第四十六話 無力と後悔
痛む足を我慢しながらなんと座布団に座りこむ。
俺達に痛いほどの視線が刺さるが定兄に言われていた通り、暗い顔で俯いて畳を眺める。
「お三方は実際に被害に会われた方々です。
二条家のお二方は避難をされており、身に危険が迫る中勇気を出して要請に答えてきたいただきました。
そして上杉龍穂君は仙蔵さんと戦闘で足に怪我を負わされ
共に戦った従者は致命傷を負い、行方不明になっている。」
下を向きながら会釈をする。
無作法にもほどがあるが、これぐらいはっきりと落ち込んでいると示した方が反対派が安心するだろう。
「・・二条さん達からお話を聞くことにしますか。」
俺の態度から察したのか土御門は純恋達に尋ねる。
「あなた方は仙蔵さんに襲われたと聞いておりますが交流会の会場ではないようですね?
一体どこで襲われたのでしょう?」
「分からへん。私と龍穂がやり過ぎて会場を壊した後、
反省部屋にぶち込まれて気付けばどこかに飛ばされていた。」
とんでもなく端折った説明をする純恋を見た桃子がすぐさま補足を入れる。
「我々が反省部屋で話していると突然地面が揺れたのです。
そして東京校の職員である毛利先生が助けに来てくれたのですが様子がおかしく、
警戒していた所に龍穂さんのお兄様である上杉兼定様が助けに来てくれました。
状況を確認するために外に出るとそこは別世界。
大きな洞窟で影には何かわからない模様などが掘られており、
灯りなどは一切なく日ノ本ではないように感じました。」
桃子は関西弁ではなく、標準語で足りなかった補足をしてくれる。
従者として公的な場での立ち振る舞いに変えたのだろう。
「面白いですね。できればその場に部隊を派遣して現場検証のみならず
色々と調べたいものですが・・・上杉兼定殿も姿を隠されている。
詳しく調べることが出来ず非常に残念ですが
あなた方の口から深く聞き出すことで満足することにしましょうか。」
純恋達の話を扇子で顔を扇ぎながら興味深く聞いている。
「洞窟の先には扉があり、開くとそこは徳川家の書斎になっていました。
元々そこにあったのか、それとも扉の先を書斎に繋げたのか定かではありませんが
そこで仙蔵さんが我々を待ち受けていたのです。」
「待ち受けていたのは仙蔵さんだけですか?」
「いえ、黒い装いに身を包んだ者もおりその者は奇妙な術で我々と楓さんに襲い掛かり
別の部屋に飛ばれて龍穂君と分断したのです。」
「ふむ・・・龍穂君の話は後に聞くとしてあなた方はその者と戦ったと。
襲い掛かった者の名前をわかりますか?」
「・・その者は服部の申しておりました。」
桃子が放った名前に会場が再びざわつき始める。
服部と言えば古くから徳川家の仕える重臣であり現在も魔術省に徳川家のために働いているはず。
「・・魔術防衛課課長、服部忍殿。
心当たりはありますか?」
口元を扇子で隠し、目を細めて睨みつける土御門。その先には筋骨隆々の男が座っていた。
「・・確かに事件前夜から辞職願を一方的に送り付けてきた部下がおります。
まさか奴が・・・・。」
魔術省の戦闘部隊を取り締まる魔術防衛課。
その長である服部様は顎に手を乗せて眉間に皺を寄せる。
「重ねてきた会議の中で何度も伝えているはずです。
少しでも怪しい行動を取った部下がいたのなら隠すことなく報告しろと。
それに服部と言う姓なのであればあなたに関わりのある部下ではないですか?」
長と同じ苗字の部下・・・。
偶然同じ苗字なのかもしれないが血のつながりがあると疑われてもしょうがないだろう。
「・・心当たりのある部下は私の娘ですがわが服部家は忍びの一族。
成人を迎えれば親の縁を切り独立して働く家訓があります。
縁を切り、魔術省に仕えておりますので部下と言う言葉には偽りがないことを理解していただきたい。」
「あなたは自らが置かれている立場を気付いていないのですか?
徳川殿は元魔術省長官でありこの中に繋がりが無い人の方が少ないほど
日ノ本に置いて絶大な権力をお持ちです。
その徳川殿があなたの娘を純恋さん達に襲わせたのですよ?それそなわち・・・・。」
話し途中で視線が別方向に移り会話も止まってしまう。
「・・近藤。」
視線の先の真田様がとある人物の名前を呼ぶ。
「承知しました。」
武道省公安部部長である近藤隼人様が応え後ろにいた部下に素早く指示を出すと
会議中にも関わらず部下が席を立って大広間を後にする。
「服部殿。調べさせていただくぞ。この事件に繋がる証拠が出てきた時は・・・分かっているな?」
公安と言えばテロやスパイ活動など日ノ本を
危機に陥れるような事件に対応する機関でありその調査力は日ノ本でもっとも秀でている。
「存分に見て下され。何も出ないですよ。」
何もないと言い張る服部さんだが
それを見ていた土御門が扇子を広げたり閉じたりと明らかにイラつきを見せている。
桃子の証言によって事件の尻尾が顔を出したと周りが騒がしくなるが
畳んだ扇子でお膳を叩き、口を閉ざさせた。
「桃子さん達は服部との戦闘を行ったと。
傷が少ない所を見ると明らかではありますが勝敗はいかがでしたか?」
「服部が部下を呼び一時的に追い込まれましたが、楓さんの頑張りで勝利を掴みました。
ですが・・・。」
「ですが?」
「部下たちの反逆に会い、恐らく死亡したかと・・・。
我々も窮地に追い込まれましたが兼定様に救助していただきました。」
亡くなったか・・・。
命を懸けた戦いだった。そのような結末を迎えても・・・仕方ない。
「・・・・・・・・・。」
娘が亡くなったかもしれないと桃子が言っているのに無表情で座っている服部様。
元を辿れば主君を影で支える忍びの家系でそれを象徴するような家訓をもっているが
なぜ平然とできるのか。俺にはわからない。
「そうですか・・・。
命を取りあう戦いですから仕方ありません。
それから龍穂君に合流してと仙蔵さんと戦ったという事ですね?」
「その通りです。」
区切りをつけるように再度扇子でお膳を叩く。
「お二人共、ありがとうございました。
ではここからは龍穂君からお話を聞くことにしましょう。」
会場のひりつきが最高潮に高まり俺に視線が一気に集まる。
「龍穂君。事件にあった中であなたが一番仙蔵さんと同じ空間で過ごしています。
あなたの話が一番重要になってきますのでゆっくりと、そしてはっきりと答えてくださいね?」
「・・・はい。」
「では・・・聞いた話では純恋さん達と離れた後、
仙蔵さんと戦闘になったようですが何か会話はありましたか?」
みんなと別れた後、戦闘の中で自らが持っている
魔術の技術をいかんなく見せてくれたが特に目立った会話はしていなかった。
「・・・・いいえ。」
「そうですか。では淡々と戦闘をこなしていたと。
その足の傷はその戦闘で受けたものですか?」
「・・はい。」
「足を貫くほどの穴を開けられたと聞いています。
それほどの大けがであれば移動は困難なはず。
足を止めた龍穂君に対し、仙蔵さんはとどめを差そうとしてこなかったのですか?」
俺が足を止めた後、仙蔵さんと多くの言葉を交わした。
『龍穂。お前が先祖に命を狙われていることは伏せておけ。当然この中にも奴の配下はいるだろう。
もし何千年とひた隠しにしてきた組織の事を
少しでも口を滑らせれば何をしてくるかわからん。言葉を選ぶんじゃ。』
闇に潜む組織だ。
今回の騒動も念密に計画した作戦で俺を分断して殺そうとしてきた。
恐らく手段を選ばなければすぐにでも殺せるのだろうが地位が高く、
俺を殺したとしてもそれがバレてしまえば今回の様に緊急の会議が開かれたうえで裁かれてしまう。
そうすれば長年積み上げてきた威厳や権力が無くなってしまう。
俺が奴らの事を話さなければそう簡単に襲われることはないだろう。
(とはいえ、どう言おうか・・・。)
定兄はこの中に徳川さんにお世話になった人達が多くいると言っていた。
それは裏付けるように繋がりが無い人のほうが少ないと言い表していた。
そんな徳川さんの人柄が見えてくるような言いかたをすれば多くの味方が俺達につくはずだ。
「・・・差しては来ませんでしたがその代わり・・・大儀は無いかと尋ねてきたんです。」
「・・大儀?それはどういうことですか?」
「私には徳川さんと戦う理由が明確にありませんでした。
命を狙われている理由もありましたが、それでは足りないと。
”我々”と戦うのであれば大儀が必要とおっしゃっていました。」
奴らの組織名、千仞の名は出さずとも仙蔵さんは何かしらの組織に所属しているような言い回しを使う。
「ふむ・・我々ですか・・・。」
腕を組んで何かを考えている土御門。
俺の話を聞いた周りの一族達はまた騒がしくなるが一部の一族達の表情が若干変わる。
周りは何が起きているんだと困惑するか俺の話をよく聞こうとこちらに耳を傾けているが
眉をしぼりこちらを睨みつける者達がおりその中には山形上杉家も含まれていた。
「その我々・・とは何か気になりますね。詳しく聞きたいです。」
「申し訳ないのですが、我々として言ってませんでした。」
「そうですか・・・。それさえ分かればこの事件が大きく前に前進できましたが仕方ありません。
ですが、この事件に関与しているのが複数人であるとと言う事実は確認できましたね。」
そう言うと服部さんをじっと凝視する。
今現在、徳川さんを覗けば一番怪しい人物であることは間違いないだろう。
「事件に関係ないですが、話題に出てきたので一応尋ねます。
大儀を問われた龍穂君はなんと答えたのでしょう?」
・・これは予想外だ。
我々と言う部分に焦点を当ててもらうとしか考えていなかったので
俺が答えた大儀についての答えは用意していない。
あの時は勢いだけで日ノ本を成り上がるなんて答えてしまったが
その中身は空っぽであり具体性もありはしない。
「・・・私は周りにいる大切な人達を守りたい。
そのために腕を磨き、手が出せないほどの地位を得るために日ノ本を駆けあがると答えました。」
少し考えた後、素直に答える事を選択した。
「ほう・・面白いですね。」
小馬鹿にしたように笑みを浮かべこちらを見る土御門。
「ですが腕力だけでは駆け上がれるほど日ノ本は甘くない。
ここにいる全員が自らが持つ力を全て動員して今ある地位を勝ち取ったのです。」
そんなことは分かっている。
目の前にいる有力一族の長たちは一族内や部署内の争いを勝ち抜いて上がってきたはずだ。
そんな人たちに腕力だけで挑めば上手く立ち回られ圧力によって押しつぶされてしまうだろう。
「そんな方々を前にしても、腕力だけでのし上がると言い切れますか?」
争いを勝ち抜いたとしてもこういった場で自らの意志を通すことは難しい。
「言い切れません。ですが・・・・。」
そう言った新参者に徳川さんはあの優しい笑顔で手の差し伸べたのだろう。
「そんな俺を見て徳川さんは言いました。
熱意は受け取った。これからの人生で肉付き、ぶれることが無ければ大儀となると。
今振り返ると・・・あの方は戦いの中で俺を成長させようとしてくれたんだと思います。」
長たちのほとんどが頷いている。この人達も徳川さんの手ほどきを受けたのだろう。
「・・・あの方らしいですね。」
何かを隠す様に俯いた土御門の口が動いていたように見えた。
「そうですか。龍穂君にそう感じさせたのは先程の出来事だけですか?」
だがすぐに前を向き、俺への質問に切り替えた。
「いえ、全体の戦いを通して徳川さんは手加減・・・というか
わざと不利な選択肢を選びながら戦っていたの様に思えました。
技の選択肢を変えれば俺を倒せていた場面や
大きな隙があったにも関わらずあえて詰めてこずに待っていたりなど、
それは最後まで・・・俺にわざと敗北する様にたち待っていたように思えました。」
この事件には裏がある。そう感じさせるような行動を取ってたことを強調する。
「わかりました。では最後に一つだけ。
従者である楓さんは龍穂君をかばって致命傷を負ったと報告を受けています。
それは仙蔵さんが行ったのでしょうか?」
戦いが終わり、徳川さんとの約束をした後の記憶は
曖昧だが楓の身に何が起こったのかは鮮明に覚えている。
「・・いえ。徳川さんがいた所とは別の方向から奇襲を受けました。
俺は不意を突かれ動けませんでしたがそんな俺をかばって楓は・・・。」
思い出した途端、後悔の念が心を支配し言葉に詰まってしまう。
「・・それ以上は結構です。ご協力ありがとうございました。」
その様子を見て言葉を遮り感謝の言葉を述べてきた。
「以上が参考人の証言です。
本来であれば前もって資料を準備した上でお話を聞ければよかったのですが
全てが急でしたのでこういった形になってしまい申し訳ありません。
ですが大体の出来事は把握できたはずです。
皇は今だに姿を見せませんので本件は多数決での決議ととさせていただきます。」
広間にいた職員が動き出し、一枚の紙を長たちに手渡す。
「お配りした紙には可否の文字が書かれております。
どちらかに〇をつけ、近くにいる職員にお渡しください。
仙蔵さんが罪を犯したことには変わらないですが
可に付けた票が場合、徳川家を朝敵と見なさず仙蔵さんのみが罪に問われることになります。
そうなった場合の処罰については法務省にお任せすることになります。」
日ノ本において三道省が大きな力を持つが、
それとは隔離された法を司る法務省という組織がある。
文字通り日ノ本の法を管理している組織であり、
大きな権力を持つ三道省の介入を防ぐために距離が置かれており
どれだけ大きな会議であっても呼ばれることなくその内容だけが通達され、罪の内容を決める。
「否を付けた票が多い場合、
三道省特例法に含まれる皇に対する脅迫、および暴力行為と判断し処罰を決めます。
この場合危険因子となる一族は即刻打ち首。
徳川家は日ノ本が続く限り朝敵として歴史に刻まれるでしょう。」
皇を頂点する日ノ本に置いて
皇の危機=国の危機であるため法務省を介する工程を飛ばして
速やかに排除する権利、三道省特例法というものがある。
この権利は本来皇のみが所有しているが
皇が不在の場合は三道省へ権利が移され多数決で判決が決められる。
(嘘はつかずにやれることはやったはずだ・・・。)
各々が悩み、お膳の上に置かれた筆が動かない中、
格が低い奥の席の長たちはすぐさま職員に提出していく。
「焦ることはありませんので、深く考えた上での回答をお願いします。」
格の高い長たちは古くからその一族が勤めていることが多いが
格の低い長たちは入れ替わりが激しく、新参者も多い。
国學館へ移ったため、徳川さんとの繋がりが薄く客観的に事件を捕えられるため判断が速いのだろう。
重い筆に手をつけ始めた者も出てきて続々と票が集まっていく。
隣にいた千夏さんのことが気になり横目で確認すると目を瞑り、
静かに佇んでいるように見えるが握られた手は震えており、
死に対する恐怖に耐えているのが見て取れた。
「・・・・・・・・・。」
徳川さんとの約束を思い出す。千夏さんを守ってやってほしいと。
判決を覆せるほどの力は俺にない。
そんな無力な俺にできることは・・・
「・・大丈夫です。」
振るえる手を覆う様に握り、励ますことだけだった。
「・・・・・・!!」
手を握られ、驚いた表情で俺の方を見る千夏さん。その手は冷たく、恐怖が全身を支配していた。
「・・・ありがとう。」
俺の励ましに応えようとこちらに笑顔を向けてくるが寮で見た笑顔とは全く別物の
ぎこちない笑顔だった。
(俺に・・力があれば・・・。)
大切な人を守れない。
自分がいかに無力なのかを実感する。
楓の事もそうだ。俺が油断しなければあんなことにはならなかった。
戦わなければならない強大な敵の片鱗を味わい自分に何が足りないかはっきりとして来る。
腕前、権力。他にも数えたらキリがないだろう。
(・・・情けない。)
今は千夏さんの手を強く握る事しかできない自分がひどく情けなく思えた。
「・・・集まりましたね。」
全ての票が集まり、集計が始まる。
可か否か。読み上げられた票の合計が職員によって記録されていく。
定兄は劣勢と言っていたが聞いている限りかなり互角であり
今の所ほぼ同票と言っていいだろう。
「・・・・・・・。」
共に聞いていた千夏さんは手を開き俺の手を握ってきた。
手には冷や汗をかいており、強く速く刻まれている
心臓の鼓動を感じるほど緊張をしていた。
「投票数は四十五。」
同票はない。これで結果が決まる。
緊張の面持ちで土御門の次の言葉を待つ。
「・・・・可が二十二票。否が二十三票。
これにより、徳川家を朝敵と見なすことが決定しました。」
そして・・・口を開いた土御門から放たれる残酷な結果が俺達の耳に届いた。