第二百六十七話 小和田という男の謎
小和田の口から語られた仮説は俺の興味を非常にそそる内容だ。
まさか俺の周りにいる先祖が八海上杉家の成り立ちに関わっている可能性があるなんて
歴史の神秘を感じる。
泰兄もショッピングモールの戦いで言っていた。扱う技術の成り立ち、詳細を知れと。
俺の魔術や神術も当然だが・・・関わる物事の歴史を辿るのも
相手が戦う理由を知る事になるので学んでおいた方がいいだろう。
「何故上杉顕定を企てたのか。それはこの地に置ける伝承が関係していると思っている。」
八海の伝承。それが一体何なのか、俺は全く知らない。
ふと隣に座る楓の表情を見ると、飲み物に一切口をつけずに
口元を手で覆いながら小和田をじっと見つめて真剣に話しを聞いている。
俺は伝承について触れてこなかったが・・・従者である楓は八海の事をよく知っている。
もしかすると伝承について知っているのかもしれない。
「俺が知っているのはほんの一部だ。その中でも八海という土地について、
そして・・・この地を守る神社についての伝承しか知らない。
君は・・・この土地の名の由来を知っているか?」
「いえ・・・聞いたことがないです。」
「・・面白いと思わないか?内陸であり、自然に囲まれた血であるはずなのに
海という単語をあえて使っている。他にも八海が付く土地はあるが、
富士登山の際に八つの湧泉を巡る八海巡りを模した名にしては有名な泉などは見られない。」
確かに・・・何故海を使っているのか。そう言われると不思議に思える。
広がる自然を海に見立てたと言われればそれまでだが、
別の意味があるのならぜひ聞いてみたい。
「八海の伝承の一つ。踏み入れてはいけない土地があり、もし踏み入れれば
神隠しに会ってしまうというものがある。
何故そんなことが起きるのか。もしかすると・・・この土地には”別世界の入り口”が
あるのかもしれないと俺は思っている。」
先ほどまでは歴史をたどった仮説を提唱してきたが、今回のものは
かなりぶっ飛んだ仮説であり、俺は受け入れるどころか思わず鼻で笑ってしまう。
「・・言いたい事は分かる。自分で言っておきながら馬鹿げているとは思うよ。
だが一体なぜ八海上杉家というこの地を守るだけのために上杉という名門を
偽装をしてまでこの地に留めたのか。それだけ重要な土地である理由としては十分だ。」
「八海の土地の意味を説明してませんが・・・
その仮説に関わっていると見てよろしいんですね?」
真剣な表情をした楓が口元から手を放してとうとう口を開く。
確かに別世界の入り口がある事と八海という土地の意味の共通点が今の所見つかっていない。
「この地球は七つの海によって構成されている事を知っているか?
北大西洋、南大西洋、北太平洋、南太平洋。インド洋と北極海、南極海。
これらは現代においてだが・・・中世アラビアやヨーロッパも同じ七つの海という
単語が使っている。」
「そんな言葉が・・・いや、それでも・・・・。」
「海とは世界だ。様々な顔を見せる海が隣接する陸地の大きな影響を与える。
八海の海の文字をその意味に当てはめた時、”神々が住む世界への入り口”がここには
あるのではないかという結論になった。
そのような大切な場所をひそかに守っていたが・・・応仁の乱後の日ノ本が荒れると察した
当時の皇が幕府に働きかけ、政所執事をになっていた二条家が北条家に持ちかけたと
俺は思っている。」
神々が住む世界か・・・。非現実的な話しだが、今までの経験から
それが現実にあるのかもしれないという事は察している。
それに・・・八海という土地は他の場所より木霊などの妖精達が多く住んでいる。
他の霊山より精霊が多い理由がそこにあると小和田の言う通り、
それだけ神力が豊富であり、霊山の中でもかなりの力を持っているのだろう。
「という事は・・・八海の土地が戦場になり、荒されることを嫌った皇が
上杉顕定の死を偽造させ、その地を守らせた。そう言いたいのですね?」
「俺はそう思っている。君達も思っている通り、かなり暴論、
そして陰謀論に近いような内容だ。これから君達が知る内容によっては
呆気ない結末を迎える可能性は大いになる。」
「だけどもさ、それだけ八海上杉家の成り立ちは謎に包まれている訳だよ。
その謎を追える機会なんてなかなかないから彼もアンテナを張って君達を待ち伏せした訳だ。
許してやるのは難しいかもしれないけど、上手く利用してやってくれ。」
一通り八海上杉家の成り立ちの仮説を聞いたが・・・胸が躍るような内容だったものの
最終的に言えば願望に近い話しだった。
だが・・・がっかりという感想は一切抱かせず、むしろ謎を解いてみたいとさえ思えるほどの
内容だったと言える。
「・・こうなってしまうと我々もあの記者達と一緒だね。
未知とは、刺激物であり魅力的なもの。我々はその虜であり、耳を傾ける彼らを魅了する。
大切なのは求める結果。真実を追うか、それともただ煽りたいだけか。
読者をどう満足させるかが大切なんだよね。」
学者、教授と言えど自らの仮説や授業を見たり受けたりする人物がいなければ
生活が出来ない。傍から見れば同じだが・・・捷紀さんの言う通り結果が異なれば
見え方が大きく違ってくるだろう。
今の話しを整理しながらふと外を見ると、道中見た記者と思わしき集団が
喫茶店の外を駆けていく。
俺達の取材を狙っていたとのだろうが一体何故離れていくのだろうと辺りを見ると
一面に広がる窓をよく見ると、腕を組みながらこちらを見つめる綱秀達の姿があった。
「ありゃ。遅くなった龍穂君達を心配したみたいだね。小和田君は大丈夫かい?」
「まあ・・・大丈夫と思いたいが、あの睨みの利かせ方はかなり警戒をされているな。
なんとかうまく逃げ出した・・・ん?」
捷紀さん達も綱秀達に気が付いた様で、関係を崩している相手に対して
如何この場から逃げようか考えていた小和田だったが、言葉を止めて一点を見つめ始める。
視線を追うと、どうやら綱秀に向けられているわけではなく、
その周りにいる誰かをじっと見つめている様だった。
「・・・・・!!!」
何か思い立ったか分からないが、小和田はいきなり立ち上がり
逃げられまいと喫茶店の中を駆けて勢いよく扉を開ける。
無造作に床を転がる椅子の音が店内に響き、追いかけようとするが支払いを済ませずに
行けば食い逃げになってしまうと体が停まってしまう。
「行っておいで。」
このような状況においても冷静な捷紀さんの言葉に甘え楓と共に急いで喫茶店を出ると、
綱秀に押さえつけられている小和田の視線の先には・・・加治と藤野さんの姿があった。
「お前・・・!!一体何をする気だ・・・!!!」
綱秀に取っては怪しい人物意外何者でもないだろう。
引き留める理由も分かるが、視線と共に伸ばされた手を向けられている加治と藤野さんは
何とも言えない表情で小和田を見つめている。
「綱秀。」
暴れる小和田を押さえつけている綱秀の肩に手を置きながら
視線を先の二人をじっと見つめる。
俺の意図を感じ取ったのか、二人は黙ってうなずくと大丈夫だからやめろと声をかけた。
「・・別に何か危害を加えられたわけじゃない。
この人が何をしたいか分からないが・・・それを知るためにも押さえつけるのをやめてくれ。」
関連性が全く見えない小和田と業の二人。一体何がそうさせたのか気になるのは当然だ。
俺の指示を聞いた綱秀は少し考えたのち、ため息をついて小和田を解放すると
体に付いた土を払うことなく、二人に対してゆっくりと歩み寄った。
「・・お久しぶりですね。」
先に声をかけたのは藤野さん。どうやら顔見知りの様だが・・・
悲しそうな表情で小和田を見つめる。
「すまない。久しぶりに君達を目にして体が自然に動いてしまった。
今は・・・彼と行動を共にしているのか?」
小和田の謝罪は決して綱秀に向けられたものではない。
それが癇に障り、詰め寄ろうとする綱秀を涼音が諫めてくれる。
「・・ええ。」
「そうか・・・。大変なんだな。何度も言っているが・・・何かあったら連絡をくれ。
私に出来ることならすぐに手を貸そう。」
心配そうに二人を見つめる姿は先ほどとは別人。
自分の事だけを考えて姿はどこに行ったのか、二人に対して心配そうに声をかける。
「・・遅れて済まない。君も同様だ、”涼音ちゃん”。」
そのまま体を向きを変え、同様に涼音にも声をかける。
綱秀は警戒を解くことはないが、大丈夫だと声をかけて小和田の前に立った。
「ご心配おかけしています。」
「何を言うんだ。君が送ってきた日々は・・・俺には考えられないほどに辛い道だっただろう。
俺の心配なんてしなくていい。君は君の幸せだけを考えてくれ。」
一体何が起こっているのか。理解できずにいたが、業の里で語られた出来事が呼び起こされ、
涼音の両親との共通点が見えてくる。
「木星の部隊にいることは知っていたが・・・まさか君達がこの地にやってくるなんて
思ってもいなかった。それは俺の役目のはずなのに・・・申し訳ない。」
涼音のご両親は確か学者さんであり、取材に来ていた地で事件に巻き込まれた。
その地というのが八海であり、何かしらの関係を持っていた小和田は
ご両親の死の謎を解きにやってきたのだろう。
「・・もう逃げないと決めたんです。誰かの手ではなく、私の手で全て解き明かすと。」
「平さんの事・・・いや、君が決心したのならこれ以上深く探るのは野暮か。
私の友人が命を削りながら持ってきた資料を私なりに解釈し、そこいる彼に伝えてある。
核心に迫るなんて程遠く、君の役に立つことはできない代物だが・・・役に立てて欲しい。」
一通り会話を終えた後、涼音を守ろうとする綱秀の姿を見て察したのか、
今まで非礼を詫びる、彼女を頼むと声をかけて立ち去ろうとする小和田の背中に向けて口を開く。
「・・最後に一つだけ聞かせてください!!
資料を持ってきた友人というのはどなたの事ですか!?」
俺が知らなかった伝承を探った者。命を削ったという単語を聞いてしまえば
その人物の名を問わずにはいられない。
俺の問いを背中に受けた小和田は一瞬立ち止まるが答えることなく立ち去ろうとする。
「ちょっ・・・!!」
これだけは知らなければならないと背中を追おうとしたその時、
何かが宙に浮かんでいる事に気が付き、ひらひらと躍る何かを手に取る。
一体なんだんだと手に持った物を確認すると、古い写真に肩を組んでいる二人の男が写っている。
白衣に身を包んだ小和田と思わしきが青年。そして・・・その横には
鎌倉の実習でお世話になった・・・”達川さん”が写っていた。
「これは・・・・!」
魔道省に出入りし、八海を探っていた達川と親交のある人物。
俺達が求める人材を逃がすわけにはいかないと視線を上げるが、
そこには小和田の姿は無く、足跡や影一つさえ残っていなかった。
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