第三百六話 道満の真の姿
金盞花から打ち放たれた斬撃は道満に向かって一直線に伸びていくが、
奴の体に触れることなく通り過ぎてしまう。
黄泉の炎に触れることが出来なければ、奴を倒すどころかまともな戦いにならず
一方的に殺されてしまう。
「こんなものか。」
俺の攻撃を見て、つまらなそうに道満は呟く。
本気を出してしまえば他愛もない。そう言いたげに腕を伸ばすと
こちらに向けて炎を飛ばしてくる。
「くっ・・・!!」
幸い後ろには味方はない。風を一切気にしない防御無視の一撃に対し、避ける選択肢しか取れず
兎歩で移動する。
速さはなく、簡単に避ける事は出来るがこのままだと奴のやりたい放題だ。
(どうすれば・・・。)
人間が触れられない黄泉の炎。その仕組みを少しでも知ることが出来れば
突破口が見つかるかもしれない。
だが江ノ島で何もできなかったことを考えると、希望を抱くにはあまりにわずかな
可能性だと思わざるおえなかった。
『・・黄泉と現世との違いを考えろ。』
見つかることの無い答えを探すために頭を必死に回転させていると、
ハスターが声を上げる。
『黄泉と・・・現世?』
『黄泉とは、死後の人間がたどり着く世界。
今まで行けなかった所へ行くことができるのは、何故だと思う?』
死後の世界・・・。生きている人間と死んでいる人間の違い・・・。
『肉体から魂が抜けるから・・・。』
『そうだ。魂がたどり着く世界。いや、”魂が存在しなければならない世界”というべきか。
続きだ。何故魂がそこにいるべきか。分かるか?』
いるべき・・・?肉体から離れた魂がいるべき理由。
実朝の様に怨霊となって現世に留まる奴もいる。だが、今までなくなった人物の多くは
現世に留まらず、黄泉にたどり着いている事を考えると引き寄せられる
何かがあるのかもしれない。
『生まれ変わる・・・ため?』
『そうとも言えるが・・・言いかたを変えよう。
現世にいるべきではない理由と言えば、分かるか?』
ハスターの言葉を俺をさらに惑わせる。魂が現世にいるべきではない・・・?
強い恨みがある人間の魂は現世に留まることができるが、
それは本人の選択肢ではなく、生死の理に外れているという事か?
『魂というのは目に見えるものか?』
『いや、見えない。』
『見えない理由を考えろ。存在はしている、だが見えない。
その理由が分かれば突破口が見えてくる。』
心臓が動いている内は体と共にある魂だが、役目を終えた途端体から離れ人間は死を迎える。
魂とは一体何なのか?なぜ目には見えないのか?
そもそも人間の核は心臓や脳ではなく、魂なのか?必死に考えるが答えは出てこない。
「終わりだ。他愛ない。」
そうこうしている間に、奴は俺の向けて炎を打ち放ってきている。
この短時間で答えを出す内容ではないが、どうにかしないと全てが終わる。
「クソッ・・・!!」
何かしなければならないと、純度の高い風の一撃を放とうとするが
先程の光景が脳裏によぎり、これも無駄なのではないかと全力を出せない。
このままでは終わる。一方的に炎を喰らい、全身が炎に包まれ灰にされてしまう。
「・・魂とは、神の世界での人の姿だ。現世での使命を終え、神の世界に帰るために
体から離れるんだよ。」
予想通り、風を突き抜ける黒い炎が目の前まで迫っている。
もうだめだと思ったその時、いるはずの無い兼兄の声が耳に届いた。
「ここで諦めるなんてらしくないな。あの時の意気込みはどこに行ったんだ?」
いつの間にか俺の目の前に現れた兼兄が俺を殺そうと企む黒い炎に向かって手を伸ばすと、
触れられるはずのない炎が手のひらによって阻まれる。
「けん・・あに・・・。」
その隣には毛利先生の姿がある。武道省への対応に行ってくれていたはずだが・・・。
「久しいな、坊主。」
「・・お前の顔を忘れた日はないよ。」
京都百鬼夜行の主犯である蘆屋家。それを収めた兼兄達が面識があるの分かる。
「・・・・・・・・・・。」
だが、不可解なのは毛利先生。兼兄以上の鋭い殺気を道満に向けている。
百鬼夜行の時、一体何があったのだろうか?
「俺も覚えているぞ。貴様の右腕を切り落とした感覚を。」
「そのおかげでお前の炎を受け止められている。皮肉なもんだな。」
・・俺の眼に映る兼兄には右腕は存在している。
今まで体が欠損している報告や姿など一切見たことが無く、何を言っているのか理解できない。
「そうか。だが、嬉しいぞ。決着をつけよう。」
「勘違いをしてもらっちゃ困るんだが・・・俺は龍穂への報告があってきただけで
お前と戦うために来たわけじゃない。」
そう言うと兼兄はこちらにやってきて口を開く。
「他に二道省や神道省の制圧は完了した。後は・・・龍穂、お前が主犯のあいつを倒すだけだ。」
平治さんや近藤さん、そして純恋達は混乱する二道省を収めてくれた。
後は俺だけ。それだけを伝えた兼兄は影に沈んでいく。
「いいのか?こいつを倒したら次はお前だと言うのに。」
「名残惜しいのは確かだが・・・最後に顔が見れてよかった。
精々、後悔してあの世に戻ってくれよな。」
道満の言葉を受け取らず、毛利先生と共に沈みきる。
魂とは、神の世界での人の姿。黄泉の国も神が住む国・・・という事は
あの炎も神の世界から持っていた炎と言う事か・・・。
「・・不思議な男だ。体の一部を持っていかれている相手にあのような態度がとれるとはな。」
あの炎に触れるようになるには、神の世界に触れられるようになればいい。
神融和では足りない。もっと神に近くなればあの炎に対抗できるだろう。
「だが、時間稼ぎにしかならん。そいつに炎を浴びせればそれで終わりなのだからな。」
そうなるには・・・何が必要だ?いや、何かが足りないのか?
今のハスターの力を上回る手段など・・・本当にあるのか?
『・・無くはない。当然リスクはあるがな。』
どうすればいいか答えを出せずにいると、ハスターが声をかけてきた。
『神融和の質を高めろ。俺との同化をより濃くするんだ。』
『それに・・・どんなリスクがあるんだ?』
『神に近くなるという事は、人間性が薄れるという事だ。
思考、行動。その全てが神に近くなっていく。我々の行動原理は人間の枠をゆうに超える。
価値観など、全てが変わってしまうかもしれんが・・・それでもいいか?』
神とはあまのじゃく。人と世界を隔てた世界で過ごしている神は人間の常識は通用しない。
宇宙の神であるハスターとなればなおさらだ。
下手をすると・・・千夏さんや純恋と交わした約束を守れないかもしれない。
『・・・・・・・。』
『だが、俺の力は奴を軽くしのぐ。お前さえよければ・・・。』
『・・やるよ。』
気を使ってくれるハスターをよそに、俺はハスターとの同化を選ぶ。
どうなるかは分からないが、約束を破るよりここでみんなを失うよりかはマシだと
さらなる力を求める。
『・・分かった。』
俺の言葉を聞いたハスターは、身にまとっている黄衣で俺を包み込む。
まるで繭。幼虫から成虫にかける過程で体を作り上げる姿と酷似している。
『お前は俺の力を使いこなせている。俺の姿に近くなっても支障はないだろう。
だが・・・お前の母親。そして・・・いや、これはよしておこう。
奴の力に対抗できる力を与えておく。後はうまく使え。』
ハスターの力が体に染み込んでくる。今まで使ってきた力とは比べ物にならないほどだ。
だが・・・強力すぎる力は俺の体の自由を奪い、手足の感覚が段々と無くなっていく。
「ぐっ・・・。」
これが・・・神の力。力を抑えると言っていたが、少しでも油断すれば
ハスターに体を乗っ取られてしまう。
だが、それは力を貸してくれているハスターが望んでいない。
必死に耐えていると、道満の声が聞こえてくる。
「姿を変えようとしてるのか。だが・・・簡単にやらせるとでも?」
新たな手札を切ろうとしてる無防備な俺に対し、道満が黙ってるわけがなく
こちらに向かって黒い炎を放ってきている。
奴が込めた炎に込められた力。魔力だと思っていたが、改めて感じてみると
神力に近い様な強力な力であり、眼で見なくとも炎が近づいてくるのが伝わってくる。
『焦るな。じき終わる。』
このままではまともに喰らってしまうと焦ってしまうが、
体に流れる力を支配下に置いていくにつれ奴の力をより深く感じとることができる。
『分かるか?人間側からは触れられず、神は触れられる。
生きる世界が違う者達。存在そのものが違うのだ。そこを理解することでお前の力と変わる。』
神と人間。同じ地球上に住んでいるのに深く交わらない存在。
いや、交わっているのだろう。神が一方的にこちら側に干渉できる上位存在。
概念が違う。神と人間が使う炎は肩から見れば同じに見えるが、存在する意味が違うのだ。
そして・・・それは俺が使う風にも言える事。
「時間稼ぎの意味はなかったな。さあ、奴を追うか。」
繭の中で引きこもっている俺を見て、道満は勝利を確信したのか背を向ける。
他愛もない。そう呟いて兼兄を倒すために足を踏み出し始めた。
「・・馬鹿だなお前。」
繭の中から作り出した風の弾。それを黒い炎に打ち出し破裂されると
炎が瞬く間に消えてなくなる。黄泉の炎。今まで触れられなかった炎に初めて触れる。
「兼兄の忠告を聞いておくべきだったな。」
繭を飛び出し、振り返った道満と相対する。
ハスターの力をより深く得た、変わった姿を見た道満はまるで刃物のような鋭い殺気を
こちらにぶつけてきた。
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