第三百十四話 動き出す宿命達
鳴り響いたアラーム音。一人一人設定した個性が出る異なる音が、
まるで不協和音の様に静かな部屋に響く。
驚き、そしてこれから起こる出来事に対して若干の恐怖がこの場にいる全員の表情に滲む。
「・・・・もしもし。」
そんなみんなの姿を見て我に返り、急いで電話に出る。
一体何が起きたのか分からないが、あまり連絡を取らない涼音が
あえて俺に電話をかけてきた理由がこの異常事態を把握するための鍵になると判断したからだ。
「突然ごめんね。ちょっと相談したいことがあって・・・。」
携帯電話の先から聞こえてきた声は焦る俺の心情とは裏腹に冷静であり、
いつもと何ら変わらない涼音そのもの。
だが・・・ほんの少しだけ不安が混ざっている様に感じ、焦る気持ちを抑えて
どうしたのかと尋ねる。
「午前中まで綱秀と調べものをしていたんだけど・・・用事を思い出したって言って
外に出たってきり戻ってこないの。電話をしても出ないし・・・。」
「用事って・・・どこに言ったか分かるか?」
俺の声を聞いたみんなも我に返り、携帯電話を取りながら同時並行で準備を行う。
どうやら綱秀が心配で電話をかけてきたみたいだが・・・何かに巻き込まれたのかもしれないし、
ただ単に携帯電話の電源が切れたのかもしれない。
「分からないけど・・・つい最近、お父さんに会わなきゃならないって言ってた・・・。」
「そうか・・・。じゃあどうにかして豪雲さんに連絡をしてみるよ。」
豪雲さんの連絡先は分からないが、沖田や土方さんに聞けば分かるかもしれないと
一度電話を切り、俺以外のみんなの様子を確認する。
千夏さんは未だ電話中。話し方からしてちーさん達のどちらか見たいだが
内容から事態を察することはできない。
「龍穂さん。」
純恋達の方を確認しようとすると、先に楓が声をかけてくる。
すぐさま振り返ると携帯の画面をこちらに向けてきており、通話中の画面には
沖田の名前が表示されていた。
「・・どうした?」
その意図を察した俺はすぐさま受け取り、何があったのか尋ねる。
「緊急事態です。出動をお願いします。」
聞こえてきた沖田の声は冷静そのものだったが、奥から聞こえてくる慌ただしい無数の声が
起きている事態の深刻さを物語っていた。
「分かった。どこに行けばいい。」
「世田谷八幡宮です。そこで多くの民間人が被害を受けています。」
世田谷・・・”八幡宮”。嫌な予感しかしない。
「民間人・・・。主犯に心当たりは?」
「我々も連絡を受けたばかりですから分かりません。
ですが・・・深き者ども達の姿を確認していますので
奴らが仕掛けてきたことは間違いないかと。」
「綱秀・・・いや、豪雲さんに連絡を取れないか?東京にいるらしいんだ。
八幡宮だから近くにいるかもしれない。」
「・・綱秀さんに何かあったんですか?」
焦っていたからだろうか?二人が関わっている可能性があることを遠回しに聞いたつもりだが
すぐさま沖田に察されてしまう。
こうなってしまえば隠す方が面倒だと素直に話し、豪雲さんと連絡が取りたいことを伝えると、
少し待ってくださいと言った沖田は後ろの誰かに指示を送る。
するとすぐさま電話口に戻った沖田は豪雲さんの携帯電話の番号を伝えてきた。
「これでよろしいですか?」
「ありがとう。助かるよ。」
予想外の敵襲。しかも・・・民間人への被害を出している。
今までの中でもかなり大胆な襲撃は、八海とショッピングモール以来だ。
そのどちらとも・・・良い思い出は一つもない。
携帯電話を切り、楓に渡す。今回の襲撃を嫌な思い出を作るわけにはいかないと
豪雲さんに連絡をするが、コールはあるものの電話に出ることは無い。
「・・敵やな?」
「そうだ。純恋達は誰からの電話だったんだ?」
桃子と純恋の通話相手は毛利先生と竜次先生。俺が起きたと連絡を取っている事を聞くと
すぐさま通話を切ったらしい。
「じゃあ・・・同じ内容ってことか。」
「せやな。で、場所は?」
「世田谷八幡宮だ。桃子、このことを涼音に話して待機する様に言ってくれ。
もちろん置いていく気はない。だが・・・綱秀を襲うと同時に涼音が狙われている危険性もある。
必ず誰かを送るからそいつらとこちらに来るように伝えておいて欲しい。」
寮にいるのは・・・木下と火嶽か。
他の一、二年は星空に入っていないため、出来る限り巻き込みたくない。
(困ったな・・・。)
敵の襲撃場所は俺達の選択肢になく、どうしても隙が生まれてしまう。
一体どこに人数を割けばいいか悩んでいると、千夏さんが携帯電話を渡してきた。
「龍穂。寮は将とアルさん任せな。こっちに来るんだろ?
準備を整えたら近くにいるから千夏の影渡りで来な。」
電話越しにも関わらず、俺の思惑を全て察して指示をくれる。
よく考えればアルさんがいる。あの人の実力なら何が起きてもみんなを逃がしてくれるだろう。
「分かりました。」
綱秀の失踪。繋がらない豪雲さんの携帯。あまりの展開に思わず焦ってしまったが、
周りの仲間達のおかげで冷静を取り戻す。
「・・行きましょう。」
確認できている敵は深き者どものみ。奴らがいるという事は幹部がいるかもしれないが、
全てを倒し、綱秀を救い出せば窮地を脱することができる。
最大の敵は時間。いかに綱秀を早く救い出せるかが勝負の鍵だ。
準備を整えた俺達は千夏さんの影に飛び込み、
綱秀の近くにいるであろうちーさん達の元へ向かった。
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「将。状況を教えて頂戴。」
寮で休日を過ごしていた生徒達を避難させたアルは共に行動していた火嶽に尋ねる。
「拓郎が先導してくれたおかげで避難は完了したよ。
だけど・・・本当にいいのか?あいつらだって多少は・・・。」
「多少じゃ足りないのよ。ここを狙ってくる奴ら相手じゃ足手まといになるわ。」
活気あふれる生徒達が集う寮は閑散としており、何時の日かのように
妖精達があちらこちらに飛び交っている。
ちー達から受けた報告を受けたアルの独断による行動を見た火嶽は
その厳重さに疑問を抱かざるを得なかった。
「将、あなたも非難しなさい。先輩として、未熟な一年生達を守ってあげるのよ。」
「それは出来ない。俺もここでアルさんと・・・。」
これまでのこれくらいの事はあった。今回も同じだろう。
そんな考えを消し去るほどの剣幕で睨みつけられた火嶽は
あまりの威圧感に言葉を失い、ただ黙って拓郎達の後を追うためにその場を後にした。
「・・すまねぇな。辛い役目を任せちまって。」
火嶽が寮を去ったのを見計らう様に階段から下りてきたのは竜次とノエル。
必中必殺の得物であるグングニルを手に持ち、身軽を好んでいるはずの体には
防具が身に付けられており、ノエルの周りには既に魔道書が浮かんでいる。
「気にしないで。進んで引き受けた役目なんだから。」
アルも札を取り出し、得物である弓を手にも臨戦態勢に入る。
国學館の学生寮を狙う敵が以下に強大であり、この拠点がいかに重要なのかを示していた。
「さて・・・どこから入ってくると思う?」
「順当に行けば上からでしょうね。”あの場所”に最も近く、
学生を護る結界を突破する回数が少ないですから。」
「そうだよな・・・。」
学生寮は外部からの侵入経路を限りなく減らしている。
中層階から入ることも可能ではあるが、罠による迎撃態勢を敷かれており
まともに入る事さえ出来ない。
となると残るは屋上のみ。エントランス内の受付内部に置かれたスイッチをアルが押すと
正面玄関が分厚い壁によって固く閉ざされた。
「行きましょう。」
密室を避け、三人は非常階段から屋上へ向かう。
いつもの穏やかな表情は完全に消え去り、これから死地に向かう緊張感が漂う。
「・・とうとう来ちまったな。」
階段を上る竜次が口を開く。それは決して緊張感を緩める目的ではない。
「再戦、と言っていいでしょう。あの時から・・・ずいぶんと時がたったように思えます。」
「そうね。来てしまったというよりかは、来ることを望んでいた。
ここまで散っていったあの子達の仇を討つ瞬間をね。」
ノエルが言う再戦という言葉を、以前賀茂忠行と会ったことがあるような口ぶりだが
含みのある言いかたに、二人は覚悟を決める。
あの日。未熟だった彼らが生き残れたのは犠牲になった仲間達のおかげであり、
彼らが報われるには、奴を倒すしかない。
「そのためには・・・まずはあいつからだな。」
屋上に扉を開けたその先。一人佇む影が一つ。
「よう。やっぱりアンタが来たか。」
そこにいたのは龍穂達を前にして堂々と逃げ切った実力者である比留間刃の姿であったが、
竜次の方を見つめる瞳は淀み切っており、見ただけで正常ではないことが分かる。
「ここの装置か?それとも・・・泰国か?いずれにせよ、渡す気にはなれないな。」
得物を構えた竜次達に対し、強い殺意をむき出しにする比留間。
「・・殺す。殺す・・・殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!」
「ありゃ・・・正気を持ってかれてんな。」
「試すつもりもないですが・・・交渉は無理でしょうね。」
再び姿を現した比留間。そして、この機を待っていた竜次達は相対する。
誰の合図があった訳でもなく、お互いが同時に飛び出し散らす火花。
人知れず・・・日ノ本をかけた戦いの火蓋が切られていた。
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