第三百二話 グングニル
二人共に駆け出し、蘆屋道満の元へ向かう。
竜次先生達は俺達が突っ込んできたことを察したのか、
俺達に向かってくる攻撃を全ていなし、道を作ってくれている。
(これなら・・・。)
いける・・・とはならない。奴が姿を変えてから、能力の変化を確認できていない。
炎の体。斬撃など物理攻撃が効かない道満は複数人に責め立てられているが
余裕を崩せていないとなると、何かしらの対応が必要になる。
安易に考えれば水だが、奴が扱う黒い炎の温度を考えると触れる前に蒸発させられるだろう。
「・・千夏さん。」
「時間が欲しいです。空気中の水分があまりに少ない。
辺りの水源を探していますが・・・集めるにはそれ相応の時間が必要になります。」
力の供給をしたからか、俺の考えを汲んで返答を返してくれる。
少しでも時間が惜しい戦闘中の会話の回数を減らしてくれるだけでもありがたい。
その時間も考える時間に当てられる。
「出来ればお願いしたいですが・・・いや、やめておきましょう。
ここから敵の間合いに入りますから、道満に集中をお願いします。」
徳川家が得意としている治癒の魔術。水の魔術を極めた先の技術であり、
攻撃に応用できる術だが近接戦闘が苦手な千夏さんにお願いするのはあまりに酷だ。
了解したと返事が返ってくると、肌に触れる空気の熱が急激に上がってくる。
奴の体の炎がノエルさんの魔術を貫くほどの炎を使い始めた。
(こりゃ・・・厄介だな・・・。)
近づいて初めて分かる情報。黒い風は全てを破壊してしまうため
温度が高いという情報さえも破壊してしまう。
俺だけなら大丈夫だが、二人を連れていくとなると非常に厄介だが、怖気ついていられない。
この状況を生かすために頭を回転させる。
「・・こっちにこい。」
青さん達の力ではどうにかできそうにない。増やしたケライノーを一体呼び、
形を変えて目の前に黒いカーテンを敷く。
熱源は奴自身。奴の体から発させる熱を阻めば肌が傷つくことは無い。
「俺は前に出ます。二人はここで待機をお願いします。」
近くにいたノエルさんに視線を向けると、俺の方を見つめている。
視線を合わせ、ゆっくり首を縦に振ると意図を汲み取ったノエルさんは
桃子達と合流をしてくれた。
「お任せください。」
これなら安心して前に出れる。奴が自信をもって切ってきた札が俺達に通用しないことを
証明しなければならないと、空気と一体になり姿を消す。
風は炎を舞い上がらせ威力を増すが、熱が空気に与える影響もある。
温度が高くなった空気は動きが活発になり、速度を与える。
空気となった俺に皮膚は無く、火傷の心配なく奴に近づける。
「ほう・・・。そんなことも出来るのか。」
不可視となった俺が近づいているにも関わらず、奴はこちらに視線を向けて呟く。
空気となった俺が見えるはずないが・・・もしかすると俺の中にある神力や魔力で
存在に気付いたのかもしれない。
流石は伝説の陰陽師だ。だが・・・気付いただけで対処できるほど、空気は甘くはない。
気付かれているのなら、むしろ気を引いてしまおうと一体となった空気を辺り一面に広げる。
俺の存在感を察知した道満を辺りを見渡すが、焦ることなく小さく呟いた。
「いいのか?的は大きい方がこちらとしても助かるが・・・。」
確かに・・・奴からすれば何も考えずに的を大きくした様見えるだろう。
実際、奴が炎を打ち込めば俺に空気に触れ、皮膚はなくともダメージが入るかもしれない。
「ああ、俺もそう思うよ。」
だが、俺には仲間達がいる。俺だけに気を取られた道満が伸ばした腕を
懐に潜り込んでいた竜次先生が得物である槍で切り払った。
「!?」
奴は不意を打たれ、思わず手を引っ込める。あれだけ奴の気を引けば
竜次先生に気が付かないのは仕方がないだろう。
だが・・・物理攻撃が効かないはずの奴が手を引っ込めた理由。
利き手を抑え、驚愕の顔を竜次先生に向ける奴の反応がその答えとなっていた。
「貴様・・・・。」
「俺も火の魔術は得意なんでな。」
利き手からは小さな水蒸気が上がっている。先ほどまですり抜けていた奴の体に
槍を突き立て皮膚を引き裂いた証拠だ。
「アンタ、その力を使うのは初めて見たいだな。炎の体ってもんはずいぶんと便利に見えるが、
決して無敵ってわけじゃないんだよ。」
驚き、そして強く睨みつけた鋭い視線をこちらも余裕を見せる竜次先生は
槍を振り払い得物に付いた血を吹き飛ばすと床に触れる間もなく蒸発する。
「こいつは・・・グングニル。必中必殺、狙った者は必ず突き刺す槍だ。
こういった特別な魔術が付与された魔槍相手なら、アンタの体も突き刺せる。」
北欧神話に登場する主神であるオーディンが持つ伝説の槍。
竜次先生の言う通り、必中必殺の槍でありそのまま振るうもよし。
投擲すれば必ず使用者の元へ戻ってくるとされる伝説の槍だ。
「聞いたことないな。それに・・・。」
「ルーン文字。日ノ本の外、しかも魔術の事なんかアンタに話しても分からないだろうが、
神が地球上に存在していた時代に開発された魔術の一つだ。」
そんな代物、一体どこで手に入れたのだろう。
もし、これが世間に公表されれば全世界があの槍を奪いに来るに違いない。
神代でも伝説呼ばれる希少で貴重な槍。だが今は深いことを考えず、
奴への対抗策があるとだけ思っておいた方がよさそうだ。
「それは・・・厄介だな。」
先ほどまで俺だけを意識していた道満の注意が一気に竜次先生に向けられる。
無敵と思われていた炎の体に傷をつけられる代物。俺より厄介だと判断した様だ。
これで俺以外にも注意を向けなければならない相手が生まれた。
道満も有効な札を切ったが、そのカウンターと呼ぶには十分な札を竜次先生は切り返した。
これが戦いにおける駆け引き。また一つ勉強になった。
(さて・・・。)
これで奴の元へ突っ込みやすくなると思ったが、脅威が二つに増えたことで
身に纏っている炎を辺りにまき散らし始めた。
これでは迂闊に近づけず、桃子を送り込むことができない。
「厄介だな・・・。」
奴の変化を見た青さん達が俺の元へやってくる。
上手く立ち回り、竜次先生への支援を行ってくれていたが姿を変えた奴相手では
下手に手を出せば返って状況を悪くすると後ろに控えていたのだろう。
「・・八咫烏様。何か対抗できるような術はありませんか?」
「俺は太陽の化身だ。太陽とは光と共に熱で地球を暖める存在。
奴の熱を下げる事など俺にはできん。」
奴の熱を操作しても、温度を下げることは叶わない。
青さんも自分が操る水や木では太刀打ちできないと語る。
「そうですか・・・。」
「・・龍穂。お前が味方にこだわる理由をわしらは理解している。
だが・・・近づいただけで傷つくような強敵相手にそこまでやる意味ははたしてあるのか?」
最も恐れていた事を青さんが言い放つ。
正論中の正論。だが・・・それでは俺が化け物だと言っている様なものだ。
「青さんは・・・俺がみんなと共に歩めないと?」
「そう言う事を言っているわけではない。適材適所という言っているんじゃ。
拘りは時に自らの首を絞める。今はとにかく———————————」
俺への説得を試みる青さんの言葉を遮るように大きな足音を立てながら近づいてくる人物。
「拘りを捨てろだと?長年生きてずいぶんと腑抜けた様だな。」
それは・・・ノエルさんに任せた桃子だったが、口調があきらかにおかしい。
「・・騰蛇か。」
その荒々しい口調を聞いた青さんがその正体にすぐさま気が付く。
神融和をしている騰蛇が桃子の体乗っ取り、文句を言いに来た様で
ノエルさんと千夏さんも後を追ってここまで来ていた。
「騰蛇。お前、桃子の体で何を————————」
「許可は取ってある。問題ない。それより・・・そこにいる腑抜けに一言言っておきたくてな。」
得物の切先を青さん向ける。その表情、桃子は絶対に浮かべない怒りを超えた
憤怒の表情で青さんを睨みつける。
「わしらは式神だ。主従関係を結んでいる主に最善の選択肢を与えるのが役目————————」
「そこだ!お前は忘れてしまったのか!!
あいつは・・・我らが主であった晴明を殺した男なんだぞ!!!」
騰蛇の憤怒。それは元主である安倍晴明の命を奪った道満に対して燃えがらさせた感情。
安倍晴明の式神である十二天将の彼らが俺達と契約を果たしているのも、
一度蘆屋道満に殺され、契約が絶たれてしまったことが起因している。
「それは・・・そうだが・・・・。」
「奴の正体があの憎き道満であるにも関わらず、お前は何故怒りを燃え上がらせない!
何故お前は!お前達は感情を高ぶらせんのだ!!!」
十二天将の中でも一番気性が激しいと言われている騰蛇だが、
安倍晴明や、同じ式神であった彼らへの思いはかなり重い。
性格上、あまり表に出さないが強い怒りによって前面に押し出されている。
「封印されていた俺達とは違い、お前は日ノ本で生き続けてきた!
価値観の違いと言えばそれだけだが・・・俺からしてみれば牙を抜けれたただの腑抜けだ!!」
騰蛇が抱えていた怒り。感情高ぶりは集中力を損なうが、力に変えることができるのも
確かな事実。牙を抜かれたという一言に対し、青さんは何も言い返すことが出来なかった。
「怒り・・・怒りだ!!敵に向ける怒りこそ、自らの存在をより高みに昇華させる!!!
憎め・・・そして恨め!!!先の事など頭に入れず、ただ敵を打ちのめす事だけを集中しろ!!!
お前達に足りないのは・・・戦いへの怒りだ!!!!」
怒りをあらわにさせた騰蛇は桃子の体に力を込めると、突然炎に包まれる。
道満の炎かと驚いたが、真っ赤な炎である事気が付き安堵するが
炎に包まれている桃子の姿が変わっていくことに気が付く。
「これは・・・?」
「騰蛇の・・・真の姿じゃ。晴明でも引き出せんかったが・・・
まさかこのような形で見れるとはな。」
赤い蛇である騰蛇だが、元はそれは力を引き出せていない姿と言われている。
彼の本当の姿・・・。蛇に見える騰蛇は古来の文献の中では
とある生物の一種だと言われている。
「龍穂・・・手を貸せ!!桃子共に奴を打ち果たす!!!」
手に持つ得物を振り払うと包まれている炎が消え、姿の変わった桃子の姿が現れる。
肌には大きくまるで宝石のように輝く鱗が生えており、口からは炎が吐かれている。
「・・分かった。」
とある生物とは・・・龍。青さんと同じ龍と一種と言われていた騰蛇は真なる姿を
怒りによって引き出した。俺達に足りない怒りの感情を持った騰蛇の存在は
俺達にとって追い風となる。そう思えて仕方がなかった。
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