第三百四話 時代の異なる陰陽師達
本気となった蘆屋道満。その体に纏う熱、そして力は最大限に高まっている。
現代に蘇ったこの伝説の陰陽師を、俺はこの手で討ち果たす。
『龍穂。奴が身にまとっている姉妹の力。あれは俺達の力を上回ることは無い。』
ハスターはさも当然のことの様に伝えてくるが、問題は別にあると言ってくる。
『その使い手。使役者である奴の実力は・・・お前を超える。
勝負が決まる差が生まれるのは、おそらくそこだ。』
ハスターの発言を聞いても、感情を荒げることなく受け入れる事が出来る。
陰陽師の全盛期。精霊や神が現代よりこちらに干渉してきた時代に活躍した彼らの実力は、
俺より勝っているのは当然だ。
『分かっているよ。だけど・・・負ける気はしないな。』
死生観が異なる時代の術は、確かに強力だろう。
だが、だからこそだ。仲間が近くにいる人間である俺が負けるわけがない。
奴は、人の絆の力を知らないのだから。
「胸が高鳴る。先ほどの男と対峙した時より、鼓動が早く、そして力強い。」
あれだけの殺気を放っていれば勝ち急いでくるのが普通だが、
自らの精神状態を把握できるほどに、道満はひどく冷静だ。
強者との戦いを楽しむ。歴戦の陰陽師、そして戦士だという証だった。
「端から勝負を決めに言ってもいいが・・・全てを楽しむのもまた一興。
まずは・・・様子見から行こうか。」
人差し指と中指を立て、目の前で格子状に切りながら道満は何かを呟くと、
奴と俺達を遮る結界が現れる。
これは・・・蘆屋道満が編み出した技法である九字切り。
格子状に指や腕を切りながら、臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前と唱える事で
結界が生み出せるという特殊な技法であり、現代にも使われる技術。
本来神の力や、特殊な儀式を使う事が出来る結界を簡易的に扱えることから利便性が良く、
簡易魔術を生み出す際に参考にされた偉大な技法だ。
そんな偉大な技術の生みの親が作り出した結界はあまり神力が込められておらず、
俺であれば壊せるほどの強度みたいだが、奴がそんなもので俺を阻めるとは
一切思ってもいないだろう。
という事は・・・これはあくまで時間稼ぎ。何か他の意図があると、
すぐさま小さな空弾を撃ち込む。
「せっかちだな。だが・・・その程度で邪魔が出来ると思うなよ。」
すぐさま襲い掛かろうと駆け出そうとしたが、奴が素手に詠唱を終えている所か
神術を終えていることに気が付きその場にとどまる。
「地獄のこけ地蔵。」
奴の背後に黒い炎で作られた地蔵が現れる。
禍々しい雰囲気を醸しだす地蔵は、奴の出身地の寺にある式神が封じられているとされている
井戸の近くにある地蔵の逸話を元にした術なのだろう。
「さて、行くか。」
クトゥルフの力ではなく、陰陽師としての力を使い俺に襲い掛かってくる。
自身を化け物と言っていたが、それでも陰陽師としての誇りは持っており
人間の力で勝負がしたいのかもしれない。
(いや・・・。)
そんなことを思わせ、裏切ってくる相手だ。
無理をして陰陽師として勝負を決めに行ってしまうと足元をすくわれるだろう。
何をしたいのか分からないが、奴の思惑に乗ることなく何が起きても良いように
黒い風を辺りに漂わせた。
「無粋だな。俺と勝負できる機会などあまりないぞ?」
「粋だったら勝てるんなら乗ってやるんだけどな。」
やはり・・・俺を釣り出すつもりだったか。奴の言葉にあれだけ惑わされれば
流石に警戒せざるおえない。
「だが、来ないのならやらせてもらおう。
ここ最近は魔術と混同されがちだが、神術本来の強みを見せてやろう。」
道満が手を上げると、呼応する様に地蔵の頭が動き出す。
一体何をする気かと警戒していると、地蔵の頭が傾き始める。
たったそれだけの動きで何かが起きるとは思えないと道満に集中していると、
突然視界が傾いていく。
「は・・・!?」
一体何が起きたのか。訳も分からずただ倒れてはいけないと手を床に付ける。
手で体を支え、何とか倒れないようにするがそれでも視界が傾いたままだ。
「悲しいな。晴明であればこれくらい簡単に対応したぞ。
陰陽とはな、ただ神の力を借りるだけではない。
その真髄とは、生かして相手の意表を突くかに全てが集約している。」
意表・・・。奴の言う通り、俺は突然の出来事に意表を突かれているが
このままではまともに歩けはしないと頭が混乱してしまっている。
意表どころではない。奴相手であればこのままでは勝負が決まりかねない。
「敵の知らない神、そして逸話。それらを使い敵を翻弄し、打ち取る。
神術の醍醐味を知らぬ若造は、ただただ式神を使うだけ。さぞつまらないだろうな。」
混乱する頭を無理やり働かせ、この状況を打破する方法を考える。
視界が傾いているこの状況を生み出したのは間違いなくあのこけ地蔵。
奴の式神が地蔵の頭を動かしているという逸話。
だが、あの黒い炎は確実に奴が生み出した炎であり式神ではない。
(となると・・・仕掛けがあるはずだ。)
こういった逸話を元にした神術には必ず仕掛けがある。
顕現させる術ではなく、呪詛が書かれた何かがあることで作用する術。
伝説の陰陽師が絡む逸話なので比較的有名であり、転校してきた際に本棚に並んでいた
本の中でその逸話を見た記憶がある。
(確か・・・。)
俺を仕留めようと奴がこちらに迫っている中、必死に辺りを見渡し仕掛けを探す。
懐に隠している可能性もあるが、道満が隠していたなんて逸話には書かれていなかったはずだ。
(どこだ・・・。思い出せ・・・。)
焦りが最高潮に高まる中、奴がいた場所の床が抜けていることに気が付く。
竜次先生の槍を避けてついた跡と考えられるが、敵に必中するグングニルが外れる訳がない。
その光景を見た瞬間、出てこなかった記憶の鍵が解かれ、漂わせていた黒い風を
空いた床に打ち込む。
「ほう・・・。知っているみたいだな。」
こけ地蔵とは、当時の関白である藤原道長を呪い殺すために道満が仕掛けた呪術。
いつも参拝をしている寺の門をくぐろうとした時、犬に引き留められ違和感を感じた
道長が安倍晴明に見てもらった所、地中から二枚の皿を合わせ、黄色いこよりで十字に縛られた
ものが出てきた。その中を見ると、呪術の核となる呪い言葉が
真っ赤な文字で書かれてたとされている。
「有名・・・だからな。」
撃ち込んだ風で地中を抉り取ると傾いていた視界が元に戻り、こけ地蔵が消えていく。
神術の発動条件はよく分からないが、地中に埋めることが必須なのだろう。
「・・結構優しいんだな。古い神術を見せてくれた上に、
分かりやすい術をわざわざ見せてくれて勉強になるよ。」
「それは結構。だが・・・これで分かっただろう?
貴様らと俺と間にはこれだけの技量の差があると。」
俺の事を思い、見せてくれたのかと思ったがさすがにそれは無いか。
ただ技量の差を見せつけるだけの嫌がらせ。
だが・・・奴の術を見て、泰兄の言葉をまた思い出す。
いつも使っている術が一体どうやって生まれ、どのように進化してきたのか知れば技量が上がる。
それなりに勉強した来たと思っていたが、まだまだ知らない技術が日ノ本には溢れている。
「・・そうだな。陰陽師として、お前の方が格上なのは確かだよ。」
だが・・・神術の技量差が、勝利に直結することはない。
様々の事を学び、その進化の過程を調べてきたが、その中で一つ分かった事がある。
「だけど・・・勝つのは俺だ。」
勝利を掴むために、金盞花を握りしめて駆け出す。
進化とは、環境への適応。流れゆく時代に合わない部分が削ぎ落され、
必要な部分が残されて洗練されたのが現代の神道。
確かに道満の言う通り、式神や神の力を借りて放つ神術が現代では主流だが
そうなった理由がしっかりとある。古い技術に誇りを持ち、現代の神術を見下す奴に
最適化された戦い方を見せなければならない。
「千代包ノ矢!!」
八咫烏様の力を得た金盞花で突きを放つと、鋭い光の矢が道満に飛び込む。
神の力を借りた刀身での一突き。本来詠唱が必要な技を、式神の力を込めた得物で放つ子の斬撃は
立派な神術の一つ。
「半神殺しの矢!!」
そしてこけ地蔵にやられ、危機にさらされていた時に呼び寄せていた双子の兄である
カストールに指示を出し、自らの死因である矢を引かせ道満に打ち込む。
黒い風を魔術として扱っているが、これはハスターとの神融和で生み出した風。
高度な魔術は神術に匹敵すると言われているが、これは神であるハスターの力であるため
厳密にいえば神術に分類される。
白く輝く矢と漆黒の破壊の矢。陰と陽の二つ矢が向かってきている道満は
両手を突き出して黒い炎を打ち込んでくるが、破壊力のある二つの矢を阻むことが出来ずに
まともに喰らってしまう。
「ぐっ・・・!!」
白い矢は先ほどの様に奴の体の炎と混ざり消えてなくなってしまう。
そして黒い矢も触れた瞬間炎を削り取り、確実にダメージを与えている。
確かに奴の神術は強力。決まれば勝負を決めてしまうほどだ。
だが・・・地中に埋めるなど、発動条件が多く事前準備が必要であり、戦場を選ぶ必要がある。
それに対し、現代の神術は実戦向き。どんな状況においても対応できるように簡素化され、
より効果的な術へと変えるための道具も開発された。
一長一短、適材適所。どれだけ技量が高くとも、術式によっては役に立たない場面も出てくる。
どれだけ手札が多くとも応用が利きにくい手札では、
技量が削られた現代の神術でも十分に対抗できる。
「・・発動条件が緩く、しかもこれだけの威力。なるほど、確かにこれは厄介だな。」
二つの矢を喰らった道満は足を止め、冷静な分析結果を呟く。
長く現世に留まり、技術の移り変わりを見てきたにも関わらず、古い神術を好んでいた所を見て
頭が固いと思っていたが、意外と柔軟に受け入れている。
今使った二つの矢の威力以上の簡易的な神術を見てこなかった様で、
考えを改めたのだろう。
「どうだ?現代の技術も悪くないだろ?」
「そうだな。だが、これで勝負が決まったわけではない。」
先程俺が心の中でつぶやいた言葉が、今度は道満の口から飛び出す。
現代と過去。二人の陰陽師の戦いは異なる神術の応酬から始まった。
ダメージは与えているものの決定打にはならず、お互い手札を隠している状況では
戦いが長引く傾向にあるが、道満を前にして直観する。
この戦いは決して長引かない。どちらかが隙を見せればすぐさま決着がつく。
その直感を頼りに、奴に敗北を叩きつけるための隙を見つけるため
次なる策を仕掛けることにした。
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