第二百五十九話 交流試合後の晩餐
「ふぅ・・・・。」
交流試合が終わり、外のベンチに腰を掛ける。
戦いの疲れを癒すためにアルさんが用意してくれた夕食の山を片づけるのが大変だった。
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「去年は二つとも潰れちゃったからね!張り切らせてもらったわ!」
いつも以上の山盛りを前にして、俺達は唖然としてしまう。
漫勉の笑みを浮かべていたアルさんがここまで張り切ったのには訳があった。
交流試合は皇が足を運びやすい関係で東京で行われる。その際、交流も兼ねて
寮に泊まることになっていた。だが前々回は仙蔵さんの一件でとんぼ返り、
そして前回は中止と腕を振るえなかったのでその鬱憤をここではらさんとばかりに
大量の料理をこしらえてくれた。
「これ・・・全部食べるの・・・・?」
後ろにいた大阪校の生徒の一人がぼそりと呟く。この光景を見たことがないという事は
恐らく一年生なのだろう。
品格を重要視される大阪校では寮の食事もマナーを重視すると思われるので
こうした大皿の料理をみんなで囲むことは少ないのだろう。
「・・よし!!座ろうか!!!」
いつも食べている俺達でさえも怖気ついてしまうほどの山盛りだが、
せっかく用意してもらって足を止めてしまっては失礼にあたると全員に声をかける。
「・・・・・織田。」
各々が足取りが重い中、楓の肩を叩きながら近くにいた織田に声をかける。
「なんだ?」
「大阪校で一番食べられるのは誰だ?」
小食の大阪校の生徒が固まらないように配置したつもりだが、それでも
食べきれるか分からない。大喰らいである楓等の配置で間食できるかが決まってくるが
出来ればもう一人ぐらい欲しいと織田に尋ねる必要があった。
「それなら簡単だ。綾香はかなり食べるぞ。」
織田の指差した先には大量の料理を前にして目を輝かしている木下の姉の姿があった。
転校初日の楓を思い出させるような光景を見て、これなら安心だと声をかけて
楓と離れた位置に座ってもらう。
ひとまず大喰らいが二手に分かれた。これで・・・何とかなるかもしれない。
「全員揃ったな!二校揃っての夕食だが、今日は東京校に合わせてもらう!
この料理を作ってくれたアルさんに失礼が無い様に残さず、完食するぞ!!」
俺の品もマナーも無い言葉に大阪校の生徒達はざわめき始めるが、
品よりも丹精込めて作ってくれた人の前で料理を残す方が失礼に当たる。
大きな声でいただきますと声を上げると東京校の奴らは胃に入れられるだけ入れようと
大盛のご飯を持っておかずを食べ始めたが、大阪校の大半の奴らは
引き気味にその光景を見つめる。
「いただきます!!」
だが織田を含めた試合に出場した生徒達は東京校の生徒達と変わらない姿で
夕食に立ち向かっていく。そんな姿はバカにした表情で品のある姿で食べ始めた生徒達だったが、
全く減らないご飯とおかず、そして時間が経つごとに増していく満腹感に察したのか
品を捨て、織田と同じようにご飯を胃袋に入れていくのだった。
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「まあ・・・あれを体験したらそうなるよな・・・。」
大阪校の生徒達も品を気にする余裕がなければ着飾る衣を簡単に捨ててしまう。
結局のところ、そんなものなんだ。窮地に陥った時に品などを気にする余裕はない。
その程度の心構えで一体何を守るというのだろうか。
「・・お疲れ様です。」
風呂を浴び、缶コーヒーを飲みながら星の無い夜空を見上げていると
後ろから千夏さんの声が聞こえてきた。
「それは俺のセリフです。今日は助かりました。」
俺の事を狙う職員達を一日中監視してくれていた千夏さん達の方が遥かに疲れている。
そんな中、ここに来たのはその成果を伝えるためだった。
「・・どうでした?」
「かなり・・・衝撃の結果でした。
龍穂君をまるで観察するような職員はかなりいましたが・・・
直接命を狙おうとする輩もいましたよ。」
千仞と思われる職員がかなりいることは分かっていたが、
まさかあの場で俺の命を本当に狙う奴がいるなんて流石に予想外だ。
「それは・・・どれくらいいたんですか?」
「直接狙う輩の対応は業の方にお願いしていたので正確な数字は把握していませんが・・・
私達が把握しているだけでも両手は超えています。
何を考えてるのか分かりませんが・・・血の気が多いのか、それとも考えられるだけの
頭を持っていないのかもしれませんね。」
千夏さんらしくない汚い言葉遣いだが、それほどまでに常識外れの行動を
とっていたという事なのだろう。
肝心なのはどの省の職員が多かったのかだが、毛利先生達も疲れており今すぐ聞く必要もない。
それに大阪校の生徒達もいる。焦ることなく明日聞くことにしよう。
「・・ありがとうございます。千夏さんもお疲れでしょう。今日は体を・・・。」
休めてくださいと言いかけた時、俺の両肩に手が置かれる。
一体何なのだろうと上を見上げると、俺の顔を覗きこんでいた。
「・・・・・そうさせてもらいます。」
別に不機嫌ではなく、にっこりとした笑顔で離れるとそのまま影に沈んでいった。
「・・・・?」
千夏さんが気になるようなことをしただろうか?一日振り返っても特に思いつかない。
じゃあなんでと考えてながら歩き始める。
寮に戻ろうと思ったが、大浴場やロビーなどで大阪校の生徒から畏まった挨拶の嵐を喰らい、
少し億劫になっていた。
時間を潰そうと寮の周りを歩いていると、遠くから声が聞こえてきて
先程の千夏さんの話しに出てきた職員が俺の事を狙いに来たのかもしれないと足音を消す。
「・・・・・・・・。」
兎歩で物陰に隠れ、札から六華を取り出し柄に触れながら声のする方を覗く。
一体誰がこんな所にいるのだろうかと注視すると、見たことのある二人組が隣り合って
光る街を見下ろしながら呟いている様に小さく話していた。
「私・・・いらなかったかな。」
織田と・・・丹波。控室で織田の必死の叫びを聞いて、思う所があったのだろう。
「・・そうではない。」
あの織田を叱れる所を見ると、かなり長い付き合いみたいだ。
暴走する織田を抑えてきたが・・・今回はそれが裏目に出てしまい、
しかも綱秀達に負けて落ち込んでいるのだろう。
「綾香に伝えておくべきだった。家族の情を入れるなと。
あれはやりすぎだった。大阪校の長として・・・失格だ。
だからこそ菊、お前の叱責を受け入れたんだ。」
織田にとって丹波という存在はまるで姉。あの性格だ、叱責を受け入れるには
それ相応の筋が通っていないと素直に受け入れることは無いのだろう。
丹波はそれを十分に理解しており、あえてみんなの前で叱ったんだ。
長としての矜持を周りに示し、大阪校の生徒達や俺達に織田に仕えている事を
十分に見せるために言ったに違いない。
「だが・・・戦場では違う。控室から一歩でも戦場に踏み出せば勝敗が全てを決める。
どれだけ地位が高くとも、勝敗が・・・全て。
私はな、菊。この日ノ本で・・・戦場が一番好きだ。
何故なら・・・あの場所では品も格も、全てが剥がれ落ち対等になる。
いつもはふんぞり返り、威張り散らかしている奴らが崩れ落ちていく様は気持ちがいい。
・・”京都の時”のようにな。」
織田が語る京都の時というのは・・・一体何なのだろうか。
まるでその時の出来事が今の織田を作り出している様な口ぶりだ。
「・・ダメだよ。それじゃ———————」
「分かっている。日ノ本を戦場に変える気はない。
私が登りやすい状況に日ノ本を変えてしまうのでは、私は奴らと何ら変わらない。
だからこそ・・・お前が必要なのだ。
私が道を踏み外しかけた時、止められるのは・・・止めてくれるのはお前だけだ菊。」
そう言うと隣に立つ丹波の頭を優しく肩に引き寄せる。
この感じだと・・・そういう関係なのか・・・。
(・・ここにいちゃ邪魔だな。)
この雰囲気を壊してはいけないと、立ち上がって兎歩で離れようと膝を伸ばしたその時。
肩が何者かに押さえられてしまう。
「!?」
小さな声で話す織田と丹波の会話に集中していたからか、何者かが迫っていることに気が付かず、
驚きのあまり声が上がりそうになるが何とか抑え、添えていた柄を握りしめて
切りかかろうとするが、口の前に指を立てた桃子の姿が目の前に写る。
「・・静かにしてや。」
純恋と桃子が俺の後ろで同じように織田達を眺めていた。
居なくなった俺か、それとも織田か。どちらかを探しに来たのだろう。
思っていた以上に近くに桃子に切りかかろうとしたので桃子の体にしがみつかなければ
立てないほどに距離が詰まっている。
「ちょっ・・・。」
このままでは倒れてしまい、音が立ってしまうと桃子の体にしがみつくが
俺の肩に手を置いていた桃子も引っ張られ、共倒れの予感が体に伝わってくる。
桃子も倒れまいと俺の体を引き寄せ、何とか体勢を保とうとするが
俺の視線の先に見えた純恋が織田達を覗こうと立ち上がった桃子の体を襲うとしている
姿を見て、これはダメだと察した。
「見えへんって・・・おわ!?」
ほんの少し押した程度なのだろうが、俺を抱えている桃子からすればとどめの一撃には十分であり
体勢が崩れていく。抱えている桃子、そして押している純恋を見ながら背中から地面に落ち、
体には二人分の体重、顔面は柔らかい衝撃に襲われた。
「誰だ!!」
静まり返っていた夜に何かが倒れる音が聞こえれば当然気付かれてしまう。
真っ暗で何も見えない中、織田の声が響きこちらに近づいてくる二つの足音が近くで止まると
「・・・何をしている。」
情けない俺達を見て呆れた声で尋ねてくる織田の声が聞こえてきた。
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