」
「・・・・・・・・来年からよろしくお願いします。」
沖田ちゃんは俺を睨みつけた後、先ほど通った入り口から出て行ってしまった。
「・・気にいられた様だね。色男は全く大変だ。」
気に入られたというよりか完全に嫌われてしまったように見えたんだが・・・・。
「さて、試験はこれで終わりだ。
本日の評価を一度持ち帰り、改めて協議した結果を国學館に届けさせてもらう。」
三道の試験は例えこの場で結果が決まっていたとしても皇の目を一度通し、
正式な結果を通達する仕組みになっている。
ひとまず試験は全て終わった。
緊張から解放されほっと一息ついたが試験官である三人はこの場を離れようとしない。
「・・酒井さん。アンタからだろ?」
伊達様が催促をすると酒井様がこちらを向いた。
「龍穂君、試験が良い結果に終わって安堵しているところすまないが一つ頼みごとをしたい。」
「な、なんでしょう・・・?」
異様な雰囲気に思わず警戒してしまうが一つため息をついて真剣な顔で口を開いた。
「外で待っているであろう千夏さんと少し話がしたいのだ。
私が勤めている魔道省が怪しまれていることは重々知っている。
だから先ほどの沖田君と君の仲間たちである純恋さん達がいる場で
皆の視線が通る場所でお話ししようと思っている。」
三道省合同会議の場で魔道省の服部様の言動など
賀茂忠行の配下が多くいるのではないかと疑いがかけられている。
だがこの人は仙蔵さんを慕っていた人だ。
だからこそ、その孫娘である千夏さんの事も気にかけているのだろう。
「・・・分かりました。」
横にいる二人、特に真田様は服部様に疑いをかけて調査の指示を送っていた。
この人が今の酒井様の言動を許しているのなら何もしないと信頼できるだろう。
「ありがとう、恩に着る。」
許可を出すと安堵の表情で立ち上がり、
沖田ちゃんの後を追うように多目的ホールを後にする。
「・・さて、ようやく面と向かって話が出来るね。」
伊達様が札から煙管一式を取り出し火をつけ大きく煙を吸う。
「・・・・・・・・」
「そう警戒しなさんな。私達は”味方”だよ。」
味方・・・・。そう言われて簡単に信じられる間柄じゃない。
「まああれだけの経験をしているんだから私達の言葉一つで警戒を解くわけがないか。」
「・・ひりつく雰囲気がそっくりだ。やはり”あの人”の血を引いているんだな。」
真田様がこちらをじっと見つめてくる。
その表所はどこか感慨深さを感じるがほんの少しの寂しさが混じっていた。
「色々話したいことがあるが今は警戒を解くことに専念しようか。」
そう言うと懐から一枚の写真を取り出しこちらに見せてくる。
「私はお前さんの親父、賀茂龍彦の同級生。
そんで隣はその上級生として同じ学び舎で過ごしていたんだ。」
色あせた写真には国學館の制服を着た生徒とスーツ姿の教師が写されている。
俺の本当の父親を知る者達。
いきなりの告白になぜこのタイミングなのかなど様々なことが頭の中を巡る。
警戒をしつつも記憶に残っていない本当の両親についての情報を得るため次の言葉を待った。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
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