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第三百三十二話 這い寄る混沌

「よろしかったのですか?」


屋上で煙を吐く兼定の影が言葉を放つ。


「・・・・・悪趣味だな。」


「何をおっしゃいます。あなたが私に大好物を差し出してくれたのでしょう?」


影にはあるはずの無い口が浮かび上がり、弧を描く。

先ほどまでここであった口論の全てを影の中から聞いたその影は、

その理に反する様に立ち上がる。


「どうするおつもりですか?」


「わざわざ聞く事か?」


質問を質問で返してきた苛立つ兼定を見た影はさらに嬉しそうに微笑んだ。


「・・龍穂の望み通り、俺達だけで戦う。それしか選択肢が残されていない。」


「おや。あなたも戦うのですか・・・。私は力を貸しませんよ?」


「何を今更・・・。人生の半分以上お前と共にしてきたが、

まともに手を貸したことなんて一度もない。さらさら期待なんてしていない。」


「それは心外ですねぇ・・・。”国學館の教師として過ごせ”というあなたの指示に

従ったではありませんか。」


立ち上がった影が忘れていた重力を思い出したのか、地面へと落ちていく。

その中から現れた人の肌。国學館東京校の講師である無名獏の姿があった。


「碌に従わなねぇ奴が何を言ってんだ。お前くらいだよ。主人に従わない式神は。」


「主人・・・ねぇ。式神契約を結んだ際、あなたが言っていたではありませんか。

主人でも友でも何でもない。これは復讐のための契約だと。」


「復讐・・・か。」


両親、そして全てを失ったあの日。あの施設で必死で足掻く兼定を見つけた影は

強い好奇心に誘われ声をかけた。

無力だった少年は力を求め、影との契約を結んだ。その時の光景を思い出しながら、兼定は呟く。


「お前こそいいのか?一時とはいえ、奴に仕えていたことがあるんだろ?」


「仕えていたなど・・・。あの時は少し興味をそそられただけですよ。

それに・・・面倒な父親の指示もありましたから。」


「・・そいつに何か言われないのか?」


「無いでしょうね。もう我々などに興味を持っていないのかもしれません。」


兼定の胸元から煙草を奪い咥え、火をつける。

フィルターを焦がした煙草を床に落とした兼定が奪い返した煙草を咥えると、

無名が火をつけようと手を伸ばすが、受け取ることは無かった。


「つれませんねぇ・・・。」


「いつ寝首を掻かれるか分からない相手の火なんて、受け取れるはずねぇだろ。」


「・・本当に二人で戦うおつもりで?」


煙を吐きながら、無名は兼定に尋ねる。


「・・・・・ああ。」


「あなたらしくありませんね。ここまで地球を支配できませんでしたが、奴の力は本物。

例えあなたとあの子と言えど、勝てる相手ではありません。

”ハスターの真の力を引き出していない”のであればなおさらですよ。」


「なら・・・引き出せばいい。」


「あの子より遥かに適性が高かった母親でさえ出来なかった事を、

この短時間で出来るはずがない。本物の化け物にさせるおつもりですか?」


宇宙の神と人間。そもそものスケールが違う二つの生き物が、分かりあえるはずがない。

互いの力を真に理解し、引き出し合う事で式神契約本来の力を引き出せる。


「ハスターなら、人間の体を支配する事など造作もない。

式神契約者としてではなく、眷属として体を支配すればあるいは・・・。」


「・・龍穂がそれを望むんなら、そうさせる。

だが、俺はあいつの兄貴だ。迷った弟の前を歩くのが兄の役目だ。

あいつがそれを望まないのなら・・・俺がやるしかないな。」


同じ血が通っていなくとも、兄として役目を果たさなければならない。

例えそれが死地であっても変わらないと言い放つ。


「相変わらずですねぇ・・・。だからこそ、あなたは面白い。

ここまで地球で生きてきた生き物は血の繋がりこそが家族だと言ってきました。

同じ言葉を吐く輩は確かにいましたが、窮地に置かれれば自分可愛さに逃げ出す奴らばかり。

例え血のつながりがあったとしても、同じでしたが・・・

この状況でもそれを貫く姿には感服しますよ。」


「・・そんな中途半端な奴らと一緒にすんなっていつも言ってんだろ。

あれだけの経験をすれば嫌でもそうなる。」


「ですが・・・今回はその家族達を見捨てるんですね?

あれだけ死地を共に渡り歩いてきた彼らを捨て、一人で戦うと・・・。」


「・・・・・”旧き英雄”はそろわなかった。

お前も知ってんだろ?火、水、地、風。各属性に秀でた英雄達がクトゥルフを退けた。

火は竜次。地はノエル。風はアル。だが水。水だけは・・・現れなかった。

そんな中途半端な状態で戦えば、全滅は免れない。」


「その代わりを育てていたではありませんか。あの禁則地、我らにとって”忌々しい”地で。」


「あの子達の力を発揮させるには龍穂の力が必要だった。

だが・・・今の龍穂じゃそれは無理だ。俺が何とかするしかない。」


今までの準備が全て無になった。自らの詰めの甘さがこうなってしまった最大の原因だと

兼定は語る。


「早い話しが・・・これから死にに行くと?」


「・・そういうことになるな。」


全てを手放し、最悪の手段を取った兼定の話しを聞いた無名は再び口角を上げる。


「いいですねぇ・・・。私好みの展開になってきましたよ。」


無謀を承知で仲間達を切り離した者の末路。

その原因を探し、全てを疑う愛する者達。何が正しかったのか、何が間違っていたのか。

正常な判断が付かずに荒れ狂う様。混沌とした世界を無名は望んでいた。


「付いてくるのか?」


「もちろんです。あなたの人生を見届ける事こそが、私にとっての最大の楽しみ。

その結末こそ・・・最高の甘味なのですから。」


吸いきった煙草を床に捨て、わずかに残った火種を踏みつぶすと

無名の体が再び影に包まれ兼定の足元に戻る。


「兼定。よろしくお願いしますね?」


地面に張り付き、嬉々とした表情で兼定を見つめる影。


「・・お前の望み通りにはならねぇよ。”ニャルラトホテプ”。」


人生を変えた地獄で出会った異界の神。

這い寄る混沌と呼ばれる神を名を呼ぶと、兼定は影に沈んでいく。

地球上で行われる異界の神々の戦い。

その鍵を握る兼定の同行を何よりも楽しみにしていたニャルラトホテプ。

混沌を楽しむ者が望む結末を迎えないため、兼定の決死の戦いが始まろうとしていた。


—————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————


影に沈み、出てきたのは白の隠れ家。繋がりもないこの場所に

どうやって運んだのか分からないが、今はそんな事どうだっていい。

失意のまま、立ち上がる事さえ出来ない。


「・・・・・・・・・・・・・・。」


体が動かない。動く気力が全て無くなってしまった。

龍穂と未来を歩むために戦ってきたのに、肝心の龍穂がいなければ意味がない。

今までの戦いすら全て否定されてしまっては・・・これから先の事なんてどうでもいい。


「・・お疲れ様です。」


テーブルに何かが置かれる音ともに沖田の声が聞こえてくる。

ここまで何も言わずに私達に付いてきてくれたが・・・沖田と公安課が望む結末に

向かう事すらなかった。

恐らく・・・私達と話しがしたいと、飲み物を入れてくれのだろう。

このまま俯いては何も進まないと、力の抜けた体を何とか動かし椅子に腰を掛ける。


「大変でしたね。」


他人事の言葉を放った沖田は飲み物を飲みながら何とか腰を掛けた私を見つめる。

私が起きあがった事を確認したのか、他の三人もゆっくりと腰を掛ける。


「・・・・・・・・・・・・・・。」


何も考えられない。この道を進む意味を失ってしまった。

ここから何が起きようと、私には一切関係が無くなってしまった。


「さて・・・ここからどうしましょうか?」


「・・もう終わったんや。どうしようもなんも・・・。」


「あら。怪我人の頬を引っ叩いた人が何を言っているんですか?」


飲み物を口にしながら私を煽る沖田の一言にカチンときてしまい、

立ち上がって胸ぐらを掴む。


「お前・・・!私の何を・・・!!」


「分かりませんね。純恋さんが何を思っているのかなんて。」


そうだ。沖田は何も知らない。東京校に入学して半年と経っていないこいつに

私の何が分かる。


「っ・・・!!!」


そんな何も知らない奴に煽られる必要などない。

だが・・・言い返せるほど私の頭は回っておらず、反射的に手が出てしまうが

沖田は顔の前に手を置いて軽くいなされてしまう。


「口より手が出る。あなたの性格もあるのでしょうが・・・感情を言語化できないほどに

頭が回っていない証拠です。」


「お前・・・いい加減に——————————————」


「それでいいんだと思います。口で言っても分からない人を無理やり止めるには

体で伝えるしかない。だから、あの時手を出したんでしょう?」


必死だった。ただ、一人で戦う龍穂を説得しようと思っていたが、

感情が前に出てしまい気が付けば手が出ていた。


「・・・・・・・・・・。」


体の力が抜け、沖田の服を掴む手も重力に負ける。


「あのまま・・・意識でも失わせたらよかったっちゅう言うんか・・・。」


「・・あの時の龍穂さんは、今の私以上にあなた方の気持ちを理解していなかった。

愛するの者達のために一人で戦うなんて、自分勝手も自分勝手。

それを分かっていてなおその道を進むと決意を固めた男に対する答えとして、

一つだったと思いますよ?」


あの時、龍穂をボコボコにすれば死地に行くことを止められたとでもいうのか?

私は・・・出来る事なら、龍穂の選択を尊重して上げたかった。

でも、それが間違っていたというのなら・・・。


「・・・・・たらればなんていらん。だって、あるのは現実だけやろ。」


「そうですね。では・・・現実にしてしまえばいいのではありませんか?」


現実に・・・してしまう?過去に戻るなんてふざけたことを言うつもりか?


「殴りに行くのですよ。分からずやに、一発ぶち込みに行くんです。」


こちらをじっと見つめてくる沖田。

私達の気持ちなど知らず、自分勝手に判断した龍穂をぶん殴りに行く。

落ち込み気味だった私の心がその言葉を受け止めた瞬間、

それしかないと言わんばかりに大きく跳ねあがった様な気がした。




ここまで読んでいただきありがとうございます!

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