第七十四話 挑む者と求める者
大きな怪我を負わなかったのですぐに退院し普通の学校生活に戻った。
桃子から聞いた話だが封鎖された学校は本当に傷一つなかったらしい。
「龍穂、陰陽師の試験受けるんやって?」
帰り支度をしていると桃子から声をかけられる。
「おう、まだ上級を受かってないけどせっかく推薦してもらったからな。」
あの日の兼兄から渡された推薦を受けることにした。
レベルの高い国學館にいると自分の実力がどれくらいなのか上手く判断が出来ないので
外部の試験で実力を計れるいい機会だ。
「もし受かったら私達と同じやん。頑張ってや。」
そうだ。この二人は既に神道特級である陰陽師の称号を得ている。
「もしよかったら試験内容教えてくれないか?」
二人も試験を受けているなら試験内容を知っているだろうと
桃子に尋ねるとバツが悪そうな顔で目線を逸らす。
「・・私ら試験受けてないねん。護国人柱になった時点で特級をもらったから・・・・ごめんな?」
桃子の話を聞いてここへ来る前の土御門の話しを思い出す。
特級を得る条件として龍のような貴重な式神を使役している事を上げていたが
それは研究のために保護するためだと言っていた。
もちろん試験に受かるには本人の実力は必要だろうが
桃子たちのようにかなり強い力を持つ式神を使役しているだけで特級を与えて
貴重な研究材料を確保しているのだろう。
(そんなの資格を利用しているだけなんじゃ・・・。)
素直な思いを口に出しそうになるが心の中で収める。
これもまた日ノ本の闇の一部なのだろう。純恋が大人に対して反抗するわけだ。
「そうか、そう言えば純恋はどうしたんだ?」
いつもなら桃子と一緒にいるはずだが姿が見えない。
「体育館で毛利先生に稽古をつけてもらってるで。学校が再開してから純恋は頑張っとる。
私もこれから合流するんやけど・・・龍穂も来る?」
あの日の敗北。平田に完敗を喫した純恋は現実から逃げるように拗ねていた。
立ち直るには時間がかかると思っていたが
毛利先生に連れていかれた先で目を覚まされたのかえらい変わりようだ。
「いや、今日はやめておくよ。」
陰陽師の試験のために実力を上げておきたいので顔を出したいところだが
少し気になることがあるので断りを入れた。
「・・そっか。純恋も龍穂が居れば張り切ると思うからどっかで顔出してや。」
桃子は一瞬別の場所に目線を移し、荷物を持って教室から出ていった。
「・・おっす。」
用があったのは綱秀。
あの日、涼音が裏切り者だと判明して情報を聞き出すために綱秀と共に連れていかれた。
俺が学校に戻ってきていつも通り綱秀と話しているがどこか元気がない。
そして涼音の姿も無く、何があったのか話を聞きたかったがなかなかタイミングが掴めずにいた。
「おう、純恋達に所に顔出さないのか?」
「明日顔出すよ。今日は少し話しをしたくてな。」
だがずっと元気のない綱秀相手に話しやすいタイミングは来ないだろう。
平は賀茂忠行の配下であり、その部下である涼音の話しは俺にとって有益な情報だ。
そう判断して俺から話しの場を設けることにした。
「そうか、丁度いいな。」
綱秀は鞄を持って席を立つ。
「俺も龍穂と話しがしたかった。お互いここじゃ話しづらいだろうから寮で話をしないか?」
お互い・・という事は綱秀も俺から何かを引き出さそうとしているのかもしれない。
それが何かは思い当たらないがそれが俺の一族の使命に関わる事であれば出来れば話したくはない。
からめ手が増えてくると兼兄が忠告してきたが
俺との繋がりがある以上綱秀も巻き込まれてしまう可能性がある。
「・・・・わかった。」
だがついていかなければ涼音の話しは聞けない。
綱秀が聞き出そうとしていることが一族の使命に関係ないことかもしれないし
もしそうだとしても何とかはぐらかせばいい。
「ああそうだ。ちなみに謙太郎と伊達さんも来るぞ。」
歩いている途中で綱秀が情報を後出ししてくる。
「先に言えよ・・・・。」
面倒なわけじゃないが二人がそれぞれ別の用があるのか。
それとも綱秀と同じ用事で俺を逃がさないようにするのか。
(・・あんま深く考えたらいけないな。)
疑心暗鬼になってしまうが別に綱秀は俺を陥れようとしているわけでは無いだろう。警戒しては失礼だ。
それに既に分かったと返事をしてしまっている。このまま素直についていくしか選択肢はない。
「おい、いくぞ。」
一人考えていると急かされる。
置いて行こうとする綱秀に追いつこうと早足で後を追いかけた。
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「・・・・・・・・・・・・。」
自室の椅子に座っている俺を囲んで立ちふさがる三人。
別に逃げる気はないんだけど・・・・。
「誰から行きますか?」
綱秀が二人に向かって尋ねるとお互いがお互いの顔色を伺いながら沈黙が流れる。
「・・俺から行こう。すぐに終わる。」
既に距離が近いのにも関わらず一歩詰めてくる謙太郎さん。
大きい体で腕を組んでしかめ顔。
いつも以上に威圧感を出す謙太郎さんはこちらに顔を近づけると先程とは一転満点の笑顔を浮かべた。
「龍穂、親父が話したがっている。空いている時間を教えてほしい。」
祖父ではなく・・・父親?
「ああ、警戒しないでくれ。じいちゃんと違って親父は山形上杉家の地位に興味はない。
親父は研究者でな。宇宙を専攻としている博士なんだが
今回の龍穂の活躍を聞いて興味沸いたみたいなんだ。」
宇宙の研究者か・・・・。
兼兄がしてくれていた授業で確か魔術や神術には宇宙の力が含まれているかもしれないと話をしていた。
未知の世界で興味深い話だったが宇宙の研究している人の話すことが
出来れば少しでも俺の実力向上につなげられるかもしれない。
「俺も話してみたいです。空いている時間はいつでも大丈夫ですけど・・・
お父さんの方がお忙しいんじゃないですか?俺が合わせる方が良いと思います。」
「そうか、そうしてくれるとありがたい。
いつもは山形にいるんだが今週の土曜に皇學館大学で授業をするみたいなんだ。
すぐに終わると聞いているからそれが終わった後なら都合がいいだろう。そう伝えておく。」
皇學館大学と言えば日ノ本一の大学と謳われている内の一つ。
国學館と似たような名前だが決して付属ではない。
だが聞いた話では国學館を卒業後に大学進学を望んだ生徒達には
ほぼ無条件で推薦を話が持ちかけられるらしく卒業生の八割以上が皇學館に進学するらしい。
「分かりました。土曜日・・・あっ。」
「どうした?都合悪かったか?」
すっかり頭から抜けていた。
今週の土曜日だけは予定をどうしても開けておかなければならなかった。
「実は・・・陰陽師の試験がありまして・・・・。」
「そうだったな。丁度その日なのか。
何時からだ?親父は一日東京にいるって言っていたからそれが終わってからでも大丈夫だぞ?」
「毛利先生に聞いたんですけど日にち以外何も決まっていないらしくて・・・・。」
三道の初球から上級までの試験は定期的に行われているが
特級の試験は高官の推薦を受けた者が受ける意思を表明してから
日にちや会場、試験の時間が決められる。
俺が推薦を受けると決めたのは昨日。
すぐに日にちが通達された会場を抑えるのは流石に時間に無理がある。
「そうか。じゃあ決まったら・・・・。」
教えてくれと言おうとして謙太郎さんの口を遮るように
伊達さんが一枚の便箋を差し出してくる。
「丁度いいな。その話が終わる前に俺の番だ。」
便箋には丸めた竹の中に二羽の雀が刻まれている紋が描かれている。
これは・・・伊達家の独占紋である仙台笹だ。
「これは母さんから龍穂への手紙だ。開けて読んでみろ。」
言われた通りに手紙を開けて中身を見て見ると
そこにはえらく達筆に書かれた文字がずらりと並んでいた。
伊達さんの母さん、神道省式神課課長からの直筆の手紙をゆっくりと解読していくと
推薦を受けてくれたことへの感謝。そして試験の日にちと会場、開始時間が書かれていた。
「・・丁度いいってそういう意味ですか。」
「ん?どういうことだ?」
「急に決まったからいつもの試験会場が抑えられなくてな。
今回は皇學館大學の体育館を借りることになった。
龍穂は龍を使役しているし陰陽師になる前提条件は大丈夫。
実力も申し分ないから試験の時間はあまりかからないだろう。
その後の陰陽師の活動についての方が時間がかかるだろうが
謙太郎の親父さんとの約束事には間にあるはずだ。
試験は午前中に始まるから余裕を持ってお昼過ぎから約束を取り付けた方が良いんじゃないか?」
これなら全てが円滑に進むように予定が入れられる。
まるで誰かに仕込まれているように思ってしまうほどだ。
「ええ、それが良いです。謙太郎さん、それでお願いしてもらってもいいですか?」
「ああ伝えておく。」
謙太郎さんのお父さんの話しが聞けるのは非常に楽しみだが
試験に落ちるなんてことがあれば落ち込んで話しどころではないかもしれない。
伊達さんは落ちることはないと言ってくれているが万が一がある。
絶対に落ちないように準備を行ることはないようにしよう。
「お二人の話しは終わりましたか?」
「ああ、終わったよ。待たせたな綱秀。」
二人の話しは終わったが去るような素振りは見せない。
「・・・・・・・」
綱秀は真剣な面持ちで俺の前に立った。
「なあ龍穂。お前・・・・何を背負っているんだ?」
俺の嫌な所を的確に尋ねてくる。
俺はすぐに答えることが出来ずに言葉を詰まらせてしまった。
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