第七十話 揺れ動く感情
平を追い屋上の扉を開ける。
竜次先生を筆頭に屋上に足を踏み入れるが
校庭を見下ろしている平の姿があった。
「観念しろ。」
奴が選んだのは逃げ場のない屋上。
高層なだけあって飛び降りれば確実に命を落とすだろう。
人形達のストックはもうない。
人数有利はこちらにあるはずなのに平の表情は穏やかだった。
「・・恐ろしいと思わないか?」
目線を変えないまま俺達に語りかけてくる。
「安倍家の家紋を掲げた学校の生徒達が住まう寮に安倍晴明の遺体が隠され
しかもいい様に利用されている。
未来ある子供たちの礎になっていると言えば聞こえはいいが
神道に多大なる影響を及ぼした偉人を粗末に扱う愚行。
日出づる国の影は深いものだな。」
先程の部屋で明かされた真実は確かに衝撃的だった。
「・・俺はそうは思わない。
アンタみたいな奴らに安倍晴明の遺体を利用されないように青さんが考え出した一つの答えだ。
むしろ神道省理事の立場で未来ある子供達を襲ったアンタの方が俺からしたらよっぽど恐ろしいよ。」
そうだ。青さんがあのような決断のしたのは絶対にわけがある。
それを聞かない以上、俺は青さんを軽蔑したりはしない。
「・・神道省に長く務めているとな。人の欲望によって生み出された闇を多く見る。
十数年前の京都もそうだ。私が早く気付いていれば多くの子供たちが犠牲にならずに済んだ。」
「京都・・・?」
「国學館が大阪に置かれる前、京都に置かれていたことは知っているな?
日ノ本を支えていた由緒ある古都に日ノ本一の学び舎があるのは当然。
校舎も広く、優秀な生徒達を多く輩出していた実績を持ちながらなぜ移転されたのか分かるか?」
百鬼夜行によって京都が襲われたとしか聞いておらず直接的な原因は聞いたことが無い。
「・・・・当時の校長が裏で生徒達を鬼の餌にしていた・・・だろ?」
誰も答えられない中で竜次先生が重苦しい雰囲気を醸し出しながら口を開く。
「そうだ。伝説の鬼である酒呑童子の力を手中に収めようと
未来ある生徒達をひそかに差し出していた。
その非道な行いが業に見つかり事件は収まったかのように思えたが、
貢物がこないと苛立った酒呑童子が百鬼夜行を引き連れ京都に攻め込んで来たのだ。」
「狙いは京都校の生徒達。
女子供を好む鬼に取って大きな力を秘めている生徒達は格好の餌だった。
そんで、当時京都校にいた兼定や春、俺含めその他諸々で何とか対処したってわけ。」
毛利先生が茨木童子を従えていた理由がここで明らかになる。
兼兄達と共に戦い、そこで調伏したのだろう。
「かなりの被害を出した事件だったが神道省が強引に隠ぺいして世間には公開されなかった。
一番戦果を挙げた俺達の活躍も闇の中だ。」
「君たちの活躍で被害は最小限に抑えられたが
何も手助けをすることが出来なかったことは済まないと思っている。」
先ほどまで賀茂忠行のために行動する
悪人だったはずの平がまるで改心したように竜次先生に謝罪する。
あまりにも急変した態度に正直驚いたが
竜次先生はイラつきを隠せず舌打ちをして槍の柄で地面を突いた。
「なああんた・・・。結局何が言いてぇんだ?
今から俺達は殺し合うんだろ?今更何を振り返ることがあるんだよ。」
「業の長の前では言いにくいこともある。
君だけがいるこの状況だからこそ後悔したくない道を選んだだけだ。」
そう言うと札から刀を取りだし剣先を俺の方へ向けてくる。
「少々遠回りをした。賀茂龍穂、君が戦う道は全てが闇に埋め尽くされている。
今回の仙蔵さんの件もそうだ。
三道省会議であれだけ長期間議論したのにも関わらずあの事件は世間に公表されていない。
賀茂忠行との戦いは全て闇に葬られる。
この先君がどれだけ大きな戦果を挙げようと英雄として扱われることはないという事だ。
勝ち切った先に何もない戦いほど辛いものはない。それでも君は戦い続けられるのか?」
・・俺は決して英雄になろうとは思っていない。
「戦い続けられますよ。俺は。」
目標は定まっている。俺の意志はぶれることはない。
「・・まだ未熟だと聞いていたが芯がしっかりしているな。仙蔵さんの影響か。」
俺の返事を聞いた平は口角を少しだけ上げて何かを呟いた。
「よかろう。そうでなければ殺し甲斐がない。」
「・・なあ、将通さんよぉ・・・。」
まるでスイッチを切り替えたように再び敵意を向けてくる
平を見て竜次先生の苛立ちがピークに達する。
「アンタが国學館を襲った主犯って聞いた時、内心驚いたよ。
アンタのほどの男でも乱心を起こすんだなと落胆した。
だけどよ、今更前みたいな態度を取られちゃアンタを倒すってせっかく決心したのに・・・!」
槍を握りしめ強く踏み込んでいく。
「悪に染まったんなら・・・最期まで悪を貫き通してくれよ!!!」
口から炎を吐きながら槍を突き放つ竜次先生。
込められていたのはただの怒りではなく
どうしようもない虚しさが込められた悲しい怒りのように見えた。
黒川が使う式神の炎を防ぐほどの高火力の炎だ。
その上槍に一撃を喰らったのであれば当然無事ではない。
だが、槍は甲高い音を立てて動きを止め炎も何かに阻まれ舞い上がった。
「・・相馬の古内裏。」
舞がった炎の中から大きな手が伸びてきて竜次さんを叩き潰そうとしてくる。
不意を突かれた竜次先生は何とか避けるが大きな手には皮どころか肉さえをついておらず
骨だけとなった手はコンクリートで作られた屋上の床に大きなひびを入れた。
「皇から命を受けた平将門の復活。
命を完遂することは叶わなかったが、研究の過程で将門公に関わる力をわが身に宿すことは出来た。」
炎をかき分けるように手が動き、その正体が明かされる。
先ほど見た役小角をよりはるかに大きな骸骨がそびえ立っており、その中に平が佇んでいる。
将門公に関わる力で大きな骸骨と言えば一つしかない。
江戸時代に書かれた善知安方忠義伝の中に書かれている
源頼信の家臣大宅太郎光国と妖術を操る滝夜叉姫との対決の場面を描いた
歌川国芳の作品、相馬の古内裏だ。
「こいつは先ほどの人形達とは比較にならんぞ。全ての力がお前達を凌駕している。」
辺りの空気を歪ませるほどの神力。竜次先生の攻撃を防いだのも頷ける。
「だが手数が足りないな。補充しようか。」
平は人差し指と中指を立てて力を込めると
ひびの入った場所から小さな骸骨たちが乾いた音を立てながら湧き出てくる。
得物は持っていないもののかなりの神力が込められており強敵であることを肌で感じさせた。
「これは・・厄介だね。」
「銃を持ち帰る。平を叩こうとしても絶対に邪魔されるからまとめて倒さないと。」
例えスナイパーで各個撃位を狙ったとしても
あのように大きな体ではゆーさんがちーさんを守り切れないだろう。
「私の力も・・使うしかないな。」
桃子が体に神力を込め神融和を試みる。
合同試合で桃子も骸骨達を召喚していたので対抗できるかもしれない。
「いえ、まだその時ではありません。」
千夏さんが桃子の肩を叩き、首を横に振る。
「長時間の神融和はまだ難しいでしょう?
敵を追い込んだ時、奴は死に物狂いで龍穂君を
倒しに来るでしょうからその時に使えるように準備をしておいてください。」
短期間しか神融和が使えないのであれば
一番有効な時に使えるようにしておくのが一番だろうと千夏さんは伝える。
「じゃあ周りの骸骨たちはどうする?このままやと数で押されるで。」
こういった時に高火力の魔術や神術で全てを薙ぎ払うのが一番だ。
だが千夏さんはそう言った魔術を扱うことが出来ない以上俺がやるしかない。
「大丈夫。私が何とかしましょう。」
魔術を唱える準備をしようとした所で千夏さんがその役割を名乗り出る。
「何やら企んでいるようだが、思い通りにさせるつもりは無いぞ。」
俺達の様子を見た平はガシャドクロを手足の様に操り
先程の様に手で俺達を潰そうとして来た。
千夏さんは呪文を唱え始めているが明らかに間に合わない。今は俺が何とかするしかない。
「螺旋空砲!!」
既に手をこちらに向かってきている。
最短で魔術を放つのであまり威力は出ないが今は時間を稼ぐだけでいい。
黒い空気の弾を回転させ、迫りくる大きな骸に向かって放つ。
漆黒の風の弾と大きな手の力は拮抗しているが鋭い回転が骨を削りながら前に進もうとすると
ガシャドクロは耐えきることが出来ずに弾かれる。
「・・いい時間稼ぎです。感謝します。」
体勢を立て直そうとするガシャドクロは巨体がゆえに時間がかかってしまう。
その時間は千夏さんの詠唱の時間を稼ぐのに十分だった。
「楓さん!」
「はいよ!!」
楓が両手を床に着けると触れていた影が広がっていく。
その中から先ほど倒した人形達が鋼の体をぎしぎしと軋ませながら這い出てきた。
「私の得意魔術は特定の条件を踏まなければ発動できません。
その条件は”魂が抜けてから時間が経っていない体”があるか。
本来人形達は無機物であり、命と認定されませんが魂魄転移が施されたのなら話は別。」
龍穂が核だけ破壊した人形達。
杖を旗のようにかざすと人形達は骸骨たちに向かって歩き始める。
「土の魔術を極めた先にある一つの答え。
私の得意魔術である死霊魔術。
使う機会に恵まれませんでしたが此度は存分に発揮させていただきます。」
生き物は命を全うした後、様々な過程を経て土に還る。
土の魔術を突き詰めた者は死者の体さえ扱ってしまうが例え魔術の才能を持っていたとしても
会得することが極めて難しく下手をすれば日ノ本国内で千夏さんしか使えないような希少な魔術だ。
機敏な動きはしないがしっかりとして足取りで骸骨たちに得物を振るう人形達。
数の差をつけられたと思った矢先、千夏さんの魔術一つで打開してしまった。
「初めて見たな。千夏の死霊魔術。」
「死んだばっかりの生き物なんて日ノ本じゃ転がっていないからね。
まあ千夏が優しすぎるから使わないのもあるけど。」
共に長く過ごしてきた三年生の二人でさえも
見たことが無いと珍しそうにこの光景を眺めている。
得物を振るい骸骨をなぎ倒していくが
地面に落ちた骨は独りでに動き出しすぐさま元に戻ってしまう。
「・・張り切って出したはいいですがすぐさま制圧とはいかないようですね。」
「再生か。何か仕掛けがあるだろうからそれを見つけるまでが勝負だね。」
千夏さんを守るように二人が前に立つ。
「龍穂、千夏は私達が守る。
こっちは任せて竜次先生の方へ行ってほしい。」
ゆーさんが銃を構えて骸骨たちに乱射するとガシャドクロと戦う竜次先生への道が出来上がる。
「先生を頼むよ?」
再生が始まる前に残った三人で道をかける。
骸骨たちは俺達に目もくれず三年の元へゆっくりと歩いていき、
横目で見た時には骸骨たちに囲まれ姿が見えなくなった。
ガシャドクロに包まれた平と竜次先生は激しい戦闘を繰り広げている。
素早い動きで何度も炎を吐き槍を突くがガシャドクロに傷一つ付かない。
「一辺倒だな。力を使わないのか?」
「使わせたいなら引き出してみろよ!!」
再度突っ込んでいく先生を薙ぎ払おうと手のひらが飛んでくるが跳ねて軽々躱す。
だがもう一方の手も先生を狙っており
空中で身動きが取れずにこのままだと直撃してしまう。
「空砲!」
咄嗟に唱えた風の魔術で手のひらを軌道を変える。
それを見て俺達の合流に気付いた竜次先生は地面を蹴ってこちらに近づいてきた。
「助かった。向こうは?」
「千夏さんとお二人が引き受けてくれました。俺たちは竜次先生を助けろと。」
「そうか。」
俺達を見た後、平に目を向ける。
「俺は単独で行く。龍穂達は三人で協力しながら戦うんだ。」
「せっかく人数有利が取れるんですから固まって動いた方が・・・。」
「奴の大きさを見ろ。
固まって動いたらあの手の平に一撃でやられてしまうかもしれない。
離れて戦うが連携が取れる所は臨機応変に動くんだ。」
竜次先生のいう事は的を得ており
油断をすれば確かにまとめてやられる危険性がある。
「・・分かりました。」
俺達と別角度からの攻撃を行うため竜次さんが縮地で移動する。
「私と桃子さんが前に出ます。
龍穂さんは奴を倒せる魔術の準備をお願いします。」
本気を出した平を前に桃子と楓が得物を構える。
千夏さんと純恋を欠いたメンバーだが何とか守るために勝たなければならない。
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