第二百六十九話 兼定との会話
楽しい夜を過ごした翌日は早朝から動き出した。
これだけの大人数での調査となれば人目を気にする必要があるという親父の判断だった。
八海の山道をみんなで歩く。調査項目は色々あるが、どうしても見せたいものがあるらしい。
「・・・・・・・・・・・・・。」
精霊が辺りを飛び交う中、何が起きても良いように最低限の警戒をしながら
自然の中を歩いていく。
宴会の場では色々な話しをしたが、涼音達から小和田の話しが語られることはなかった。
本人達のタイミングがあるのだろう。今は待つしかないと三人を覗いたあの場にいた
全員には三人が口を開く時を待とうと伝えてはある。
「・・気分転換になっているか?」
近くに歩く兼兄は俺に声をかけてくるが、徐々に歩速が遅くなっていく。
少し離れた所で話したいと察し、俺も足を遅めていくが
周りにいる純恋や桃子、楓や千夏さんがじっとこちらを見つめている。
兼兄の行動に警戒しているのだろう。大丈夫だと小さく頷くと視線を外し、先に進み始めた。
「アイコンタクトだけで意思疎通をするか・・・。仲を深めている良い証拠だ。」
「・・ああ。」
「・・遅くなった。龍穂が気を使ってくれたのも知っている。
僅かな時間だが・・・何か聞きたいことは無いか?」
昨日も話しが出来る機会はあった。だが伊達様や親父、
そして母さん達と楽しそうに話している所を見てしまったら声をかける気はなれなかった。
兼兄も俺を気にしてくれていたのだろう。
何を聞こうか頭を回転させるが・・・泰兄の死から色々とあり、
何から聞けばいいか分からず言葉が詰まりそうになる。
「泰兄が・・・ああなることは予想出来ていたの・・・?」
つまりそうな喉をかき分けるように自然に出てきた問い。
泰兄が千仞に入った時点で無事で帰ってこない事は分かっていただろう。
「・・・・・死なせる気はなかった。あの場で言っていた通り、
誰にも見つからない場所に移動させ、時間が経った後に開放するつもりだったよ。
だが・・・あいつは千仞に入った時点で死ぬつもりだったんだろう。
そうしなければ龍穂の記憶の封印が解かれることは無かったからな。」
泰兄の死を、兼兄は想定していなかった。
たったそれだけで・・・ひとまずは安堵するが、一つの疑問が浮かび上がる。
「・・俺に何も知らせないまま、戦わせる気だったのか?」
泰兄の死が無ければ、俺のあの人を千仞の幹部として恨み続けていただろう。
全てを知った今だからこそ言える事だが、大切な恩人に土をつけてまで俺はこの日ノ本を
登り詰めるは出来ない。
俺の感情など全く考えていない行動に、心の奥底から湧き上がる怒りを抑えながら尋ねる。
「・・・・・ああ。」
一呼吸置いた後、兼兄は肯定の一言吐き出す。
その一言に怒りが漏れ出しそうになるが、俺が間違っていたとすぐさま謝罪をされた俺は
握りしめた拳を解き、何を間違えたのかを聞くことにした。
「俺は・・・業だ。皇の部隊であり、日ノ本を闇を知る部隊の長。
竜次達・・・いや、ドーラ達から聞いているだろうが、業に入る以前にも
日ノ本の奥底に眠る闇をまざまざと見せつけられてきた。
・・見てほしくなかった。龍穂がどんな道を歩むことになったとしても、
闇に体をつけることなく真っすぐに自分の道を歩んでほしかった。
俺達では日ノ本を変えることはできないと理解した時、もし龍穂が俺達の代わりに
日ノ本を変える決意を決めた時は俺が龍穂の代わりに闇に対処しようと考えていた。」
「それは・・・。」
兼兄の気持ちを聞いたが・・・なんて返せばいいのか分からなかった。
隠し続けていた事が、俺への愛情から来る行動だなんて・・・どう否定すればいいか分からない。
「馬鹿だよな。普通に考えればそんな理想、叶えられるはずがないってのに・・・。
あいつ、俺に隠れて神道省長官への推薦状を作っていただろう?
絶対そんなことは無理だって分かっていたんだ。俺が頑固なばっかりに・・・
あいつに辛い事を押し付けちまったよ。」
自らの理想のために失った友人の事を語る兼兄から出た空笑い。
直視したくない現実から無理やり笑い話に変える際に出る様な空笑いだが
兼兄の表情は何とも言えない悲しさで包まられていた。
逃げたいほどの失態であるにも関わらず、自らの立場がそれをさせてくれない。
ここまで戦ってきた仲間達の長として、俺を導くと決めた兄としての立場は
兼兄を強く縛り上げている。
「しかもだ。俺の失態を・・・あいつは自分の死で挽回しやがった。
もう・・・償えることができないってのに・・・。」
「・・そんな言いかたは——————」
「分かっている。こんな軽口が叩けないほど、あいつに借りを作っちまった。
龍穂に言われるなんてダメだな。失った信頼を取り戻すためにも・・・
結果を出さなければならない。」
泰兄の死を、兼兄は未だに乗り越えられていない。
当然だ。共に過ごした時間が少ない俺達ですら未だに乗り越えられていないのに、
相棒として共に戦ってきた兼兄の心に負った傷は深いのだから。
「今回の八海の捜査もその一環だ。龍穂への隠し事を全て晒し、身の潔白を示す。
お前と同じく血のつながっていない俺が負っている一族の使命。
”直江家”の使命を・・・龍穂には見てもらおうと思っている。」
「それは・・・未だに思い出せない実家の記憶と関係しているのか?」
泰兄の死と共に解放されたはずの記憶。
だが・・・未だ思い出せない記憶があり、純恋と楓共に話し合っていた所だ。
「・・そうだ。純恋ちゃんが家に遊びに来た時、お前達は八海の秘密に触れてしまった。
龍穂達にこれ以上背負わせないために封印させてもらったが・・・
その話しもさせてもらおうと思っている。」
「・・・・・分かった。」
兼兄が話す気であるのなら、これ以上聞く必要はないと口を噤む。
傷を負った者同士、不用意な発言で瘡蓋を剥がす事はしたくないからだ。
「他にはあるか?」
少し会話を交わしたことで頭が整理され聞きたい事の候補が浮かび上がる。
白の一件は・・・兼兄の傷を抉ることになる。それに竜次さん達からも聞ける話だ。
今はするべき話しではないだろう。
達川などの八海の関わりについてはこれから明かされることだ。
貴重に時間を使ってする話しではない。
「・・・京都の百鬼夜行の話しを聞かせてほしい。」
つい最近、織田に聞いた百鬼夜行を思い出し、兼兄に尋ねる。
俺の使命の様に古くから日ノ本に潜んだ闇を毛利先生達が解決した事件だが・・・
兼兄達もその場にいたに違いない。
「あれか・・・。陽菜ちゃんと話していたと春から報告を受けている。
あの事件はあまりに複雑でこの場で語り切れないが・・・簡潔でもいいか?」
織田から聞いた話しでもかなり面倒な話しであることは理解している。
この先に織田と信頼関係を築くためにも、少しでも聞きたいと首を縦に振った。
「業内部で汚職があったことは知っているな?
あのおかげで京都は荒され、かなりひどい状況となったが何とか復興を果たした。
そこらへんを話すと長くなるから龍穂自身で調べてもらうとして・・・、
今回の捜査に関わってくる”業内部”について語ろう。」
「業内部・・・捜査に関わってくる?」
何年も前の出来事のはずだが・・・一体何が関わってくるのだろうか?
不思議に思っていると、兼兄が口を開く。
「長年尽くしてきた蘆屋家が業を裏切っていた事実は業内部に大きな衝撃を与えた。
皇の指示に従い、日ノ本を守ってきたはずの部隊が罪のない市民や未来ある子供達に
危害を加えていた事実は・・・当時の業達の心境を大きく揺さぶったんだ。」
自分達の中に裏切者がいた事実は自ら掲げてきた正義を大きく傷つけた事だろう。
だが・・・任務を全うし続けた者達が暮らす里があるぐらいだ。
簡単に抜けることは許されない所か、表に出せない情報を持っていると
存在を消される事さえあり得るだろう。
「当時、俺はまだ業ではなかったため詳細な事は知らないが、
当時長の長野さんは心揺さぶられた部下達を何とか説得し、命を奪わずに済むように
手を尽くしたみたいなんだ。だが・・・それでも業を抜けようとする者が後を絶たず、
説得に応じない奴らに・・・手を下していたらしい。」
それが・・・業の長の務め。非情な判断だが・・・仕方がないのだろう。
「だがたった一人だけ。業を抜け、今でも命を留めている者がいる。
そいつはこの八海の地で行われた任務の途中で裏切りを行い、どこかへ去っていった。
任務の内容は親父がその跡地を見せながら説明するはずだ。
・・その時は龍穂、”親父を支えてやってくれ”。」
意味深な言葉を放つ兼兄。親父を支える・・・?一体どういうことだ?
言葉の意味を考えるが、出てくるはずがないとすぐさま思考を切り替えて
話しの深堀にかかる。
「その裏切った奴のその後の同行は分かるのか?」
「・・千仞にいる。京都で涼音ちゃんが襲われた時の事を覚えているか?
片野を回収しに来た男がそうだ。」
兼兄の報告はこの事件の結末が最悪の方向へ進んだことを意味していた。
日ノ本の闇を支える業の者が千仞に入り込んだとなれば、今までの経験から
こちらの動きを察知されていてもおかしくはない。
「そんな顔をするな。こちらの情報を持っているという事が必ずしも不利な状況ではない。
こちらの動きを察知されている事を逆手に取る方法ならいくらでもある。
今回の捜査がまさにそれだ。ここに来るまで記者達に出会わなかったか?」
「あったし・・・その中の一人と情報交換もしたんだ。
捷紀さんも一緒だったけど・・・。」
「それなら問題ない。あの人なら信頼できる。
記者達が来ているのは俺達の策が上手く働いている証拠だからな。」
情報が外部に漏れている証拠を聞いたにも関わらず、兼兄は悲観的ではなく
むしろ良い兆候だと呟く。ここまでの流れを聞いているが・・・その意味が理解できない。
「副長官への捜査。これは限られた者にしか任務の発行が伝えられていない。
記者達に漏れているという事は・・・何者かが記者達に情報を流したという事だ。
業には情報の流れを確認し、報告を入れるように言ってある。
これでまた奴らの数を減らすことができる。」
「それはいいけど・・・さっきの奴はそんな手に引っかからないだろ?
肝心な所で襲われたら意味がないんじゃないか?」
「龍穂。今回の捜査は千仞の幹部を減らす目的なのを忘れていないか?
八海の捜査を察知した元業の奴がこの場に来ないはずがない。
強敵であることは間違いないが、龍穂がこの先を進むのであれば必ず戦う相手だ。
ここで倒し、出来る限り情報を抜き取ろう。」
八海の秘密について頭がいっぱいになっており、ここに来た目的を忘れかけていた。
全ては千仞の数を減らすため。この捜査もそのためだという大前提は
どのような状況になっても覆してはいけない。
「・・ついたぞ。」
まだまだ聞きたいことはあるが、先頭を歩く親父が聞こえてきて
先に視線を移すとかつて猛が入ろうとした修練者用と登山用の分かれ道の前まで来ていた。
「・・お疲れ様です。」
そこには毛利先生とノエルさんの姿があり、真剣な表情で俺達を待ち構えていた。
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