第四百十一話 千夏が見た景色
地上に降りた千夏の周りには鱗を持った妖怪達の死体が転がっている。
それはここで激しい戦闘が行われた証だった。
「・・・・・・・・・。」
辺りに漂う血の匂い。その強烈なにおいに純恋は思わず口を服の裾で覆う。
ここが戦場であることを千夏は改めて自覚する。ここには死がある。鮮明で、確実な死。
おそらく・・・奥にいる白の部隊と戦った。いや、体についている傷跡を見ると
一方的にやられたのだと理解する。
『流石じゃな。奴らは戦い方を知っている。』
『戦い方・・・ですか?』
『生き物はどうやれば息絶えるかを理解しているんじゃ。
最低限で最高の結果を手に入れる術を知っている。』
恐ろしくも、目を背けてはならないと千夏は死体を眺めると、一つの違和感を覚える。
(傷が・・・同じ・・・・。)
血で塗れたコンクリートを歩く千夏には、倒れた妖怪達についた傷がほぼ同じ見えた。
人類が進化の過程で生み出した武具である刃物での切り傷ではない。
近代化によって生み出された人類史上、もっとも命を奪った武器と言っても過言ではない
小銃が放った弾痕でもない。
それは・・・多くの動物が持つ武器。ここまでの過程で人類の命を多く奪ってきた
もっとも原始的な武器。
『牙跡じゃな。』
深い牙跡が妖怪達の急所を的確に貫いている。もしかすると白の式神達に
やられたのかもしれないが、それにしては他の傷が無さすぎる。
「・・すさまじいですね。」
この傷をつけた持ち主が近くにいる。おそらく味方だろうが、万が一がある。
白との距離は離れており、龍穂はここに来れないので援護には時間がかかる。
もし襲われればひとたまりもない。心に抱いた不安の染みは、瞬く間に広がっていく。
『安心しろ。敵ではない。』
『分かっていますが・・・。』
ちー達との合流を果たすために千夏は降りてきた。だが、思わぬ恐怖は足に枷をはめる。
ゆっくりと、足を音を立てず慎重な歩みを進めていく。
額には玉のような汗をかき、青龍の言葉は脳に届いていない。
「・・・・・!!」
死体が転がる街に、物音が響く。何かが崩れる音。強い風も吹いておらず
その音に千夏は大きく反応する。何もいない。振り返った千夏の視界がそう伝えてくる。
「ふぅ・・・。」
大きなため息をつき、何事も無かったことに安堵した瞬間。
頬をそよ風が撫でると、千夏の視点は真っ青になった。
「!!!!」
反応できなかった。体が反射もしなかった。
体を動かそうとするが、両腕を押さえつけられていて立ち上がる事さえ出来ない。
(マズイ・・・。)
白の部隊が敵の攻撃から伏せるために咄嗟に押さえつける事はある。
だが、歴戦の戦士達が体が不自由な形で押さえつけるなんてことはしない。
龍穂達に情報を与えるため、何に襲われているのかを確認しようと頭を動かそうとしたが
その正体が自ら視界に現れた。
「・・・・・・・・・。」
白い獣。大きな目と口。自分の体の倍以上に大きな獣が顔を覗かせる。
そして・・・首に口を近づけてきており、このままであれば妖怪達と同じ末路を迎えてしまう。
『・・青さん。』
神融和を行っている青龍に向けて助けを求めるが、反応は無い。
まさかこんな所で自分を見捨てるなんてと思わず心の中でつぶやいた時。
生暖かく、ざらざらとした感触が頬を襲った。
「へっ・・・?」
大きな獣が自らの頬を舌で舐めている光景に、千夏は頭が真っ白になる。
以前祖父の家で飼っていた犬を思い出すほどに甘えてきている。
「・・ゆー。嬉しいのは分かるけど遊ぶのはやめな。」
そして聞こえてきた聞き慣れた声。近くで足音が聞こえると、
ちーの姿が視界に入るが獣と融合したような出で立ちだった。
「えー。面白かったのに・・・。」
自分を押し倒した獣はなんと人の言葉をしゃべりながら優しく離れていく。
その声色にも聞き覚えがあり、よく知る親友の声色そのものだった。
「ごめんね。ちょっと立て込んでいてさ。」
謝りながら手を伸ばしてきたちーの手を握り、起こしてもらおうとするが
体を近づけた瞬間、深い血の匂いが鼻の奥まで入ってくる。
見るとちーの口元は血で滲んでおり、獣の姿のゆーも同様だ。
この光景。白の部隊達がなぎ倒したと思っていたが、ちー達が全てなぎ倒したと
千夏は理解した。
「・・本当に獣の姿になれるのですね。」
「ペンダントを外して、私らも制御を外したからね。」
過去の人体実験で得た獣の力。不完全な魂魄融合を安定させるための装備である
ペンダントを外し、自らの体にかけている封印術を開放すると獣の姿に近くなってしまう。
千夏達と別れ、百鬼夜行の妖怪達を狩っていた様だ。
「それで・・・何かあったの?」
ゆーに封印術をかけたちーが千夏に尋ねる。
「寮が襲われました。出来ればそちらに増援をお願いしたいのです。」
「増援か・・・。見てもらえれば分かるけど、こっちもかなり戦力を投入してる。
まだ出せる事には出せるんだけど・・・出来れば温存したいのが本音だ。」
仕掛けてきたとはいえ、敵の戦力が全て戦場にいるとは限らない。
むしろ貴人のみが出てきた現状を考えると、まだまだ手札を残していると考えるのが自然。
「それでもです。あそこには・・・”安倍晴明の亡骸”があります。
厳重な警備が敷かれているのは知っていますが、万が一を考えれば
増援を送っておいた方がいいのは分かるでしょう?」
「それは・・・そうだけどさ・・・。」
「まあまあ。ひとまず姉さん達に報告がてらダメ元でお願いしてみれば~?
ここで私達の独断で貴重な意見を潰す方がマズいでしょ~?」
内情を知っているちーは千夏の提案に渋るが、ゆーの意見を聞いて考えた後
ヘッドセットで連絡を取る。
「・・ありがとうございます。」
「お礼は良いよ~。お互い様だからね~。」
軽く連絡を取った後、どうにかすると返事が返ってきて千夏は胸を撫でおろす。
「何とかするってさ。それにしても安倍晴明の死体か・・・。」
「蘆屋道満の例があります。もし復活などされた時にはかなりマズいかと。」
死者との戦いを経験している千夏達にとってしてみれば、過去の偉人の死体があるだけでも
脅威と感じてしまう。そして貴人と戦う龍穂からの情報となれば、
”安倍晴明の復活”を狙っているのは確定したといっていい。
「厄介だね。竜次兄さん達に向かってもらっている。」
「・・海からの脅威の防衛線を捨てたという事ですか?」
巨大な化け物達を食い止めていた竜次達が退いたとなると、防ぐ者がいなくなるのは当然。
あれを食い止めなければ都市が踏みならされ、元のただの平野となってしまう。
「平将門の力を借りているらしい。あの神様なら時間稼ぎは出来ると思う。」
「時間稼ぎ・・・。本命が他にあると?」
千夏の問いにちーは大きく首を縦に振る。
互いの戦力を隠しながらの攻防は、お互いの長所を生かした中盤戦の様相を見せてきていた。
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