第六十話 実力不足
毛利先生が俺達の前に立つ。
空気を引き裂いた稲妻は糸を渡り平田の体にも届いており、体からは煙が上がり膝をついた。
「非常ベルが鳴り、学校の各所で戦闘が起こり情報が錯乱して到着が遅れてしまいました。」
「いえ・・来てくれて助かりました。」
千夏さんと楓と情報交換をしようとして時、近くにいた純恋が薙刀を持ち踏み出そうとしている。
「純恋、今は行っちゃだめだ。」
「・・・・・・・。」
聞こえいるはずだが純恋は止まる気配を見せない。
「純恋!」
「うっさい!貶されたのに・・・何もできずにここで見ているなんてできんやろ!」
今までの人生を否定されたような言いかたをされていた。
気持ちは分かるがここは・・・。
「・・・純恋さん。」
無理やりでも止めないといけないと歩み寄ろうとして時、
千夏さんが純恋の前に立ちふさがり頬を叩く。
「なっ・・・!」
周りで見ている俺達は目の前の光景に驚き固まってしまう。
「冷静になりなさい。あなたの負けです。」
千夏さんは負けず嫌いな純恋の逆鱗に触れるような一言を投げ渡した。
「・・・負けてへん。」
薙刀を握り、子供の様に下を向いて認めない純恋を千夏さんは両肩に手を置きながら話しかける。
「純恋さん。東京校は大阪校と比べ確かに自由な環境です。
ですが、それは大阪校の先生方が生徒であるあなた達を
しっかりと教育することで守ってきたと言えます。
そしてそれとは正反対に東京校は実力で全てを勝ち取らなければなりません。
このまま突っ込めば殺されてしまうと分かっている今のあなたにはその資格はありません。
その資格を得るためにも負けを認め、ここで見ていなさい。」
千夏さんの説教を受けた純恋は無言で振り向き
数歩歩いた後、その場に体育座りで座り込み膝に顔を埋める。
恐らく、純恋に取って最初の挫折。
日ノ本でも類を見ない神道魔道の才能を持った天才の挫折の結末は最後まで戦う事さえ許されず
床に座って丸まってしまうと言うなんともお粗末な結末だった。
「純恋・・・・。」
寄り添うように純恋の隣に座りこむ桃子。そして構わず行けとこちらに見つめてきた。
「・・青さん、お願いできますか?」
どこから人形が現れるかわからない以上
桃子だけでは純恋を守り切れないかもしれないと青さんに護衛をお願いする。
「お前にも言いたいことはあるが・・・そこにおる先生が言ってくれるじゃろう。」
俺にもお叱りの言葉があるようだが毛利先生を信頼して純恋の前に立ちふさがる。
「龍穂君、行きましょう。」
千夏さんと楓と共に毛利先生の近くへ歩く。
先生が見つめる先には膝をついたはずの平田が何と立ち上がろうとしていた。
「糸・・か・・・。」
「あなたほどの人形遣いを相手するのですから囲まれる前に明確な弱点を突くのは当然ですよ。」
「フフッ・・お褒めいただきありがたいな・・・。」
歴戦の猛者たちだからこその会話なのだろう。
お互いがお互いをリスペクトしている。
「先生。」
「来ましたか。私は援護に回ります。龍穂君、あなた達であの男を倒しなさい。」
「分かりました。」
「それと龍穂君。あなたは守るという意味を勘違いしています。」
敵から目を離さず毛利先生が俺へ指摘をする。
「あなたは守ることを受けに回ることだと思っていませんか?」
受けに回る・・とは思っていないが味方がピンチの時は近くで一緒に戦わないと守れない。
「過程は大事。ですが一番は結果です。
守ること言うことはどういうことなのか、この戦いの中で答えを出しなさい。」
そう言うと体から電気を張っし再度糸へ電撃を放つ。
過程・・とはおそらく俺の考えの事だろう。
そして結果。守り切るということはどういうことなのだろうか。
俺はこの戦いの中で答えを毛利先生に見せなければならない。
「同じ手には食わないぞ。」
糸に電撃が伝わっているはずだが致命傷に至ってはいない。
だが相当なダメージは入っていると判断し追い打ちをかけるために駆け出すが
人形達は力を無くしたように地面に伏せる。
「精密な人形捜査には人形の中にいれている神や精霊。そして魔術による操作が必要だ。
必ず最低一本の糸を人形の体に付けないといけない。
それをうまく突かれ電撃を流されたが一度離させてもらった。」
平田は手からもう一度糸を放ち人形に付ける。
「中の精霊たちも気絶してしまった。少し古い技術だがこれなら二度と電撃は喰らわない。」
何本もの糸につるされた人形は
無機質な物を無理やり動かしたように手や足、頭を動かし始める。
「・・絶魔体を練りこんだ糸ですか。珍しい物をお持ちですね。」
神力を通さない殺生石の対比となる魔力を通さない物質である絶魔体。
自然が生んだ殺生石とは違い絶魔体は人の手によって発明された物質であり、
こちらの初出は戦争にある。
銃などの遠距離で戦う武器が発明されるより前、
当時は強力な魔術を持つ国が戦争を有利に運んでいた。
そういった強国に勝利するため、研究を重ねていった結果
魔力を通さない盾や鎧、得物を身に着けた小国が勝ちを奪い取ったとされている。
「人形使いの肝は精密な作りの人形だと思われがちだが本当に大切なのは操る糸だ。
人形に動きを伝える操作性、強度などが大切になってくる。
魔術もそうだろう?魔術の威力、範囲も大事だがそれを繊細に操るための魔術操作が肝心だ。
見た限り、下品な女を守る男・・いうなれば騎士だな。君はそれを熟知しているようだ。」
俺を名指して褒めだす平田。
この人は技術を磨いた者に対しては敵味方問わず一定の尊敬を抱いているのだろう。
「だが・・戦い方がなっていないようだ。そんな未熟者には俺は負けんよ。」
歪な動きをした人形達の手には刀や槍の得物、そして遠距離攻撃が可能な銃や杖が握られている。
「・・っ!!」
先程よりも激しい攻撃が来る。
敵の姿勢がそれを物語っており自然と
近くにいる二人の前に立ち得物を構えるが後ろから肩を叩かれる。
「守ってくれると約束してくれましたが私はそんな軟ではありません。」
そう言うと千夏さんは杖を持ち俺の隣へ立つ。
「せっかくのいい機会です。修行の成果を見せてあげますよ。」
そして反対側に楓が得物を持って立ち俺と共に戦ってくれる姿勢を見せてくれた。
「・・・・わかった。」
俺と一緒に戦ってくれる姿勢を否定するのは違うだろうと二人に意志を尊重し共に戦う決意を決める。
これは純恋達とは違う過程。守るためにあえて戦う選択肢もあるという事か。
(・・・・・結果か。)
純恋達と違う攻めの姿勢。
受けではなく攻めの過程を踏んだとしても求める結果は同じだ。
俺の大切な人達を守る。守るためには・・・敵を倒さなければならない。
受けに回れば敵を仕留める機会を手放すと言う事か。
戦いが長引けば長引くほど守ることも難しいはずだ。
平田を倒し、みんな無事に戦いを終える。
毛利先生が援護をしてくれているが平田もうまく対処をしており戦いは振出しに戻ったと言えるだろう。
「・・楓、見せてくれ。」
ひとまず魔術師であり遠距離攻撃が得意な千夏さんを一人にしてはおけない。
楓に先に攻めてもらってから俺たち二人で詰めていくのが良いだろう。
「わっかりました!!」
指示を受けた楓は両手の人差し指と中指で十字を作り、何かを唱えながら影の中に入る。
「・・影分身の術!!」
影が蠢いたかと思うと中から黒い人影が無数に飛び出し俺達の前に着地する。
いつもの茶色がかった短い髪に小さな背丈は楓だが
それが何十人も目の前に現れそれぞれが異なる動きで得物を構えだした。
「「「「「龍穂さん。しっかり見ていてくださいね?」」」」」
そして全員が上半身だけで後ろにいる俺に向けて
成長した姿を見ていてくれと可愛げのある言葉遣いで言葉を言い放つ。
以前の楓であればこれだけの敵に囲まれればうろたえるか平静を失っていただろう。
この余裕の表情が一か月の修行で楓の実力だけでなく内側も
大きく成長させたことがこのわずかな受け答えだけで俺に実感させた。
大量の人形達に向かって駆けだす楓達。
どうやって分身し、操っているのかわからないが
全員の動きがいつもの楓そのものであり歪な動きをする人形達を圧倒していく。
「さあさあ、やっちゃいますよ~!」
楽しそうに戦う楓の中に一人が余裕の言葉と共に人形達を短刀で切り伏せていく。
あれが本体なのだろうか・・・?それとも全員が楓・・・?
考えると頭がこんがらがってくる。
「厄介だな。だが・・・・。」
平田は人形についている糸を放す。
再び力が抜けると思われたが、人形達の動きに変わりはない。
「精霊たちを起こしてくれたこと感謝するぞ。お前達は後回しだ。」
懐から大量の札を取り出すと俺達に向かって放つ。
札からはまた人形達が現れ俺達と対峙した。
「これら俺の実力不足によって生まれた人形達だ。だが決して失敗や愚作と呼んでくれるなよ?
人生とは進化と向上だ。その時点の俺を実力を示しておりこの人形達は俺の成長の糧となった。」
俺の前に立ちふさがる人達はなぜこうも魅力的な人物なのだろう?
尊敬を欠かさず、向上心の塊のような精神に何故この人が純恋達を狙ったのかが理解できない。
「問題はお前だ。援護を申し出ていたが実力から見て明らかに主力。
生徒達の成長を促す教師としては正しい判断なのかもしれんが
それは私に対し礼儀が欠けているのではないか?」
残していた札を持った指で毛利先生を差す平田さん。特殊な技法とはいえこれは立派な武術の一つ。
武道の心得の一つに手加減は無作法とある。
そう考えれば平田さんの言う通り、毛利先生は礼を欠いているだろう。
「・・どう捕えていただいても構いません。ですが・・・私は先生と呼ばれている身。
この学校で起きる事は全て未来ある生徒のために捧げる。
それが先に生きる者の務めであると心得ています。」
「全ては生徒のためか・・・。さすが、国學館の教師と言えるな。
良い心がけだが、武人である身としては少々癇に障る。
実力でその余裕を引きはがさせてもらおう。」
そう言うと先ほどより汚れが無くきれいな札を取り出す。
楓と戦っている人形達は自分の欠点を振り返るために何度も取り出されたのだろうが
使用感が全くない所を見ると中に入っている人形は振り返る所が無いぐらいに完璧な出来なのだろう。
「そもそも私が作る人形達は戦闘用に作られていない。
殺傷能力があるギミックを入れない代わりに運動性能を上げ、
中にいる精霊達が自由に動けるように精密に作り上げられている。
だがこいつは違う。
以前住んでいた京都で見た百鬼夜行。何百といる妖怪達を率いた二体の鬼の内の一人を模した人形だ。」
手に持っている札を床にたたきつけると先程の人形達が子供に見えるような巨体が姿を現す。
「京都の街を混乱に陥れ、虐殺の限りを尽くした鬼達だが正直言って・・・見とれてしまった。
片腕が無く、体に付いた数えきれないほどの刀傷は
それまで戦ってきた猛者との激しい戦闘を一方的に想像させた。
見る者に対し、言葉なく伝えるのは
芸術に足を踏み入れた者が目指す一つの形でありその生きざまをまざまざと見せてくれた。」
懐から取り出した勾玉を背中に押し付けると鬼の体の中に取り込まれる。
遥か昔、日ノ本の権力者の装飾品として作られた勾玉だが
その形の由来の中に魂の形を模しているという説がある。
神道が普及する前、現在の札と同じ役割を果たしていたと
言われておりあの中にはおそらく何かしらの神様が入れられているのだろう。
「その姿を想像しながら戦闘用の人形として私が唯一作った作品だ。
ギミックは何一つ入れていないが運動性能は抜群。
武道の特級を得た者でさえも勝てるかどうか分からないだろう。」
勾玉を体にいれた鬼の目に生気が宿まるで獣のような雄たけびをあげる。
「今いれたのは獰猛に仕立てた付喪神だ。
この二つが合わされば使役者である私でさえも止められない。
例え神道特級を持つお前であっても結末は同じはずだ。」
口から涎をたらしながら毛利先生を睨む鬼。
平田さんが語って通り片腕はないが手には大きな鉄製の棍棒が握られており
あれで殴られたらひとたまりもないだろう。
「・・・・フフッ。」
強者を目の前にして毛利先生はおびえるどころか口元を軽く押さえながら笑っている。
「どうした?恐怖のあまり笑みがこぼれたか?」
「いえ・・。面白いことをやられるなと思いまして・・・。」
百鬼夜行を率いる片腕の無い鬼なんてたった一体しかいない。
大江山を住みかとし京の貴族たちの子女達を攫うなど当時の都を混乱に陥れた鬼の一派。
その統領に仕える一番の子分である鬼が全ての特徴に一致する。
「面白い・・?」
「失礼しました。ですが・・・結局は贋作ですね。似ても似つかない。」
今にも襲い掛かりそうな鬼に向かって毛利先生は言い放つ。
「がん・・・さく?この私が作った最高傑作が贋作だと・・?」
「はい。あなたの人形の素晴らしい所は人が思い浮かべるような幻想的な動きをする所です。
それは決して何かを真似ることなく込められた精霊や付喪神たちがしたい動きをそのままに
再現するからこそ生まれています。
ですがこの人形はあなたが見た鬼を模倣しているだけ。
美しい点が全て失われておりあなたらしくない作品だと言えるのではないのでしょうか?」
楓達と戦っている人形達の動きはなめらかでありまるで踊っているようだ。
魔力での補助がなくともこれだけの動きができるのは精密に作られた人形が故なのだろう。
「・・まるでその鬼を見たことがあるような口ぶりだが
それだけ言うのならこいつを倒せるのだな?」
鬼が棍棒を振り回しながら毛利先生へと走り出す。
体育館を揺らすほどの足音に離れている俺達でさえも重圧が伝わってくるが
それを見た毛利先生は深い笑みを浮かべていた。
「ええ、倒せますよ?そして・・・見せてあげましょう。」
今まで感情をあまり表に出さない人だったが中に潜む狂気が見えた瞬間だった。
「本物の鬼・・・”茨木童子”。そして・・・私の力を。」
懐から古臭い札を取り出し、自らに張る。
札が光出し、中から出てきた強大な力を持つ何かが毛利先生の魂と一つになる。
その衝撃が辺りを包み砂煙を上げ姿を隠れた。
だが鬼はそんな毛利先生に怯む素振りは一切見せずに砂煙に向かって棍棒を振り下ろす。
通常の人間であれば人体が押しつぶされ見るも無残な姿になっているだろうが
棍棒が床を破壊することなく途中で止まってしまう。
「・・・・・・・・・。」
棍棒が起こした風が辺りを晴らす。
中から出てきたのは細い腕で棍棒を軽く受け止めている毛利先生。
その額には大きな角が二本生えていた。
「よかったですね。願いが叶いましたよ?」
すさまじい力が毛利先生の体の中に入り込んでいる。
魔力、神力。全てが高水準にまとまり今までの毛利先生とはまるで別人だ。
「我が式神、茨木童子。この力であなたを倒します。」
伝説の鬼、隻腕の鬼である茨木童子と神融和をした姿だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
少しでも興味を持っていただけたのなら評価やブックマーク等を付けていただけると
励みになりますのでよろしくお願いします!