第三十五話 招かれた龍穂達
どれくらい歩いただろうか?
照らされている洞窟の中を歩いていると時間間隔が失われていき、
どこから何に襲われるかわからず警戒を怠ることが出来ずに精神を消耗していく。
「なんやこれ・・・。」
唯一の変化点。
無造作に削られた岩壁に規則ある模様が生まれておりその姿はまるで古代の遺跡の様だった。
「・・・近いな。」
兼兄がぼそりと呟く。
「敵の本陣が近づいてきた。本格的な戦闘に備えるためどれだけ力を残しているか教えてくれ。
試合を見させてもらっていたからおおよそは把握しているが精神的な疲弊は感じ取りにくい。
無理をしては命を落とす可能性も十分にある。素直に答えてくれ。」
敵の数がどのくらいいるのかわからないが、
これだけ長い道で一人も遭遇していない所を見るとあまり多くはない、
もしくは一か所に数を集めている可能性が高いだろう。
兼兄もそう考え、各々の配置転換を決めるためにどれだけ力を残しているか尋ねてきた。
「俺は大丈夫。楓からもらった薬丸飲んだからな。」
「私もや。」
俺と桃子は試合の途中で回復を挟んだので消耗は比較的少ない。
「私は大屋津姫命の力を使ったので神力が少なめです。
後、龍穂さんは大丈夫とおっしゃいましたが
あれだけの大魔術を使ったのであまり頼りにしてはいけないかと。」
楓が俺の状態を冷静に観察してくれており、魔力量の少なさを指摘してくれる。
「・・龍穂は力の変化が著しい。
力の消耗を体は反応してくれていないのかもしれない。
楓、よく知らせてくれた。従者として龍穂に寄り添ってきた証拠だな。」
自らの役目を果たしたことを褒めるために頭を撫でる兼兄。
八海を出て長いが、帰ってきた時には俺と一緒にいる楓を妹の様に接してきた。
「んん・・・。」
突然褒められた楓は恥ずかしそうに兼兄の手を払いのける。
楓にも姉と兄がいるが、二人とも比較的寡黙であり
面と向かって褒めている所をあまり見たことが無い。
なのでこういった姿を見るのはなんだか新鮮だ。
「さて、後は純恋ちゃんだが・・・・。」
「お察しの通りや。
すっからかんとは言わんけど仕えても精々敵の一人を燃やし尽くす程度。
戦力にならんと思ってもらってええで。」
俺との戦いで力を消耗しきっている純恋。
転移を使う敵がいる以上、いつどこから敵が襲い掛かってきてもおかしくないため
別行動はリスクが高い。
かといって戦う力を持たない人間が戦場に足を踏み入れれば足手まといは確実だ。
「護衛である桃子ちゃんがいる限り純恋ちゃんに危険が及ぶ可能性は低い。
俺や龍穂は前、中、後衛をこなすことはできるが
全体のバランスを考えた時、完璧に後方支援を行える純恋ちゃんがいてくれるとありがたい。」
純恋以外が持つ得物は小刀や刀などの接近戦を行うための武器であり、
強力な魔術を使える純恋が敵への接近をサポートしてくれると非常に助かる。
純恋の重要性を話しながら兼兄は懐に手を潜らせ何かをとりだした。
「これを飲んでくれ。」
純恋に手渡したのは瓶に入った透明な液体。
「なんやこれ。」
「これは霊水。匂いは多少きついが飲めば魔力神力ともに大きく回復する。」
力を回復する類の道具は大きなデメリットが生じる。
楓の力玉の様に戦闘に支障が出てしまうほどのものや最悪の場合、命を削るようにものまである。
「・・・本当か?」
そんなことがあるはずないと純恋が兼兄に聞き返すのも無理はない。
強い匂いだけで大きく回復の出来る薬が本当なのであれば相当有用な薬だ。
「ああ。これは何十年と長い年月をかけて作り上げることが出来るかなり希少な薬だ。
いつ何が起きてもいい様に一本持ち歩いているんだが
先程も言った通り、この先の戦いは純恋ちゃんがいる事によって俺達が有利に立ち回れる。
回復の薬として破格の効果に疑いたくなる気持ちは分かるが、
君の身に何かあった場合、俺がただじゃすまないのは知っているだろう?
龍穂達のため、そして純恋ちゃん自身のためにも俺を信じて飲んでほしい。」
兼兄の説得を聞いた純恋は少し考えた後、蓋を開けて鼻を塞ぎながら瓶の中身を喉に流していく。
「ん・・・!!」
匂いは何とかなったようだが突然お腹を押さえ蹲ってしまい、それを見た桃子がすぐに駆け寄った。
「純恋!!」
大丈夫かと背中を擦ろうとした時、いきなり純恋は立ち上がる。
「なんや・・これ・・・?」
数えられるほど短い時間だったのにも関わらず、
俺達が感じられるほど純恋の力が回復しており直に実感して驚きを隠せないようだった。
「胃に入った途端、焼けるような感覚に陥るが効果はてきめんだろう?」
「すごい・・・けど飲んだ後の感覚が分かるんなら早めに言えや!」
「ははっ!すまんすまん。とにかく飲んでもらいたかったんだ。
だけどこれで純恋ちゃんも戦える。後は青さんだが・・・。」
会話に参加せず、洞窟の壁面を撫でながら観察している青さん。
「・・・わしなら大丈夫じゃ。」
こちらに気が付いたようだが、心配はいらないと一言返したのみで壁から目を離すことはなかった。
「青さんも楓ちゃんと一緒に神術を使っていたはずです。
であれば、神力は残り少ないのではないのですか?」
「馬鹿者、わしは龍じゃぞ。人間と一緒にするでない。
それにわしの体に貯めた力が無くなろうともそこにいるガソリンタンクから吸い上げれば問題ない。
もし仮に龍穂の力が尽きたとしてもあと一つある力玉を飲めばいい話じゃ。」
聞き耳は立てていたようで簡潔に答えてくれる。
(ガソリンタンクって・・・・。)
話しが早くて助かるが、言いかたをもう少し考えてほしいものだ。
「そうですか、分かりました。」
隣にいた楓が小さな巾着袋を手渡してくれる。
中を見ると青さんの言う通り、力玉が一つだけ入っていた。
「これで大丈夫だな。
龍穂と楓ちゃんが前衛。純恋ちゃんと桃子ちゃんが後衛だ。
俺はみんなの間に入り、サポートに回る。
その場の状況で攻めれると判断すれば当然前に出るから俺の指示を聞いて立ち回ってくれ。」
戦いの準備を終え、再び歩き始める。
真面目というか・・こんなに真剣な兼兄を見たのは初めてかもしれない。
再び警戒をしながら歩いていくと洞窟の先を照らしていた炎の光が壁にぶつかる。
「これは・・・・・・・。」
光は岩壁を照らしているがその中央には鉄で作り上げられた大きな扉が付けられている。
「こりゃ・・この先も転移させたみたいだな。」
まるで埋められたようにそびえ立つ扉は明らかに周りに馴染んでおらず
俺達同様にこの扉、そしてその奥の部屋までも転移させたようだ。
「少し様子を見る。そこで待っていてくれ。」
足音を立てずに扉に近づいていき、ゆっくりと耳と手を扉に押し当てる。
見るからに分厚い扉は奥の部屋から聞こえてくる音を全て遮断するだろう。
「・・・・・・・・」
無意味に見える兼兄の行動。手には力が入っているが扉はびくともしない。
あの大きさの扉を力技で開けるにはさすがに無理がある。
そんな無駄な事を兼兄がするわけがない。
魔術などの罠が仕掛けられていないか確認している様だ。
「・・今から扉を開ける。何が起きてもいい様に準備をしておけ。」
そう言うと黒い手袋を取り出し右手に付け人差し指を鍵穴に付ける。
まるで何かを探るように目を瞑りゆっくりと右手を捻ると扉から鍵が開く音が響いた。
「・・・よし。」
一体どうやって鍵を開けたのだろうか?
よくわからずに兼兄を見ていると、鍵穴から引き抜い指が一瞬鍵状に変化していたように見えた。
これだけ大きな音が響けばこの扉の先にいる人物は俺達が近くに来ていることに気が付いている。
このまま何もせずに扉を開ければ奇襲されることは目に見えている。
「兼兄、どうする?」
このまま素直に入っていいものかと兼兄に尋ねると
迷うことなく答えを返してくれた。
「入ろう。何が待っていたとしても俺達は進むしかない。」
例え罠を仕掛けられていたとしても、全て踏み抜いてでも進まなければならない。
俺達を扉から離したのも、何かあった時に最低限の被害で済ますための判断なのだろう。
「龍穂。前に行ってくれ。何かあっても俺がカバーする。」
想定していた陣形を組み、扉を前にする。
なんも変哲もない扉からは重圧を感じ、この先が死地であることを体が感じている。
「・・・いくぞ。」
合図を贈り、両手で扉を開ける。
軋んだ音を立てながら扉が開いていくが、中から光が差し込むことはなく暗闇が広がっていた。
兼兄が出している炎が俺達を導く様に前を照らしてくれているがある違和感を覚える。
下が綺麗に削りだされた木製の床であり、先ほどまでとは違いここが屋内である事が見て取れた。
炎の光は弱く、部屋の奥まで照らすことはできないが
背丈が大きい何かが綺麗に立ち並んでいることだけは理解できる。
俺達との戦いを有利に立ち回るための障害物なのだろう。
これだけ暗ければ身を隠すことは容易であり視界を確保できない中での奇襲は
心身ともに大きなダメージを覚悟しなければならない。
「・・出てこい!来てやったぞ!!」
障害物はあるものの誰一人として姿を見えないこの状況に痺れを切らした兼兄は叫ぶ。
扉を超えた後、この部屋に閉じ込められる可能性もある。
まだ扉を超えていないこの立ち位置で声をかけることで敵の思惑を少しでも引き出そうとしている様だ。
「・・・よくぞいらっしゃいました。」
兼兄の言葉に応えるように年季の入った男性の声が部屋に響く。
「!!!」
その声に全員が反応し、得物を構えた。
「ああ、そんなに敵意を向けないでください。少しお話をしたいのです。」
指を鳴らした音が聞こえると、まばゆい光が俺達を包む。
「くっ・・!!」
先ほどまで暗い道を歩いていたせいで光に弱くなってしまい目の前で手で覆ってしまう。
明らかな隙を作ってしまい不意打ちを覚悟するが攻撃は何一つ飛んでこず、
慣れてきた目で光の居所を探る。
俺達を照らしていたのは天井に吊り下げられた大きなシャンデリアであり、
予想以上に広い部屋を照らすために何台も吊り上げられている。
「お待ちしておりました。」
声の主が俺達に深々と頭を下げて歓迎している。
「あなたは・・・・・・。」
先程声を聞いた時は緊張もあったのか誰だか判断できなかったが、
歓迎してくれた声は俺達はいつも温かく見守ってくれていた人物。
「徳川・・・・校長?」
長い杖に握った徳川校長の姿があった。
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