第七十三話 意識のない決着の結末
『倒れたか、呆気ない。』
これは・・・・夢・・・か?
体の感覚が無いが目の前には誰かが倒れている。
『よく鍛えたものだ。私の力に耐えられるようになっている。
だが・・・母親とは程遠いな。』
褒められているのだろうか?
記憶にない母親と比べられても実感が湧かない。
『・・契約だ。』
目の前が再び真っ暗になり細長い何かが伸びてきた。
『我と契約した者の証。好きなように使え。』
感覚が無いはずの腕が勝手に動き出し触手から丸められた布のようなものを受け取った。
『俺が予想していたよりはるかに早くもう一度出会えて嬉しいぞ。
次は・・・直接会えることを期待している。』
そう言うと触手は闇に溶け込み、再び意識が遠のいた。
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「・・・・・・・・・。」
目が覚めると白い天井。
以前同じ状況で目が覚めたことを思い出す。
「起きたか・・・・。」
近くから親父の声が聞こえる。
「ここがどこかわかるな?」
「三道省の・・・病院・・・。」
「記憶ははっきりあるようだな。意識を失う前の事は覚えているな?」
意識が無くなる前・・・・。
体の感覚が無くなった時のことは・・・違うのだろう。
「木霊と・・・神融和をしようとした・・。」
「そこまで覚えていれば大丈夫だ。」
俺の話しを聞いた親父は携帯を取り出し何かを打ち込んでいた。
「・・意識を失っていた時、何か見なかったか?」
携帯から目を離さないまま引き続き俺に質問して来る。
「何か・・・・あっ。」
色々見たが最後に布のようなものを受け取ったはず。
体を起こして辺りを見渡すがそれらしきものはない。
「・・・・・・・・。」
布団の中を探すと太ももの辺りに見たことの無い札が出てくる。
通常の札は白い紙に特殊なインクで封印術が書き込まれているが
取り出してよく見てみると漆黒の紙に真っ赤なインクで見たことのない術式が書き込まれていた。
「どうしたた・・つほ・・・。」
俺の動きに気付いた親父が漆黒の札を見て唖然としている。
「・・・・契約できたみたいだな。」
「契約って・・・木霊と?」
意識が飛ぶ前の状況を鑑みればそう判断するしかないが親父は頷くことは無い。
「・・ここまで来たら隠していても意味が無いな。木霊を出してくれ。」
意味深な事を言っているがその真意を知るため言う通りに木霊を呼び出す。
いつも通り黒い木霊が出てきてくれるがその体にひびが入っていた。
「あ・・・れ・・?」
「封印が少し解けた証拠だな。当然の反応だから気にしなくていい。」
「そうは言っても・・・・。」
「まあ聞け。この木霊、特殊な個体の木霊だと伝えていたが・・・実は違う。
こいつはな、とある神専用に作られた人造式神なんだ。」
「人造式神・・・?
でも他の木霊と同じような神力しか出せないし・・・それに雰囲気も・・・・。」
八海の森にいた木霊と比べても変わりのない神力しか持っておらず、
違う所と言えば黒い風を打ち放つぐらいだ。
「木霊と同じくらいの神力に抑えるように設計され周りが木霊だと思うように
認識阻害の術式を常時発動している。
龍穂がそう思っても仕方ないが・・・本当だ。」
木霊が心配そうにこちらをのぞき込んでくる。
兼兄から式神としてもらってから長い時間過ごした来た。
そんな色々な思い出を共有してきた友達が木霊ではないと知らされても実感が湧かない。
「いや・・・そんなこと言われても・・・・
別に木霊じゃないって言われても俺にとっちゃ変わらないし・・・・。」
「・・それが木霊とは似ても似つかない畏怖されるような神であってもか?」
親父の言いかたから察するに黒川が使っていた人造式神のように
中に神を封じ込めている型なのだろう。
「変わらない。」
木霊と神融和をしようとした後、意識が無くなった時の声の主が木霊の中にいる神なのだろう。
何度か聞いたが不思議と怖くはなくむしろ安心感があった。
例えその神が出てきたとしても大丈夫だと根拠のない自信がある。
「・・・・・・そうか。それならいい。」
俺の答えを聞いた親父は安心したような表情でため息をついた。
「それより親父、あの後どうなったんだ?」
木霊が何者なのかは正直どうでもいい。
平との戦いがどうなったかが気になってどうしようもない。
「俺はその場にいなかったから兼定からの報告しか言えない。
だからあまり深くは分からないがいいか?」
頷いて親父の話しに耳を傾ける。
「意識を失いながらも神融和をした龍穂は体の中にいる神に体を操られながらも平を倒したみたいだ。
平も相当抵抗したようだが圧倒的な力でねじ伏せられ最期は床に伏せたと聞いている。」
あの骸骨の騎士を身にまとった平を俺が倒したなんて
信じられないがあの場にいた人達の報告を聞いたであろう兼兄が言っていたのなら本当なのだろう。
「平は業に身柄を拘束された。
弟子たちも捕まっているしこれ以上の被害は出ない。だがな・・・・。」
主犯の身柄を捕えて事件はひとまず解決したように思えたが親父は顔をしかめている。
「龍穂の風の魔術の規模が大きすぎた。
校舎は強化されていて破壊されなかったが一般人に目撃者がいて事件の隠蔽が困難になってしまった。」
平は神道省の理事だ。そんな奴が国學館で暴れたとなれば
世間を騒がす大事件でありマスコミが黙ってないだろう。
「三道省に記者たちが連日押し寄せている。
今の所国學館には来ていないが・・・時間の問題だ。」
「それじゃ・・・もし入ってきたら俺達も何か聞かれるの?」
「そうなるな。記者たちの狙いは一番に狙われた千夏ちゃんか平将通と戦った龍穂になる。
だが安心しろ、こちらも既に手を打ってある。」
「手を打ってある・・・?」
「ああ。と言うか手配していたことが上手くかみ合ったと言うべきだな。
連絡は入れたからもうすぐ来るはずだが・・・。」
親父が腕時計で時間を確認していると病室の扉がノックされる。
「来たな・・・・。」
身なりを整え入室を促すとそこには兼兄と見たことの無いスーツ姿の男性が立っていた。
「太子様、こちらです。」
兼兄はいつもとは違い礼儀正しく案内すると男性はにこやかな笑顔で俺の方を見てきた。
「君が龍穂君か!父上や親父さんから話は聞いているよ!」
状況が読めず軽い会釈しか返せない俺を見て親父が説明に入ってくれ。
「このお方は皇のお子さん、皇太子様だ。
この度仙蔵さんの代わりに国學館東京校の校長の職に就いていただくことになった。」
親父の言葉を聞いて先ほどの会釈が大変失礼なことに気付き
急いでベットから下りて挨拶しようとするが肩を軽く抑えられる。
「そこまでしなくても大丈夫だ。
これから共に過ごすことになることだしあまり畏まられるのが好きじゃないんだ。」
「そう言う事だ。起きたばかりだし無理せずに聞いてくれ。」
兼兄にも言われたので大人しくベットに戻る。
「先程影定殿が言っていた通りこの度国學館の校長をすることになった。
仙蔵さんの変わりは少し荷が重いが
今までの恩を返すいい機会だと思って全力で職務を全うさせてもらう。」
「もし記者が国學館に来ようとしても
最高責任者の皇太子さま相手に強気な行動を取ることはないだろう。
龍穂や千夏ちゃんが質問攻めに会う事も無い。」
親父が言っていたのはこういう事かと理解したがずいぶんな大物を連れてきたものだ。
仙蔵さんの後釜を担えるような人物は三道省の中を見てもなかなかいないと思ったが
皇太子ほどの名声や信頼もある人物であれば十分に担えるだろう。
「俺が校長の椅子に座っている間は必ず君たちを守る。安心してくれ。」
力強い言葉と共に手を差し伸ばされる。
「・・よろしくお願いします。」
信頼の証として俺も手を伸ばし握手する。この人がいるなら安心だろう。
「太子様、公務が控えてますのでここまででお願いします。」
「そうか。他の生徒達とも親交を深めなければならないからな。では行こうか。」
五分もしないうちに退室を促され皇太子は病室を後にするが親父が後を追い、
兼兄が俺の前の椅子に腰を掛けた。
「さて・・・今回も大変だったな。」
俺を労う言葉をくれる。
「神融和の証の品をもらったようだな。」
「ああ、この黒い札の事?」
「それだ。そいつは龍穂の身に危険が迫った時まで出すな。
強力な物だが下手をすればまた意識が飛んでしまうかもしれない。」
この中に入っている物を知っているような口ぶりだ。
「これは・・・・何なの?」
恐らく手渡された布のような物なのだろうが素直に詳しく聞いてみることにした。
「それは黄衣と呼ばれる物だ。
お前の本当の母親も・・・それを身にまとって戦っていたと聞いている。」
本当の母親か・・・・。改めて言葉にされると兼兄との間に少し壁がある気がしてならない。
「兼兄は木霊の中にいる神様に詳しいのか?」
「・・ああ、”詳しい”よ。
だがな龍穂、まだお前はその神様と契約を交わしたばかりだ。
長い年月を共にしてきたとはいえその素性を知らない。
龍穂の中にある不安は自分で取り除くしかないんだ。
もし話す機会があるのならお前の口気になることを聞いてみろ。式神の事を深く知るのも大切な事だ。」
不安はないが気になるのは事実。
俺の力がこの黄衣を使いこなすことが出来ればあの声の主と話せるようになるのかもしれない。
「少し話題を変えよう。お前は賀茂忠行の配下を二人倒した。
次はさらに強力な相手とからめ手を使ってくることだろう。
それに対抗するにはさらなる実力強化が必要になってくる。」
二人の千仞を撃破した事実は賀茂忠行の耳に必ず届いてくる。
マスコミに今回の騒動がバレているため
自らの存在を隠している奴がこれ以上の大事を仕掛けてくることはないだろうが
次はさらに巧妙な一手を打ってくるかもしれない。
「賀茂忠行や千仞の情報は俺達が集める。
だから龍穂は実力強化に努めてほしいが・・・少し変化を取りいれてもいいんじゃないかと思う。」
そう言うと兼兄は懐から一枚に紙を取り出す。
「これは・・・・?」
「推薦状だ。今回の出来事は広く出回った。
マスコミ以外に・・・三道省の耳にも詳細が伝わっている。
龍穂の実力に興味を持った神道省式神課課長から推薦状をもらってな。
龍穂の許可があれば提出しようと思っている。」
手渡された紙にはえらく達筆な字で何かが書かれているが
その中でもはっきりとわかる文字が俺の目に留まった。
「・・・陰陽師?」
「ああ、神道特級を持つ者に与えられる称号である陰陽師。
この度の功績をたたえられて推薦したいらしい。
推薦と言っても試験はある。厳しい試験だが実力強化を考えれば良い目標だろう。
どうだ?興味あるか?」
推薦状をじっと見つめ深く考える。
神道を志す者が憧れる陰陽師の資格を得られる者は一握り。
ぜひ受けたいところだが多くの敵がいる神道省に入り込むことになる。
だが最終的な目標である神道省長官になるために必要な道のりだ。
「・・・・・・・・・・。」
答えを出せないままただ推薦状を眺める。
揺れ動く心を動きを定められないまま病室に沈黙が流れた。
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