第三十四話 疑い
暗い洞窟の中を歩く。未だに頭の整理はついていないが、
どこかわからないこの場所を歩くことで少しずつ実感してきた。
兼兄は転移と言っていたがその言葉通り、
俺達がいた部屋がこの洞窟の壁に埋め込まれる形で飛ばされていたようで、
元いた会場の姿どころかここが日ノ本かさえ怪しいと思えるほど見たことのない景色の中を歩いていた。
「・・・一つ確認したいんやけど。」
無言で歩いている中、純恋が口を開く。
「ん?どうした?」
「アンタ、任務って言ったよな?
アンタの地位を考えれば個人で任務の発令ができるのは理解できる。
俺達もいずれ行う三道省が発令する任務は緊急で地方自治体や高官の現場の判断などで
発令することもあるが、基本的には三道省の各部署の長官が承認した上で発令になる。
やけどアンタの”立場”がそうはさせんはずや。そこらへんどうなんや?」
純恋が意味深な質問を尋ねる。兼兄が神道省でどのような仕事をしているか、俺も気になっていた。
「大丈夫だよ。上も理解はしてくれる。最も、この任務自体は俺がここ来る”以前”から発令していた。」
回答を聞いた純恋は歩みを止め、兼兄を睨みつけながら得物である薙刀を札から取り出す。
「・・・私達がこんな風になるってことを分かっていたちゅうんか?」
以前からは発令していたという事は、
俺達がここに飛ばされる事を神道省は分かっていたという事を示している。
その上で兼兄は俺達を放置し、ここに連れてきたという事だ。
「そう言う事じゃないんだがな・・・・。」
言い訳をしようとする兼兄。
純恋は今にも薙刀を振るい、襲おうとしているが隣にいた青さんが阻むように手を前に出し止めに入る。
「兼定。純恋にも話したらどうだ?
会場におったのに試合を止めようとしなかったのは端から巻き込む気だったのだろう?」
青さんが一度俺の方をちらりと見てから兼兄に尋ねた。
「・・言いかたが気に食わないですが、そうですね。
どちらにせよ、ここから出た後には言おうと思ってましたんで遅かれ早かれですか。」
内容はよくわからないが兼兄は青さんに承諾し、俺の方へ向く。
「龍穂。純恋ちゃん達にお前が国學館に入学した経緯と理由を話してやれ。」
「・・・え?」
「そうすれば、今起こっていることに対して少しは納得してくれるだろう。」
「でも・・それじゃ・・・。」
「大丈夫だ。俺を信じろ。
龍穂も何も知らないまま巻き込まれた純恋達を連れていてもいい気分じゃないだろう?」
青さんも無言で頷き催促して来る。
「なんや龍穂。グルだったってことか?」
「いや、違うんだけど・・・。」
純恋がすごい形相でこちらを見ている。
もう逃げ道はないと決心し、俺が置かれている状況を純恋達に話した。
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「・・・・それ、ほんまに言っとるんか?」
二人は信じられないと目を丸くして俺の話を聞いてくれた。
「ああ。今まで実害がほぼなかったけど
偽物の毛利先生が言っていた異形の鬼は八海に出てきた奴と特徴が一致してる。
恐らく、俺達を転移させたのも祖先の仲間達なんだと思う。」
必死に説明をしたが、信じてくれないのも仕方がない。
何故なら俺だって実感が無いのだから。
「龍穂の話は本当だ。そしてこの襲撃は、奴らが本気で龍穂を仕留めに来たという証。
純恋ちゃん達をここまで早く巻き込む気はなかったが、
こうなったしまったら話は別だ。龍穂に手を貸してほしい。」
兼兄は純恋達に向けて頭を下げる。
本来であれば真っ先に頭を下げなければならないのは俺であり、
その姿を見て急いで二人に向けて頭を下げた。
「・・まあ、龍穂を助けられるんならええ————」
快く承諾しようとしてくれる純恋を手で遮り、
腰に下げた得物を柄に手をかけ警戒した桃子が声を上げる。
「ダメや。純恋を危険な目に合わせるのはアカン。
そもそもなんのメリットも無いのに命を狙ってくる相手と戦わなあかんねん。
この話は無しや。」
もっともな意見で話を遮り、俺達の頼みを断ってきた。
虫が良すぎる話だ。従者として主君を守る役目を担っている桃子からしたら当然の判断だろう。
「・・・そうだよな。」
納得せざるおえないと言うか、俺に残された選択肢は桃子の意見を飲み込むことしかない。
「釣り合うメリットがあれば、良いんだな?」
だが兼兄は下がるどころか、怪しい笑顔を純恋達に向けて浮かべていた。
「純恋ちゃん。龍穂と協力してくれる代わりに東京校への転校を掛け合ってみよう。」
兼兄は既に交渉材料を持っていたようでその言葉を聞いた純恋を目を大きく見開き、兼兄を見る。
「ほ、ほんまか!?」
「ああ。京都校にいる実力不足の三道省の高官達の近くに置くよりか、
純恋ちゃんに勝利した龍穂がいる東京校に転校したほうが良いと今日の試合で上も判断するだろう。
後はそれを誰が推薦するかだが・・俺ならその役目を果たせるはずだ。」
兼兄は二人の元へ歩いていく。
「伝統ある京都校の頭が凝り固まった教師共より、
実力者を輩出するために設立された東京校の教師達の方が二人の役に立つはずだ。
純恋ちゃんはもちろん、桃子ちゃんも体の中に封じ込めた
”魔王”を完全に支配下に置くことが出来るかもしれない。
二人にとって大きなメリットになるはずだが・・・どうだ?」
これならどうだという顔をしながら二人に尋ねる兼兄。
「・・・・・・・・。」
警戒を強め、鍔に指をかけて刀をいつでも抜ける状態にする桃子に反しその桃子の首を手を回し、
はしゃぐようにおぶりかかる純恋。
「なあ、桃子。この話飲もう?」
そして耳元で何かを話し始めた。
「純恋。ちゃんとかんが——————」
「どう考えたってええ話しやん。
あの面倒で窮屈な所から抜け出せるんやし、なんたって龍穂と一緒の学校に通えるんや。
私達と対等に接してくれる生徒達がいっぱいおるって言ってたし、桃子も龍穂の事気に入ったんやろ?」
こちらまでは聞こえてこないが、純恋は説得を試みているようで
話しを聞いた桃子は少し考えた後、刀をしまい警戒を解いて兼兄と目線を合わせるように前に立つ。
「・・私達の両親の説得までセットや。それをしてくれるんなら協力してやってもええ。」
桃子の要求を聞いた兼兄は優しい笑顔を浮かべ桃子に向き合う。
「分かった。無理強いは決してせずに説得してみよう。
二人のためになるのなら、分かってくれるはずだ。」
交渉の末、利害は一致し協力してくれることになった。
だが、一つだけ気になることが残っている。
「兄貴。できれば俺も悩み事を全て無くしてから前に進みたい。
以前から任務が発令されていたって言うのはどういう意味だ?」
これが仕組まれた戦いなのであれば、話しは違ってくる。
兼兄は俺が襲われると知っていて放置していた可能性を抱えながら戦うのは精神上あまり良くはない。
「簡単だよ。あの場に任務を発令できる立場の人間がいてこの緊急事態に対処するために
俺とみんなに向けて発令しただけだ。」
「三道省の長官・・ってことか?」
「それは・・・ここじゃ教えられないな。」
出来れば深くまで話しを聞きたいが兼兄は教えてくれない。
「だがこの戦いが終わればすぐに分かることだ。
色々不安かもしれないが一つだけ言えることがあるとするなら
俺は龍穂の敵じゃない。今は信じてくれ。」
俺の問いはうまくはぐらかされてしまった。
今はとにかく前に進めと言いたいのだろう。
「さて、足取りが揃ったところで進もうか。早くここを出ないといけないしな。」
兼兄が灯してくれている炎を頼りに再び足を進めていく。
照らされている何者かによって無造作に掘られた洞窟は徐々に小さくなっているようで
まるでこの先に吸い込まれていくようだった。
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