第五十一話 帰還
親父の後ろから楓が顔を出す。
「楓・・・!!!」
生きている姿を見れたのは嬉しいが兼兄の意味深な発言が心に引っかかっていた。
「楓。こっちに来てくれ。」
親父の後ろから歩いて兼兄の元へ向かう。
国學館の制服を着た楓の姿に変わりはないが何故だが違和感を覚えてしまう。
「・・・・・?」
近づこうと思ったが足を止めてしまった。
「龍穂。楓と念をしてくれないか?」
兼兄の指示通り楓と念を行うが届いている気がしない。
目を覚ましてから目が回るように動いていたので念の事を忘れていたが式神契約が切れているようだ。
「出来ないだろう。式神契約が切れているんだが・・・。」
「・・・なんやて?」
俺の代わりに純恋が驚きの声を上げる。
「どういう経緯があったかわからんが楓は生きているんやろ?
式神契約が解かれるなんてことはあるわけないやん。」
そう、魂に刻まれるほど式神契約は強力であり
消えてなくなるなんてことはあり得ない。
「俺達の契約方法が間違っていたのかも・・・。」
儀式が不十分であれば契約が切れることもあるかもしれない。
いや、そうであってほしい。
「そんなことあるわけないやろ。龍穂達の契約はしっかり出来てたで。」
心の中に収めていたはずだが無意識のうちに声に出てしまっており
即座に純恋に否定されてしまう。
「純恋ちゃんや桃子ちゃんは重々分かっているとは思うが
魂に刻まれる式神契約を絶ち切ることはほぼ不可能。
切れる時は・・”死んだ”時のみと言われている。」
兼兄の死んだという言葉を聞いた瞬間、俺の足は自然と動き出し楓の方へ歩もうとする。
痛みでうまく踏ん張りが効かず、体勢を崩しそうになった時
誰かが支えるために俺の手の握ってきた。
「・・大丈夫ですか?」
手から感じる温もり。
それは心臓が働いている証拠であり、温もりがあると理解した時目に涙が浮かんできた。
「楓・・・。」
目の前で貫かれた記憶が頭の中に浮かんできて本当に良かったと楓を抱き寄せた。
「ちょっ・・・・!!」
体から伝ってくる温もりで確信する。楓は生きている。
「気持ちは分かるが落ち着け。言っただろ?生きてはいるって。」
兼兄が俺の手を軽く叩き、楓を話すように催促してきた。
「あっ・・・。」
周りの目を考えずに行動してしまいこれでは話を聞けないとすぐに楓を放す。
まるで不審者から隠れるようにそそくさと兼兄の後ろに隠れる楓。
そして後ろからの視線が見なくても分かるくらい
背中に刺さっており自らの行いがダメだったことに気付いた。
「・・とりあえず説明をさせてくれ。
先程も言ったが式神契約は魂に刻まれる。
契約が解除されるときは魂が無くなる時、すなわち死ぬときだが・・・・
契約は解除され楓は生きている。」
「矛盾しとるやんか。どういう事やねん。」
明らかに矛盾しているが、楓はここにいる。兼兄は一体何をしたのだろうか?
「・・先ほどの話ですと、楓さんの体は一度冷たくなっているようですから
その時点で一度亡くなっているという事・・なのですか?」
千夏さんが口を開く。
仙蔵さんが蘇生したと考えれば契約が一度解除されたとしてもおかしくはない。
「普通の人であればそうなってもおかしくはないんだが
楓の場合はその時点でも魂が体から離れなかった。
これは仮説だが・・”体が離してくれなかった”んだろうな。」
体が・・・離してくれなかった?
「どういうことなのでしょうか?」
千夏さんが不思議そうな顔で尋ねる。
心臓が止まっているのだから当然意識はない。一体何が離してくれなかったのだろう?
「楓はサキュバスの力を引き継ぐ半人半妖だ。
意識はなくとも体に潜む悪魔が魂を離さなかったのだろう。
通常一度亡くなってから蘇生をした場合、千夏ちゃんが言っていた通り契約が切れてしまうどころか
魂がどこかへ行ってしまい意識が戻らないなんてこともある。
助かる余地がある事を分かっていたのかは不明だが
そのおかげでわずかに回復の見込みがある禁術の使用に踏み切れたんだ。」
使用してしまえば大きな影響を生んでしまう可能性があることから使用を禁じられている文字通り禁術。
一度使用しただけでも国が亡びるような術な恐ろしい術が指定されており、
その中の一つを楓に使用したとなれば楓の体にどのような影響が出てもおかしくはない。
「様々ある禁術だが蘇生の魔術神術ともに禁術に指定されている。
仙蔵さんが行った心臓の修復も当然禁術だ。
そんな禁術で生き返った楓のことが三道省に知られればとんでもない騒ぎになる。
皇の力を使えば騒ぎを抑え込むことはできるだろうが千仞達はそんな隙を見逃さないだろう。
今から話すことは他言無用だ。」
すると兼兄は一枚の札を取り出す。あの札は・・・。
「あの場から離れた俺はとある知人を頼った。
そいつは神道省に所属せずに秘術の研究をしている奴でな。
俺も秘密裡にそいつの手伝いをしていたことがあるんだが、
その時に見た中に楓を助けられる可能性がある秘術があった。
それは『魂魄融合』。
人間の魂を分解し、他の魂と組み合わせることで人工的に半人半妖を作り出す秘術だ。」
とんでもないことが兼兄の口から飛び出す。
人工の半人半妖を作り出すなんて・・・そんなことは人道に反するのんじゃないのか?
「説明だけをすれば非道極まりない神術だがそいつはこの禁術を医療に使用できないかと考えていた。
さっき魂と体が離れると言う話しをしたが体の中にある魂が欠けてしまうなんてこともあるんだ。
その要因は様々だが、強い精神的ストレスを受けると欠けてしまうと言われており、
そうなると正常な判断が出来ずに突然人格が変わってしまったり
最悪の場合だと精神が崩壊してし、狂ったように突然暴れてしまうなんてこともある。
そのような欠けた魂を修復できないかと模索していたんだが、
そもそも人間と妖怪や悪魔の魂は作りが違うらしく
例え欠けた部分を埋められたとしても魂が適合しなければ人間の魂が妖怪や悪魔に
乗っ取られてしまい自我を失ってしまうんだ。」
「それで・・その術を楓に?」
「ああ。今話したのは通常の人間の場合だ。
楓は半人半妖、サキュバスという悪魔が既に魂に混ざっている状態だから適合はしやすい。
そしてこの魂魄融合の一番の長所は魂を混ぜた妖怪や悪魔の力が体に現れる所だ。
妖怪の臓器を移植しても拒否反応をすることなく受け入れることも可能になる。」
兼兄はさらにとんでもないことを話し始める。
「俺は魂魄融合をする前に楓が従える式神達に今の状況を伝え力を貸してくれないかと持ち掛けた。
三体とも楓とは長い時間を過ごしてきた仲だ。
迷うことなく了承してくれたが、人間の形をしている女郎蜘蛛にお願いすることにした。
一番の問題である心臓は女郎蜘蛛から提供してもらうことにし、魂を体から離した。
魂と体が離れれば自我を失った植物状態になり実質的な死を迎える。
そいつの助手が女郎蜘蛛も体から心臓を取り出している間に俺達は楓の魂を取り出し砕いたんだ。」
・・砕いた!?
「そんなことをすれば楓の自我が失われるんじゃないかって思うだろうが、
魂は少しでも欠けているとその部分を補おうとする。
素早く組み合わせることによって元に戻るんだがそこに女郎蜘蛛の魂を上手く組み合わせることによって
楓の魂の中に女郎蜘蛛が入り込み臓器の適合が可能になる。
そして楓の体を急速に冷凍し、一時的に心臓の動きを止めたのち
取り出した女郎蜘蛛の心臓を移植し体を温めた。
そしてつい先ほどまで女郎蜘蛛のものだった心臓は今度は楓の心臓として動き始めたんだ。」
他者の心臓、ましてや妖怪の心臓の移植を成功させた例は
世界中を探しても少ないどころかこれが始めただろう。
「これが楓が生きている理由だ。
式神契約が切れたのは一度魂を砕いた時に契約が解除されたから。
新しい魂となっただけだから再度契約を結べばなんてことはない。」
結果としては楓は生きて帰ってきた。
魂が一度砕けたことによって契約が切れたがそんなことは問題ない。
「とにかく・・ここにいるのはいつも通りの楓なんだよな?」
「ああ。色々説明したが龍穂の知っている楓とほぼ変わらない。」
その返答に俺は安堵し、思わず体を倒して寝転がってしまった。
「・・安心している所申し訳ないが少しの間、楓をこちらで預からせてもらう。」
一瞬体が固まるが預かるという事はいずれ帰ってくるのだろう。
「・・いつまでだ?」
まるで俺の物みたいに返答したがこの瞬間ぐらいはいいだろう。
出来るだけ早く帰ってくるように少しだけ威圧的に尋ねる。
「一か月ってところだな。
適合しやすいとはいえ魂魄融合をしたばかりだと魂は崩れやすくなっている。
俺が近くにいればすぐに対処は出来るが禁術だからな。完全に適合するまで経過を見させてもらう。
後はいい機会だから”顔合わせ”を含め少し楓を鍛えさせてもらおうかな。」
また意味深な事を言っているが帰ってくる楓に何があったのか聞けばわかるだろう。
(一か月か・・・。)
長いが・・待つしかない。
深く安堵のため息をつき、再度を楓を見る。
本当に・・・よかった。
「・・・そろそろいい時間だな。
聞き忘れたことがあったら携帯に連絡を入れてくれ。なるべく見るようにする。」
兼兄が携帯を開きながら言う。
見るといつの間にか夕方であり、ずっと眠っていたので胃が空っぽで疲労も溜まっていたのか
腹の虫が鳴いた。
千夏さんと楓が肩を支えてくれて立ち上がる。
「行きましょうか。」
楓は兼兄と一緒に行くためこの部屋に残り、俺と千夏さんは毛利先生についていく。
「頼むでじいちゃん。」
一緒に出ていくと思っていた純恋達は皇に一言声をかけ、こちらへ合流した。
「・・・・・・・・?」
どういう意味なのか気になるが尋ねるタイミングがあったのに
わざわざ人の目を割けるように話していた所を見るとあまり聞かれたくない話なのだろう。
ひとまず出来ることはやり切れた。
千夏さんを守り、楓も無事。結果としては最上だろう。
(これから・・頑張らなくちゃな。)
俺が背負った使命。
親父に聞いた時はあまりピンとこなかったがそれは非常に長く、重いものであり
それが俺の身に降り注ぐと考えると正直かなり荷が重い。
だが、皇の前で俺の大儀を宣言した以上成し遂げなければならない。
それが・・俺が唯一生き残る道であり周りの人間を守る手段になるはずなのだから。
「大丈夫ですか?」
隣を歩く千夏さんが慣れない松葉杖に苦戦する俺を心配してくれる。
俺は大丈夫だと返答し、体を癒すために病院へ戻った。
———————————————————————————————————————————————
「・・・・間違えたな。」
龍穂達が帰った後、皇がぼそりと呟く。
「何をですか?」
「楓の話を先にするべきだった。
そうすれば仙蔵への恩を強く感じ、千夏への手助けになったはずだ。」
・・会話を振り返ればそうなるが龍穂は既に仙蔵さんの意図を汲み取っていた。
「そこまでする必要はないと思いますよ?
千夏ちゃんの問題は千夏ちゃん自身が解決しなければなりません。
本人もそう思っているからこそあの場での発言を控えていたんでしょう。」
千夏ちゃんが目を覚ました後、混乱状態が続いたが”あの子”が来てくれたおかげで正気に戻ってくれた。
そしてあの子が仙蔵さんが残した千夏ちゃん宛の手紙を見せたことで一つの決心をしたのだ。
それを未来のライバル達であろう楓達がいるあの場で発言をすれば
多少なり有利になるがあえてそうしなかった。
(真面目というかなんというか・・・・。)
まあ本人の覚悟が決まっていなかったかもしれないが
皇が話す順序を変えたところで結果は何も変わらなかった。
「それに・・・龍穂は多分昔の事を覚えていたんでしょうね。」
「昔のこと?」
煙草に火をつけながら煙管を呼び差す。
「大広間にいた時も、この部屋にいた時も皇の煙管をじっと見つめていましたから。」
「これか・・・・・。」
赤に金の細工が施された煙管。これは仙蔵さんが皇におしつけたものだ。
「あまりみすぼらしい煙管を吸うな。
国の長らしい煙管で吸えと言われて自らが使っているものと同じものを押し付けられた。
それが・・奴が残した遺品になるとはな・・・。」
「仙蔵さんは一度だけ八海に訪れたことがあります。丁度お孫さんもいた時ですね。
楓を含めて三人の面倒を見てもらったのですが縁側でその煙管を吸っていました。
龍穂は仙蔵さんの顔を覚えていないようでしたが封印が解かれ、
仙蔵さんの優しさを潜在的に覚えていたのかもしれませんね。」
本当に仙蔵さんには頭が上がらない。
あの人のためにも・・・”成し遂げ”なければ。
「これから忙しくなる。引き続きサポートを頼むぞ。」
この結末のため、皇には数日間姿を隠してもらった。酷くお疲れだろう。
「・・・承知いたしました。」
俺も疲れたが、まだまだやることは山ほどある。
”次”のためにもしっかりと準備をしなくては。
———————————————————————————————————————————————
足が完治してから初めての登校日。
「おはようございます。」
綱秀と涼音の姿をずいぶんと久しぶりに見た気がする。
振り返るとあまり日にちは立っていないが濃厚な数日間を過ごしたことが身に染みてわかる。
数日間、色々な人と戦った。
徳川さんはもちろん、純恋達とも戦った。
(純恋達・・・・・?)
何かが引っかかる。純恋達・・・なんだろう。
「龍穂君が帰ってきて全員揃ったと言いたいのですが・・・・。」
兼兄が純恋達に何か言っていたような・・・・。
奥歯に引っかかったようにその内容が出てこない。
「転校生が来ます。しかも二人です。」
必死に思い出していると教室の扉が勢いよく開き、その音に驚いてしまう。
「あっ・・・・。」
思わず音のした方向を見た時、忘れていた内容が無理やり引っ張り出された。
「大阪校から二人。龍穂君はよくご存じだと思います。」
どや顔で入ってくる奴と、ため息をつきながら付いてくる女子生徒二人。
その二人に俺は見覚えしかなかった。
「では自己紹介を。」
どや顔の方が俺の方を向きながら自己紹介を始める。
「二条純恋です!よろしく!!」
そうだった。兼兄はそんな約束を二人にしていた。
「・・伊勢桃子です。よろしくお願いします。」
桃子が控えめな声で純恋の後に続く。
激動の学校生活はここからさらに激しさを増して目まぐるしく動いていくのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
少しでも興味を持っていただけたのなら評価やブックマーク等を付けていただけると
励みになりますのでよろしくお願いします!