第四十三話 親父の苦悩
親父と定兄が病室へ入ってくる。
入ってきた時の俺を心配する言葉とは裏腹に二人の表情は真剣であり、
どこかイラつきをまとっていた。
「ど、どうしたの・・・?」
それを見た俺は動揺してしまい思わず何があったか聞いてしまう。
「何もない。それより体は大丈夫か?」
どう見たってイラついている親父。それを見て定兄はため息をついている。
「親父、龍穂に当たるなよ。何も悪くないだろ。」
「・・すまん。」
「まだ足が痛むけど、大丈夫だよ。」
「そうか。とにかく無事でよかった。
お前が大けがをして意識が無いって聞いて心配したんだぞ?」
親父を諫め、改めて心配してくれる定兄。
「ごめん・・・・。」
「何で謝るんだ。龍穂は何一つ悪くない。良く生きて帰ってきてくれた。」
こちらこそごめんと俺の頭を撫でてくれる。
それを見た親父も肩を叩いて俺の生還を祝ってくれた。
「・・二人とも。兼兄がどこにいるかわかる?話しを聞きたいんだ。」
神道省にいる兼兄が所属している部署は分からない。
だが、二人が兼兄と直接連絡を取っている所を何回も見たことがある。
この二人であれば、兼兄の居所が分かるはずだ。
「・・・・・・・・・・。」
俺の問いを聞いた二人を顔を合わせ大きなため息をつく。
「・・本当ならあいつをこちらに呼んで話しをさせてやりたい所だが、大事な仕事中でな。
今すぐには会わせてやれない。」
親父は兼兄の居所すら話してくれないが、今すぐと言う言葉は前置きの様に感じる。
「・・・・・今すぐじゃなくていいんだ。聞かなきゃいけないことがある。」
話すことためらっている二人から引き出すように俺は改めて兼兄に会いたいと伝えた。
「・・龍穂の気持ちは分かった。兼定に会わせることはできる。
だが・・・それには条件がある。」
俺の顔を真剣な表情で見つめる親父に対して深刻そうに顔を手で覆いうつむく定兄。
「三道省合同会議に出席してもらいたい。もちろん俺と定明と一緒にな。」
三道省合同会議。高官達の中でも
さらに位の高い省内の部所を収める一族の長たちが集まる会議。
三道省内の問題や、今後の進路を決める大切な会議であり
日ノ本の政治にまで影響されると言われている。
神道省の長である皇に仕えている親父が出席するのは理解できるが、
なぜ俺が出席しなければならないのだろうか?
「今回の騒動、仙蔵さんが犯した罪は相当重い。
三道省主催の試合を壊し、高官達や若い生徒達を巻き込んだ。
それに・・・・、あの場にはお忍びで皇が試合を観戦しに来ていたんだ。
お忍びとは言え傍から見たら逆賊。
今回の会議で徳川家を朝敵と見なすか否かの判断が下されようとしている。」
あの場に皇が・・・・。
血のつながりがある純恋の試合を見に来ていたと言えば筋が通る。
「極秘の訪問だったとはいえ、事が事だけに言い逃れは出来ん。
朝敵と見なされれば一族打ち首、事件とは無関係の千夏ちゃんが
罪を背負い命を落とすことになるだろう。」
「この一週間、親父と俺は何回も会議に出席して朝敵の決定に異議を唱え続けているんだが
神道省の有力一族と魔術省の長の席を狙う勢力相手に分が悪くてな。
議長である皇も姿を見せず、このままだと本当に打ち首になってしまう。
何とか話を平行線に持って行っているが、
かけている決め手を補おうと事件の被害にあった参考人の出席を求められた。
仙蔵さんは死亡しているため、当然不可能。
楓は無理だとして龍穂と純恋ちゃん、その従者である桃子ちゃん。
そして本人である千夏ちゃんも出席させるつもりだ。」
三道省合同会議には代表者ともう一人出席できる。
信頼のおける部下を連れてくる者もいるがうちの場合は次の長になる予定の定兄が
大学入学のタイミングで親父に同行していた。
「皇と仙蔵さんは旧知の仲だ。朝敵などにはさせないだろう。
本来であれば皇の出席までの時間を稼ぎきるつもりだったがそうはいかなくなった。
龍穂の意識が戻ったと知れば、なんとしてでも出席させるだろう。
・・・龍穂。お前の仙蔵さんに対する素直な感想を聞きたい。」
親父達は真剣な顔で俺の答えを待っている。
傍から見れば、徳川さんに命を狙われた俺からはマイナスな意見しか出ないと思うだろう。
その意見を朝敵と見なしたい勢力たちは狙っており俺達の出席を求めているようだ。
「・・確かに徳川さんからは命を狙われて、足に穴を開けられた。」
あの時起きた事実を二人に述べる。
決して遊んでいるわけでは二人の反応を伺うための一言だったが、二人の表情は崩れない。
「だけど、その戦いの全てが俺を成長させようとしてくれている様に感じたんだ。
そして・・・最後は俺を助けてくれたんだ。」
「それじゃ・・・・。」
定兄が俺の答えを待ちきれないと言わんばかりに聞いてくる。
「約束したんだよ。千夏さんを助けてくれと。俺はその約束を果たさなきゃいけない。
行くよ俺。その会議に。」
定兄が言っていた。徳川さんは亡くなったと。
恐らくあの場に残っていた兼兄がその姿を見届けたのだろう。
徳川さんの手によって楓が助かったかどうかわからないが、約束は果たさなければならない。
もし親父達が来るなと言っていたとしても無理やりその場に同行しただろう。
「よし!これで徳川家を・・・!!」
俺の意志を聞いた定兄は喜びの笑顔を親父に向けるが表情を変えることはない。
「いや、奴らは龍穂の意見だけで丸め込めるほどやわじゃない。
龍穂がそう発現してくれたらこちら側が多少有利になるが、
仙蔵さんがやったことが変わるわけじゃないからな。」
親父の言う通り、俺がどう話しても朝敵と見なされる出来事が消えるわけじゃない。
「議長が議場に現れず、決定が困難な場合はその場の多数決によって決定される。
龍穂のおかげでこちらに流れを持ってこれるだろうが、
結局の所皇を引っ張り出さなければ意味が無い。」
全ての決定権は皇が持っている。
俺がいくら頑張っても反対している長たちの意見を覆すことは難しいだろう。
「だが、これで少し時間が作れる。
三時間後に開かれる会議までのわずかな時間でどこにいるかわからない皇の探す猶予はないと判断し、
少しでも会議を長引かせようと考えていたが嬉しい誤算だ。」
そう言うと親父は席を立ち、扉へと向かい始める。
「兼定。風太に連絡を取り、龍穂の制服を持ってきてもらえ。
そして会議が開かれる神道省まで連れて行ってくれ。」
「親父はどうするんだ?」
「俺は空いた時間で出来る限り皇を探してみる。
思い当たる所はあらかた調べたが、戻ってきているかもしれん。」
扉を開け、振り向きながら横目で俺を見てきた。
「・・龍穂、感謝する。あの人に足を向けて寝れないほど恩がいくつもある。
事件を聞いた時、龍穂の事も含め気が気でなかった。
お前が生きていたと聞いて胸を撫で下ろしたよ。」
親父の本音。
俺達息子達の前で決して弱音を吐かない人なので語った内容に驚いてしまう。
「もうすでに聞いたかもしれないが、龍穂の父親の里親をしていた人だ。
国學館に転校する事に最後まで悩んだが、
仙蔵さんなら龍穂の事を決して傷つけないと預ける判断をした。
だが、今回の事件で全てが覆された。
巻き込んでしまった龍穂には申し訳ないと思っている。」
親父の謝罪にさらに驚き、まともな返答が出来ずにできなかった。
「何故仙蔵さんがこんなしたのか、見当がつかない。
息子同然の”龍彦”を殺した男に手を貸すなんて何か事情があるはずだ。」
親父との会話の中で出てきた名前。どうやら俺の父親の名前のようだ。
「龍穂を生かすためにも、その事情を知る必要がある。
そしてその手掛かりを持っているであろう千夏ちゃんを助けなければならない。
俺はそのためになら何でもする気だ。とにかく時間ギリギリまで皇を探してくる。
兼定がいれば奴に探させるんだが・・・おそらく俺と同じで皇を探してくれているんだろう。
二人共、もし俺が間に合わなかった時は頼んだぞ。」
いざという時は頼むと俺達に頼んだ親父は病室から出ていった。
「・・イライラしていた正体が分かったな。」
閉じられた扉を見ながら定兄は呟く。
「正体・・?」
「余裕がなかったんだ。
悩んだ末に送り出した大切な息子が襲われている。
しかも襲った相手が信頼していた恩人だったなんて親父も気が気じゃなかったんだろう。
しかも楓が襲われ、どこにいるかわからない。
加藤家の人達はこれも楓の使命だって言っていたけど親父は内心後悔していたんだろうな。」
信用していた人の裏切りに息子である俺の怪我や
従者である楓が生死が不明と言う報告は親父に重くのしかかった事だろう。
(毛利先生が教えてくれたことを伝えるべきか・・・。)
楓の事は定兄も心配なはず。
少しでも心にゆとりを持たせるために伝えるべきかと悩んだが、生死がまだ分からないだ。
もし伝えたとしても、最悪の状況だった場合ただ落ち込ませるだけだろう。
(・・それは俺も同じだな。)
むしろ深く落ち込むのは俺の方だ。
何が起きてもいいように、俺だけの心にしまっておいた方がいい。
「それに兼兄も帰って来てはいるみたいだがどこかに姿を消した。
あの人の事だから自分がやるべきことをやっているだろうけど
一言ぐらい声をかけてくれてもいいよな。」
「定兄はその・・・色々心配じゃないのか?」
「ん?心配だよ。
でもな、やれることは全てやっている。後は作った流れに身を任せながら頑張るだけだよ。」
定兄の精神的な太さはいつも感心する。
少しのんきな所もあるが今のような切羽詰まった事態にも動揺せずに
肝を据えて堂々とする姿は見習いたい。
「さて、俺は風太に連絡を入れてくる。ここじゃ電波が届かないからな。」
定兄も病室を出ていく。
再び青さんと二人っきりになり、沈黙が流れた。
「青さん。徳川さんのお話を聞かせてはいただけませんか?」
親父はお世話になったらしいが
俺にとって徳川さんはあまり深い関係ではなく人となりが見えてこない。
師弟関係だった青さんだったらよく知っているだろう。
この会議の前にできれば話を聞いておきたい。
「・・奴は心優しき奴じゃった。
いつも笑顔を絶やさず、争いは好まない。そして魔術の技術はピカイチで器用な奴じゃった。」
足元に座り、そのままベットに寝そべり天井を眺めながら語ってくれる。
「お前の祖父とは仲が良く、幼い父親の龍彦を預けられるほどの信頼関係を築いておった。
奴はその祖父、そして龍彦の死を経験したからの。その無念からか深く賀茂一族に関わってくれた。
深くかかわりすぎたからこそ、賀茂忠行に関わってしまったのかもしれん。」
親子三代、ずっと俺達を支えてくれた人の裏切りを青さんも受け止めきれてはいないようだ。
「わしも兼定に会って聞かなければならんことがある。」
「青さんも兼兄に・・・?」
「交流試合での襲撃は仕組まれたものじゃ。だがな、兼定があの襲撃を知っていた可能性がある。」
兼兄が・・あの襲撃を知っていた?
「な・・んでですか?兼兄が知っていたなんて証拠は・・・。」
「無い、とも言いきれん。
実は龍穂が起きる数日前に純恋達と会ってな。わしたちと離れていた時の話を聞いたんじゃ。
別の場所に引きずり込まれ戦っておったらしいが兼定はそのどちらにも姿を見せておらんかった。
本人は敵の襲撃にあっていたと言っていたらしいがその亡骸があったなんて報告は聞いておらん。」
純恋達と同じように姿を消した兼兄が何をしていたか確かに分からない。
「でも、本当に戦っていたんじゃ・・・。」
「それにしては戦った跡を体に残しておらんし何より魔力神力の消費が無さすぎる。
別の場所で戦っていたというのは嘘だろう。」
「じゃ、じゃあ兼兄も俺達を裏切ったってことですか・・?」
「そうではない。奴がわしたちを手にかけるタイミングはいくらでもあった。
何を企んでいるかわからないが、兼定はわしらを生かそうとした。それは仙蔵も同じ。
龍穂も感じたはずじゃ。仙蔵があえて自分が不利になるように戦いを仕掛けていたことをな。
もし二人が通じ合っており、仙蔵を殺すように仕向けていたのなら訳を深く聞く必要がある。」
賀茂忠行は俺を殺し、寿命を延ばすことが目的だ。兼兄が敵であれば俺に手をかけない理由はない。
(家族まで疑いたくない・・・。)
兼兄が何を企んでいるかわからないが、
家族まで疑い出したら俺は何を信じればいいのだろう?
「あまり深く考えるな。これは兼定がこちらの味方だという前提での話だ。
今回の一件、兼定が全てを握っておるとわしは見ておる。
だからこそあいつに会わなければならん。」
行動自体は俺達の味方。だが何か引っかかることは確かだ。
その正体を露わにするため、そして楓がどうなっているかを確認するために
兼兄には会わなければならない。
(そのためにはまず、千夏さんを助けなきゃな。)
親父が兼兄も皇を探していると言っていた。
二人がすぐに皇を見つけてくれればよし。
もし間に合わなければ俺達が頑張って千夏さんを打ち首にさせないようにしなければならない。
気合いを入れつつ、定兄の到着を待った。
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