第六十二話 疑念と疑惑
倒れている平田さんに近づく。
着ている服がボロボロになっており俺達の攻撃の激しさを物語っていた。
「・・・・・・・・・・。」
警戒しつつ右手首を触り脈を取る。
心臓から発される鼓動は血管を通して俺に伝わってきており
これだけの傷を受けても生きているタフさには驚きであり
やり過ぎただと感じていた俺の心に安堵をもたらした。
「生きていますか?」
神融和を解いた毛利先生が近づいてきた。
「・・はい。脈はあります。」
「そうですか。意識が戻り次第情報を取りましょう。」
毛利先生は意識のない平田さんを眺めながら冷静に口を開く。
「彼が言っていた”師”と言う人物には心当たりがあります。
彼が何故この学校に侵入できたかわかりませんが・・・それが分かっただけでも大きな収穫ですね。」
人形遣いの道に導いた師であることから
恐らく彼の目指していた人造式神に関わる人物なのであろう。
「他の所でも戦闘が行われたようですので一度全体で集まり情報の共有を行います。」
そう言うと体育館の隅で足を抱えて座っている純恋と心配そうに話しかけている桃子、
そして見守っている青さんの方を見る。
「・・・・竜次さん。」
ここにはいないはずの竜次先生を呼ぶ毛利先生。
その行動を理解できなかったが答えはすぐに現れた。
「はいよ。」
天井から下りてきた竜次先生の両腕には綺麗に着飾った人形達が抱えられており
人形達にはいくつもの大きな傷跡が残っていた。
「援護助かりました。」
「いや、それでも抑えきれなかったよ。相当周到に準備していたみたいだな。」
天井を見るといくつもの人形達が向きだされた鉄骨につるされており、思わずゾッとしてしまう。
「楓、悪かったな。かなり多くの人形達の相手をしてもらって。」
「いえ・・・大丈夫だったんですけど竜次先生は一体いつからここへ?」
「お前達が入ったすぐ後だ。
皆龍穂に気を取られて天井の人形の存在に気が付いていなかったから密かに入らせてもらったよ。」
「竜次先生が率先して人形の対処にあたってくれて助かりました。
そのおかげで龍穂君達に時間を取ることが出来た。」
毛利先生は入ってきてすぐに人形の存在を察しており、
竜次先生に任せることでわざと人形達の対処をせずにいた様だ。
「さて・・・どうする?」
竜次先生が毛利先生の方を向いて尋ねる。
先程情報共有を行うと話していたが意識のない平田さんを放っておけば
いずれ目を覚まし暴れ出すかもしれない。
やるべきことは分かっており、それをこなす人数も揃っている。
後は配置選択をするだけであり毛利先生からの指示を待っていた。
「私が平田さんを預かります。それと・・・純恋さんも。」
そう言うと楓に目線を送る。
「平田は明確に彼女の命を狙った。
今回のターゲットとされている人物ですので彼女を脅威から遠ざけないといけません。」
楓は倒れている平田さんに向けると手から糸を出し、体を包み込んでいく。
「何・・それ・・・・?」
突然の出来事に思わず楓の方を見つめる。
さも当然とばかりに指示を出した毛利先生だがこんな楓の力は初めて見た。
「私の新しい能力ですよ。本当は戦闘でお披露目したかったんですけどね・・・・。
この人の方が糸の使い方が上手過ぎて上手く利用されちゃいそうで使いどころなかったです。」
手から出した糸で平さんの体を縛り上げていくが・・・神融和をせずに人間離れの能力を
さも平然と使っている楓に驚き呆気に取られてしまう。
「浄蓮の能力です。魂魄融合の影響で使えるようになったんですよ。」
女郎雲である浄蓮と共になった楓は魂の影響が体にも出ている様だ。
この姿を見ると小さい頃にやんちゃをして浄蓮にぐるぐる巻きにされて
怒られたことを思い出す。
「私は二人を連れて隠れさせていただきます。
竜次先生、全体への指示を引き継いでもよろしいですか?」
「わかった。だが随時連絡が出来る状況にはしておいてほしい。
緊急事態の時には出張ってもらうからな。」
そう言うと毛利先生は平田さんを持ち上げ方に担ぐ。
鬼との神融和は解いているはずのなのに軽々持ち上げており改めてこの人の力強さが伝わってきた。
「・・純恋さん。」
そして座っている純恋に近づいて声をかける。
「・・・・・・・。」
拗ねているのか返答はない。
「あなたは狙われています。私と一緒に避難しましょう。」
「・・・・あいつは倒したんか。」
「ええ。龍穂君がやってくれました。」
俺の手柄だと言ってくれるが楓や千夏さん、
そしてなんと言っても毛利先生が来てくれなければ今頃どうなっていたかわからない。
「・・・出来るんなら早くやってくれや。」
俺に悔しさをぶつけるように、小さくつぶやいた。
「行きましょう。敵の数が把握できない以上ここにいてはいつ襲われるかわからない。」
「・・私も戦う。こんな状態で逃げたくない。」
移動を急かす先生の話を聞いた純恋は立ち上がって反発する様に先生を見つめる。
「先程千夏さんにも言われたでしょうがここでは実力が全てです。
皆さんより”劣る”あなたが龍穂君の傍にいてはまた危機に陥るかもしれない。
あなたはここにいてはいけない。実力無き者は去る、それがこの東京校での鉄則です。」
毛利先生は静かに厳しい言葉を浴びせる。
正直言うと俺は純恋がいてくれた方がありがたい。
俺の強力な魔術を放てるが状況に合わせて前に出て戦わなければならない。
そうなれば先ほどのような大きな隙や敵が守りに入ってくれないと魔力を強く込めたり
呪文を唱えられない。
それに純恋の魔術は一度放てば脅威。
守ってくれる従者の桃子もいるしいてほしい味方だ。
だが・・・毛利先生に反論する気にはならない。
今の純恋を連れて行っても暴走してしまいそうだし・・・
何より純恋のためにならないと思ってしまっているからだ。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
厳しい言葉を受けた純恋は俯き拳を握りしめる。
桃子が寄り添おうとするも千夏さんが静かに止めに入った。
純恋に現実を受け止めてもらわないといけない。
「・・行きましょう。」
純恋の隣に移動し空いている手を背中に添える。
純恋は返事をすることも首を縦に振ることもしない。
だが諦めたように足が動き始め毛利先生と共に体育館を後にした。
「純恋・・・・・。」
心配そうに純恋を見つめる桃子。
「安心してください。毛利先生は生徒を見捨てることはしません。
恐らく純恋さんに何かを伝えたいことがあるのでしょう。
・・純恋さんが諦めなければ戻ってくると思いますよ。」
今の話しを聞いて綱秀の事を思い出した。涼音をいじめていた奴らを全員追い出した話だ。
家の格が周りより劣っていた涼音をみんなでいじめていたという話しだが
結局の所彼ら自身の実力不足でこの国學館を出ていったのだろう。
例え推薦された者で目の粗い網にかけられれば簡単にふるい落とされる。
同い年の綱秀に簡単に倒され、授業にもついていけない現実を見ていくらプライドが高い彼らでも
自らこの学校を去っていくしかなかった。
「・・・・・・・大丈夫だ。」
桃子の肩に手を置き励ましの言葉をかける。
純恋の実力は俺達が身をもって体感している。そしてその意志の強さもだ。
毛利先生の言葉に奮起した純恋は必ず戻ってくる。
「・・さて、次の行動に移ろう。
俺はここに来る前、一度校舎全体に顔を出して全体の状況を把握している。
他の先生や生徒達、そして授業参観に来ていた親御さんたちが対処にあたっていたが
それらの敵は実力は低く、恐らく純恋達を確実に処理させるために
俺達の目を分散させる策だったんだろうな。」
静まり返っている俺達を見て竜次先生が情報を把握をしてくれる。
「戦闘はひとしきり終わっていると思われる。
事務員であるノエルに比較的安全な食堂に集まってもらう様に頼んであるから移動しよう。」
指示に従い駆け足で体育館を後にする。その途中、千夏さんが口を開いた。
「竜次先生。皇はまだこの校内にいらっしゃるのでしょうか?」
「いや、すでに離れている。
上杉殿がしっかりと送っていったみたいだから襲われることなく無事に帰っているよ。」
「そうですか・・・・・。」
「・・あまり言いたくはないが今一番疑われているの千夏だ。
皇がいないとはいえ同じ様に国學館を襲った男の孫である君は
いの一番に主犯だと周りから言われるだろう。
だが安心してくれ。先程平田が言った師と言葉は俺達に信頼を与えてくれた。
何を言われようとも俺やここにいた人間が君の無実を主張する。」
彼女が味方だと言うことは過ごしてきた日々が証明している。
例え食堂にいる全員が敵だとしても俺だけは味方だ。
道中所々に血の跡が見えており、
激しい戦闘が起こっていたことが見受けられる。
だが国學館にいるメンバーを考えると血の持ち主はおそらく敵。
一年相手だったらまだ良心的。
二、三年や先生方、そして保護者と戦った奴らはさぞ悲惨な目にあったことだろう。
何事も無く食堂に着くとそこにはアリア先生や上泉先生、
ノエルさんが必死に保護者に説明しており
それを何もできずに見つめている謙太郎さん達の姿があった。
「ですから~、今本田先生が向かって・・・・あっ。」
食堂に入ってきた俺達に気付きノエルさんがこちらにやってくる。
「お待ちしておりました~。
保護者の皆さんが状況の説明と千夏さんを出せとおっしゃっていまして~。」
困り顔でこちらに訴えてくるノエルさん。
竜次先生が言っていた通りの状況が目の前に広がっていた。
「・・わかった。」
千夏さんをちらりと見た後竜次先生が承諾する。
大きく深呼吸をして覚悟を決める千夏さんの背中を軽く叩く。
「行きましょう。」
一人で行かせるわけにはいかないと同行する意思を示した。
「・・ええ。」
千夏さんは快く了承してくれる。
「一人はいけませんよ?我々もいるんですから。」
楓と桃子の俺の後ろに立っており同じ様について来てくれるようだった。
竜次先生と共に保護者の元へ向かう。
その中には親父や定兄の姿も見えるがため息をついており
どうやら話がうまい具合に進んでいないようだった。
「来たな・・・!またやりおったか!!」
俺達が近づくとやったと来たと言わんばかりにこちらにやってくる恰幅の良い年老いた男性。
この人は確か三道省合同会議に出席していた山形上杉家の当主様だ。
「遅くなりました。何事でしょうか?」
「何事だと!?此度の騒動、朝敵の孫娘である貴様の仕業だろう!」
手に持っている杖で襲い掛かってもおかしくないほど勢いよく千夏さんに迫る。
俺はすぐさま千夏さんの前に立つとすぐさま立ち止まりこちらを睨んで来た。
「貴様・・・!!
命を狙われた身であるのにも関わらず主犯を守るとは・・・・・!!!」
「彼女は何もしておりません。むしろ俺達の危機に駆けつけ命を救われています。
それに・・・仙蔵さんは朝敵ではありませんよ。
会議の場で皇が直々にお決めになったことを山形上杉殿は認めておられないという事ですか?」
皇の取り決めを否定する。
この国の長の言葉を飲み込まない方がよっぽど問題であり下手をすれば朝敵として見なされるだろう。
「ぐっ・・・・!!!」
ここには国の重鎮たちが多く揃っている。
これ以上の発言はまずいとこちらを睨みながら口惜しそうに山形上杉殿は後ずさりしていった。
「千夏ちゃんを待っていたのは決して怪しんでいたからじゃない。
龍穂達を助けに行ったと聞いていたから待っていたんだ。」
親父と定兄が頭を掻きながらこちらへやってくる。
「親父・・。」
「俺達の情報をまとめるたがあまりにも情報が少ないんでな。
龍穂達の方が何か知っているんじゃないと思っていたんだが・・・
どうやら結構な奴と戦っていたみたいだな。」
「ええ。龍穂達と戦った奴が主犯ではないでしょうが明確な目的があったことは間違いない。
龍穂達の話しを聞いたのち、今一度情報を整理しましょう。」
俺達の身にあった出来事をこの場にいる全員に伝える。
「・・そうか。あの平田殿がそんなことを・・・。」
ざわつく食堂。それだけ平田さんが有名であることを示していた。
「平田殿は度々自身の師の事を口にしていた。
あまり考えたくはないですが・・・おそらくこの事件に絡んでいると言っていいでしょう。」
「・・・伊達。」
親父は何か考えた後、保護者の中にいた伊達さんのお母さんに声をかける。
「なんだい?」
「お前が一番近い立場だ。最近怪しい動きは見せていたか?」
名前を口にしない所を見ると
仙蔵さんと同様にこのような襲撃を起こすような人物ではないのだろう。
「怪しい動きはなかったよ。
ってか元式神部の部長で理事をやっている方の動きなんぞ逐一把握してはいない。」
元式神部で・・理事?
「そもそもの話しだが・・・あんた今日会っていないのかい?」
「・・・どういうことだ?」
言葉の意図がが理解できずにいる親父を尻目に
伊達さんは近くにいたノエルさんから資料を受け取った。
「・・・・ほらやっぱりだ。珍しい所にいると思ったんだよ。」
何かを探すようにめくっていた資料の中にお目当てのページを見つけたのか
見開いて中身を親父に見せつける。
複数ある欄にびっしりと何かが書かれている。これは・・・一体何なのだろう?
「ここだ。あの人の名前があるだろう?」
「・・・・・・。」
確認した親父は辺りを見渡し始める。
一人一人の顔を確認している所を見ると誰かを探しているようだ。
「・・・定明。俺は少し席を外す。場を繋いでおいてくれ。」
そう言うと携帯電話を取り出してどこかへ歩いて行った。
「親父!?」
いきなりの行動に定兄は思わす驚き追いかけようとするが伊達さんが止めに入る。
「やめてときな。あの人も焦っているんだ。
前回の騒動に続き三道省の重鎮が主犯の候補に挙がっているんだからね。」
理事・・と言えば確かに重鎮がそれが誰なのか未だに分かっていない。
「まあひとまず、今回の授業参観はかなり警戒されていたはずだが結局の所こうしてまた事件が起きた。
これは・・私達もそうだが警戒度合いを改めないといけないね。」
そう言うと電子タバコを取り出して煙を吸い始めた。
「すみません・・。まだ状況が飲み込めてないんですけど・・・・。」
意を決して何が起きているのかと伊達さんに聞くとため息とともに煙を吐き出しこちらに向く。
「・・まだ確定じゃないが、一番怪しい人物に上がっているのは
神道省の理事をやっている平将通殿だ。
人造式神の第一人者であり・・・またもやこの場にいる全員が一度はお世話になっている人格者だよ。」
今度は神道省。重鎮が大きな事件を起こしている疑惑が上がっている。
「なんでそうなったが色々気になるけど・・・・確かあの人は所帯持ちじゃない。
そんな人がなんで授業参観に参加できたのか。
この場にいる生徒達に聞いてみないといけないねぇ・・・・。」
そう言うと電子タバコを生徒達に向ける。
まだ確定ではないが・・・この中に裏切者がいるという事実はこの場に緊張を生みだした。
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