第二百五十七話 兼定の企み
「一年で・・・こうも変わるものなのだな。」
交流試合の花形。大将戦を見つめる老人は呟く。
「あの時は必死に戦っていた男があの織田を圧倒するか。だがそれ以上に・・・。」
戦いは始まったばかりだがあれだけの炎を一瞬で消化させ、
式神達と連携を取りながら織田を追い詰めていく龍穂の姿を見て成長を感じるとともに
その姿に覚えた違和感を口に出すと、隣に立つ青年が答える。
「狂気・・・ですね。泰国を失ってからでしょうか。
仲間を失う事対して異常な反応を見せていると報告が入っています。」
「奴の影響を受けているのか・・・。」
どう対処する気だと老人は尋ねるが青年は首を振ってこたえる。
「仲間を失う事を恐れるのは足枷になるかもしれませんが・・・これからの事を考えると
決して間違いのない感情だと思っています。
仲間を思う龍穂の行動は周りの胸を打ち、高みへ登っていくための糧となるでしょう。」
「・・泰国と同じ道を歩むかもしれんぞ?」
「それはありません。龍穂の周りには道を外した時に叱ってくれる仲間がいます。
それに・・・龍穂自身もその意見に耳を貸すほどに純粋です。我らと違ってね。」
幼き頃から深い闇の中に身をつけてきた自分達と龍穂は違うと言い放つ。
龍穂が抱く狂気は純粋から来るものであり、それがあるからこそ高みに登る資格があると
付け加えた。
「純粋・・・か。それは織田も同じだな。」
「ええ。”あの時の出来事”から彼女は日ノ本の体制に疑問を抱き、
それを変えようと必死に動いている。手始めに大阪校に革命を起こそうとしていますが・・・
その程度で日ノ本を変えられると思っているのは純粋である証ですからね。」
織田もまた純粋。闇に身を浸さずに日ノ本を変えようとしている姿こそその証だと語る
青年に老人は幼稚だと言わんのかと嫌みをぶつける。
そんな失礼なことはするべきではないと言い返すが、その言葉こそ純粋で幼稚であると
認めてしまっていた。
「・・どうしたいのだ。」
「どうと・・・言われましても。」
「龍穂と織田。あの二人はこれからの日ノ本に必要な人材になるだろう。
それを分かっていて・・・”奴を呼んだ”のではないのか?」
以前の大阪校では織田の暴挙など許されなかった。
校風だけでは押さえつけられない織田の動きを止めていた人物がいたのだが、
現在は大阪校を離れ、東京校で教師として従事している。
「・・・・・分かりませんね。」
皇の部隊である業の長の力は強いが、国學館の人事にまで口を出せるほどの立場ではない。
しかも東京校の校長は皇太子だ。無断でそのような事をすれば日ノ本への
忠誠心を疑われてしまう事になる。
とぼけようとした青年に老人が睨みを効かすと観念したようにため息をつき、口を開く。
「流石に校長先生に許可は取ってありますよ。あの方が色々考えてくださっているので
こちらも出来る限りの援助をと奴を呼んだんです。」
「華奢で大したことは無いように見えるが・・・先ほどはうまく止めに入ってくれたからな。
実力はあるのだろうが・・・織田を抑えるほどの力を持っているのか?」
織田は気に入らないことが起きた時、決して暴れるような人格の持ち主ではない。
冷静に、相手の言い分を聞いた後で言いくるめるタイプだが
それを止めていたとなると、かなりの舌の持ち主だと老人は考察する。
「言いくるめに関しては日ノ本・・・いや、世界を探してもあいつ以上の奴はいないでしょう。
ですがそれ以上に・・・琴線に触れるような一言で相手を苛立たせることに長けているんです。
反発する生徒に対して苛立つ言葉をかけ、荒事が起きたら自ら始末をつけて
上下関係を分からせる。言葉もそうですが実力があることであいつは
生徒達を押さえつけているんです。」
「それは・・・織田もか?」
龍穂に必死に食らいつく織田を見ながら尋ねるが、考えることなく頷く。
「”俺が言っているんです”。まず間違いない。
東京校の奴らでも・・・龍穂ぐらいですか。あいつと戦えるのは。」
国學館の教師ではあるが、全力の龍穂と戦えるとなると数は絞られる。
そんな東京校のNO.1である龍穂と対等に戦えるというのはかなりの実力の持ち主であり、
それを聞いた老人はそれならと納得せざるおえなかった。
「そんな化け物だったのか・・・。しかも性格は最悪と・・・。織田が手こずる訳だ。」
「ですが・・・だからこそです。上に行けばあれ以上に質の悪い奴らがいる。
龍穂も同様ですが、織田にとってあいつとやり合った日々は必ず役に立つ。」
「手荒だな。お前がサポートしてやればいいだろう。」
「もう遅いのです。龍穂は俺の手から離れなければならない。
あいつもそれを理解している様ですので、自分で登ってくれますよ。」
本当にそうかと尋ねられた青年は答えることなく黙って戦場を見つめる。
まだやれることがあるはずであり、言わなければならないことがあるのだろうと
指摘しようとするが、その代わりに以前彼と彼の相棒に与えた言葉を同じ様に伝える。
「”変な気”は起こすなよ。何度でも言うが・・・お前にはやってもらうことがまだまだある。」
「・・承知しております。」
様々な人の運命が本格的に動き出した以前の交流試合と同じ様に、
再び何かが動き出そうとしていると青年の様子を見て察する老人。
その直感は的を得ており、この会場で様々な人物が動いている事を
青年はその瞳でしっかりと捉えていた。
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織田は必死に攻勢を押し付けているが、イタカ達と連携を取りながら全てをいなしている。
たった一体の式神で必死に戦う織田とは対照的に、背中を任せて立ち回る俺の姿は
観客の目からしても陰陽師としての度量が天と地ほどの差があることを理解しただろう。
「埒が明かないな・・・。」
自分との差を見せつけるために遊ばれている感覚を受けた織田はこのままでは
何も変わらないと、腰に差していた物を取り出しまるで号令をかける様に俺に向けて突き出す。
よく見ると儀式など使われる大麻であり、試合を動かすために
何かを仕掛けてくるようだ。
「設楽原 三段撃ち(さんだんうち)!!!」
織田が号令を放つと俺達の間に賽の目状の結界が敷かれると、
その後ろに骸骨の鎧武者たちが召喚される。
その手には博物館でしかお目にかかれない火縄銃が携えられており、
火縄からは小さな煙が上がっている。
騎馬隊が有名な武田軍を迎え撃つべく馬防柵を敷き、装填時間という明確な弱点を補うために
三人の兵達が一発撃ち放って入れ替わる事で、突っ込んで来た騎馬隊を討ち果たした。
織田信長が考案した戦術の中でも一番有名であり、その逸話を元にした神術なのだろう。
戦国時代の銃の威力なんてたかが知れているが、鎧を身に着けてすらいない俺にとっては
致命傷になりかねない。しかも本当の戦場の様に敷き詰められた軍隊の広範囲攻撃を前にして
イタカ達と共に足を止める。
「俺がやろうか?」
どうやって対応するかではなく、誰が奴らを始末するか。
そう尋ねてくるイタカだが確かにこの場にいる誰でもあれを止める事は可能だ。
吹雪を放ち、全てを凍り付かせてもいいだろう。
八咫烏様にお願いをして全て焼き尽くしてもらうのもいいだろう。
俺が目の前に風のカーテンを敷いて受け止めてしまうのもいい。
「いや、ここは青さんにお願いするよ。出番がないと拗ねるからな。」
睡蓮の中に入っている青さんは出番が少なく、早く活躍の場をくれと刀身から放つ神力で
訴えかけてきている。前回はかなり活躍したので今回は控えめでお願いしていたが、
腕を振るうイタカ達を見ていてもいられなくなった様だ。
「放て!!!」
何もしてこない俺達を見て好機と判断したのか、織田は大麻を再び振るう。
号令をかけられた兵たちは引き金を引くと、火縄が火皿を叩きつけて大きな音を立てて
放たれた銃弾がこちらに向かってくるが、こちらに届くことはない。
「・・睡蓮座。」
奴らと俺との間に突然咲いた大きな蓮のは飛び込んでくる銃弾の雨を優しく全て受け止める。
手に持っていた睡蓮の切先をあらかじめ地面に差しておき、後は青さんに対応を任せていたが
仏敵とされている第六天魔王に対して、清浄の証とされる蓮で対応するなんて
何て回りくどい嫌がらせだろうか。
これも簡単にいなされた織田だが、決してめげることなく立ち向かおうとして来るが
出番の少なかった青さんがこれで終わらせるはずなどなく、
地面から飛び出した蓮の枝が織田に向かって振るわれる。
これだけ我慢したのだから生意気な小娘の止めは差すと言わんばかりに
間髪置かずに次々と鞭の様に振るわれた枝は無残な音を立てながら砂煙を立てていった。
「・・やりすぎだな。最後くらい顔を立ててやればいいものを・・・。」
何と呆気ない決着かとイタカは呟くが、終わりを告げるはずの竜次先生は動く気配を見せない。
確かに織田と第六天魔王の神力は砂煙の中から伝わってくるが、
あれだけの連撃を叩きつけられれば無事では済まないだろう。
「・・・・・想像以上にやりおるな。」
これ以上の続行は流石に難しいだろうと高を括っていた俺の思いに反して
砂煙から織田の声が聞こえてくる。
すると太い蓮の枝が切り落とされ、織田の人影のみが砂煙から映し出されていた。
「この戦いは私にとっての桶狭間だ。劣勢も劣勢、敗戦濃厚の戦を勝利に導くのは
敵軍の頭の中に無い策を用いるしか他あるまい。」
先ほどまでいた第六天魔王は青さんの蓮によって叩き潰されたのだろうか?
いや・・・それは違う。こちらへ歩みを進め、砂煙から脱した織田の体には
その答えがはっきりと込められていた。
「だが・・・あえて正面から立ち向かおう!!
歴史を変えるのは・・・真っ白なほどに実直な勇気なのだからな!!!」
第六天魔王が着飾っていた南蛮胴が小さな織田の体に身に付けられている。
格段に上がった織田の力から察するに、神融和をして青さんの蓮の連撃から脱したのだろう。
追い込まれた織田が取ってきた最後の策である神融和。
今までの策が通じず、勝負を投げてしまってもおかしくない状況だが
それでもなお立ち向かってくる織田との決着をつけるため、辺りに黒い風を漂わせ始めた。
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