第二百九十一話 塗り重ねられた真実
誰もいない廊下を奴の背中を見ながら追っていく。
罠は一切なく、俺達を襲う気配すら見せない。
「・・なあ、龍穂。」
純恋が声をかけてくる。一体なぜこんなことをしているのか気になっていたのだろう。
「分かっている。だけど・・・あいつがなんでこんなことをしているのか気にならないか?」
あいつの親父は既に捕まっている。時間稼ぎは無意味。
なら何故俺達の前に姿を現したのか。必ず理由があるはずだ。
「私達はどこかへ閉じ込める気や無いか?そんで残った奴らで
防衛課に乗り込んで親父を助けるみたいな・・・。」
「いや、それはない。」
純恋の疑いは間違っていない。奴は千夏さんを奪いに来た前科がある。
だがそれを否定したのはなんと平治さん。服部と対立してたからこそ
何か情報を持っているのだろうか?
「・・なんでそう言い切れるんや?」
「親父の死、そして・・・龍穂君達に関わる事件への関与を見つけられたのは、
彼の”手助け”があったからだ。
あの子は俺を助けてくれた。その意図は分からなかったが・・・きっと君達に何か用があって
手助けをしてくれたのだろう。」
服部蓮が・・・平治さんを?徳川家で出会った時、自分の力を図り切れない傲慢で
未熟な奴だという印象しか抱かなかった。短い期間だが・・・心変わりをしたのだろうか?
何があったにせよ、奴らか話しを聞かなければならない事には変わらない。
俺達の味方であろうと、戦うことになってもだ。
どこかの部屋に入るのだと思っていたが、奴は廊下に置かれているベンチに腰を掛け
こちらを見つめている。どこかの部屋に入れば警戒される、
自分にやましい気持ちはないのだと証明しているのだ。
「・・行きましょう。」
一体何があったのか。そして服部忍の往生際の良さは一体何故なのかを聞くために
辺りを警戒しながら奴に近づいた。
「・・・・・よう。」
指を軽く組み、肘を太ももに置きながら連は口を開く。
何も持っておらず・・・本当に何もする様子が無い。
「・・どういうつもりだ?」
「どういうつもりも何も・・・俺は何もしない。親父からは離れたってことさ。」
こいつは服部家のために動いており、千夏さんをその手に収めようとしていた。
そんな野望を持ち、人望もあったこいつを変えた理由は一体・・・。
「服部蓮。なぜそうなったか、訳を話しなさい。
だからこそ・・・このベンチを選んだのでしょう?」
千夏さんが奴に対して命令口調で言い放つ。
蓮が腰を掛けたベンチの近くには大きな両開きの扉があり、
近くには魔道省長官室と書かれた札が掛けられていた。
「・・正直に言えば、俺は徳川家を崇拝しているわけではありません。
俺の生まれが徳川家に仕える服部家だと言うだけで・・・自らの力を誇示できれば
それでよかった。こういう所は親父と似たんでしょう。」
自らの罪を自白する様に・・・蓮は口を開く。
「ですが・・・全てが中途半端。姉とは違い国學館に入学できず、
惟神高校で権威を振るっているだけの半端者。親父からは跡を継がせると言われて
惟神高校のトップに立っていましたが・・・結局は何も成し得られずにここまで来た。
このまま親父について行っても・・・操り人形として良いように使われるだけ。
それを変えようと・・・こうしたんです。」
これが正しいか悪いかはわからない。ただ自分の気持ちに従ったと蓮は言う。
確かに・・・あのまま服部に従っていても、こいつの未来は見え透いていたのは確かだ。
「・・その場の決断が正しいかそうではないかなど、誰も分かりません。
大切なのは正しいと言えるように努力を続ける事。」
自分の選択に自信が持てない蓮の俯いた態度を見た千夏さんは言い放つ。
するとそれを見た雫さんが影から出てきた。
「情報を・・・提供しろと?」
「それがあなたを正しいと思うのならそうしなさい。
自分の行動を人委ねた結果、今の状態になっているのでしょう。」
「・・どっちの選択肢を取ったとしても、マイナスからのスタートだよ。
中途半端な事をするから信頼を失うんだ。」
蓮がどちらを選ぼうとも・・・どちらとも敵対関係を気付いてしまっている。
「ブレない様に、自分が成りたい姿を想像するんだよ。
絶対に他の道に行きたくならない様な理想を作り上げ、それに向かって突き進むんだ。
あたしらはあのクソ親父の操り人形じゃない。」
明確に敵対していても、やはり家族は家族。危険な道を歩んでいる弟の事を
心の奥では心配していたのだろう。
「・・母さんが近くにいれば、アンタもこんなことにはならなかっただろうにね。」
「・・・・・俺と姉貴じゃ立場が違う。お互いに背負うものが異なれば、
歩む道も違うのは当然だ。」
高官を親に持つ人達は、どうしてこうも複雑な家庭事情をしているのだろう。
俺の使命がそうさせている・・・のかもしれないが、何かを犠牲にしなければ
登り詰めることができないのだろうか。
何にせよ、蓮は運命の選択を迫られていた。迫ったのは自分自身、
それによっては・・・この先の行動が変わってくる。
「・・魔道省には多くの千仞が潜んでいる。その多くは親父の手によって絆された奴らだが、
その裏で勢力を増した奴がいる。」
少しを置いて、蓮は魔道省内部の情報をしゃべり出す。
これは・・・”俺達側”に着くという意思表示だ。
「そいつは魔道省内部を掌握だけでは飽き足らず、他二道省、特に神道省に
自らの部下を送り込み、勢力をさらに増していった。
初めは親父の部下という立ち位置を取っていたが、いつの間にか部下の大半を奪い取り
用済みだと親父の立場を弱くした。」
「・・それが好機だと、アンタは酒井さんに情報を渡したと?」
「そうじゃない。俺は俺の意志で・・・親父を裏切った。
もしかすると、俺が裏切りも奴の手のひらの上だったのかもしれない・・・。」
魔道省で一体何が起きていたのか、理解さえできなかったと額を手のひらで覆いながら呟いた。
「平治さんはこのことをご存じで?」
「いや、初耳だ。俺はてっきり・・・服部忍を捕まえれば全て解決すると事を起こしたが・・・。
まさかそんなことになっているなんて・・・。」
これだけの事を起こしたにも関わらず、平治さんは知らない・・・?
なんで・・・そんなことになっているんだ?
「蓮。アンタ、なんでそんな大事なことを今まで黙っていたの?」
「黙っていた訳じゃない!さっき気づかされたんだよ・・・。
あの人が・・・俺達を裏切っていたなんて・・・。」
(気付か・・・された・・・?)
気付かされたという事は・・・外部から情報を与えられたという事だ。
空気はここら一体に俺たち以外誰もいないことを示しており、罠などは仕掛けられていない。
『・・ハスター。』
『ああ。”踏めば大丈夫だ”。』
こいつにあえて情報を与えたという事は・・・何か他の意図がある。
俺達に得た情報を与えようと、蓮が接触することを察していたとするなら
侵入経路は一つしかない。
「・・・!!!」
座っている蓮の影が突然動き出すと、鋭利な形に変わり首元へ伸びていく。
不意を突かれ、このままだと殺されてしまう所だったが、急いで影を踏むと
勢いが弱まり肌に触れる手前で止めることが出来た。
「なっ・・・!?」
「口封じだ。都合の良い情報だけ与えて俺達を混乱させるためのな。」
防衛課に行かせまいと分かりやすく職員達を集め、蓮を使い混乱させて
足止めを狙う狡猾な奴だ。これくらいやってきてもおかしくはない。
「応急処置だ。」
こいつに情報を与える際、接触した時に影を操れるように術式を仕込んだのだろう。
放っておけばいつまでも蓮を守らなければならないが、
仕込んだ術式を解く暇もないので指を噛み、流れた血で簡易的に俺の術式で上書きをした。
「何が起きたんや!?」
「説明は後だ。一体誰がこれを仕組んだのか教えてくれ。」
辺りに空弾を浮かばせ、何が起きたも良いように備える。
三道省全体に千仞を送り出すことができる人物なんて限られているが、
下手をすればそれが魔道省の人間でない可能性もわずかながら考えられる。
「・・・・・・・・・・・・。」
俺の行動で意図を察したのか、近藤さんは両手を広げながら上げて無実の証明を行う。
蓮を殺そうとした理由はまさにこれ。星空内部を疑心暗鬼にさせて内部崩壊を狙っている。
このままでは敵の思い通りだ。何が何でも、しゃべってもらわなければならない。
「・・石川さんだ。石川和儀。
あの人が裏で魔道省の混乱を引き起こした。」
石川・・・?聞いたことがない名前が出てきた。
「石川和義。父の側近として働いており、主に様々な方面への交渉を担当していました。
仕事柄二道省の高官と親交が深く、それらを使い長官の座に就こうとしているのではないかと
疑われ、父は泣く泣く窓際まで移動させた経緯がある元高官です。」
「ふむ・・・。ノーマークだったな。そんな奴が裏で操っているとは・・・。」
徳川家への恨みか・・・。確かに千仞に入るには十分すぎる理由だ。
「ですが・・・父は石川を無下にすることはなく、隠れた相談役として重宝していました。
深い信頼に値する報酬ももらっており、そんなことをするとは思えない・・・。」
主犯の名を聞いた千夏さんだが、疑いきれないと言わんばかりに深く考え始める。
周りからの声を静めるための策だったとはいえ、裏では大切に扱われていた部下だった様だ。
「ひとまず・・・会いに行くしかありません。急いで——————」
向かおう。そう言いかけた時、ポケットに入れていた携帯電話が震える。
今回の一件も任務であり、最低限の連絡はしないようにと国學館のみんなも理解してくれている。
そんな中の連絡となれば、緊急事態以外ありえないと急いで画面を確認すると
そこには織田陽菜と書かれており、他にも何件もメッセージが入っていた。
「・・もしもし。」
大阪校にも今回の任務については連絡が入っている。
一体何事かと辺りを警戒しながら電話に出ると、酷く焦った織田の声が聞こえてくる。
「簡潔に言う!よく聞け!!」
電話の奥からは悲鳴が上がっており、異常事態が起こっている事は理解できる。
だが、俺達に同じような状況に・・・。
「魔道省の一件!それらは囮だ!!主犯は・・・私の父である織田誠!!!
奴は神道省で事を起こそうとしている!!急ぎこちらに来い!!!」
織田の報告を受け、頭が混乱して真っ白になる。
主犯は石川ではなく・・・織田?一体何が起きているんだ・・・?
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